第22話 競技大会 準決勝

毎晩、悪夢を見る。

眠りについていると、いつもだ。



「お前は、強い」

と誰かの声が頭の中に響く。


「お前が弱いわけない。負けるな」


「お前は、誰の息子だ?」

その声はだんだんと増えていき、頭の中を支配した。


コンラートは身を起こすと静かに壁に立てかけられた剣を見つめた。

そしてそのまま額に手を当てて、頭の中の声を抑え込む。


俺は。

俺は、英雄フレデリックと戦乙女へレザの息子だ。

父フレデリックは上位リーグ3連覇を成し遂げた前人未到の武人貴族。

母へレザは皇帝のボディガード。


だから、負けられない。

負けることは、許されない。


小さいころから周りと、自分の自信に言い聞かされて育った俺は自然と騎士として生きることを志向していた。

朝から晩まで素振りして、豆がつぶれるほど剣を握って、俺は幼少期から青年になるまでをずっとそうやって過ごしてきた。


しかし、現実は非情だ。鳴り物入りで挑んだ最初のリーグは一回戦敗退。

二度目の挑戦と挑んだ皇帝杯も三回戦でぼこぼこにされて敗北。


ランクを落としたリーグでも、格下相手に決勝で敗れた。唯一勝てたのは、小さな地方リーグ。

俺は一門全てから後ろ指を指された。

「お前に生きる資格はない」と父は俺に言い捨てた。


そんなときに声を掛けられたこの八百長。

俺は、勝利にとらわれていたんだ。

血統の証明の為。

親の誇りの為。


この八百長で、俺は初めて上位リーグのカップを手にした。

その優勝カップを手にして以降泣いたことが無い。

それからはいくら勝っても金を得ようと感動もなければ悲しみもない。


俺は本当につまらない人間になってしまった。


だがしかし、未だに時折思いだすことが一つだけある。

今では名前も忘れてしまった過去の試合の内、唯一実力で勝った地方リーグ。

俺は存分に剣を振るい、激闘の末に勝利した。


その事だけは、未だに覚えている。


ーーー 試合会場 

俺は武器を背負って、競技場へ向かった。

今日はいよいよ準決勝だ。


次の戦いでエレオノーラとぶつかる。

思えば、俺は彼女と剣を交えたことは一度もない。


俺は彼女の事を試合会場までの長い通路で彼女の剣技をよくよく思い出す。

エレオノーラは帝国の貴族に多いスタンダードな騎士スタイルだ。

斬りつけ等の基本技能も非常に高く、特に相手の剣を絡めとる技が得意だ。


体格には恵まれていないので、寝技やタックルはあまり積極的にはやってこない。

一方でキックやパンチなどの打撃技は装備の重量があるのでかなり脅威だ。


彼女の戦闘スタイルを形容するとしたら、技量重視の速攻タイプだろう。


俺は間もなく影を抜け、陽の光の下へ出た。

冬の冷たい空気を、太陽が温めてくれる。


人々は会場の周りを囲い、我々に熱い視線を送った。

俺はそれに答えるように剣を抜いて掲げた。


反対側の通路からエレオノーラが現れる。彼女は武人らしい堂々とした歩みで会場を闊歩した。

そして俺とは対照的に観客の声には軽く手を振るにとどめ、静かに剣を引き抜いた。


「やっとあんたとあたしのどっちが強いのか証明できるチャンスが訪れたってわけね」


「あぁ、手加減はしねぇぞ」


「望むところよ」


間もなく、監督官がフラッグを掲げ戦闘の開始が合図された。

俺は上段に構え、静かに近づいていく。

エレオノーラは剣の先を中段よりやや低めに据え、迎撃する構えを見せた。


俺は3歩ほど接近した後にその歩幅を縮めた。

彼女の剣は速い。うかつに近づいてうっかり打ち込まれるなんてことは避けたい。


俺はじりじりとすり足で間合いを詰めていく。

それから数秒ほど睨みあいの時間が訪れた。


「はぁ!!」

と先に攻撃したのはエレオノーラの方だった。

彼女は踏み込むと、大きく左横から切り上げて俺の脇を狙った。


すかさずこちらはそれを払うように剣先を合わせる。

互いの刃先がぶつかり、金属音が鳴り響く。


俺はそれを薙ぎ払い、そのまま3連撃を放つ。

しかし彼女はそれを見切り、逆に切り返してこちらの首を狙った。


だがその攻撃は当たらない。まだまだ勝負は始まったばかりだ。

こんなとこで終わったら面白くないだろう。


ーーー


勝負は白熱している。観客たちは大いに盛り上がり、露店も飛ぶように売れた。

そして何より賭博が盛り上がった。


これに胴元の団体は大喜びであった。

しかしその元締めたるヒルデガルドはその報告を受けても何一つ嬉しくもない様子だった。


「あの男は、邪魔ね。融通が利かなそうですわ」

と彼女はハヤトを見ながら言う。


「しかし、対戦相手のエレオノーラとか言う奴も大概ですよ。死んだ男爵の忘れ形見とかでいかにもめんどくさそうだ」

と彼女の部下がぼやく。

ヒルデガルドはその情報に軽く頷くと眉を潜めて試合の内容を見つめた。


「・・・・男の方が勝つな」

ぼそりと男の声が響く。ヒルデガルドは不意に聞こえたその音の方へ首を向けた。

声の主はコンラートだった。彼は観客席の端から二人の試合を眺めていた。

「自分の試合はよろしいんですの?」


「こっちを見ている方が良い。どうせ勝つ」


「大層な御自信で」


「誰かさんの八百長のおかげでな」


コンラートはそう吐き捨てると、また目線を試合の方へ向ける。

戦いは丁度決着がつくところだった。


ハヤトが上段から斬りかかり、それを斜めに受け流したエレオノーラが反撃をする。

しかしそれを読んでいたハヤトは攻撃を受ける前提で前に出て、エレオノーラの腹めがけて攻撃をした。


こんなもの、捨て身以外の何物でもない。彼女からしてみれば隙もいいところだ。

早速エレオノーラは反撃を打ち込もうとした。しかしその時彼女はふと足をもつれせてバランスを崩した。


地面がぬかるんでいたのだ。ハヤトはその一瞬の隙を突き攻撃を放った。

そしてそれはエレオノーラのみぞおちに綺麗に入り、そのまま彼女は膝をついてしまった。


「勝者、ハヤト選手!」

と監督官が旗を揚げる。

会場は決まり手の地味さに少し抑えめであったが、決着に盛り上がった。


「あら、意外ですわね。少女の方が勝つと思いましたが」

とヒルデガルド。

だがコンラートは冷静な分析を述べる。

「女の方が剣の技量や、腕は良かった。だがあそこで打突を選んだ男に軍配が上がった。一見偶然に見える決着だが勝敗を分けたのは、経験則と勘だ」


「わかりにくいですわね。つまり?」


「それがセンスというものだ」


ーーー

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