第5話:ランドウェード郊外の人々


「待て待て、待つんじゃ。こんな事を言いたくはないが、お主ではドーグランには勝てぬぞ」

「彼は殺し屋だった頃、銀級の冒険者を何人も殺したそうです。ここの用心棒ですら歯が立たなかったですし、転移者という噂もあるんですよ。まあ、信憑性はないですが」


 「ドーグランを殺す」と言った俺に対して、顔を真っ青にして引き止めてくる道具屋のデルゲイとイカれポーション野郎バーヤン。


「それに加えて手下は6人いてな、夜も交代制で見張りをしておるんじゃ。付け入る隙などない」

「ドーグランは早寝早起きだからといって忍び込むのは早計というわけです。まあ、さすがに真夜中ともなればパフォーマンスは低下しているようですが、それは私たちも同じですから」

 

 そんな2人の言葉を聞いて、俺は安心していた。

 ドーグランがさほど強くないということが分かったからだ。


 銀級冒険者なら両手で有り余るほど殺してきたし、真夜中は最も身体が動く時間帯だ。


 というか、手下の数を聞いただけなのに、それ以外の情報も充分過ぎるほど話してくれた。

 2人とも諦めたような顔をしていたが、心の奥底では希望の光が輝いているのかもしれない。


「大丈夫だ。アジトの場所を教えてくれ」

「お主、本気なのか……ごほっ……うぅ」

「おっとと、大丈夫ですかデルゲイさん」


 デルゲイが今までより激しく咳き込んでから蹌踉めくと、バーヤンが慣れた手つきで受け止めた。


 「大丈夫か」と聞くと、「大丈夫なわけありませんよ」という返答と共に、本来デルゲイは布団の上で安静にしていなければならない容態なのだとバーヤンが話してくれた。

 

 ドーグランが来てから身体に鞭を打って動き回っていた為、そろそろ限界が近いという。

 

(ならば、なおさら冥土の土産をくれてやろう)


「ドーグランのアジトは町の西側、城壁の方にあります。彼は数時間もすれば寝るでしょう。まあ、とにかく……よろしくお願いします」


 立ち上がった俺を呼び止めて、バーヤンは頭を下げた。

 人を死地に送るかのような申し訳なさを漂わせているが、そこまで心配されると逆に不安になってくる。

 

 だが、本当に大丈夫だ。

 それに俺はドーグランを知っている。

 おそらく彼は元同業者だ。


 記憶が正しければ、彼は組織で「子犬」と呼ばれていた男に違いない。


 俺とローズは転移者専門の特殊集団に所属していたが、他にも貴族の暗殺や冒険者の間引きなどを請け負う一般的な殺し屋も数多く存在していた。


 復讐以外の興味を失っていた俺は、ドーグランの動向など知る由もなかったが、ローズが一度だけ「金魚のフン」、「ああはなりたくない」と評していた覚えがある。


(とりあえず町を探索しつつ、アジトを見つけよう。路地裏や死角になりそうな場所も併せて把握しておきたい)


 目星をつけた俺はランドウェード郊外の町を歩き始めた。

 見回りなどもいないようなので、まずは住人を装って堂々と歩くことにする。


 「以前はもう少し栄えていた」とデルゲイが言っていた通り、古風だが2階建ての家屋があったり、八百屋の面影を残した建物が並んでいるものの、人気ひとけはない。

 一般的な町未満、スラム街以上といったところだろうか。


 住民は皆、路上生活を強いられているようだ。

 家から引きずり出すことで動向を監視して反乱や逃亡を抑制しているのだろうか。


 時刻は夕食時なのにも関わらず、筵の上で横になっている者がほとんどだ。

 そういえば倒れてから何も食べていないことを思い出すと呼応するように腹が鳴った。


「な、なあ……! お前、腹が減ってるのか?」


 そろそろ本格的にアジトへ向かおうと気を引き締めたタイミングで後ろから話しかけられた為、少し驚いた。

 話しかけられたことにも驚いたが、人が接近していることに気付けなかった自分にはもっと驚いた。


(かなり緩みきっているな)


