第28話:怪しい黒霧2


【死霊の洞窟】、最下層。

 俺を「魔王」と呼ぶ旧魔王軍幹部エンシェントリッチ。

 「敵対意思が無いと証明しろ」という俺の願いに対して、彼は配下であるはずのアンデッドたちを一瞬にして消し去った。


 確かに証明にはなっているのかもしれないが、それだけで納得できる程、俺たちは愚かではない。


「ちょっと待ちなさいよ! そもそもなんでクローバーの名前を知ってるわけ? アタシだって8年後に知ったのよ!?」

「先程も申し上げたようにセノン様は先代魔王の【予見】によって選ばれた存在。その際は、ワタシもお供させて頂いておりました。そして、ローゼリア様のことも勿論、存じ上げておりましたよ」


 フフフ、と笑う骸骨に血の気が引いた様子のローズ。

 実際、俺も名前を呼ばれた時はゾッとしたが、先程の説明で何となく全貌が見えてきていた。

 「先代魔王の【予見】」、恐らくそれが彼の話を紐解く鍵だ。


「この義眼がそうなんだな?」

「ええ……そうですとも。セノン様が先代魔王の瞳を宿していられるのは決して偶然ではありません」

「偶然じゃない?……じゃあサーニャが死んだのは?」


 怒りによって全身の血が滾るのを感じた。

 止め処無い魔力が身体を駆け巡る。


 義眼と出会ったのが偶然じゃない。

 それは俺が右目を失ったことも偶然ではない、という意味だ。


 右目を失ったのはシュンヤに復讐したからだ。

 シュンヤに復讐したのはサーニャが殺されたからだ。


「……サーニャ様のことは先代魔王を含め、ワタシも心を痛めております。その罪を償えるのならば、どんな罰でも受けましょう。しかしながら、1つだけ質問お尋ねしたいことがあります」


 内容によっては殺す。

 俺はそんな風に睨みつけながら頷いた。

 むしろ、殺す前に1つだけ聞いておいてやろう、そんな気持ちだったかもしれない。

 

「致死量の出血、又は致命傷を負っても翌日には回復していた、という経験はありませんか?」

「……あったかもしれない」


 殺し屋時代も含めて、数々の心当たりがあった。

 直近でいえば【分身】のタツジ戦だろうか、普通の人間であれば致死量のはずの出血をしていた。


 横にいるローズも思い当たる節があるようで、ほとばしる殺気に一瞬揺らぎが見られた。


「セノン様は一度死んでおられるのです。ゲント村を【瞬間転移】を含めた勇者一行が滅ぼした際に。その命は先代魔王の御力によって蘇生されたもの。超越的な回復能力も【予見】の瞳が宿っているのも、蘇生の際に分け与えられた『魔王の血』が素因というわけです」

「待て待て、じゃあサーニャも蘇生出来たんじゃないか!?」


 頭の中がグルグルと回転するのが分かった。

 この世に生き返るべきは俺ではなくサーニャだったはずだ。


「先代魔王は蘇生の代償として命を落としました。そして、それを行えるのは類まれなる才能を持った先代魔王のみ。我々の罪はサーニャ様を救えなかったことでございます」

「【予見】とやらで防げばよかったじゃないか!」

「……女神の召喚した転移者の力は、その時点において我々を遥かに凌駕しておりました。現に四天王や六将軍は皆、『ゲント村防衛戦』にて殺されております」


 頭がおかしくなりそうだった。

 呼吸は乱れ、心臓は早鐘を打つ。


 「嘘だ」と叫び、全てを否定して、道具屋に戻りたかった。

 

 だが、その衝動を抑えるのはシュンヤの言葉だ。

 あの日、魔法のマジックバッグの中で「ゲント村を覚えているか」と訊ねたところ、シュンヤは田舎で老人ばかり、と称した後に「なんでこんなところに……って思ったんだ」と言っていた。


