第2話:全てを終えて
戦地を迂回するように離れた荒野地帯。
俺たちの潜む岩陰より前方を、魔王軍本拠地を目指す勇者軍遊撃隊が通過した。
あとに続くパーティメンバーも彼の成功を信じて疑わないという風である。
すぐにでも殴り殺してやりたい衝動に駆られるが、僅かに残る理性でなんとか抑え込むんだ。
『対象が通過したぞ』
岩上で待機しているローズにハンドサインを送った。
予想通りの経路を予想通りの速度で進む遊撃隊。
俺たちはこれより「プランA」を仕掛ける。
意外と心配性のローズは、プランをアルファベット順でKまで画策していたが杞憂に終わった。
(そろそろだな)
俺は気配を消して移動を始めた。
「プランA」開始地点は四方を岩石で囲まれた空閑地。
岩の上からローズが猛毒・麻痺・睡眠効果のある毒薬を投げた後、【毒無効】を活かして強襲、パーティメンバーを無効化。
同時に俺の魔眼スキル【拘束】を重ねて、標的の動きを封じ、ローズと共に撃破する。
というのが「プランA」の内容である。
ただ、これは完全な成功を想定したものであり、特にシュンヤに関しては間違いなく想定外の事態が発生するだろう。
経験上、転移者を追い詰めると、図ったように"何か"が起こって、簡単に窮地を脱せられることが多い。
余談だが、ローズはこの依頼を受けることに関して否定的で、「【瞬間転移】の殺害なんてバカかアホしか引き受けないわよ」と呆れていた。
2ヶ月前、依頼を引き受けたことをローズに話すと白目を剥いて失神していたほどだ。
聞いたところによると、標的は戦争が始まるまで冒険者だったらしく、その階級は世界に数人しかいない白金級だったそうだ。
しかも【瞬間転移】は余程のことがない限り使わない、使わなくとも大抵は捻り潰せるのだと。
だが、その輝かしい功績は俺に覚悟を与えてしまった。
「どんな手を使ってでも殺してみせる」、そんな覚悟を。
そして、その時は目前に迫っている。
前方の岩から戦火に照らされながら降下する小瓶を確認、俺は荒野地を死角に潜りながら進んだ。
あと一歩まで近付いた所で、ガラスの割れる小さな音と女の喚き声が響く。
毒薬は無事に命中。
勝負はここからだ。
白金級の冒険者とやらが毒でくたばるとは思っていない。
アイツは必ず出てくる。
その一瞬を絶対に逃さぬよう待機しろ、とローズには口を酸っぱくして注意している。
俺の忠告をいつになく真剣に頷いていたローズ。
しかし、俺はそんな彼女を裏切ることになる。
俺は口元を二の腕で覆い、毒霧の中に突っ込んだ。
【透視】で確認すると、早くも苦しみ出した腰巾着たちと、それに目もくれずに逃げ出そうとしているシュンヤを発見。
俺は肩に掛けたカバンを開いて叫んだ。
「魔法の
目前に迫った宿敵の驚く顔、「クローバー!?」という聞き慣れた声と共に俺は暗闇に吸い込まれた。
「うおおお!?──んぐっ!?」
魔法の鞄の内部を急降下する俺とシュンヤ。
動揺するシュンヤの顔面を、もみくちゃになりながらも8年分の怒りを込めて殴りつける。
空中で俺にできたのはせいぜいそれくらいで、真っ暗闇の中、俺たちは魔法で作り上げた床に叩きつけられた。
対【瞬間転移】として導き出した回答、魔法の鞄。
人が収納出来るように改造してもらった代物だ。
使用回数や収納人数など様々な制約があるものの、現にシュンヤを捕縛できているのだから文句はない。
王都の冒険者ギルドに保管されていたシュンヤの依頼報告書から【瞬間転移】は外界の魔力またはマナを介して座標を指定するものだと推測できた。
外界から完全に遮断され、一定量の酸素しか存在しない魔法の鞄内では【瞬間転移】は無力となる。
「痛えな……おい、どこのどいつだ! オレ様を襲いやがったのは!」
流石というべきか、シュンヤはすぐに態勢を立て直し、抜刀、臨戦態勢に入っていた。
しかし、俺の姿までは把握しきれていない。
(ようやく、辿り着いた……)
全身の血が滾って、古傷から吹き出しそうになる。
既に取り出していたナイフで滅多刺しにしてやりたい所だが、俺には1つだけやり残したことがある。
【暗視】、【拘束】、【歪曲】を発動しながら、毒を塗りたくったナイフを3本、シュンヤの右脚を目掛けて投げた。
「ッ!? 後ろか!!」
俺の攻撃を喰らいながらも、すぐに反応したシュンヤが振り向きざまに長剣で薙ぎ払ってきた。
だが、遅い。
剣筋を躱して、贅肉を蓄えた腹を思い切り蹴り上げた。
今の攻撃は本来避けられないものなのだろう。
全力の魔眼スキルと猛毒が積み重なった結果、ようやく掴んだ回避行動だ。
必死に空気を求めて咽返る喉に吐血が絡まったらしく、シュンヤは身体を屈めて藻掻いていた。
