第4話:出会いと始まり

 

 夜……いや、正確な時刻は分からないが、とにかく薄暗い場所で俺は目を開けた。

 

(ここは?)


 確実に死んだものと思っていたが意識がある。

 死後の世界は存在したのか、と驚いたが身体を動かすと、かなり現実的な感触に襲われた。


 何かと思えば、俺は地べたに直接寝ていたらしく、顔を上げると引っ付いていた砂利がポロポロと落ちた。


 また、この薄暗さは頭まで覆いかぶさっている布が原因であることも分かった。

 

 この布はかなり臭う。

 言うなれば死体の臭いだ。


(一体、どういうことだ?)


 起き上がろうと布に手をかけた瞬間、誰かに抑えられた。

 人身売買をする盗賊か、と警戒したが、添えられた手は強引な感じはせず、むしろ温かみを感じるようだ。


「シーッ、今は起き上がるでない」


 まさに老人といったような低くしゃがれた声に注意される。

 俺に布を被せた犯人なのだろう。

 

 警戒を解かない俺は新手の誘拐方法か、と疑うが、遠くから土を踏む音がやってきた為、ひとまずは指示に従うことにした。


「おい、道具屋のジジイ! 今日こそは薬草を取ってきたんだろうな!」

「ごほっごほっ……そう声を荒げるでない。ほれ」

「なんだあ……一束だけかあ? おい、イカれポーション野郎! 薬草一束で何ポーションだ?」

「一束じゃ半ポーションくらいですかねえ。まあ、瓶の規格や必要な回復量にもよりますが」


 息をひそめる俺のかなり近くで会話が聞こえてくる。

 声からして、さっき手を添えてきたのは『道具屋のジジイ』で間違いなく、賢そうな話し方をする『イカれポーション野郎』はその隣にいるようだ。

 

(俺は道具屋にいるのか? やはり人身売買?) 


 そうだとしても先程から声を荒げたり、どこかを叩いたりしている男は何者なのだろうか。

 道具屋と会話する者として最も相応しいのは客なのだろうが、会話の内容はどこか変だ。


(忠告など無視してさっさと出ていこうかと思っていたが、ここは我慢してみるか)

 

「なあ、ジジイ……お前が道具屋だっていうから贔屓してきたが、商品も無けりゃ用意もできねえってのはどういうことだ!」

「道具屋は休業中だと最初に言ったじゃろ……ごほっ……少しは人の話に耳を傾けてみたらどうなんじゃ」

「んだとジジイ! オレ様に向かって生意気な口をききやがって!」

「まあまあドーグランさん──って、ぎゃあ!?」


 ヒュン、と風を切る音が響いた後、仲裁に入った男が悲鳴を上げた。

 

「ジジイ……明日もポーションを用意できなきゃてめえもムチ打ちだぜ。あと、さっさとソレ片付けとけ」


(……ッ!?)


 突然、腹部に衝撃と痛みが走る。

 どうやら蹴られたらしい。

 相変わらず意味が分からない。


 居場所がバレたのかとも思ったが、傲慢ちきな男は「お前ら行くぞ」と号令をかけると、ぞろぞろと足音を鳴らして遠ざかっていった。 

 

「もうよいぞ」


 しゃがれた声に従って布を取ると、おおよそ想像通りの白髪の禿げ頭に曲がった腰の老人と、「あいたたた」と嘆く小太りの男が左目に映った。


 2人とも泥に汚れている上に傷だらけ、ボロ布を纏っている姿はまさに奴隷のようだった。


 少しでも現状を理解しようと周りを見渡すと、道具屋という情報に反して俺たちがいたのは、藁で作られた敷物が敷いてあるだけの屋外だった。


 夕暮れ空の下、その光景は道沿いに延々と続いていて、建物の中は空っぽのように見えた。 

 

「ほっほ……困惑するのも無理はない。それよりも良い一撃をもらっていたが、傷は大丈夫かの」

「ああ、包帯……手当してくれたんだな」


 見れば両腕から右目まで丁寧に包帯が巻かれていた。

 全快には遠く及ばないが、痛みはさほど感じなくなっている。


「デルゲイさんに感謝するんですよ。今朝、森で倒れていたアナタを助け、匿ってくれていたのですから。まあ、デルゲイさんのお人好しは今に始まったことではないですがね。あ、私はバーヤンといいます、何卒よろしく」