 その場では、質素な村に対する悪口や不満と捉えたが、エンシェントリッチの言葉を踏まえれば「なんでこんなところに『魔王に選ばれし者』がいるんだよ」と繋がるのかもしれない。


 俺は大きく息を吸ってエンシェントリッチに1歩近付いた。


「お前は何を望んでいるんだ?」

「我々の望みはただひとつ。転移者、もとい勇者を止めてほしいのです」

「アタシたちが?」

「はい。セノン様、ローズ様……現在各地で巻き起こる戦争の発端を、原因をご存知ですか?」


 俺とローズは黙って考えを巡らせた後、首を振った。

 「魔王討伐の為」、「世界に平和を」とは何となく聞いたことがあったが、明確な理由までは知らなかった。

 というかそれ以外に何があるのか、という感じだ。


「転移者を召喚した女神による侵略ですよ」

「侵略って……」

「我々はヒューマン族に害は成しておりません。セノン様とローズ様は魔族に襲われた経験はありますか?」


 俺とローズは首を振る。

 魔族に会うのは初めてだったし、大陸の東にあるとされる魔族領にも足を踏み入れたことは無かった。


「そうでしょう。そもそも我々魔族は他者にはあまり関心がないのですから。己さえ生きていれば、己さえ満足していれば良い、という思考を持った者が殆どです。中には他種族を嫌う者もいるでしょうが、それはヒューマン族も同じはずです」

「じゃあ魔物は? アタシたち、沢山襲われてるけど」


 確かに、と頷く。

 闇の眷属である魔物は、ヒューマン族を殺す為に魔王が創り出し、けしかけたものである。

 俺は幼い頃にそう教わった。


「魔族と魔物は系統こそ同じですが、我々魔族の管轄下にはありません。ヒューマン族でいう所の野生動物と同じでしょう。ヒューマン族は誤った認識で、我々魔族を『悪者』と決め付けているのです。我々魔族ですら魔物に捕食されることもあるのですよ」


 彼の言葉は中々興味深いものだった。

 言われてみれば、魔物はヒューマン族を狙って襲う、というよりは、生きる為の捕食目的に襲う、という見方もできるかもしれない。

 ゴブリンですら多少の嗜虐性はあれど繁殖を主とした目的で襲っているだろう。


 むしろ魔物の素材に価値をつけて硬貨と交換したり、武具制作に利用しているヒューマン族の方が本来不必要な殺戮をしていると言える。


「先代魔王は俺が『勇者』を倒す、と予見していたのか?」

「はい……ですが、あくまで可能性の話です。未来はあらゆる選択肢の先にある、と先代魔王はよく言っておりました」

「もし、倒すことになったとして、なんでクローバーはその選択をしたの」

「魔族はいずれ滅ぼされるでしょう。そしてヒューマン族による完全な支配、という宿願が叶った大陸で転移者たちは何を思い、感じるでしょうか。転移者と対峙してきたセノン様とローズ様ならば容易に想像がつくのではありませんか?」

「転移者による完全な支配……」

「俺が止めなければ、現地人は……」


 多くの転移者は俺たち現地人を見下している。

 ユニークスキルの有無で人間としての性能に大きな差があるからだ。


 殺し屋時代の経験から例を上げるとすれば、何年か前に壊滅させた奴隷商会は転移者で構成されており、彼らが売り物としていたのは現地人だった。


 また、【分身】のタツジが子供を攫っていたのも、同じような動機だったのだろう。



「セノン様、私の依頼……受けてくださいますね?」


 エンシェントリッチは腕を大きく広げた。

 その姿はまるで俺の返答を既に知っているようであり、あとは受け入れるのみ、という風だ。


 隣に立つローズも意味ありげに頷いていた。

 

 何だかよく分からないが、とりあえず前に出る。


「断る」

「「え?」」

「え?」


 洞窟内はまるで世界が終わったかのような静けさに包まれるのだった。

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