第37話:ノエールの初仕事1


 ナイスガイ・イラック主催の茶番劇は早々に幕を下ろし、道具屋はいつも通りに営業を開始。


 木彫りのカウンターに立っているのは、ガチガチに緊張しているノエールと、例に漏れず新人教育を担当する俺だ。

 

 「開店」の看板プレートを引っ掛けるついでに、道具屋の裏を覗き込んでみれば、麦わら帽子を被ったローゼリアが薬草菜園拡大に向けて、土を耕していた。

 

 農家トムに借りた鍬を一生懸命に振り回している。

 と思いきや、こちらの存在に気付いたらしく、ニヤニヤしてから投げキッスを飛ばしてきた。


 揶揄われた俺は無視をしてその場から去る。


 ちなみに、休日はイラックが勝ち取っており、「オレ、反省しますから」と言って何処かへ消え去った。


 今日も頑張ろう、と道具屋に戻る。

 最初に目に入ったのはやはりブルブル震えるノエールだ。


 その表情はもはや恐怖の境地に達していて、ツインテールの房が振り子のように揺れているほどだった。

 

「そんなに緊張することはない。計算はできるんだろ」

「で、ですが……勘定を間違えてしまったら、と考えるとやはり恐ろしいですわ。それに実はわたくし、男性が、その……苦手なんですの」


 泣き出しそうな声。

 じゃあやめるか、と声をかけたくなった。

 しかし、せめてポーション1個分は働いてもらわなければ、店主として筋が通らない為、辛うじて言葉を飲み込む。


 俺は少し考えてから、カウンター下の「贈り物保管ボックス」からメモ帳を取り出してペンを走らせる。


 数十秒で書き終えたメモ用紙をノエールに渡した。


「……これは、なんですの?」

「商品とその値段だ。それを見ながら接客すると良い」

「あ……その……あ、あ──」

「それと、男性客の対応は俺がやる」


 おずおずとメモ用紙を受け取ったノエールは「あの」、「その」と言葉を漏らしながら、俺の顔とメモ用紙の間で、視線を忙しなく動かした。


 数年前のローゼリアもこんな感じだったことを思い出す。

 言いたいことがあるはずなのに、いつまで経っても口籠るばかり、しまいには「なんでもない」と誤魔化すのだ。

 

(ある種の病気だな。最近のローゼリアを見ていれば分かるが、多分放っておけば治るだろう)


 これまでの経験から、返答を待つだけ無駄であることを知っていた俺は、適当に頷いてから店内をうろつき始めた。


 俺は暇があれば見回りをすることにしている。

 商品は行き届いているか、破損や不備はないか、ゴミ等は落ちていないか確認するのだ。


 カウンターから左回りに、飯盒やフライパンが吊るされた調理器具コーナー、魔法の鞄マジックバッグやナイフ、ロープ等が置かれた丸いテーブル、そして、中央のポーション棚、と歩き回る。


 サンアップル味のポーションの位置がズレていたことに気付き、細かい修正を施していると、扉が開く音と共に陽気な声が聞こえてきた。


「やあ、セノン」


 毎度恒例、開店とほぼ同時にやってくる男トム。

 俺は片手を上げて挨拶をする。


 朝の清々しさにピッタリな朗らかな顔は、最初に出会った時よりも日に焼けている。


 トムは俺の方、もといポーション棚に近付いてきた。


「最近は1周回ってブラックベリー味がいいんだよ。最近、ようやくつぼみがついてきてさ、待ち切れないっていうのもあるんだけど」

「じゃあ2周目にゴブリン味はどうだ?」


 半分冗談で訊ねると、トムは眉根を寄せてからため息交じりに笑った。


「いやあ、バーヤンさんには悪いけどアレは苦すぎるよ。嫁さんも『ポイズンフロッグ味の方が飲める』ってさ」


 やはりダメか、と微笑を洩らす。

 

 バーヤンの調合はもはや錬金術と言っても過言ではない。

 果物に始まり、毒キノコ、有毒植物、現在は魔物にまで手を出し始めていた。


 しかし、そのどれもが失敗に終わっている。

 安全性は問題ないが、味の方が壊滅的なのだ。


 甘いポーションをこよなく愛するバーヤンにとっては屈辱的なのだろう。

 そのせいか、最近の彼は研究所に引き籠もってばかりだった。


 とは言っても一部の人間、魔物や有毒植物を嗜む悪食家には好評である為、調合は続けてもらっている。


「なあ、そういえばさ、最近気になることがあるんだけど──あ、新人さん? オレはトム、よろしくな」


 ポーションを2瓶を片手で掴んだトムと会話をしながら、カウンターに向かう。

 挨拶されたノエールは、慌てて深いお辞儀をしていた。

 

「で、何が気になるんだ?」

「いやさ、最近強くなった気がするんだよ。ほら、オレって片腕しかないだろ? だから物を運ぶ時は苦労するんだけどさ、最近はそうでもないっていうか」

「筋肉がついたんじゃないか」


 銅貨6枚を受け取りながら、指摘する。

 会計を終えてポーションを手にしたトムは、器用な手つきで蓋を開けると一気に飲み干した。


「うーん、筋肉なら用心棒をやってた頃に全部ついちゃったと思うんだ。それでさ、強くなったのはセノンの道具屋に通うようになってからな気がするんだよ」

「そうなのか?」


 疑問に思いながら【魔力探知】を発動させる。

 元用心棒というだけあって他の住人たちよりは多めの魔力、成長途中の若者に見られるような揺らぎもない。


 強くなっているか、と聞かれればよく分からなかった。

 そもそも以前までの魔力量を完全には覚えていない。


「まあいいか。悪いことじゃないわけだし」

「ああ、魔力に異常はなさそうだ」

「そっか、それじゃあオレ、行くよ」

「待ってくれ、少し頼みたいことがあるんだ」

「ん? セノンからお願いなんて珍しい」

「菜園の方を覗いて行ってくれないか。今、ローゼリアが耕しているんだが、土がかなり固そうなんだ」

「うーん、固いかあ、水分の割合が少ないのかもなあ。よし、見させてもらうよ。役に立てるかはわからないけどさ」


 快諾してくれたトムに礼を言う。

 右腕をぐるぐると手を回しながら、道具屋を出ていったトムの背中を最後まで見送った。


 「明朗な方ですわね」と呟くノエールに、トムとの出会いや、彼が思いやりに溢れる人間であることをそれとなく伝える。


「ランドウェード郊外の住人は皆、あんな感じだ」

「そうなのですね……わたくし、王都で生活を営んでおきながら、あのような温かい方々について何も知りませんでしたわ」

「だから、その……あまり心配するな。冒険者も来るが、彼らが興味を示しているのは接客態度というよりは商品と金だ。あと、値切ってくる輩は俺がぶっ飛ばしてやる」


 そう言うと、ノエールは口に手を当てて笑った。


「……ありがとうございます、セノンさん。わたくし頑張れそうですわ」


 光に満ちた笑顔を見た俺は、自身の判断が誤りではなかったことを確信した。


(これはローゼリアに勝るとも劣らない数のファンができるぞ)

 

 第2の看板娘の登場。

 増える売上と商品の数。

 

 俺は思わず綻びそうになる唇を抑えるのに必死だった。

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