第27話:怪しい黒霧1


 ダンジョン内で内輪もめを起こすはた迷惑な冒険者たちを退け、最下層である地下4階を進む。

 迷宮のようになっていた地下2、3階とは異なり、直線通路が続いていた。


 喰人鬼と初邂逅した地下1階と似ているが、通路が階層の殆どを占めているというわけではなく、あくまで最奥の空間を繋ぐ道にすぎないようだ。


 周囲は完全な暗闇。

 階層を下がっていくに連れて濃くなっていった霧は、もはや通路全体に充満していた。


 俺は【暗視】を、ローズは【気配探知】を使って進んで行く。


「そろそろ降ろすぞ」

「あ……うん……」

「この先に何かいる」

「そうね、それに何かって言っても、1匹じゃないわ」


 ローズの補足に俺は頷いた。

 探知系スキルを使わずとも、この先に無数のアンデッドが待ち構えていることが分かった。


 これまでは走り抜けることで事なきを得ていたが、いよいよ覚悟を決めなければならないらしい。

 

(これまでの魔物がさほど攻撃的じゃなかったのは策略だったのか?)


 脅かすだけ脅かしておいて攻撃動作の予兆すら感じられなかったアンデッドたち。

 腐敗した脳では攻撃すら出来ないか、と嘲笑っていたが、彼らの行動はここへ誘き寄せるための罠だったのかもしれない。

 今になってそう思い始め、強敵との戦闘を覚悟した。


「ねえ、クローバー……大丈夫?」

「ああ……あまりの臭さに吐きそうだが、やる時はやる」

「ううん、そうじゃなくてさ……さっきすごく怒ってたでしょ」


 今更何を言っているのか、と思い、適当な返事をしそうになったが、ローズの表情を見て思いとどまった。


「……そんなに怒ってたか?」

「うん、魔力も少し変だったわよ。すごく黒くて、クローバーじゃないみたいな感じ」

「変といえば……最近はどうにも調子がいいんだ」

「それ、そんなに長続きしてなかったよね?」


 ローズが魔力を纏った俺の左目を指差す。

 確かにそうだ。


 ダンジョンに入ってから約2時間ほど、【暗視】を常に最大出力で維持しつつ、他のスキルも重複使用、それも容易に。

 大して多くないはずの魔力は未だに枯渇する素振りを見せない。


 なぜ気付かなかったのだろう、と粘り気のある汗が首筋を虫のように這い下りる。


(俺はいつの間に強くなったんだ?)


 異常なほどの急成長。

 それに気付けなかった自分。

 再び疼き始めた義眼。


(……義眼?)


 俺はおもむろに眼帯を外して、束縛から解き放たれた義眼に魔力を注ぐ。

 すると、以前まで存在していたはずの世界のズレは無くなっていた。


「ローズ、好きな数字はなんだ?

「え? えっと……」

「……2か」

「なんで分かったの?」


 驚くローズを見て、更に驚く俺。

 魔力を注ぐか、注がないかでしか制御できなかった未来予測が他のスキルと同様に使えるようになっている。

 義眼は魔道具としてではなく、魔眼スキル【未来視】として俺の力になったのだ。


 試しに取り外そうとしてみても、激痛が走った為、断念。

 なぜ激痛が走ったのか。

 それは義眼が俺の身体の一部になっていたからだ。


「今日はもう帰りましょう? ここ雰囲気良くないし、黒猫ちゃんは明日の朝とかにまた探しに来ればいいわよ」

「いや、大丈夫だ」

「だって顔色もすごく悪いし」

「顔色が悪いのは元からだ。さあ行くぞ」

 

 俺はあらゆる警告を無視して暗闇を進む。


 予想していた通り、直線通路の先には広々とした地下空間があり、有象無象のアンデッドたちが群がっていた。

 その中央にはひときわ大きな魔力を放つ"何か"が鎮座している。


 俺たちが足を踏み入れた途端、青い灯火が壁に灯っていく。

 まるで招待していた客を出迎えているようだ。


 真正面に浮かぶ漆黒の薄霧がこちらを振り返った。


「お待ちしておりました。我が主君、魔王セノンよ」

「「え?」」


 骸骨の頭部に、ゆらゆら揺れる薄霧の身体。

 常識では考えられない体躯をした魔物は言葉を操り、跪くようにして骸骨頭を下げた。


 よく見てみれば、後ろに並んでいる無数のアンデッド軍団も、国王に忠誠を誓う兵士たちのように跪いている。


「クローバー、知り合い?」

 

 俺は首を振る。

 そんなわけないだろ、と強く否定したつもりだ。


 警戒心を強め、黒いナイフを握る俺をよそに、禍々しい魔力を放つ骸骨の魔物は語り始めた。


「ワタシは旧魔王軍幹部エンシェントリッチ。新たなる魔王様への拝謁を賜り、光栄にございます。しかしながら魔王様が我々魔族と接触されるのは初めてでしょう。警戒されるのは重々承知。まずは私に敵対意思が無いことをご理解頂きたい」


 丁寧な口調で話しかけてくるエンシェントリッチ。 

 これは罠なのか、と俺とローズは顔を見合わせるが、お互いの表情から汲み取れるのは困惑の2文字だけだ。

 

 ローズが目の動きだけで「倒す?」と聞いてくる。

 俺は僅かに首を動かして、それを否定した。 


「エンシェントリッチと言ったな。まず俺は魔王じゃないし、魔族ですらない。そして、敵対意思が無いというなら証明してみろ」

「ああ……再び魔王様に名前を呼んで頂ける日が来ようとは……おおっと、質問にお答えしなければ……まず、セノン様が仰った通り、厳密に言えば『先代魔王に選ばれし者』でございます。次に魔族ではない、というご指摘ですが……そもそも魔力を持つ者において、種族の違いなど些細なものです。そして──」


 パチン、と指を鳴らすエンシェントリッチ。

 その瞬間、アンデッドたちが跡形もなく消滅した。

 続けて「セノン様はアンデッドが得意ではなかった様子、御気分を害してしまい、誠に申し訳ありません」と謝罪した。


 未だに警戒は説いていなかったが、俺はナイフを手放した。

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