第30話:元最強のライバル、現る

 

 にわかには信じがたい使命を背負わされた俺たち。

 どこかの勇者ならば、仲間集めの旅に出るところなのだろうが、宣言通り「通常営業で道具屋を続ける」という結論に至った。


 これから紡がれるのは、その決断を下した時、俺の脳内で作り上げられた言い訳である。


 まず、転移者が侵略者に成り代わる日、エックス・デイ。

 それは何日後、何年後に起こるのかすら不明だ。


 先代魔王の【予見】によってエンシェントリッチことアドンは知っていたのかもしれないが、俺たちに教えれば、「勇者を止める選択肢」に辿り着けないのだろう。


 だからこそ、今すぐに行動へ移すのは早計だ。

 そうに違いない。


 ならスキルの修行でもして備えればいい、と思うかもしれないが、それは意味を成さないだろう。

 俺とローゼリアはこれ以上強くはなれないからだ。


 人が生まれながらに持っている魔力。

 それは魔法に関わるもの、もしくは戦闘技能に関わるスキルを習得、修練、発揮することに活かされている。


 スキル習得には個人差があり、たとえ膨大な魔力を所有していたとしても、その使い道は個人の才能に依存する。

 運動神経や魔力適性があるように、人それぞれ習得、修練出来るスキルが違うわけだ。


 ある者は【火魔法】と【剣術】を、またある者は【毒無効】と【体術】のように、己が選んだ道を極めていく。

 

 そして、俺とローゼリアは道の終着点に辿り着いていることが予想される為、スキルに関しては成長の見込みが殆ど無いのだ。

 

 だからこそ、スキルの修行や鍛錬は意味がない。

 そんなことをしている暇があるなら、1日中カウンターに立って足腰を鍛える方がマシである。


 今の俺たちにできるのは、魔道具を集めるか、戦闘経験を積むか、それこそ仲間を集めるしか無いだろう。


 一方で、生きていく為には金が必要なわけで、結局のところ、人と道具と巡り合うことができる道具屋が最適解なのだ。

 

 というのが言い訳の全貌である。


 また、本心を明かすのならば、俺は『勇者』など知ったことではない。

 その時が来たらならば、出来ることをするだけだ。

 未来を憂いて今を蔑ろにするのは俺のやり方じゃない。


 ということで、アドンとの邂逅から数日後。

 夕暮れ空を背景に佇む三角屋根が特徴的な道具屋。


 客足の落ち着いてきた道具屋のカウンター内で、横並びになった俺とローゼリアは雑談を交わしていた。

 

 ちなみに、すっかり忘れ去られていた黒猫トリグエルはダンジョン内で発見し、しっかりと飼い主の元へ届けた。

 なんとかの加護を持った冒険者にも道具屋を宣伝してある。


「じゃあ、ローズとローゼリアというのはたまたまなのか?」

「多分そうね。でも、女帝マダムだったらアタシの本名を知っていてもおかしくないけど」

「確かにな。綺麗な花なんだろ?」

「うん、花言葉は『情熱、愛情』よ」


 ピッタリかもな、と帳簿を付けながら俺は頷いた。

 ローゼリアの首元には髑髏のネックレスが見える。

 アドンからもらった水晶の髑髏をアクセサリーの一部に改造したものだ。


 話題は殺し屋時代の暗号名コードネームについて。

 俺たちの組織は、加入と同時に暗号名が与えられる。

 それは女帝が本人の意志とは関係なく勝手に付けるものだ。


「今となってはもう遅いが、少し羨ましいかもな」

「どうして?」

「なにせ俺の暗号名は」

「あー」

「雑草だ」

「花言葉は『復讐』!」


 ピッタリじゃないか、と帳簿を書き終えた俺は強く頷いた。

 何を考えているのか分からないことで有名な女帝だったが、ネーミングセンスだけはあるのかもしれない。


 しかし、他の同業者の中には『タンポポ』や『パンジー』などの暗号名を付けられた者もいて、殺し屋にしては可愛らしすぎる、と不評の声が多かった。

 死神を自称していた大男が『ポピー』と名付けられて泣いていたこともあった。


 だからこそ暗号名で呼び合うのは割と珍しかったりもする。

 俺たちは「当たり」の部類なのだ。


 最近は殺し屋時代の話をすることが多い。

 俺が好んでいるというよりは、ローゼリアの方が進んで話しかけてくるような感じ。

 

