第8話:やるべきこと


 翌朝、俺とバーヤンに看取られる形でデルゲイは静かに息を引き取った。

 苦しむ様子もなく、とても安らかな表情であった。


 デルゲイの死はすぐにランドウェード郊外中に知れ渡り、昨晩の宴のほとぼりは一瞬にして冷めたようだった。

 

 バーヤン主導で執り行われた葬儀中、昨晩パンをくれた男トムが教えてくれたのだが、デルゲイは町の最古参であり相談役として皆から信頼されていたらしい。


 それ故に彼を忘れてどんちゃん騒ぎをしていた住人たちは後悔と感謝の涙を流しているそうだ。


「デルゲイさんは愛されてますね。まあ、それも当然でしょうけど」

「ああ」

「さて、セノンさん行きましょうか」


 埋葬を終えたバーヤンと俺はゆっくりと道具屋に向かった。

 道中、バーヤンは葬儀進行が不安だったことなどを汗を拭きながら話しており、その様子からそこまで落ち込んでいるわけではないことが分かった。


 「セノンさんはどうでしたか」などと唐突に聞かれ、「よく分からない」と曖昧に返したがバーヤンは笑うだけだ。


 ガランとした道具屋に入ると、俺は促されるままカウンター内側の椅子に座り、バーヤンは立ったまま話を始めた。


「改めて自己紹介でもしましょうか。私の名前はバーヤン、肩書は……そうですね、調合師でしょうか。まあ、研究者ともいえるかもしれませんが」

「『イカれポーション野郎』か」

「ははは、実はそのあだ名気に入ってたんですよ。的を得ているといいますか、ポーションに目がないんです。あ、ちなみにここに来たのは私のポーションを売り込むためでした」


 バーヤンは窓の外をぼんやりと眺めた。

 過去に思いを馳せているのだろう。


「店を開こうとしたのか?」

「ええ、それか『デルゲイの道具屋』に卸そうとしてましたね。まあ、その時既に休業中でしたが」

「なら道具屋を継ぐべきなのはやはりバーヤンじゃないのか。俺は道具屋の手伝いこそしていたがツテも商才は無いぞ」


 俺の言葉を聞いたバーヤンは呆れたように肩をすくめた。

 汗を拭っていたハンカチをしまうと、真剣な顔になって一歩こちらに迫る。


「いいですか、デルゲイさんはアナタに託したんです。それを請け負ったアナタには店を繁盛させるという責任があるんですよ! そして、今……お店には商品が並んでいない。これがどういうことか分かりますか?」

「いや」

「私のポーションを並べる絶好の機会じゃないですか!」

「……ポーション調合をしたいだけじゃないか」


 俺は呆れて肩をすくめ返した。

 昨晩、デルゲイから引き継いだとはいえ、未だに煮え切らないでいる俺を叱咤激励してくれるのかと思いきや、バーヤンは興奮した面持ちで商談を投げかけてくるだけだった。

 

 しかし、彼の言うことは至極真っ当である。

 この道具屋の店主としてまずやらなければならないのは商品の確保だろう。

 商才云々よりもまずは道具屋を開店可能な状態にするところからだ。


「だが、ポーションは無いんだろう?」

「はい……残念ながら私のポーションは全てドーグラン一味に奪われてしまいました。ですが、希望はあります! まあ、セノンさん頼りになってしまいますが」


 バーヤンは心底残念そうに、まるで我が子を誘拐された親のような顔をした後、「希望」という単語を口にすると同時に目を輝かせた。


「盗むのか」

「ち、違いますよ! 薬草を取ってくれば良いのです。覚えていますか? デルゲイさんが森でアナタと出会った時、本当は何をしようとしていたのか」

「……薬草採取だな」

「そうです! ランドウェードの森には薬草の群生地帯があるとされているのです」

「あるとされている?」

「はい……ここからが本題なのですが、その群生地帯には凶悪な魔物が棲息し始めたらしくてですね──」


 これはドーグランが棲み着く数日前の話。

 王都ランドウェード、多くの人で溢れかえり栄える国。


 中でも「冒険者」という職業は人気且つ世間からの需要も高く、治安維持だけでなく経済面でも国を支えているそうだ。


 そんなただでさえ多い冒険者だが、数年前から戦争に駆り出されている者もいるということで、膨大な数のポーション、そして薬草が必要とされた。

 そこで王国はランドウェードの森にて薬草栽培を開始。


 これがつい数ヶ月前のことらしい。

 ランドウェードの森は気候もよく、異世界の農業知識を持つ転移者がいたこともあって栽培は順調だったそうだ。


 そう、順調だった。

 魔物に侵略されるまでは。


 転移者は薬草を栽培する術を持っていた。

 それだけではなく、薬草を品種改良することもできた。

 

