第26話:追放系主人公視点
「ちんたら歩くなよ、ジーバル」
リーダーのライオスが靴底で俺のカバンを蹴る。
背中にほんの僅かな衝撃が走った。
遅れて、背後からクスクスと小馬鹿にしたような笑い声が耳の中に入り込んでくる。
魔法使いミザリルが「可哀想だわ」と言ってから吹き出し笑いをして、幼馴染であるレイジーは足音を立てるだけだ。
これがこの冒険者パーティーの日常。
"荷物持ち"である俺のバックパックは、各々の小綺麗な衣服やダンジョン等で拾った戦利品が詰め込まれて、今にも溢れそうなほどパンパンに膨らんでいる。
金級昇格間違いなし、と依然注目されている魔法剣士ライオスの蹴りを、赤鉄階級である俺が「ほんの僅かな衝撃」で受け止められたのは主にバックパックと【聖霊の加護】のおかげだ。
そう、精霊ではなく聖霊。
【聖霊の加護】は空想上とされていた、女神の使い「聖霊」の力を借りて、身体能力と魔力を底上げするというスキル。
俺はこの力を活かしてパーティーに貢献しているつもりなのだが、感謝の言葉をかけられたことは一度もない。
いや、感謝されないだけだったらまだ良かった。
実際はもっと酷い。
毎日馬鹿にされ、雑用を押し付けられ、
(どうしてこんなことになってしまったのか)
俺はパーティを結成した2年前を思い出した。
幼い頃から冒険者に憧れていた俺は、成人年齢である16歳になると幼馴染のレイジーを誘って田舎の村を出た。
その道中、目的を同じくする魔法見習いミザリルと出会い、3人で冒険者ギルドへ向かうことに。
そこで無事に冒険者となり、俺たちはパーティを組んだ。
しばらくは薬草採取やスライム退治などの簡単な依頼を達成していたのだが、いよいよ本格的な魔物討伐となった所で苦戦を強いられるようになっていった。
その原因はまともな近接戦闘を行える者がいないから。
ミザリルは魔法使いだし、レイジーは回復士、俺はそのサポート役だった。
ギルドの先輩冒険者たちにも散々アドバイスされたことを覚えている。
そこで俺たちは剣を携えた冒険者に片っ端から声をかけて、パーティ勧誘をした。
何人にも断られたが諦めずに続けていると、なんと冒険者ギルドの注目株であるライオスが請け負ってくれたのだ。
ライオスは剣術だけでなく魔法の才もあるということで俺たちは胸を踊らせた。
一方で、勧誘の際に初めは無愛想だったライオスが、ミザリルとレイジーの方を見てから含みのあるニヤケ顔した意味を俺は後になって知るのだった。
「もう……ちょっとライオス……こんな所じゃダメよ」
ライオスの太い腕に腰を抱かれ身体をくねらせるミザリル。
初めに変わったのは彼女だった。
ライオスは魔物を見つけた途端、剣と魔法を振り回して猛進するという「勇敢」とも「無謀」ともいえる戦い方をする。
それを前者の方で捉えたミザリルは、ライオス加入から数日後には俺を邪険に扱うようになった。
ライオスが魔物の攻撃をものともせずに一撃で倒せているのは、【聖霊の加護】のおかげだということには気付こうともしないらしい。
「おい、レイジー。さっきから俯いてるが……嫉妬か?」
それでも幼馴染のレイジーなら分かってくれる。
当時の俺が抱いていた僅かな希望はすぐに砕け散った。
とある宿屋で夜を過ごした際、隣室から聞こえてくる嬌声に、控えめであどけない俺の見知った声が混じり始めたのは、ほんの1ヶ月ほど後のことだった。
「ライオスさん……またそうやってからかわないで下さい!」
幼馴染レイジーの聞いたことのない甘い声。
俺は今すぐ帰りたくなったが、何とか堪える。
これまでも耐えてきたんだ、大丈夫、と自身を鼓舞した。
ここは【死霊の洞窟】、地下3階。
1歩間違えれば仲間たちが命を落とす可能性があるダンジョンだ。
それでも【聖霊の加護】のおかげで不死とされているアンデッドを極力回避、会敵しても仲間たちの能力を底上げして切り抜けてきた。
本来はスキル保有者へ直接加護を付与する方が強力な効果が得られるのだが、俺は武器を持たせてもらえない。
説得しようとしても「ライオスに嫉妬してるだけ」だとか「弱いからと言って嘘をつくのは良くないよ」と相手にされない。