その醜い姿に不快感を覚えた俺は、シュンヤの顔面に2度目の殴打を与えて身体ごと吹き飛ばした。
その際、何らかの防護魔法のせいか、攻撃したはずの俺の腕が激痛を訴えかけてきたが、デタラメな濃度の回復ポーションで黙らせた。
「ぜえ、ぜえ……誰だお前は!!」
「……ゼンリ村を覚えているか」
「は? 人間? オレは勇者軍のシュンヤだぞ!! 何を──ああああああああああ!!!!!」
愚図な子豚の右目にナイフを突き刺し、ぐるりと半回転させると、人のものとは思えない絶叫が鼓膜を震わせた。
(俺にとって、お前は勇者軍でも冒険者でもない。妹を殺した屑野郎であるだけだ)
長い絶叫が収まった頃、俺は鎮痛効果のあるポーションを乱暴に飲ませてやり、もう一度同じ質問を繰り返した。
「ッ……ゼンリ村ぁ? そんなとこ──待て、待ってくれ! 思い出すから!」
外套が擦れる音に反応したシュンヤは、ここにきて人生で初めて正解の道を選ぶ。
死を感じ取ったのだろう。
彼の首筋では、黒々とした短剣がぷっくりと膨れた血液を吸っていた。
「あ、ああ……! いつだかにハルと立ち寄った田舎の村だ! 老人ばっかの村だろ? なんでこんなところに……って思ったんだよ!」
「……サーニャという少女を覚えているか。俺と同じ銀髪だ」
俺はフードとマスクを無造作に取ると、シュンヤを覗き込むように顔を近付けた。
そうして至近距離で魔眼の影響を受けることなったシュンヤの顔は僅かに歪んだ。
比喩ではなく、本当に歪んでいた。
「……お前、あの時の!? 生きてやがったのか!?」
「久し振りだな……お前に斬られた傷、未だに疼くんだ」
取り繕うとしても震えてしまう俺の声。
サーニャを失った日、逆上した俺は無我夢中でシュンヤに襲いかかったが、腹を貫かれて返り討ちにされてしまった。
その日以来、俺は「もっと強ければ」という後悔に身を焦がされてきたのだ。
あれから8年、俺はシュンヤを追い詰めることに成功した。
悲願が叶う──そう思っていたのだが、目の前の宿敵はなぜか笑っていた。
「誰かと思えばよお……あの時のシスコン野郎かよ! ふはっ……どうだよ、オレ様のおかげで良い人生を歩めただろ? なあ……お前の妹、なかなか良い具合だったぜ」
ヘラヘラしながら煽ってくるシュンヤ。
言葉が終わるよりも先に、俺は我を忘れ、叫び、殴りかかっていた。
「どうしてお前は笑ってられる!! なぜサーニャだったんだ!! 転移者など!! 俺たちは望んでない!!」
倒れ込んだシュンヤに馬乗りになって殴打を繰り返す。
魔眼スキルの継続も、敵の防護魔法のことも忘れて殴り続けていた。
(殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる)
爆発しないように、狂ってしまわないように、と8年間必死に抑え込んできた感情はもはや手が付けられなくなっていた。
暫く腕を振るった後、俺はほとんど動かなくなった手で、黒い短剣を振り上げて──。
しかし、振り下ろされることはなかった。
頭上から差し込む一筋の光に動きを止めてしまったからだ。
「クローバー!! ってアレ??」
暗号名を呼ばれた俺は、思わず振り返る。
見れば、上空にできた裂け目からローズが降ってきていた。
(なぜ来たんだ! いや……それどころじゃない!)
一瞬の動揺の後、俺はシュンヤから目を離してしまったことにはたと気付く。
振り返って、もう一度魔眼を発動させようとする頃には、俺はシュンヤに投げ飛ばされていた。
すぐに身体を起こして、シュンヤの方を確認すると魔法陣を足元に形成していた。
【魔力探知】の結果、飛翔魔法の魔法陣だと判明する。
(逃げるつもりか!)
鞄の開口部が開いているとはいえ、身体に回った神経毒やダメージから【空間転移】は使えないのだろう。
敵ながら良い判断だ。
加えて、2人までしか収納できない魔法の鞄はじきに崩壊する。
(早く殺さなければ!)
ナイフでは間に合わない。
ならば──
俺は右目に全魔力をかき集めると、それをえぐり取り、上へ投げ飛ばした。
(俺を……舐めるなよ)
赤い流脈線を描く眼球は、飛翔魔法で上昇し始めたシュンヤと並び、凄まじい勢いで魔力を爆発させた。
「な、なにっ!?」
「ローズ!! そいつを殺せ!!」
爆発の衝撃で軌道を逸れたシュンヤ。
俺の呼びかけに空中で方向転換したローズは、そのままシュンヤに近付いて首をはねた。
「やったわ!!」
ローズの嬉しそうな声。
俺は脱力感に身を委ねてがっくりと膝を落とした。
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