第7話:道具屋の店主

 

 元殺し屋ドーグランの死後。

 ランドウェード郊外の住人たちはアジトに溜め込まれていた食料、酒を取り戻すと盛大な宴を開いていた。

 舌にこびりついた辛酸を酒で洗い流すような勢いである。


 「アンタも来てくれよ」と何人にも声をかけられたが、性格上ついていける自信が無かった為、「疲れているから」と嘘を吐いて断り、デルゲイの道具屋に向かった。


 記憶を頼りにスタート地点を目指すと、通りに一軒だけ明かりのついた建物が見えた。

 ひと目で年季が入っていると分かる木造建築で、一般住宅より少し広め、縦長の三角屋根が特徴的だ。

 建物のそばには藁の筵が3つ並んでいる。


 『デルゲイの道具屋』と書かれた看板の横には達筆な字で『休業中』という紙が貼られており、今にも破れてしまういそうなほどボロボロだった。


(横にこんな建物があったとはな)


 筵の上で目が覚めた時には気が付かなかったが、郊外の町にしては立派な建物だ。


 上部がアーチ状になったドアを叩くも返答がない。

 本気で探っていない為、断言はできないが室内から感じられる気配はおそらくデルゲイとバーヤンのもの。

 鍵かかっていないことを確認してから店内に踏み込んだ。

 

 店内は休業中、というだけにガランとしていた。

 大小さまざまな商品棚が置かれているが、その全てが空。

 他に目に入ったのは左奥、壁に沿う形でL字に置かれた本棚と店内右側でそれなりの場所を取っているコの字型のカウンターくらいだった。

 

 そして、デルゲイとバーヤンの姿は見当たらない。


(ということは上だな)


 本棚スペースとカウンターに挟まれた中央階段に目をやる。

 簡単に気配を探ると、やはり2人は上にいるようだった。


 正面から踊り場を介して右へ直角に曲がるかね折れ階段を進むと、2階は住居スペースのようになっていた。

 

 身体に染み付いた忍び足で廊下を進み、立ち並ぶ3部屋を通り過ぎると、ひとつ孤立した奥室に辿り着いた。


「おお! お待ちしてましたよ」


 扉をノックするとバーヤンが出迎えてくれた。

 こちらの顔を見て嬉しそうではあったが、纏っていた雰囲気は悲しげでもある。


 その理由はすぐに分かった。

 テーブルに置かれた皿や本が広げられた机などから生活感を感じる部屋、そのベッドにデルゲイが横になっていたのだ。


 「布団で安静にしていなければならない容態」とバーヤンが言っていた通り、もう長くはないのだろう。


「おお……若いの、本当にやり遂げたのか」

「ああ」


 俺はベッドに膝をつき、デルゲイと視線を合わせた。

 間近で見る彼は皺だらけで、瞳もほとんど開いていない。

 この世に死神がいるのならそろそろ足音が聞こえてきてもおかしくはないな、と思った。


 また、もう少し早く町に来ていれば、と俺らしくもないことも考えている。


「ほっほ……そんな顔をするでない。寿命が少し早まっただけじゃ。ごほっ……それよりも最後に良い報告を聞けて良かったわい」

「だが……」

「お主、意外と人間味があるのう……少しばかりじゃが顔色も良くなったようじゃ」

「ああ、傷はもう無い」

「いやいや、そうじゃない。傷があったならばワシが言っているのは心のほうじゃよ……やはりお主に任せるべきかのう」


 よく分からないことを喋ったデルゲイは微笑んだ後、意味ありげにバーヤンへ視線を送った。

 死期が近付いたことで気が狂ったのか、と思ったがバーヤンは頷いて「異論はありませんよ」と一言。


 それから暫く黙っていたデルゲイだったが、やがて口を開いた。


「お主、人を殺すのは初めてではないな?」


 その質問に俺は一瞬息を呑む。

 なぜ分かったのか、そんな質問が出かけたが、デルゲイの呼吸が浅くなってきている今、聞くべきことではないと引っ込める。


(しかし、白状すべきだろうか)