でも、逃げるわけにはいかなかった。
ここまで一緒にやってきたパーティーの皆を守る為に。
「着いた。ここが最下階の入口だ」
左右で形の違う扉が無理やり合わさったような外観。
生還者はいないとされている最下階、地下4階に進み、ボスを撃破するのが今回の目的だ。
夜に来たのは他の冒険者に横取りされない為だ、と聞かされている。
いざ、出発、と扉に手をかけた所で「ちょっと待てよ」とライオスに声をかけられた。
また余計な注文をしてくるのではないか、と振り向いてみれば面倒くさそうな顔をするライオスを先頭に、少し離れた所で、ヒソヒソ話をするミザリルとレイジーが見えた。
「お前さ、もうクビな。もう付いてくるな」
とライオスがぶっきらぼうに言う。
俺はすぐには言葉の意味を理解できずに狼狽えてしまった。
「ほら、そうやって弱虫らしくウジウジしてさ。アイツらも嫌がってるんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は皆のためを思ってここまで頑張ってきたんだ。それに【聖霊の加護】が無ければこのダンジョンだって乗り越えられなかったんだぞ」
そこで笑いが起こった。
嘲りが入り混じった嫌な笑い方だ。
「いい加減聞き飽きたんだよ! 聖霊とか、ダジャレみたいなこと言いやがって。オレたちは真面目にやってんだ」
「ジーバルみたいな
「……残念だけどあなたがいなくてもやっていける……むしろ足手まといなの」
レイジーはそう言い終わらないうちに、ププッと吹き出してしまった。
それにつられて他の2人も笑い出し、ライオスに至っては俺を突き飛ばして、バックパックを奪った。
「赤鉄級止まりなのは、試験を受けさせてもらえないからで……レイジー、君なら分かってくれるだろ。俺たち──」
その瞬間、ライオスが俺の髪の毛を掴み「お前みたいな雑魚はこのパーティーに必要ない」と言った。
続いてミザリルが「ふん、早く消えてくれる?」と言った瞬間に、どこからともなく絶叫が聞こえて、それから一陣の風が吹いた。
(絶叫? 洞窟に風?)
誰もがそう思っただろう。
変だと思い、後ろを振り返って見ると黒い影、いや黒装束を身に纏った銀髪の男がいて俺はギョッとする。
しかも、その男は綺麗な女性を抱えていた。
「おいおい、ここはデートスポットじゃないぜ」
「何よコイツら、もしかして暗い所が怖いの?」
ライオスとミザリルが俺を馬鹿にした時と同じ口調で訊ねる。
それに対して「は?」と返す影のような男。
その威圧感に俺は一瞬にして圧倒される。
「……冒険者か、ちょうどいい。俺たちは『トリグエル』という黒猫を探してるんだ。お前たちは何か知らないか?」
影のような男の素っ頓狂な質問に、ライオスがピクリと反応する。
一方の俺は薄々気付き始めていた。
この男はヤバい、敵にしたらダメだ、と。
「ぶはは!! 馬鹿みたいな奴らだと思ったら、やってることはもっと馬鹿だぜ!! ほら、馬鹿が感染るからあっち行けよ」
ライオスはあろうことか唾を吐き出した。
頼むから外れてくれ、と願う俺を嘲笑うように、それは男の黒装束に見事に命中する。
その瞬間、男の身体からありえないほどの魔力が噴き出し、周囲が一瞬にして凍りついた。
しかし、ライオスは気が付いていない。
「でも女の方はなかなか美人だな。スタイル良し、胸もまあまあ。お姉さん、そんな奴放っておいて──ッ」
ガンッ!!
と洞窟全体が揺れるほどの衝撃が起こる。
影のような男がライオスの胸ぐらを一瞬にして掴み、壁に打ち付けていたのだ。
「蛆虫が……身の程をわきまえろ」
と男は警告するがライオスは既に気を失っている。
恐怖に包まれた洞窟内で「ちょっとクローバー! やりすぎ!」という明るい声が異常なまでに浮いていた。
横を見れば、ミザリルは失禁しており、レイジーは四つん這いになって何とか逃げようとしていた。
そして、当の男は俺たちには目もくれず、いや、ライオスの頭を蹴り飛ばしながら地下4階と扉をぶち破っていった。
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