第29話:忠実なる下僕
凍りつくような空気の中、エンシェントリッチとローズが俺の方をジッと見てくる。
彼らの言いたいことも理解できたが、俺には俺なりの言い分があった為、遠慮せずに口を開いた。
「俺は道具屋がやりたいんだ」
「ど、道具屋でございますか?」
「えー、世界平和より道具屋?」
「……ああ。そもそも本当に『勇者』が侵略しに来るのかすら怪しいじゃないか」
エンシェントリッチは、俺が『勇者』を倒すのはあくまで可能性のひとつ、そして未来はあらゆる選択の先にある、と言っていた。
ならば、『勇者』とは戦わなくても良い未来があるはずで、俺が道具屋を続けていても良い未来があるはずだ。
今、道具屋は間違いなく波に乗っている。
たかが可能性如きに、確実な未来を潰されるわけにはいかなかった。
「お、お待ち下さい! それならば良い案があります」
「世界平和より良い案?」
「私は元より仲間集めを提案させて頂くつもりでした。おそらく今のままでは『勇者』に勝つことは難しいと思われますので」
「え、なんでよ?」
「『勇者』の進化は留まることを知りません。我々が最後に目にしたのはおよそ8年前……現在はより強大になっていることでしょう。だからこそ、戦力増強が必至というわけです」
その言葉にローズは「魔王に導かれし者たちを探すのね」と何故か嬉しそうにしていた。
反対に俺は顔を歪める。
「それだと結局旅をすることにならないか?」
「いえ、お仲間は道具屋を続けながらでも集めることが可能かと思われます」
「お客さんを仲間にすればいいんだ!」
ローズが元気な声を出す。
俺の脳内には調合師バーヤンや農家トムが思い浮かび、一抹とは言わず、膨大な不安に襲われた。
「俺は道具屋を続けられるのなら何でもいい」
「な、ならば今一度、私の依頼を考え直して下さいますか!」
「……まあ、商品開発の次くらいには考えてもいいか」
「おー!」
氷漬けになってしまいそうだった洞窟内に僅かに火が灯った。
肉体が無いはずのエンシェントリッチだが、安堵のため息をもらし、胸を撫で下ろしているのが伝わってきた。
「それで誰を仲間にすればいいの?」
「……大変申し上げにくいのですが、ワタシではお教えかねます」
ひどく申し訳無さそうにするエンシェントリッチ。
それから、望む未来に辿り着く為にはこれ以上教えることはできない、と説明した。
常に移り変わる不安定な未来。
彼が見たものは未来の一部に過ぎないようで、完全に把握していたのは先代魔王だけらしい。
「やはり『勇者』が侵略しない可能性もあるんだな」
「いえ、それは有り得ません。未来には回避できるものと回避できないものがあるのです。彼と転移者、その子孫たちは間違いなく我々を根絶やしにしますよ」
「うーん、難しいわね」
「その辺はあまり深く考えなくとも大丈夫でございます。今はただ、セノン様とローゼリア様に課せられた使命をご理解頂ければ幸いです」
エンシェントリッチは満足そうに頷いた。
道具屋が続けられそうだったので、とりあえず俺も満足そうな顔をしておいた。
「でもさ、道具屋を続けていいんだったら、アナタと出会った意味はあんまりないわよね? 誰を仲間にすればいいのかも教えてくれないんでしょ?」
「はい……お役に立てず申し訳ありません」
「まあ、聞けてよかったこともある。魔眼のこととかな」
「ああ……セノン様、なんとお優しい」
骸骨のくせに泣きそうになっているエンシェントリッチは置いておいて、【未来視】や先代魔王のことを聞けたのは本当に良かった。
また、どちらにせよ襲ってくるらしい『勇者』のこともだ。
道具屋存続の為に、事前に備えられるかどうかは大きな違いだろう。
「だが、少し残念だな。俺が復讐を遂げられたのは先代魔王の力があったからなんだろう」
俺の身体には先代魔王の血が流れていると言う。
ヒューマンにしては少し特殊な魔眼を使えるのも、自慢のスピードも努力の賜物ではない、と考えると憂鬱になる。
結局は才能なのか、と。
しかし、俺の考察に対してエンシェントリッチは「いやいや」、「とんでもない」と繰り返して、首を横に振った。
「先代魔王の血脈が作用しているのは回復能力と【予見】もとい【未来視】の力だけでございます。その絶大な魔力も、瞳を宿したことがきっかけで目覚め始めているにすぎません」
「それだと結局、瞳を宿せば強くなれる、ことにならないか?」
「いえ! 瞳を宿し、制御できるのはローゼリア様と過ごした、目を覆いたくなるような辛い日々があったからなのです!」
「そうよ! 自信持ちなさいよ、魔王セノン! アタシと過ごした8年間が無駄だったみたいなことは言わせないわ!」
ものすごい勢いで迫ってきた2人に圧倒される。
「魔王になるべく人格を有しておられる」、「強くて優しい」などと勢いは増す一方だったので「悪かった」と謝った。
にも関わらず、ローズの対抗心に火が付いて「クローバーの良い所を10個言ってみなさいよ」とエンシェントリッチに喧嘩を売り、「ローゼリア様と言えども、数々の未来を見てきた下僕として負けませんよ」と見事に喧嘩を買った。
「やめてくれ」と止めるもすげなく無視され、その言い争いはお互い22個目の良い所が出た所で「今日のところはこれくらいにしてあげるわ」とローズが切り上げたところで終了した。
(ローズはこんなキャラだったか?)