 自らを律してから後ろを振り向くと、やはりみすぼらしい姿の男が立っていた。


 身長は高く、痩せこけている上に片腕が無い。

 唯一健在である右手にはパンを持っていた。

 実に硬そうなパンである。 


「さっきデルゲイさんのとこで聞こえちゃったんだ。お前、ドーグランと戦ってくれるんだろ?」

「ああ」

「ほら、これ食えよ。今までそんな奴いなかったからさ、俺嬉しくなって、隠してたパンを急いで持ってきたんだ。あと、コレも。役に立つかは分からないけど」


 ひょろ長の男はへへ、と笑い、ロープも差し出してきた。


 自白していたように、嬉しさのせいかそれなりの大声で話し続ける男。

 周囲を警戒すると、ドーグランの手下は見当たらなかったが、横になっていた住民がこちらに顔を向けていた。


 「そんな阿呆がいるのか」と言いたげである。

 見ず知らずの俺に期待する方がおかしいよな、と男の方に向き直ると硬いパンとロープを貰った。


「俺もさ、昔ドーグランに戦いを挑んだんだけどコテンパンにされちゃったんだ。他人任せになっちゃうけどさ、ほんと応援してるぜ。あ、でも、いざとなったらさ、自分の命を優先してくれよ」


 俺の肩をポンと叩いた男はゆっくりと帰っていった。

 周囲の目も気になった為、俺も早足で去りながらロープをしまい、パンを頬張る。


 強く握り締められた跡が残るパッサパサのパンは、人生で1番味のあるパンだった。


 それから2時間ほど経った頃。

 アジトを見つけた俺は潜入ルートを確保して、路地裏に隠れながら見張りが交代する隙を伺っていた。


 ドーグランのアジトは道幅の大半を占めるほどの大きな平屋の上に、髑髏と斧のマークが描かれた幕を貼っていた。


 その横には本格的な見張り台が建っていることから、それなりの規模だということが分かる。

 手下の配置はアジトの入口に2人、見張り台に1人。 


(あのマークは自作か? 随分と張り切ってるな)


 などと感想を抱きながら俺は待機している。


 標的ターゲットはあくまでもドーグランということで手下の処置については決めかねていたが、見張りの会話を盗み聞いていると、彼らも自主的に住民を虐めていたことが分かったので殺すことに決めた。


「おい、そろそろ交代の時間だ」

「ふぅ……ようやくかよ。やっと眠れるぜ」

「いいよなあ、お前たちは。明日あのジジイが死ぬのを間近で見られるぜ」


 アジトの入口で4人、見張り台で2人、と総員が集まった。


 作戦開始だ。

 いつもの掛け声がないことを少し寂しく思いながら、俺は路地裏から飛び出した。

 

 まず見張り台の方を目視して【歪曲】を発動させる。

 プチッと小気味良い音を立てて、見張り台にいた2人の首がありえない方向に曲がった。


 待機中、魔眼スキルに関して色々と確認してみると、片目でも全てのスキルを使用できるが、威力はほぼ半減しているということが分かった。


 それでも【魔力探知】の結果、ドーグラン一味には充分な成果を期待できると判明しているのでまず問題はない。


 俺は黒いナイフを片手に一気に距離を詰める。

 スキルなど使うまでもない。


 接近に気付かず、呑気に世間話を交わしている手下たちの懐へ瞬時に潜り込むと、回転しながらそれぞれの首を斬り落とした。


(探知系のスキルを持たない見張りは見張りと言えるのか?)


 ゴトゴト、と重い音が足元に伝わってくる。

 魔力が霧散することなく、勢いよく飛び出る鮮血だけがそこら中を真っ赤に染めた。


(危険度でいえばFくらい、報酬金は銀貨3枚くらいだな)

 

 身体に染み込んでしまった勘定を振り払いながら俺はアジトの中に潜入した。

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