第6話:子犬の始末


 静まり返ったアジトに入ると大広間が俺を迎えた。

 宴でもしていたのだろうか。

 肉と酒の匂いが辺りに漂い、中央のテーブルには銅と銀硬貨の山に宝石が見え隠れしている。


 いやに現実的な量と質からして住民たちから強奪したものだろう、と推測できた。


 大広間の両脇には各部屋に続く廊下が左右対称に続いており、どちらかがドーグランの部屋に繋がっているだろう。


(さて、どうするか)


 殺し屋時代は「無駄なく正確に」を念頭に置いて仕事をしていた為、寝込みを襲ったり、奇襲を仕掛けたりすることが多かった。


 ローズは不満がっていたが、それが最も効率的であるし"掃除"も楽なのだ。


 だが、今の俺は殺し屋ではない。

 ここはひとつ遊んでやってもいいだろう。


 俺は大広間の奥、一際大きなソファ近くに置かれていた酒樽を思いっきりぶち撒けた。


 大きな破壊音から少し経って、遠くで床が軋む音がする。

 ドーグランだ、と察知した俺は暗闇の中に気配を消した。


「ったく……おい、うるせえぞ! オレ様の睡眠を邪魔するなっていつも言ってんだろ……っておい、なんだこれ」


 床を踏み抜くほどの勢いで大広間にやってきたドーグランは、目の前に広がる光景を見て驚く。

 カンテラ片手に寝間着姿の無防備な大男。

 俺はその姿を【暗視】でしっかりと見届けている。


「おい、ビッグ! マージ! こりゃどうなってんだ!!」

「ここにいるのはお前だけだ」

「誰だ!?」


 入口に向かって叫んでいたドーグランの元へ、影から顔を出して歩き出す。

 その途中で床に落ちていた酒樽の尖った木片を拾った。


「住民を虐げて、王様気取りかドーグラン、いや……『子犬』だったか?」

「てめえ! 今なんつった──」


 ドーグランは激昂し、俺の胸ぐらを掴もうと左腕を伸ばした。

 カンテラの明かりを避けて、闇から左腕を掴み返すと、その肘関節のど真ん中に先程拾った木片を突き刺した。


「痛ええええええっ!!! 何しやがる!!」


 夜の静寂を破る咆哮。

 痛みに悶えながらも一心不乱に反撃するドーグランだったが俺には当たらない。


 【魔力探知】からドーグランが【身体強化】のスキルを使用していることが分かったが、大した強化にはなっていないように思える。


「くそっ!! なんで当たらねえんだ!!」


 打撃、蹴り、物を投げるというゴブリンのような下級魔物でも出来る攻撃をドーグランは繰り返す。


 避けるというよりも勝手に逸れていくような感覚。

 攻撃の際にこちらに飛んでくる血と汗を浴びないようにする方が難しいくらいだった。


 そろそろ飽きてきた所で硬貨の山を一掴みして目潰し、その隙に背後に回ってナイフを首筋に当てた。


「ぐっ……てめえ、何者だ。なぜあの時のあだ名を知っている」

「……『黒塗りの双華』を知っているか」

「は、はあ?」

「お前も殺し屋だったなら耳にしたことはあるだろう……女帝マダムの"お友達"だ」


 そこでドーグランの身体がビクッと跳ねた。

 段々とその身体は震えを帯びていく。


「転移者殺しの……ローズとクローバー。黒装束に黒いナイフ……お、お前!?」


 あわよくば脅しになるか、とちょっと恥ずかしい異名を名乗ってみたが効果は抜群だったらしい。

 俺は返事をする代わりに首筋に当てたナイフを少し進めた。


「待て!! ま、待ってくれ!! なんでお前がここにいるんだ。オレは組織から抜けたんだぞ、"夢"だって叶えたし……まさか、オレが標的ターゲットなのか?」

「違うな、俺も殺し屋をやめている」

「じゃ、じゃあなんで!!」

「罪もない人間を殺しただろ?」

「お、おい……あのクズ共の事を言ってるんじゃないよな? アイツらは運も才能も生きる価値もないカスなんだよ! ならオレ様がこき使ってやる方がいい! お前なら分かるだろ?」

「カスはお前だ」


 俺はナイフの先端をドーグランの首にめり込ませた。

 犬のような短い悲鳴と共に血が流れる。


(散々人を殺してきた俺が言うのもなんだが、コイツは情状酌量の余地もない悪人だな)


