第10話:オーク異変種
(『変異種出現のため、立入禁止』か)
ランドウェードの森、街道。
王都ランドウェード側の入口に立てられた看板には、余白を残さず目一杯にそう書かれていた。
変異種とはいうものの、魔物の知識は顔と名前が一致するかどうかくらいなので手当たり次第に探していくしかない。
バーヤンから聞いているのは「大きくて強い魔物」だ。
(よくよく考えてみればバーヤンも詳しい事情は知らなかったのだな。人を襲うのだから大体大きいし強いに決まってる)
なにはともあれ看板を無視して森の中へ足を進めた。
薬草の群生地もとい菜園は街道を少し進んだ所を左手に逸れた先にあるらしい。
地図上では王都ランドウェードから南東、ランドウェード郊外からはほぼ真南の位置だ。
俺が戦地から歩いてきた森でもある。
わざわざ街道を通っているのは案内板があるからで、俺はちょうどそこに差し掛かっていた。
「薬草菜園はこちら」、と手作り感満載の案内板。
整備されているとは言い難いものの誰かが切り開いたであろう林道が続いていて、やはり薬草栽培は途中まで成功していたことが伺える。
(そろそろ用心しておいた方がいいな)
俺はナイフを片手に持ち、気配を研ぎ澄ませた。
今回の薬草採取では魔眼スキルは使わない予定だ。
決して甘く見積もっているわけではなく、義眼の暴走を加味した判断である。
目を隠す包帯や眼帯が無い今、少しでも魔力を注ぎ込めばまた焦点が合わなくなってしまうかもしれない。
それに俺の魔眼スキルは【拘束】【歪曲】【暗視】【魔力探知】【気配探知】が全てであり、どれも逃げることにおいては直接的には関係がない。
足を進めながら、スキルではない己の感覚で気配を探ると、ちらほらと魔力生物がいることが分かった。
しかし、どれも大きな反応ではなく『凶悪な魔物』には遠く及ばない。
(だが、魔物は狩らなきゃいけないんだったよな)
俺はポケットから1枚の紙切れを取り出した。
そこにはスライムの体液、ホーンラビットの角、ブラックベリー、ムーン草、等々の名前が羅列してあった。
これはランドウェード郊外を出る寸前でバーヤンに採取するように頼まれたもので、ポーションの調合に必要な素材らしい。
ポーションといえば薬草と水さえあれば作れるイメージだったが、これこそ彼が『イカれポーション野郎』という不名誉なあだ名を付けられた所以なのだろう。
少し楽しみな反面、使いっ走りにされている感は否めなかった。
来る道中、適当な木の実やら草やらを採ってきたからあとは魔物の素材だけで良いだろう。
手頃な魔物はいないか、と首を回していると幸運なことに目の前をオークが通りかかった。
筋骨隆々な巨体に、黒く汚れた大きな牙、手には棍棒のような巨木を掴んでいた。
オークに関する素材はメモに記されていなかったが、役に立つかもしれないし採取の邪魔になることは間違いないので倒しておこう。
気配的にはそこまで強くはなさそうだった為、足音も消さずに堂々と近付いていく。
オークとの交戦経験はほぼ皆無というか記憶にない。
殺し屋時代に戦ったかもしれないが、復讐のこと以外は路傍の石ころも同然だったから忘れてしまっている。
今後のために行動パターンくらいは覚えておこうか、などと考えているとオークの方もこちらに気付いたらしく、雄叫びを上げてから唾を吐いてきた。
(ん? こんな攻撃もしてくるのか)
オークといえば馬鹿のひとつ覚えのように近接戦闘をしてくると思っていたが、開幕早々に遠距離攻撃とは中々戦略的だ。
しかも、今避けた唾はどうやら魔力が込められていて、地面に着弾した瞬間、音を立てて拡散した。
ここからが驚きで、拡散した場所を見てみると地面が抉られていた。
防御力には自信がない俺が喰らえばそれなりの傷を負っていたかもしれない。
弾速はゆっくりである為、被弾することは一生ないだろうが、その威力は敵ながらにしてあっぱれだ。
(オークも進化しているんだな)
そんな感想を抱きながら、足元に落ちていた石を投げる。
狙い通りにオークの膝に直撃すると、バキッと枝を折るような音がしてその巨体は態勢を崩した。
どうぞ殺してください、と言わんばかりに前のめりになった首を俺は黒いナイフで斬り落とす。
恒例のゴトリ、という音を背後で聞きながらナイフに付着した血を振り払って落とした。
(そういえば死体の処理に関してはどうなっているのだろうか。やはり掃除屋がいるのか?)
