第36話:第1回魔法お披露目会


「さあ! ついにやってまいりました『第1回魔法お披露会』! 司会は道具屋イチのナイスガイ、イラックが務めさせて頂きます!」


 朝食が終わり、カウンターには空になった皿やバスケットがに並んでいた。


 ほぼ全員が満足そうな顔を浮かべている中、イラックが騒がしい声を上げて立ち上がる。

 なぜか手に持ったスプーンを口に当てていた。


 「はい、拍手!」とイラックの煽り。

 パチパチ、と疎らな反応があった。

 ローゼリアは若干乗り気な様子、その反面、ノエールは居心地が悪そうにキョロキョロと顔を動かしている。


「えー、この度『セノンの道具屋』に、まともな魔法使いがやってきた、ということで急遽開催することになりましたが……店主のセノンさん、一言どうぞ!」

「もうすぐ開店時間だぞ」

「はい! 素晴らしいコメントありがとうございます! では看板娘、いえ、看板嬢のローゼリアさん! 意気込みをどうぞ」

「殺すわよ」


 このマヌケな茶番劇は、ノエールが王立ランドウェード魔法学院出身であることが話題に上がってから始まったものだ。

 ご覧の通り、主催者はイラックで、どうやら学院とは殺し屋時代に因縁があったらしい。


 「え、母校?」とローゼリアに聞かれると、イラックは照れ笑いを浮かべながら、服を捲って腹部を露出させた。

 見れば、皮膚を乱暴に剥がされたような火傷痕があり、突然現れた素肌に恥ずかしがるノエール以外は、痛みを想像して目を細めた。


 ある時、王立ランドウェード魔法学院高等部を首席で卒業した者が、自身の才能に自惚れて、悪さを始めたらしい。

 その暗殺を請け負ったのがイラックだったが、任務成功と引き換えに、生涯残る傷を負わされたのだと。


 そんな話を聞いた俺は、学院の生徒を恨んでいるのか、とイラックの表情を伺ったが「アイツら、スゲーんだよ」と嬉しそうに笑うばかりだった。


 魔法が見たいだけか、と俺は少し安心した。


「では、先鋒! 店主セノンさん、どうぞ!」


 と突然指名される。

 勘弁してくれ、と顔を歪めた。


 俺は渋々、目の前に置かれた皿に人差し指を向ける。

 そして、ため息と共に「綺麗にする魔法」を使うと、皿に残っていたジャムの汚れが塵に変わった。


「おっと……これは?」

「清掃魔法だ」

「おや、清掃魔法? もしや極度の潔癖症しか習得しないとされる、あの清掃魔法ですか?」

「……俺は攻撃魔法が使えない。知ってるだろ」

「なんと! 信じられません! このご時世で攻撃魔法が使えない人間がいるとは!」


 俺はイラックを睨んだ。

 「おーこわこわ」とフザけた顔はすぐに余所を向く。


「お次は司会者兼参加者でもあるナイスガイ・イラックの番ですね! ……ん! はっ!」


 イラックが握り拳を開くと閃光が走る。

 彼の得意とする付与魔法を空中で霧散させたのだろう。

 愛用武器である弓矢に帯びさせることで、絶大な威力を誇る付与魔法だが、この場では大した効果がない。


 いわゆる演出の一部というやつだろう。

 この茶番劇の目的は自慢ではないはずだ。


 そもそも、イラックが好んで使っていたのは付与魔法でも爆破属性なのだから。


「さて、お次はローゼリアさん! 相棒のセノンさんは散々な結果でしたが、自信の程は如何でしょう」

「へっぽこ店主には負けませーん!」

「おい」


 お前だって大した魔法は使えないじゃないか、と突っ込みたくなる。

 ローゼリアは魔力の扱いこそ長けているが、使用できるのは下級の火魔法【ファイア】と水魔法【ウォーター】だけだ。


 才能が無いというわけではなく、あえてほとんどの使い道を体術に絞っているのだそうだ。

 確かに殺し屋時代は暗殺ばかりしていたせいか、強力な魔法が必要になってくるタイミングはほぼ無かった。

 

 転移者がこぞって使う防護魔法も、その耐久を上回る魔力量で殴れば済む話だ。

 

