第16話:ユニークスキル【分身】
黒いレンガに囲まれた地下室。
火のついた蝋燭が1本、ふたつの影を作り出していた。
黒装束に着替えた俺は、適度な緊張感と高揚感を肌で味わう。
殺しの依頼を受けるときは、いつもこうだった。
テーブルに両肘をついて、組んだ手を口元に持ってくる。
「目が覚めたようだな」
「……ここは? いや……む、娘は!?」
「安心しろ、時間はさほど経っていない」
急な出来事に慌てふためく男を落ち着かせる。
誘拐されたという娘を救い出すことを提案、了承してもらったものの、道具屋では誰かに聞かれたるかもしれないので(睡眠薬を使用して)地下室に来てもらった。
隠し扉や裏事業のことは公には知られない方が良い。
あくまで裏の顔、といったところだろう。
「詳しく聞かせてもらおうか」
「……あ、ああ。昨日の夜なんだ。町に突然、奴がやってきて子供を手当たり次第に攫って……そこに娘も含まれていた」
「タツジ、だな……王都にいるのか?」
「いや、王都には明日の朝方やってくるはずなんだ。今は北の山岳地帯を通っていると思う」
「なぜ知っている?」
「故郷が山岳地帯の向こうにあるんだ。タツジは他の村や町も襲いながら南下してるって聞いたから、オレは先回りして、待ち伏せしようとしてた」
終始興奮した様子で男は語る。
憎しみと焦りが言葉を発する度に漏れてしまうのだろう。
あれだけの懸賞金が懸けられているのだから当然といえば当然なのだが、タツジは相当な悪人のようだ。
「敵は1人なのか?」
「ああ、多分そうだ。噂を聞く限り、奴は徒党を組んだりしない」
「【分身】というのは?」
「オレも良くは分からないけど、『気付いたら背後にもう1人のタツジがいる』って言われてる。娘を取り返そうとした時もそうだった」
役に立ちそうな情報はないか探っていく。
戦闘において情報の重要性は力量を上回ることがある。
たった1つの情報があるかないかで、勝敗が左右するのだ。
特に転移者のユニークスキルに関する情報は白金貨よりも貴重だと俺は考えている。
(ただ、彼の持っている情報はこの程度のようだ。あとは自分の目で確かめるしかないな)
「それじゃあ案内してくれ」
「ま、待ってくれ! アンタ、道具屋だろ? アイツに勝てるわけないよ」
「じゃあどうする? お前1人で娘を助けられるのか?」
「……でも、オレたちのせいでアンタが死ぬことはないだろ」
「腕には少しだけ自信があるんだ。どうか信じてほしい」
こういう時、人は自信に満ちた言葉に弱い。
男は俯向いてしばらく考え込んだ後、意を決したように頷いた。
「……なら頼む! 金は一生かかってでも払うから」
「いや、金はいらない」
「……え?」
「ただし、殺しには行かないぞ。今回の目的は保護だ」
自分にも言い聞かせるように告げると、男には何も言わず再び睡眠薬を飲ませる。
(裏事業の始まりだ)
俺は拳を強く握り、大きく一歩を踏み出した。
☆ ☆ ☆
白銀の山々が連なる山岳地帯に男と共にやってきた。
昼間から続く曇り空。
月は灰色の綿に隠れて、辺りは真っ暗。
屹立する山の麓、炭だけになった焚き火のそばに寝転がる人影と中型の荷馬車が見えた。
「アイツで間違いないな?」
「……ああ! アイーシャは……!?」
「落ち着け。いいか、お前はここで待機していろ。何があってもだ」
俺は身を乗り出した男を抑えて忠告する。
見つかってしまっては台無しだ。
俺は男が元より計画していた待ち伏せ作戦を実行するつもりだったが、幸運なことに野営中、しかも寝ている
暗殺、もとい捕縛するには絶好のチャンスだ。
しかし、誘拐されたはずの子供が見当たらない。
そこで荷馬車の方へ目を向けた。
2頭立て、天蓋付きの荷台にはいくつもの樽が並べられている。
(酒でも運んでいるのか? かなり大きい……人も入れそうだ)
そこではたと気付いた。
あの大樽に子供を押し込んで運搬しているのでは、と。
王都の荷物検査も「酒を運んでいる」と言えば通り抜けられるかもしれない。
標的にバレないよう慎重に【魔力探知】を発動させると、嫌な予感が的中していたことが分かった。
僅かではあるが、大小様々な魔力の揺らぎがある。
一方で希望も見えてきた。
「娘の髪の色、お前と同じ栗色じゃないか?」
「ああ! どうして分かった」
「荷台の樽、1つだけ動いてるんだ。蓋の隙間から似たような色の髪が見える」
「樽……? まさか……あの樽に娘が閉じ込められているのか!?」
「ああ、多分な──っておい!」
俺の言葉に目をカッと開いた男は岩陰から飛び出した。
繊細な魔力操作で【歪曲】と【拘束】を使い、樽を開けられないかと奮闘していた俺の努力が水の泡である。
それも静かに向かえば良いものを「アイーシャ!」と娘の名前を叫びながら走り、つまずきそうにもなっている。
(親バカというかただのバカだな……!)
当然、そこでタツジは目を覚ましたわけで、大樽に辿り着いた男に気付き、剣で斬りつけようとしていた。
大慌てでその間に割り込んで剣を弾いた。
「なにおまえら、邪魔する気?」
ムチのように細く締まった筋肉、鋭くつり上がった目は悪人であると自白しているようだ。
手に持った片刃の剣もよく磨かれている。
対峙しているだけでも、なかなか強い、と分かった。
横目で荷馬車の方を伺うと、男が娘を大樽から出して栗毛の頭を擦り合わせていた。
(感動の再会か、呑気なものだ)
「……おい、無視すんなよ」
タツジが怒ったように言う。
面倒くさそうな奴だな、と内心呟いた所で背後に魔力の揺らぎができた。
頭で考えるよりも先に身体が横へ回避行動を取る。
それでも、完全には躱しきれなかったようで背中に一直線の痛みが走った。
(なるほど……「気付いたら背後に」か)
感嘆に反応するように背後から「オレが誰だか知らねえの?」と声が聞こえた。
すぐに跳躍して距離を取ると、視界には確かに2人のタツジが映っていた。
「これが【分身】か」
「「なんだ知ってんじゃん」」
残像ではなく、質量を持った分身。
やっかいなユニークスキルに俺はため息を吐く。
右目の眼帯を擦りながら、俺は魔眼スキル【歪曲】を最大限発動させて、タツジたちの頸動脈を僅かに曲げて気絶させた。
失神した彼らは同時に背中から倒れる。
(同時に倒せばなんてことはない)
右目が疼くように痛んだが、戦闘は終わったので気にしないことにした。
何が起こるか分からない転移者との戦闘を、真正面から切り抜けることができて良かった、と安堵する。
荷馬車の方を見れば、親子が涙を流して抱き合っていた。
勝利の雰囲気を感じだったのか、娘の方が父親を振りほどき、トコトコとこちらに走ってくる。
俺の脚に娘アイーシャが抱きつこうとしてきた瞬間、横でチリチリと焼けるような感覚に襲われた。
「『
魔力の詰まった広範囲の炎が視界いっぱいに広がる。
咄嗟に少女を庇う俺。
背中に舐め回すような激しい痛みが走った。
顔を歪めながら魔法の出所を確認すると、そこにはニヤリと笑うタツジがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます