(元)殺し屋が経営する道具屋さん〜ポーションを売ったり、人助けをしたり、そんな感じのスローライフを送りたいが、どんどん話がややこしくなる

鹿魔

第1話:復讐

 

 ポツンと脳天で音が跳ねる。

 「何だ」と疑問を抱いたのも束の間、右肩に再び弾けたような音があった頃には「雨だ」と直感的に理解していた。


「絶好のお仕事日和ねえ……予想通り酷くなりそうだわ。まあ、コレのおかげで濡れることはないんだけどさ」


 隣で皮肉っぽく言った女の名はローズ、殺し屋である。

 ローズは細身の身体を靭やかに立ち上がらせると、膝に付着していた砂を大袈裟に払った。

 

 彼女の言う「コレ」とはフード付きの薄霧のように揺れる黒い外套の事で、同業者である俺も当然身に付けている。


「ついに……この2ヶ月にも及ぶ依頼も終わりね。長いようであっという間だったわ。ほんと、よく頑張ったわよアタシ。まあ、その……アンタの協力があったからこそだけど」


 何かを呟くローズだったが、耳を覆うフードと、次第に強くなってきた雨音のせいではっきりとは聞こえない。

 それに、俺の意識は目下に広がる光景に釘付けだった。


 勇者軍と魔王軍による、血と魔法が飛び散る戦場。

 俺たちはそんな戦場をちょうど見下ろすことが出来る崖上で時が来るのを待っていた。


 西側から押し進む勇者軍の先頭、『勇者』と呼ばれる少年が輝かしい剣を振り下ろすと、辺りは一瞬眩い光に包まれた。


(アレも転移者なのか?)


 転移者──それは十数年前から「魔王退治」という名目で、異世界より召喚された者たちの呼称だ。

 彼らは総じて、特別な能力【ユニークスキル】を持ち、あらゆる面において我々現地人を凌駕すると共に、ヒューマン領の発展に大きく貢献した。


 そんな輝かしい功績の一方で、転移者の中には、その強大な力を自身の欲求を満たす為に使用する者もいる。

 女神が直々に選別しているとはいえ、「良い奴もいれば悪い奴もいる」という世の摂理が転移者にも当てはまるというわけだ。


 俺とローズはそんな悪い転移者を専門とした殺し屋だ。

 補足しておくと、実はどこかの国王に雇われているだとか、平和を憂う女神によって秘密裏に導かれているだとか、そんな胸を打つような裏話など存在しない。


 人を殺しておきながら夢を語るおかしな組織と、金と血に飢えた者たちによる汚れ仕事である。

 

 さて、今回の依頼は「転移者シュンヤの殺害」だ。

 【暗視】を発動して目を走らせていると、勇者軍本拠地から後方、少し離れた場所にある遊撃隊陣営で標的ターゲットを見つけた。

 

 2ヶ月間の調査によると標的は、空間を瞬間的に移動できる、というユニークスキル【空間転移】を活かして、遊撃隊隊長に任命されているらしい。

 

 組織でのランク付けでは「危険度S」に分類されており、報酬金も小さな町が買い取れるほどの額が提示されていた。

 依頼が舞い込んできた時には、立候補者が殺到しすぎて内部分裂が起きかけたが、女帝マダムの一声で俺たちが請け負うことになった。

 

 また、標的は相当な女好きらしく、遊撃隊の陣営には肌の露出が激しい侍女、もといパーティメンバー4名が確認できる。


「アンタと組むようになってから、もう8年も経つのよね……」


 ローズが小さな雨粒のようにポツリと呟く中、「8年」という数字だけがハッキリと聞こえた。


(8年……。そうだ……俺の憎しみは今日、ようやく解放される)


 今から約8年前、俺の妹はシュンヤによって殺された。

 俺の唯一の家族。

 控えめで病気がちだったけど、家に帰るといつも優しい笑顔を向けてくれた。


 闇に落ちたあの夜、村の道具屋の手伝いを終えて、自宅の戸を開けると、一糸纏わぬ姿の妹に覆いかぶさる小太りの男と目が合った。

 食器やら本やらが散乱する部屋、青白い顔で何も言わなくなっている妹、アイツの嘲笑と俺の叫び声。


 ささやかでも幸せだった日常はアイツによって壊されたんだ。


 忘れたいと思ったことはない。

 轟々と渦を巻く憎しみの炎が、絶望の淵から殺し屋として這い上がらせてくれた。


(勇者軍? 遊撃隊隊長? 笑わせるな。俺が地獄に叩き落してやる)


