第17話:不良品


「「へえ、アンタ中々強いな」」


 斬り飛ばしたはずのタツジの重なった声が空から聞こえてくる。

 これで何度目だろうか、と嫌気が差した。


 上方から飛んできた火球を後方に退いて躱す。

 弾けるような音を立てて地面に3つの焦げ跡ができた。

 それに反応したのか、背中の熱傷が疼くように痛んだ。


(なにが「ユニーク」だ。厄介の間違いだろ)


 タツジのユニークスキル【分身】。

 十数分ほど戦って分かったことが4つ程ある。

 

 1、そもそも分身というよりも分裂であること。

 残像でもなく、模造体コピーでもない、分裂。

 本体だったはずのものを倒しても、分裂していたものが再び分裂する有り様である。

 しかも完全回復した状態で、だ。

 ただ、世間では【分身】で通っているようなのでそのまま分身と呼ぶことにする。


 2、分身は予備動作や詠唱も無く作り出せるということ。

 「気付いたら背後にいる」というのはその利便性によるものだろう。


 3、分身には作成、稼働可能な範囲が決まっている。

 タツジから10歩ほど距離を置くと必ず攻撃が止むことからほぼ間違いない。

 これは明確な弱点だろう。

 しかし、俺は遠距離攻撃が得意ではない。


 4、分身数の限界は3人まで

 タツジが3人いる状態で全員を行動不能にさせると、やはり新たに1人増えるわけだが、その際、倒れていた内のどれかが消えている。

 つまり、タツジはこの世界に3人しか存在できないのだ。

 まあ、それもそれでおかしいわけだが。


「「おいおい、アレを避けるのか……アンタまじで何者だ?」」


 答える義理は無いので無視してタツジ3人組を蹴散らす。

 確実な手応えがあったのだが、やはり無駄らしい。


 また背後で魔力の揺らぎ。

 剣による横払いを若干喰らいつつ、跳躍でその場を離れた。

 本来ならば僅かな切り傷で終わるはずが、火魔法を喰らった箇所だった為、大きなダメージに変わる。


 再び涙を流しながら抱き合っている親子が視界に入り、俺は歯を食いしばった。

 子供に罪はない、はずだ。


 それに転移者と相対している時に、このような邪魔が入るのは慣れっこだ。


(しかし……攻略できないな)


 おそらくタツジがやっているのは俺の魔眼と似たようなもので、目に映る範囲で分身を作り出せるのだと思う。


 ただ魔眼とは違い、魔力を経由していない。

 その為、予測も阻止もできないのだ。


 分身が出現した直後は【魔力探知】か【気配探知】で反応できるが、直前までは発動の手がかりがない為、阻止できない。


 俺が攻略するには、タツジの瞳孔から電気信号が脳に達するよりも先に動いて、行動不能にさせなければならない。


(暗殺しか方法は無かった、か)

   

 俺はタツジの3連撃をいなして肩を落とした。

 負けることもないが勝つこともできない、最悪の戦闘だ。


(こんな時、アイツがいたらな)


 チラリと横を見ても、誰もいない。

 胸に燻る感傷は置いておいて、少し気になることがあった。


 先程から魔眼スキル最大出力を維持してるわけだが、義眼がかなり痛むのだ。

 出口が塞がっているから魔力がせめぎ合っているのだろうか。


 片目を失ったのは痛手だったな、と改めて感じた。

 威力が半減していたり、視界が狭まっていたりするのは経験やスキルでカバーできる。


 だが、戦闘中に追加の痛みが伴うのは厳しいものがあった。


「──なあ! いい加減オレの質問に答えろよ。お前も転移者なのか?」

「どちらでもいいだろ」


 このまま攻撃し続けても仕方がないので、距離を置いて会話を試みる。


「お、やっと話す気になったかよ。てか、オレもどっちでも良いんだけどさ、なんで邪魔するわけ?」

「さあな」

「正義ヅラしたバカ共が戦争行ってて何でもやり放題なのに、なんで邪魔するのかって聞いてんの。なに、いい子ちゃん気取り?」

「俺はそこの子供を助けに来ただけだ」


 荷馬車近くの親子を目線だけで指す。

 父親が娘を庇うように手を広げていた。

 初めからそうしておけ、と苛立つ。


 右目が痛い。


「オレさあ、嫌いなんだよねそういうの。正義の味方気取り? 自己満足だろって」

「そうか」


 聞いてもないのによく喋る奴だな、と右から左へ聞き流す。

 右目が痛い。

 頭も痛い。

 抑えなければ耐えられないほどだ。


「まあいいや。お前と戦うのも飽きたし、終わりにするわ」

「……なに?」

「オレさ、さっきまでトリオでやってきてたけど、実は10人までいけるんだよね。あれが1番効率がいいんだけど、全力じゃないわけよ。マラソンと短距離走みたいな感じ?」


 推測が外れた。

 嫌そうな表情をあらわにする俺に、タツジはいやらしく笑うと言葉通りにポンポン分身した。


 そして、俺に剣の雨を降らせるのだった。


「「おお! 避けるなあ! すげえすげえ! でも──」」

「──ッ!」


 2重にも3重にも及ぶ斬撃を交わしていたが、右方の死角からの攻撃までは避けられなかった。

 探知系スキルも数が多すぎて、上手く判別がつかない。


(さっきまでは狙ってこなかったくせに、ズル賢い奴だ)