 それを聞いた王国側は「治療だけでなく身体能力を高める」効果のある薬草を求めた。

 優秀な転移者はそれを見事に叶え、種子を量産、植栽して、ようやく育ってきた所で、とある魔物に食い荒らされてしまったらしい。


「──そうして莫大な力を得た魔物は転移者、そして討伐に来た冒険者たちを皆殺しにしたそうです」


 バーヤンがわざとらしく声を低くしてランドウェードの森の顛末を語った。


「それで、今もその魔物はいるのか」

「おそらく。銀級冒険者パーティで構成されたクランですらほぼ全滅だった、という噂がこちらまで流れてきたくらいですから。まあ、金級冒険者宛てに要請を出しているとも聞きましたから、それが間に合えば討伐されているでしょうね」

 

(金級冒険者、か)


 俺ですら真正面から戦ったことは無い階級クラスだ。

 冒険者ギルドで定められている階級制度、上下間での戦闘能力の差は銀級から金級が最も激しいと聞いたことがある。

 

 「銀級を10人殺せたからと言って金級が殺せるとは限らないのよ」とローズに言われたことを覚えている。


「要は倒してこいというわけだな?」

「可能なら、ですがね。転移者は腕力増強だけでなく様々な薬草を植えたと言いますからね。必ず良いポーションが作れますよ!」

「結局ポーションを作りたいだけじゃないか」

 

 と突っ込むとバーヤンは「そんな事はありませんよ!」と言ったが、その発情しきった顔で言われても信憑性はなかった。

 

 そんなにポーションが好きなら、と俺は黒装束のポケットに手を突っ込んで小さな小瓶をカウンターに置いた。


「ん……んん!? なんですかこれは!?」

「多分そこらじゃ出回ってない代物だ」


 丸みを帯びたガラスの瓶の中で揺れる紺色の液体。

 従来のものは水色ということで、その色が示している通り恐ろしく濃度が高く、中毒性も高い俺御用達のポーション。


 これは殺し屋時代に「協力者」が造ってくれた物で、あの魔法のマジックバッグも彼、または彼女の発明品だ。


「の、の、飲んでみても?」

「構わないが、少しにした方が良い。他のは割れてしまっていたからそれで最後だ」


 俺の忠告を半ばに一口含んだバーヤン。

 そういえば常人は経口摂取ではなく、傷口にかける形でなければならないと教えるのを忘れていたが、もう遅かった。


「…………ッッ……!?……ッア……ンホッ!?」

「お、おい!!」

「オオ……? ……オオオオオッ!?」


 バーヤンは白目を剥いて何度も身体をビクンと跳ねさせた。

 心配して身を乗り出したが、よく見ればなんだか気持ちが良さそうだったので中途半端に肩に手を添えるだけになってしまう。

 

 それに見る分にはかなり気色悪かった。

 中年男性が涎を垂らしながら鼻息を粗くしているのだから。


「はあ……はあ……とんでもない経験をしてしまいました……一瞬空を飛んでましたよ、私」


 未だにトロンとした目をしているバーヤンは傍から見れば確実にヤバい奴だった。

 俺が飲んだ時は度数の高い酒を飲んだような感覚くらいだったが、人によって耐性があるのかもしれない。


「それはバーヤンにやる。これから世話になるだろうしな。だが、気を付けろ。中毒で死んだ奴もいる」


 そう言って俺はランドウェードの森へ向かう為に席を立った。


「あ、ちょっと待って下さい! 私のポーション、本当に置いてくれるんですか」

「ああ、むしろ俺から頼みたいぐらいだ」

「おお……! ありがとうございます! 私の初めてのお客さんですよ!」


 嬉しそうに笑ったバーヤンは「こちらに来てください」と俺を手招きした。

 誘導されて来たのは店内左側のL字本棚スペースである。

 

 正面に2つ、左側に1つで並び、所々歯抜けになっている本棚を眺めながら、地図でもくれるのかと待っているとバーヤンは左側の本棚、下から2番目の棚にある黒い本をグイッと押し込んだ。


 本がめり込んだことも驚きだったが、何より驚いたのは──


 ゴゴゴゴ……


 ──と音を立てて正面の本棚が奥にずれて移動、隠し通路が現れたのである。


「元々お教えするつもりでしたが、プレゼントも用意してありますので……どうぞ、店主セノン様」


 とバーヤンは怪しく笑った。 

 

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