「頼む! 待ってくれ、金ならいくらでもある! なんなら手下になってもいいんだ。盗みだって殺しだって何だってやる。だから許してくれ!」

「そうか……なら、死で償え」

「ぎゃあああああああああああああ……」

 

 涙と鼻水を流して懇願してきたドーグランを【拘束】で行動不能にして、その首をゆっくりゆっくりと斬り落としていった。


 耳を覆いたくなるほどの長い絶叫だったが、この鎮魂曲がランドウェードの人々に届くことを願って惜しみなく刃を進めた。


(ふう……終わったか)


 絶叫したままの表情で落ちた生首を拾ってため息を吐く。

 これでランドウェード郊外の人々が救われればいいが。

 

 目標を達成してても俺の心は晴れないままだった。

 俺は殺し屋時代にランドウェード郊外のような人々を何度も目にしてきている。

 

(なぜ心優しいやつほど虐げられるのだろうな)


 妹を殺されてから芽生えた俺の疑問。

 復讐に燃えていた時は「今は他人のことを考えている場合ではない」と先送りにしていた。


 この世は弱肉強食。

 ならば俺が復讐のついでに悪い奴を殺せばいい、と思っていたが殺しても殺しても悪人は現れるばかりだ。

 

(復讐をしても何も生まない、か。よく言ったものだな)


 だからといって復讐をしない、というのはありえない話だが。

 妹を殺したアイツが生きていていて良いはずがない。


(しかし……これからどうしようか)


 成り行きでドーグランを倒したはいいが、これから何を目的に生きていけば良いのか皆目検討がつかなかった。

 

 やはり俺には"殺し"しかないのだろうか、と喉まででかかった呟きを俺は無理やり飲み込んだ。


 考えるにしても場所が悪い。

 こんな血なまぐさい所で生首を片手に悩んでいたら、頭がおかしくなってしまう。


(まあ、既におかしくなっているのかもしれないがな)


 とりあえずデルゲイたちに報告しに行こう、とアジトを出ることにした。


 真っ赤に染まった地面を、靴が汚れないように進む。

 ようやく入口に辿り着いた所で、俺は思わず足を止めた。

 

 前方に何かがひしめいていたのだ。

 悪人や魔物特有の嫌な感じはしないが、俺は明かりを持っていなかった為、念のため【暗視】を発動させる。


(住民、か?)


 アジト前の広場で怯えるように固まっている集団、物陰に隠れてこちらを伺っている者、路地裏、木箱の後ろ、屋根の上、至る所に人がいる。


(一体何をしているんだ。まさか……罠だったりするのか?)


 最悪の予感が頭をよぎる。

 俺はどうすれば良いのか分からず、棒立ちになっていると1人の男がおずおずと前に進み出てきた。

 見れば町を散策している時に硬いパンをくれた男である。


「な、なあ……お前、ゆうべのだよな? さっき大声がきこえたんだけどさ、もしかして……」


 中途半端な所で言葉を切った男。

 敵意はなさそうだ。

 遠慮の仕方からして未だにドーグランの影に怯えているのだろうか。


 ならば、と俺は右手に掴んでいた生首を放り投げた。


「う、うわ! これって……」

「ああ、ドーグランのものだ」


 俺の言葉に住人たちの間でざわめきが起こった。

 困惑と緊張、あと、ほんの少しの期待、そんな雰囲気だ。

 それからパンをくれた男が後ろを振り返り「皆、ちょっと来てくれ」と呼びかけた。


 初めは躊躇していた住人たちだったが、1人、また1人と集まってくると、ようやく松明が点灯してドーグランの生首が朧げな炎の下で明らかとなった。


 再びやってくる静寂。

 それは嵐の前の静けさのようで、やがて──


「「うおおおおおおおお!!!!!!」」


 と割れんばかりの歓声に変わった。

 ある人は走り狂い、またある人は泣き叫び、とある女はドーグランの生首を蹴り飛ばし、と各々が独自の方法で喜びを表現している。

 それに呼応するように松明の火も増えていき、広場は夜だとは思えないほど明るくなった。


「ありがとう!! 本当にありがとう!!」


 パンをくれた男が思いっきり抱きついてくる。

 続いて「英雄だ」、「救世主だ」、などと妙なことを抜かす他の住人たちに俺は揉みくちゃにされていった。


 人生で初めて浴びた称賛の声の中、チラリと住人の顔を伺うと全員が満開の笑顔を咲かせていた。


(人助けも悪くないかもな)


 俺は新たな人生の目的を見つけたような気がした。

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