昔はもっと厄介というか素直じゃない性格をしていた気がする。
道具屋で再会してからどうにも様子がおかしいローズだが、深く考えるのも面倒だったので、気にしないことにした。
「ふう……さすがはローゼリア様ですね……お近づきの印にこれを差し上げます」
「わあ……!! キレイなクリスタル、の髑髏?」
ローズの手には水晶でできた髑髏のネックレス。
「セノン様もどうでしょう」と言われたが、断った。
確かに綺麗かもしれないが、髑髏系のアイテムを持つのはもうコリゴリだった。
「最後にもう1つ、ワタシに名前を付けて頂けませんか?」
「名前? エンシェントリッチじゃないの?」
「いえ、そうではありません」
エンシェントリッチというのは種族名で固有名では無い。
そして、魔力を分け与えると共に名前を付けられた魔物や魔族は『ネームドモンスター』としてより強力になったり、使い魔として使役できるようになったりする、とのこと。
自己中心的な魔族の許可が必要だし、そう簡単に出来る技術では無いらしいが、『魔王に選ばれし者』ならば造作もないらしい。
また、感覚を掴めば、魔物くらいは強制的に従わせることも可能なのだと。
彼は先代魔王のネームドモンスターだった為、これ以上強くなることはないが、服従させることは依然可能なようだ。
「ネームドか、知らなかったな」
「ワタシは何があってもセノン様やローゼリア様の味方ですが、使い魔にすることで『裏切り』の可能性を完全に断ち切ることができます。保険みたいなものだと思って如何ですか?」
「……ローズ、何がいい?」
「うーん……じゃあアドンで!」
「エンシェントリッチ」にかすりもしない謎の名前だったが、考えるのも面倒だったので、言われた通りに魔力を分けながらその名前を呼んだ。
魔力を吸い取られる妙な感覚に襲われた後、俺と何かが繋がった。
「おお……!! では……ワタシはセノン様の忠実なる下僕アドンにございます。これから何卒宜しくお願い致します」
「ああ、よろしく」
「アドンもアタシたちと一緒に来る?」
「いえ、ワタシの役目はこれにて一旦終了でございます。仮に地上へ出たとしても迷惑をかけてしまうばかりでしょう。ワタシは来たるべき時に備えております」
そうして刺激的すぎる出会いを果たしたエンシェントリッチ、アドンとはここで別れることになった。
ダンジョン内のアンデッドは皆、消失していることや、完全に忘れていた黒猫の所在を聞いて、俺たちは通路を歩き出そうとした。
だが、前方から何らかの気配がやって来る。
か弱くも、光に満ちた気配だ。
「あ! 見つけた!」
と走り寄ってくるのは先程の冒険者である。
俺が来た時から去るまで、ずっと尻餅をついていたが、少しばかりは腕が立ちそうな若者だ。
「はあ……はあ……その先には全てを屍に変えるというダンジョンボスがいるんです。俺の【聖霊の加護】ならきっと役に立ちますよ!」
若者は希望に満ちた顔でガッツポーズを取る。
それにしては来るのが遅いじゃないか、と俺は思った。
「そのダンジョンボス、もうアタシたちの仲間なのよ」
「へ?」
「代わりといっちゃなんだが、猫探しを付き合ってくれないか?」
「いいわね。なんか光ってるし」
呆然とする若者の背中をローズがぐいぐい押していく。
こうして当初の目的である猫探しは、若者の【聖霊の加護】を松明代わりに進行していくのであった。
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