 今にでも暴れ出しそうな激情を抑えるように、肩に掛けたカバンのベルトを強く握った。


「ね、ねえ、あのさ……ねえ、あれ……ちょっと聞いてる? ねえクローバー!」


 突然、意識に割り込んできたローズの声。

 『クローバー』というのが俺の暗号名コードネームであることに気が付くまで時間がかかった。


 意識を曇らせていた感情を振り払い、素早く立ち上がるとローズの方に顔を向けた。


「ぼうっとしちゃって……らしくないじゃない。今までで1番大きな仕事なんだし、しっかりしてよね! これが上手くいけばアタシたち、一躍有名になれるに違いないんだから」


 ローズが早口で捲し立てる。

 お互いに素顔を明かしたことはないし、今も外套とマスクのせいで表情は読み取れないが、かなり機嫌が悪くなっているらしいことは理解できた。

 

 集中力を切らしていた事を反省し、心の中で小さく謝罪した。


 俺たちは「良いコンビだ」とよく評される。

 ここ数年は着実に成果を積み上げてきたし、組織にもようやく認められ始めていた。

 

 殺し屋という甘さや優しさを捨てなければやっていけない界隈で、8年もコンビとしてやってきたのだ。

 あくまで仕事仲間としてではあるが、良好な関係を築き上げてきた、と俺は思っている。


 ローズになら妹のことも話しても良い、とすら考えていた。

 

「ねえ、クローバー……この依頼が終わったらさ、伝えたいことがあるの。その、大したことじゃないんだけど、アタシにとっては……重要なこと」


(……ん?)


 標的の監視に戻っていた俺はローズの言葉に首を傾げる。

 視線はそのままだったが、頭ではローズを完全に意識していた。


(なんだ、この妙な感じ……)


 ローズが突然変なことを言い出すのには慣れていた為、「伝えたいこと」の内容もあまり気にならなかったが、彼女が作り出した雰囲気はどこか変だ。

 

 金と地位と名誉に固執する典型的な小悪党タイプのローズが、俺の隣で手をもじもじさせている。

 我が道を行く、と言わんばかりに肩で風を切っていくスタイルのローズが何故?


 プランの確認と予行演習を積み重ねていた頭を一度リセットして、少しばかり考えてみると、ひとつの結論に至った。


(緊張しているのか?)


 極限の忍耐力を試された潜入調査と【空間転移】という強敵に対抗すべく模索し続けた2ヶ月間。

 これまで培ってきた力をすべて注ぎ込んできた、言ってみれば俺たちの集大成だ。

 

 それなりに優秀なローズだが、今回ばかりはプレッシャーを感じているのだろう。

 いつかの依頼中、彼女には彼女なりの苦悩があるのだと、思い知らされたこともある。


「……分かった。今日を無事に終わらせよう、俺たちなら出来る。それと……」


 俺は言い淀む。

 「黙っちゃってどうしたの」とローズが不思議そうにこちらを覗き込んできていた。 


「俺も伝えたいことがあるんだ」

「え──」


 ついに言った。

 どこか気まずくて、ローズの方は見れなかったがそこは及第点だろう。

 一瞬、先程も感じた妙な雰囲気になったが、見計らったように遊撃隊陣営にも動きがあった。


「標的が動いた。始めるぞ」

「……ええ! 行こうぜ相棒!」


 お決まりの決め台詞を言った後、ローズは笑った。

 何年も隣で見てきた、なぜだか恥ずかしそうに笑うローズを見て俺は安心する。


 ローズなら1人でもやっていけるだろう。

 依頼が終わったら伝えよう。

 「殺し屋をやめる」と。


 俺は"最後の"依頼を達成するため、ローズと共に崖を下った。

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