第33話:処分


 万引き犯を捕まえた俺たちは一度道具屋へ戻ることにした。


 イラックには「川に流せばいい」だの「もしかして年下趣味か?」だのとガヤを飛ばされ、しまいには「おい、そりゃ浮気だぞ」と怒られたが、その全てに心当たりがなかったので無視を決め込んだ。


(なかなか鬼だな、コイツは)


 などと思いながら道具屋に入ると、美味しそうな匂いが鼻をくぐり抜け、脳内物質がチカチカ点滅した。


 カウンターに並べられたローゼリアの料理。

 俺たちが店番をしている間に、離れで調理していたものが完成したらしい。


 今日のメニューは、牛肉の赤ワイン煮込みとパン。

 当然の如く美味しい牛肉を口に含みつつ、硬めのパンを丁寧に煮込まれたソースに浸して食べるのが、恐悦至極なのである。


 確か隠し味にはブラックベリー、ハーブと彩りに薬草の葉片が使われていたはずだ。


「あら、その子どうしたの?」

「ああ、さっき──」

「……コホン、あなたの旦那さん、浮気してるみたいよ?」

「やだ! セノンの薄情者! ろりこん!」


 わざとらしく声を変えるイラックと、ハンカチを咥えてムキーッと悔しがるローゼリア。


 芝居に勤しむ2人組を放って、少女の方を見ると、小ぶりで薄紅色の口元には滝のような涎が垂れていた。


 俺の視線に気付いた少女は、慌てて口元を拭う。

 「腹が空いているのか?」と聞くと、一瞬身体をビクつかせた後、遠慮がちに頷いた。


「ローゼリア、コイツにも食べさせてやってもいいか?」

「え!? お前正気かよ、万引き犯だぞ」

「いいけど……万引き? どういうこと?」


 ローゼリアが首を傾げる。

 説明したいのは山々だったが、料理が冷めてしまう事だけは避けたかった為、「まずは食事にしよう」と席に着く。

 俺とイラック、カウンターを挟んでローゼリアと少女という順で座った。


 「「いただきます」」という挨拶から食事が始まったが、少女はさすがに罪の意識があるのか料理には手を出していない。


(根っからの悪人では無いな。目も死んではいない)


 一方でイラックはむしゃむしゃと口を動かしており、「おい、万引き少女は食わないのか?」と不思議そうに訊ねている。

 心変わりの早いヤツだな、と俺は呆れた。


 食事をしながら事の経緯を説明した。

 少し考え込んでからローゼリアは「どうして?」と一言。

 それは万引き少女に動機を訪ねているようでもあり、俺に対して、なぜ連れ帰ってきたのか、と疑問を抱いているようでもあった。


「……信じていただけないかもしれませんが、わたくしは逃亡中なんですの。策もアテも無く、この身一つでの逃避行……挙句の果てにはこのような愚行に至ってしまい……本当に、ごめんなさい」

「腹が減りすぎてウチのポーションを盗んだわけか」


 コクンと頷く少女。

 ギロチンにかけられて、その時を待つ罪人のような表情を見て俺は考える。


 少女の処分について、だ。


「まだ若いんだし、働けば良かったじゃねえか。話題の冒険者とか、安定の農家とか何でもあるだろ」

「……旅をするには私は無力すぎます。それに王都でわたくしなんかを雇って下さる所などありませんわ」

「え、なんで?」

「……それは言えませんわ。むしろ、皆さんはわたくしのことを、エレクタム家をご存知ないのですか?」


 俺たちは顔を見合わせて、ほぼ同時に首を振った。

 言葉遣いといい、名家の生まれであることは推測できる。

 さしずめ王族や貴族といったところなのだろう。


 しかし、俺たちはそんな輝かしい舞台とは真逆の世界に住んでいた。


 俺とローゼリアも貴族の家に転がり込んだ転移者なら何度か殺したことがあったが、『エレクタム』という名前に心当たりはない。


「逃亡中、というのも、その家柄が関係しているんだな?」 

「……それも言えませんわ。わたくしが解決しなければならない問題ですから」


 なかなか素性を明かさない少女。

 俺とイラックは顔を見合わせて、お手上げだな、と肩をすくめた。


「うーん、逃亡って逃げて終わりなの? ただ遠くに逃げれば勝ちってこと?」


 ローゼリアの何気ない質問に少女の表情が変わった。

 目の前の料理を強く睨み、歯の奥を食いしばっている。

 少女から滲み出す感情、それは憎しみに違いなかった。

 