 相変わらず嬉しそうな顔のローゼリアが「そういえばさ」と口を開くのと同時に、道具屋の扉も開いた。

 話を止めて、お客さんの方を見ると「「あ」」という声が重なった。


「『黒塗りの双華』発見ー! どうだ大将、儲かってるか?」


 焦げ茶色の芝生頭にヘラヘラした面長の顔。

 左耳には銀のイヤーカフが輝いている。

 背中には黒の長弓と矢筒を背負っていて、冒険者風の服装をしていた。


 彼は元同業者だ。

 暗号名は『カルミア』。

 俺たちは組織内では特殊な立ち位置だったにも関わらず、唯一交友があった男。  


 俺からしてみれば悪友といったところだろうか。


「よおクローバー、オシャレな眼帯じゃねえか。目玉をどっかに落っことしたと聞いてたが……案外サマになってるな」


 会って早々、失明したことを話題に上げてくる彼に相変わらずだな、と頭を掻いた。

 義眼は魔眼スキル【未来視】に生まれ変わったものの、発動条件と代償は変わらなかった為、普段は眼帯を付けていたのだ。


「カルミア、よくここが分かったな」

「そこはオレ様自慢のツテってやつよ。あと、その名前は勘弁してくれよな……本名のイラックでいいぜ」


 イラックは組織の中では自他共に認めるナンバーワンの実力者だった。 

 それ故に人脈も広く、「裏の世界でオレの知らない情報は無い」と何度も自慢された記憶がある。


 当然ローゼリアとも面識があり、「よっ! ローズさん、今日もお美しい!」と話しかけると「次にさん付けで呼んだら殺すわよ」と返され、「ひえー! 悪霊退散悪霊退散!」と本気で怖がっていた。

 

 殺されかけたイラックが「ローズさん」と呼んだのは2人の年齢が関係している。

 チャラチャラしているようだが、そういった上下関係はちゃんとしているタイプなのだ。


「それで仕事は順調なのか?」

「いやいや、馬鹿なことを言うんじゃねえよ……お前がいなくなった組織なんてクソか糞の掃き溜めみたいなもんだぜ。張り合いも無いし、下っ端たちが縄張り争いを始めるし、すぐに辞めてきてやったぜ」

「え!? やめたの!?」

「いや、それはこっちのセリフだ! 組織史上1番の大物を仕留めたと思えば、2人していなくなってよ。ちょっとした伝説になってるんだぜ」


 イラックは演説をしているような身振り手振りをして語る。

 一見怒っているような口調だったが、威圧感や嫌悪感は感じない。

 それがどこか可笑しく、道具屋の雰囲気はカラッと明るくなった。


「伝説かあ……」

「そうそう。いくらオレが必死に仕事しても『鷹目の狙撃手』より『黒塗りの双華』の話題で持ち切りでさ」

「たまらず逃げてきたわけだ」

「いーや、勇気ある撤退だ」


 イラックはそうやって胸を張ったかと思えば、今度は申し訳無さそうに片目を絞るように閉じて、両手で「お願い」のポーズを取った。


「だからさ、クローバー! オレを雇ってくれないか? 仕事ならトイレ掃除でも何でもするし、金だってちょっとでいい! 力はまあまああるし、人付き合いもそれなりに得意。こんな優良物件なかなか無いぜ!?」


 そうきたか、と俺は少し驚いた。

 脳内で人件費やら役割分担やらコスト面の懸念が思い浮かぶも、彼の人柄を思い出して、すぐに思い直した。


(イラックは悪い奴じゃない)


 ローズの顔色を伺い、イラックの方へ向き直る。


「最近の道具屋は順調なんだ。品数も少しずつ増えている」

「……ああ! 立派だと思うぜ!」

「だから利益も増えてきているんだ。それに伴って人手も必要になってきた。あと、そろそろ休日も欲しい」

「……お? てことは?」

「これからよろしく頼む」

「おー、よろしく!」


 俺たちがそう言うとイラックは「これから死ぬほど頑張ります!」と頭を下げた。

 「賑やかになりそうね」と笑うローズを見て俺は頷いた。

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