 身の上話を誰かに喋るのは始めてだ。

 ましてやこんな赤の他人に打ち明けるなど、殺し屋時代では考えられなかったこと。


 しかし、俺はもう殺し屋じゃない。


「ああ、俺は何度も人を殺した。だがドーグランとは違う。罪のない人間には手を出していないはずだ」


 俺は強くハッキリと告げる。


 しかし、悪い転移者専門という免罪符があったとはいえ殺しは殺し。

 恐れられ、追い出されることも覚悟していた。

 だが、デルゲイはまだしもバーヤンまでもがただ頷くだけであった。


「そうじゃろうな……それでなんじゃが、ワシの道具屋を継いでみないか?」

「……なぜそうなる」

「お主がどんな理由で人を殺してきたのか、そんなことは聞かん。お主は悪人ではないからのう。しかし……良いこともしてこなかった、違うか?」

「……そうだな」

 

 俺は今日まで人助けという行為をしたことがなかった。

 依頼によっては間接的に人を助けたのかもしれないが、実際は無断で忍び込み、騙して、隠れて、人を殺し続けてきただけだ。


 ましてや道具屋など、人と向き合うような職業は向いていないだろう。


「初めて話をした時、お主は死んだような目をしていた。喜ぶでもなく、悲しむでもない。ただそこにいるだけじゃった。のう、バーヤン」

「はい、私たちよりも生気を感じられませんでしたよ。不気味すぎて漏らしそうになったほどですから。まあ、だからこそ心配だったわけですが」

「うむ……しかし、今は違う。ドーグランを倒し、住人たちに触れて、なにか見つけたのだろう? これからの道しるべとなる、なにかを」


 全てを悟ったようにデルゲイは語る。

 ベッド横のランプに照らされたその姿は神秘的でもあった。


 ──これからの道しるべ。

 俺は先程の住人たちの笑顔を思い出して静かに頷いた。


「ここで出会ったのも運命……人生のお供に道具屋はいかがかのう」

「だが、俺は表に立てるような人間じゃない」

「ほっほ……ならば立てるようになればいいんじゃ。あと……お主は誰のおかげで命拾いしたのか知っておるじゃろ?」

「卑怯だな」

「ワシは道具屋じゃからのう。人にものを売るのは得意なんじゃよ」


 デルゲイのほほえみを前に俺はしばらく考え込んだ。

 

 自分がどうしたいのか、まだはっきりとは分からない。 

 この選択がどう転がるのかも想像がつかなかった。


(道具屋……これもまた運命か?)


 妹サーニャがまだ生きていた頃、俺は道具屋の手伝いをして日銭を稼いでいた。

 今より不器用で手際も良くなかった分、収入も少なかったが「妹を守る」という生きる理由があった。


 道具屋を始めればまた見つけられるだろうか。

 サーニャ……俺は──


「デルゲイ、俺に道具屋をやらせてくれ」

「うむ……そうこなくてはな」

「おお……! 良かったですねデルゲイさん」


 そうして2人は笑顔になった。

 気のせいだとは思うが、部屋がパッと明るくなったように感じる。

 そして、明るくなったのは部屋だけじゃない。

 俺の心もだ。


「最後にお主の名前を聞かせてくれ。後継者の名を知っておきたいんじゃ」

「ああ……俺の名前はセノン・ダーシュテルベン。今日から道具屋だ」


 俺は真っ直ぐな視線をデルゲイに送った。

 それに頷き返したデルゲイは満足そうに目を閉じるのだった。 


(サーニャ、俺はここで新しい人生を歩み始めるよ。もし俺のことを許してくれるのなら……どうか見守っていてくれ)


 新たな決意を胸に俺は明日を迎えた。

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