 小太りで賢そうに説明してくれるバーヤンは多分『イカれポーション野郎』だ。

 「どうぞ」と言って俺に水を差し出してくれた。


「デルゲイ、ここはどこなんだ?」


 水を一気に飲み干した俺は道具屋の老人デルゲイに詳しい事情を訊ねる。


「ここはランドウェード郊外の町じゃよ。運に見捨てられた者たちが流れ着く場所じゃ」


 デルゲイによれば、ここは王都ランドウェードの城郭からはみ出るようにして形成されたもう1つの街らしい。


 ここに住んでいる者の殆どが、どこからかやってきて誰に何を言うでもなく暮らし始めるのだと。


 皆それぞれの事情を抱えており、時には打ち明け合い、そして支え合って、貧しくとも逞しく生きていたとデルゲイは語った。

 

 王都ランドウェードには仕事で何度も訪れていたが、ここの存在は初めて知った。


「それで、アイツは?」


 街の入口の方で、子供を抱く女性に怒鳴り散らかしている大男。


 その野太い声と粗暴な態度は先程デルゲイたちを脅していた男に違いなく、はちきれんばかりの筋肉を纏い、背中には大きな斧を背負っていた。


 その後ろではバンダナを付けた手下らしき人間が2人、蛇のような鞭を振り下ろしたところだ。


「……ああ、彼奴の名はドーグラン。数十日前にやってきた元殺し屋じゃ」

「ドーグランが来てからは最悪の毎日ですよ。私たちを奴隷のように扱って、オレ様の為にああしろこうしろ、と。まあ、相当な腕利きなので誰も逆らえないのが事実なんですがね」


 それから2人は思い思いの不平不満を零していった。

 質問した俺が制止したくなるほどの勢いで、デルゲイに至っては熱中しすぎて途中から咽返っていた。


 彼らの言い分の要所を掻い摘むと「ドーグラン王国建国の為に日夜働かされている」、「指示に従わなければ女子供でも容赦無い」、「家を奪われ寝ることもままならない」とのこと。


 相当な暴力を振るわれているようで、俺を隠していた布はドーグランによる戒めによって命を落とした者を運搬、埋葬するために使われていたものらしい。


 確かに俺の横には布のかぶせてある膨らみが2つ並んでいて、蝿が何匹もたかっていた。


 あの臭いは本当に死臭だったのだな、と俺は改めて気付いた。

 

「若者よ、お主は早く立ち去るのじゃ」

「そろそろドーグランは風呂の時間ですからね。まあ、いざという時は私たちが囮になりますから安心して下さい」


 そう言うと2人は頷き、微笑んだ。

 しかし、その笑顔はどこか寂しくて作り物のように思える。


「……お前たちはこうやって人を助けては逃がしているのか? この包帯もなぜ自分たちに使わないんだ?」


 俺の質問に2人は一瞬目を丸くして顔を見合わせた後、照れくさそうに表情を柔らかくした。


「ワシはもう長くないからのう……それにドーグランを追い返せないのはワシらの責任じゃ。旅人のお主らまで苦しい思いをする必要はない」

「娯楽も楽しみもない私たちにとって、人助けがもはや生きがいみたいになってますからね。まあ、隠していたポーションや包帯はもう在庫切れですが」


 バーヤンが額の汗を袖で拭う。


「……王都の連中はこの現状を知っているのか?」

「どうかな。仮に知っていたとしても助けには来ないじゃろう」

「人と見なされてませんからね。まあ、勝手に住んでるのは私たちなんですけど」


 ここで文句の一つでも出てくれば良かったのだが、2人は諦めた表情をするばかりだった。


「そういうわけじゃ。ワシらのことは気にするな」


 こんな状況でも他人のことを優先するデルゲイとバーヤン。

 反吐が出そうになるほど優しい連中だ。


 部外者である俺が追い剥ぎや密告されることなく無事に匿われ続けているということは、他の住人たちも似たような考えを持っているのだろう。


 そんな彼らを虐げているドーグランという男。

 「オレ様」と個人的に気に食わない一人称で暴言を吐き、人々をもて遊び、殺戮している。

 それに、俺の腹を蹴りやがった。


 そんな奴がのうのうと生きていて良いのだろうか。


「……デルゲイ、バーヤン。アイツの手下は何人いるんだ?」

「ん? なぜそんな事を聞くんじゃ」

「決まってるだろう。ドーグランを殺すんだ」


 俺は伸び切った銀色の髪を掻き上げ、真っ黒のナイフを強く握った。

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