 タツジの攻撃は勢いを増していく。

 斬撃に加えて、火魔法や蹴りなども織り交ぜられて、避けきることは難しくなっていった。


「「ははは! さすがに厳しいよなあ! おら、もういっぺん穴開けてやるよ!」」


 背後から繰り出された刺突。

 首を左に傾けて避けようとするも、こめかみを裂かれてしまった。


 その勢いで眼帯が破れ、右目が歪んだ世界を映す。

 魔力が流れ込み、前回同様、焦点が合わなくなった。


(くそ……! 少しは直っているかと思ったが、結局不良品だ)

 

 攻撃系スキルはまだ良いが探知系スキルが支離滅裂になっている。

 躱したと思えば攻撃され、攻撃されたかと思えば躱せた、そんな滅茶苦茶な状態だ。


 その結果、俺はかなりの深手を負ってしまう。

 横腹は2、3回抉られていたし、首筋からも出血がある。

 背中はズタボロと言っていい。


 あちこちで迸る血液が貧血を引き起こし、一瞬、蹌踉めいたところを真正面から蹴りを喰らって吹き飛ばされた。


「「はっ、体力切れかよ。少しはやると思ったが、しょせん不良品の現地人じゃ女神サマのスキルには敵わんよな」」

「……お前、攫った子供はどうするんだ?」

「「は? そりゃ売るんだよ。キモいシュミした奴がいてさ、すげー金になるんだぜ」」


 堪えきれないといった風に笑い飛ばすタツジ。

 少しも悪びれる様子は無い。


 こんなことなら初めから殺すつもりでかかれば良かった、と後悔した。

 

 お待ちかねの時間だ、とでも言いたげなニヤケ顔が10人、地面に横たわる俺を取り囲み一斉に剣を振り上げた。


「「じゃあな」」


 剣が振り下ろされ、俺は身体を貫かれた。


(……ん?)


 いや、実際は貫かれていなかった。

 攻撃された痛みから身をよじった結果、剣は体の横を掠めていた。

 確かに感じていたはずの痛みを俺は回避したのだ。


「「悪足掻きはみっともないぜ? さっさと死ね!」」


 今度は乱暴で無規則な刺突が俺を襲う。

 しかし、俺は全て避けながら包囲網を突破していた。

 

(どこに攻撃がくるのか分かるぞ……?)


 頭がおかしくなったのかと思った。

 だが、違う。

 これまでの記憶や経験がそうではないと告げていた。

 

 俺はおもむろに左目を手で覆う。

 見える方の左目を、だ


 ほんの一瞬、恐怖の表情を浮かべたタツジだったが、誤魔化すように眉を吊り上げると、再び攻撃の浴びせてくる。

 袈裟斬り、火魔法、薙ぎ払い、刺突、薙ぎ払い。

 正面、右方、左方、背後、左方。

 

 全て避けられる。

 分かる。


 俺は未来が見えていた。


「「はあ……はあ……お前、何笑ってやがる。てか、なんで避けられるんだよ」」

「……なあ、やはり先入観に囚われるのは良くないな」

「「は?」」


 俺はポケットから取り出したポーションを握り潰した。

 無数のガラス片が手のひらに突き刺さる。


「気付かせてくれたお前には感謝しなければ」

「「一体何が言いたいんだよ!」」

「不良品はお前自身かもしれないぞ、ということだ」

「「何言ってやがる! 不良品はたいしたスキルも持たないお前らだろうが!」」


 「不良品」という単語を耳にした途端に激昂したタツジ。

 一斉に炎魔法を放ってくるが、出力、方向、タイミング、全てが視えている俺には通用しない。


 俺は魔力を纏わせたガラス片を、流血に紛らわせて右後方へ飛ばしながら、前方のタツジの首を撥ねる。

 焦り顔が地面に落ちる音と共に、右後方で肉が裂ける音がした。


「「なに!? どうやって……!?」」


 分身が出現した瞬間、ガラス片が脳天を貫いたのだ

 未だに状況が理解できていないタツジは分身を増やそうとするも、それは叶わない。

 分身が発現した瞬間、それが「死」を認識する前にガラス片が脳を貫いているからだ。


 そうして【分身】が俺には通用しない「不良品」になった結果、その数は段々と減っていき、ついに1人となった。


「くそ! くそ! なんでだ!!」


 諦めきれないらしく、スキルを発動させ続けているものの、前ほどの勢いは無くなっている。

 いつまでも全速力でいるのは不可能なのだろう。


 背後に出現したタツジをナイフで瞬殺し、最後の1人に近付く。


「体力切れか?」

「待て、待ってくれ! オレだって好き好んでやってたわけじゃないんだ!」

「悪足掻きはみっともない、だろ?」


 わなわなと足を震わせながら後退りするタツジ。

 「怯え」という2文字が似合う顔にナイフを押し当てた。


「手下にしてやるから教えろ。【分身】は視界の内、どこにでも作り出せるのか?」

「……ああ! そうだ!」

「目隠しした状態では使えないのか?」

「い、いや! 目が見えなくても認識できていれば大丈夫だ! ダイレクトパスとゴールキックみたいな感じで、だから……! どんな時でもアンタの助けに──」


 俺はタツジの首を刎ねた。

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