少し悩んだが、立派に伸びた牙を2本抜いてから「あとは冒険者とやらに任せればいいか」という思考に至った。
そろそろ薬草菜園に近いはずなので、素材集めは後回しにして、本来の目的を果たす為に歩き出すと邪魔が入った。
こちらに近付いてくる生物がいる。
おそらく人間だ。
「あ、あの! ちょっと良いですか!」
「ぼくたち……冒険者」
「み、皆さん、お待ちください……!」
草むらをかき分けながら現れたのは3人の若者たちだった。
話しかけてきた順から、剣を腰に携えた青年、身の丈ほどもある盾を持った小柄な少年、ステッキ型の杖を両手で握る少女だ。
なんだ、とも、誰だ、とも言わずに黙っていると、青年が緊張した面持ちで口を開いた。
「さっきまで木の陰から見ていたんですけど、あなたは一体何者なんですか?」
「薬草を取りに来たんだ。ただ凶悪な魔物もいると聞いてな」
「木の陰から見ていた」という発言に、無礼な奴だ、と不快に思い、「何者なんですか」という質問にやはり、無礼な奴だ、と憤慨したが、なんとか抑えて言葉を絞り出した。
「最近の若者は」という8年くらい前に聞いた言葉を思い出しそうになったが、当時は嫌な気分になったことを覚えていた為、引っ込めた。
まだそんな歳ではないが「老害」と呼ばれる部類の人間にだけはなりたくなかった。
よく見れば青年はちょうどその時と同じ年齢のようだ。
少年と少女の方は生前の妹くらいの歳だと思う。
彼らを見ていると、胸が少しだけ締め付けられる。
それは今日1番のダメージだった。
「あの……凶悪な魔物って……」
「薬草を食べて強くなったとかいう、変異種のことだ」
そう言うと3人はお互いに顔を見合わせて、言うか言うまいか目線だけで相談し始めたが、やがて意を決したように、今度も青年が後ろの死体を指差した。
「今あなたが倒したオークがその変異種なんです」
「え」
「わ、
俺はそこそこに驚いた。
初めはオーク変異種の前評判との差に驚いていたが、次に飛び出してきた『未来の守り人』とかいうパーティ名のダサさに腰を抜かすかと思った。
殺し屋時代の『黒塗りの双華』も随分恥ずかしい名前だったが、間違いなくそれ以上だ。
と狼狽したのも一瞬で、俺は既に彼らに対する興味を失っており、早く薬草採取に向かいたくなっていた。
「オークの件はお前たちに任せる」
「ちょ、ちょっと待ってください! オーク変異種は冒険者ギルドで緊急討伐対象に認定された魔物なんですよ! 多くの冒険者たちが敗れたのに……あなたはどうやって倒したんですか!」
「首を斬ったんだ。木の陰から見ていたんだろう」
「……そんなの……見えなかったけど」
菜園へ向かって1歩進む度に質問をしてくる若者たち。
確かに冒険者ギルドの都合も考えないで勝手に討伐したのは悪かったのかもしれない。
殺し屋の世界でも組織によっては縄張り《シマ》があり、部外者による仕事はご法度という場合もあった。
だが、当時の俺は悪人が減るならいいじゃないか、と思っており、それは今でも変わらない。
あと、そんなに次々に話しかけてこないでほしい。
戦闘はそれなりに出来るが、会話は苦手だ。
「で、では! 貴方のお名前を教えて下さいませんか!」
と少女が切実そうな顔で訪ねてくる。
そこで俺は良いことを思いついた。
「俺はセノン。ランドウェード郊外で道具屋をやって……いや始めるつもりだ。良かったら……その、来てくれ」
(なんか、ソレっぽいな)
少しだけ自分を誇りに思った。
生まれて始めての客呼びは少々ぎこちなかったが、まずはその発想に至ったことを褒めるべきだろう。
8年間殺し屋だった俺に、道具屋としての自覚が早くも芽生え始めているのだ。
「え……ランドウェード郊外……?」
「あの町は賞金首のドーグランが支配してるんですよ!?」
「アイツは死んだ」
というか俺が殺したのだが。
そこまで驚くほどの有名人だったのだろうか。
「じゃ、じゃあ郊外の町は……!?」
「もしかして、賞金首もセノン様が?」
「でも、アイツも……強いはず……」
再び口々に喋りだした3人。
また面倒臭そうなことになってきたぞ、と嫌な予感がした俺は隙を見て逃げ出した。
(結局、逃げることになるとはな)
大きな木の根を飛び越えながら、俺は義眼をくれたバーヤンにこっそりと感謝するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます