第31話:棚からぼたもち


 翌朝、朝食を終えて、いつもの開店の時間。

 カウンターの前に立ったイラックがわざとらしく咳払いをする。


「えー……今日からここで働かせて頂きます! 目指すは売上成績ナンバーワン! イラックです、おねしゃーす!!」


 深々と頭を下げた新メンバーイラック。

 俺は「改めてよろしく」と挨拶、ローゼリアは温かい拍手を送っていた。


 彼も当然のように道具屋で寝泊まりすることになり、ローゼリアの隣の隣の部屋を使うそうだ。

 「わざわざ離れた理由、分かってるよな?」とニヤケ顔で言われたが、残念ながら理由は分かっていなかった。


 また、魔王と勇者のことは伝えていない。

 混乱を招きたくなかったこともあるが、何よりも俺自身が重要視していなかった。


「じゃあ、今日もよろしく頼む」


 俺は「開店」と書かれた看板プレートを扉にかけた。


 イラックを従業員に迎えた道具屋は生まれ変わる。

 シフト制を導入したことにより、ついに我々にも休日が出来たのだ。


 イラック初勤務の今日は、店主である俺が教えることになったので、ローゼリアが休みだ。


 とは言っても、殺し屋時代は年がら年中動いていたローゼリアは「何をすればいいのか分からない」と嘆いていた。

 とりあえず今日は王都を歩いてくるらしい。


 そして、イラックからは「オレは計算とかは苦手だから力仕事をさせてくれ」と要望があったので、品出しや薬草栽培、掃除等をメインに教えた。


 『鷹目の狙撃手』として名を馳せていただけあって、手際が良く、接客面は俺より一枚も二枚も上手だった。

 まあ、大抵の人間は俺より上手な接客をするのだろうが。


 なかでもトラブル対応の腕は目を見張る物があった。


「オレが先に目をつけてたんだよ!」

「困りますねえ……先に取ったのは私ですが?」


 ある時、客同士の喧嘩が勃発。

 片方はローゼリアが働き始めてから常連客になった大柄の男で、もう片方の黒縁の眼鏡をかけた男は、多分初めて見る客だ。


 こういったトラブルは俺も初めてで、殴って止めれば良いのか、しかし、客だぞ、と戸惑っていると「オレに任せろ」とイラックが飛び出していった。


 どちらもまともな人間ではなさそうだったので心配していたが、それは杞憂に終わる。

 イラックの対応はお互いの意見を聞き入れた上で、妥協案を提供するという見事なものだった。


 最終的には大柄な男と仲良くなったらしく、2人で肩を組んでカウンターまでやってきた。


「おーいセノン、このおっさんは商人らしいぜ。何でもランドウェードを拠点に色んなところに行ってるらしくてさ。良ければウチの商品も買ってくれるってよ」

「本当か?」

「ああ! ここは良い商品と良い店員が揃ってる! ぜひともやらせてくれ!」


 思わぬ急展開に驚いたが、新たなる活路と収益が見え始め、俺は心を踊らせた。


 感謝の気持ちを込めてイラックの肩を叩く。

 お調子者の彼ならば「給料を上げてくれよ」くらい図々しいことを言ってくるかと思ったが、ただ頷くだけだった。


(金に興味を失ったのか? 組織にいた時は何よりも報酬金の額で動いていたのに)


 なんとなく不思議に思いながら、大柄な商人と話し始める。


 彼はカサブランカと言うらしい。

 仕入れの説明をしてくれることになり、「馬車が町の外にある」というので店を後にした。


「値段に関してはそっちが指定したもので構わない。出荷数もそっちが決めてくれ。『ウォンシン商会』はランドウェードで商品を仕入れて、隣国カルーズを含めた3カ国を回ってるからな。次に来るのはひと月後だ」

「分かった」


 カサブランカはここ数日、ローゼリア目当てでやってきていた常連客の1人で、贈り物(ガラクタ)もよく送っていた。

 それが商人で、ウチの商品を小売業をしてくれるというのだから、まさに鴨が葱を背負って何とやら、というやつだ。


 見かけとは裏腹に、彼は説明上手で商談はスムーズに進んでいく。


 商品が彼の手元に渡ったら、それは『ウォンシン商会』の管轄となり、卸売価格(道具屋の設定した価格)より多くの利益が出たとしても、俺たちは関与できなくなると言う。


 それでも、こちらに利益が出ることは間違いなかったし、販売元である道具屋は絶対に宣伝する、という話だったので了承した。


 より多くの人に買ってもらえるのは店主として嬉しい。

 ただ、最後に1つだけ聞いておきたいことがあった。


「それで、足は洗っているんだろうな?」

「え……?」


 カサブランカがとぼけた顔をするので、1歩迫った。


「その手、その瞳、人を殺したことがあるな?」


 俺は間近に迫ったことで確信した。

 カサブランカは外道者の目をしている。

 それも、快楽などで人を殺してきた目だ。


 何年も殺し屋をやっているうちに、人の目を見ただけで悪人かどうかの区別がつくようになった。

 そして、その種類もなんとなく分かる。


 誰かの為だったり、事情があって殺し屋をやっているような人間、ローゼリアやイラックなどは本来輝くべき虹彩に黒い靄がかかったよう目をしている。

 夜空に浮かぶ満月を薄い雲が隠しているような感じだ。


 一方で殺害に快楽を見出した者、一般人も構わず殺してきたような人間は、目全体がどす黒く、感情の起伏によって瞳が怪しく光るのだ。

 途方もない程に黒く厚い雨雲の中を、稲光が走るような感じだ。

 

 カサブランカは間違いなく後者。

 こうして俺が問い詰めている間も、その瞳はギラリと光っている。


 睨み合いのようになって、これは戦闘になるか、と覚悟していたが、やがて相手の瞳は輝きを失った。


「はは……アンタには敵わねえな。確かにオレは昔、やんちゃしてたが今はちゃんと職に就いてる。どうか信じてほしい」

「……分かった。信じよう」


 と言って握手を交わす。

 俺よりも何倍も大きな手は汗でびっしょり濡れていた。


 その後、無事に商談は成立。

 僅かに在庫に残っていた商品をイラックと一緒に運び出した。


 「やけに長かったが大丈夫だったか?」と心配されたが、「問題ない」と返す。

 イラックは「そうか」とだけ言って仕事に戻った。


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