 魔法が活躍した場面といえば、せいぜい錠前を火魔法で溶かしたり、水魔法を拷問に使ったりしたくらいだ。


「むむむ……むむ!」


 空気を撫で回すように両手を動かすローゼリア。

 やがて作り出された水球。

 ローゼリアの顔くらいの大きさだ。


 魔法を学んでいる者であれば、最初かその次に行き着くだろう水魔法の基本中の基本。


 それでも、俺やイラックよりも視覚的に魔法だ、と認識しやすいものであった為、観客たちは感嘆の吐息をもらす。


 あれでよく水責め尋問をしていたものだ、と俺は懐かしい気持ちになった。


「ローゼリアさん可愛らしい水球をありがとうございました! さあ……ついに残るはあと1人となりました。トリを飾るのはなんと……あの、王立ランドウェード魔法学院の卒業生でございます」

「あ、あの──」

「実はこのナイスガイ・イラック、王立ランドウェード魔法学院の元首席が放つ業火を目の当たりにしたことがありまして……その威力はまさにドラゴンの息吹と言っても過言ではありませんでした! そして、我が道具屋にやってきた少女は、そんな才能溢れる生徒たちが織りなす荒波を潜り抜けて、『卒業』という栄光を勝ち取ったそうです!」

「わたくしが卒業したのは中等部で──」

「さあさあさあ! 会場も温まって参りました! それでは、魔法界の気高きレディ、ノエール・シャンバリーゼ・エレクタムさんのお披露目タイムです!!」


 イラックは過去1番の大声をあげて、何処からともなくオレンジ色の果実を取り出した。

 

 それを魔法でどうにかしろ、ということなのだろう。

 魔法を披露すると言っても、出力を誤れば、木造の道具屋内では大惨事に繋がりかねない。

 実に合理的な判断だ、と思った。


 周囲に唆されるまま、ノエールが立ち上がる。

 不安げな表情で、前に突き出した手は震えていた。

 しかし、大きく息を吐き出すと、これまでとは打って変わって真剣な表情が現れる。


「コホン……『終炎を齎せし黒き巨人よ、煉獄より吹き荒ぶ灰燼の枝を、我が左手に顕現せよ、【災厄の劫火ラグナロク・インフェルノ】』」


 鬼気迫る迫力。

 そして、凄まじい詠唱。


 俺は脳を揺さぶられ、感涙に咽びながら、結末を見届ける。


 オレンジ色の果実には小さな黒点。

 灰色の煤がゆらゆらと天井に上り、焦げ臭い匂いが鼻をくすぐった。


「……ん? トラブルかよ?」

「魔法はほとんど出てないわね」


 俺は呆気にとられる。

 劫火の使い手ノエールは口をキュッと結び、瞳にはウルウルと涙を浮かべていた。

 そして顔は真っ赤になっている。

 

 そこにいたのは、ただの少女ノエールだった。


「わ、わたくしは……」

「「ん?」」

「わたくしは魔法を使えないんですの!!」


 涙を流すノエール。

 道具屋は静まり返った。


「え、でもよ、学院は卒業したんだろ? テストとかあるじゃねえか、たぶん」

「う……うぅ……筆記試験は教務室に忍び込んで点数を改竄……実技試験は、火魔法であれば発火しやすい魔物の油を浸した綿などを使って……カモフラージュしましたわ……ぐすん」

「えぇ……」


 道具屋はより一層静まり返った。

 万引きしたのもそうだったが、ノエールは目的の為なら手段を選ばないタイプのようだ。


 地獄のような空気の中、先程まで意気揚々としていたイラックは「ええと……」と狼狽えている。

 

 「それでもわたくしは卒業したのです」、「誇りに思っておりますわ」、などと供述するノエールを、母親然とした表情のローゼリアが抱きしめ、頭を撫で始めていた。

 

(これは、誰が悪いんだ?)


 ローゼリアの胸に顔を埋めるノエール。

 泣くことで被害者を装っているが、彼女のやったことは普通に不正行為だろう。


「その、ノエールが早く打ち解けたらいいなって思ったんだけどよ……」


 弁明を始めるイラックだが、ノエールは膨らみに夢中だ。

 イラックが助けを求めてこちらを向いてくるが、無視して空の食器を重ねていく。


 彼なりの優しさだったんだろうが、今回は運が悪かったな、と内心で同情した


「ノ、ノエール、ちゃん……? オレ、傷付けるつもりはなかったんだ……許してくれよ、な?」


 と顔を覗き込むイラック。

 対して、ノエールはそっぽを向く。


 右、左、右、左。


 そんなコミカルな動作を何度も繰り返していく内に、ニヤニヤと笑い出したイラックを、ローゼリアが殴り飛ばした。


 距離が縮まって何よりだな、と俺は思った。

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