「わたくしには使命がありますの。その為には強くならねばなりません」


 拳を握り締め、強く宣言する姿は立派だった。

 ここにいる誰よりも高い志を持っているのだろう。

 

 だが、万引きは万引き、泥棒は泥棒だ。

 俺はカウンターに置かれていたゴブリン味のポーションを、わざと少女の視界に入るように移動させる。


「これからどうしようとお前の勝手だ。だが、俺の道具屋から商品を盗んだ罪は重い。非常に重いぞ」


 少女は返答に困ったように俯いた。

 何かを必死に考えているようでもある。


「えーもういいんじゃないの?」

「いや、こういうのはメンツが大事なんだぜ。いくら美少女だからと言って見逃したら、この店は『万引き歓迎のお店』か『ろりこん店主のお店』になっちまう」


 他の従業員の間でも意見が割れているらしい。

 なんだか楽しげなイラックに「『ろりこん』ってなんだ」と聞くと「異世界の流行り病らしい」と声色を落として返された。


「俺にひとつ提案があるんだ」

「……! もし償える機会があるのならば何でもしますわ!」

「ああ……その身体を使って支払ってもらう」


 そうやって少女に迫ると、道具屋は喧騒に包まれた。

 イラックが椅子から転げ落ち、ローゼリアは口を両手で覆う。

 少女は顔を真っ赤にしていた。


「なっ……!? ななな、な……!?」

「お、おい……何か変なことを言ったか?」

「お前……本当に……」

「アタシだけじゃ、物足りないのね……」


 哀れむような視線が俺を突き刺す。

 何だか誤解されているようなので、大きく咳払いをして仕切り直すことにした。


「俺が言いたかったのは、ウチで働くのはどうだ、ということだ。3食寝床付きの高待遇。それに、こんな所にお前の追手は来ないだろう」

「呑気なお客さんばっかだもんねー。もし変なのが来てもアタシたちがぶっ飛ばしてあげるわよ」

「で、ですが! そこまでして頂くわけにはいきませんわ……! 仮にもわたくしは商品を……」


 睨んだ通り、少女は悪人ではない。

 使命とやらの為に断腸の思いでポーションを盗んだのだろう。

 果たせないのならば、自殺を選ぶほどの決断だ。


 それに、少女のルックスは恐らく役に立つ。

 美人が店頭に立つことで得られるメリットは、ローゼリアの件で身に沁みるほど教えられた。


 そんな風に、これも道具屋の発展の為、と心の中で唱えていたが、どこかで自分と少女の境遇を重ねている部分もあった。


 復讐の為に人殺しの道に走った俺と、何らかの使命の為にポーションを盗んだ少女。


 俺は手遅れと言っていいほど闇に染まってしまったが、少女はまだ間に合うはずだ。


 例えその使命が人殺しであってもいいと思っている。

 ただ、余罪は重ねない方が良い、ということだ。


「使命が大事なんだろ?」

「それはそうですが……! 商品を盗んだわたくしが売り場に立つことなど……」

「店主様が良いって言ってるんだし、そういうのは気にしない方がいいわよ。償いの機会は平等に与えられるべきだわ」

「よっ! 名言製造機!」

「でしょー? 救世主メシアと呼んでもよろしくてよ?」


 大きな瞳に涙を滲ませる少女。

 それは悲しみや恐れからではなく、ローゼリアたちの温かさから来るものだと良いな、と思った。


「本当によろしいのですか? わたくし、あまり器用ではありませんし、働いた経験もありませんわ。おそらく多大なる迷惑をかけてしまうことでしょう」

「気にしないさ。それに、失敗しても次があるだろ」


 と伝えると、少女はついに溢れ出した涙を、ローブの袖でゴシゴシと拭い始めた。


 少女がポーションを盗んだ時から隠しきれていなかった身体の震えは、ようやく静かになったようだ。


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