第17話 夢の終わり
ーー数十年前 スラント地方
「騎士になりたい?」
と村娘は青年に尋ねる。
「あぁ、前から言ってるじゃないか。俺はな騎士になりたいんだ」
と青年は力強く拳を握る。
少女はそれを聞いて少し呆気にとられた。
「まだそんなこと言ってると思ってなかったよ」
「なんせ、10歳ぐらいのときに言ってたから」
と彼女。
それに青年は目を輝かせながら
「馬鹿いえ、俺はずっと願ってたんだぞ。あの時から今までも大真面目にな」
「そして俺はやっと17になった」
と手を握りしめた。
少女はそれを聞いて少し態度を硬化させた。
「じゃあ、この村から出ていくって事?」
彼女は心の奥で何かが騒めいたのを感じた。
「そうさ。ウチは自由農民だし、領主様の軍に加わることができる。そこで戦功を立てりゃ、俺は騎士になれる!」
と青年は能天気にも言い放つ。
「・・・・なんで騎士になりたいのさ」
「そりゃあ、お前騎士になりゃあなんだってできるだろう。
こんな醜い生活からもおさらばだし・・・何より」
「何より?」
「こんなふざけた世界をぶち壊す事だってできるさ」
「そうなりゃ、俺たちは毎日暇もなくあくせく働く必要はねぇ。みんなを救うことだってよ」
青年は青臭い事をまた言った。
だが少女はそんな彼の夢を笑わなかった。
到底、騎士になっただけでそんなことはできもしないだろう。
しかし、彼の”誰かを救う”という目標は立派だし彼女が彼を好きなのはそんな不器用な優しさだったから。
でも本当は違う。彼女が真に願うのはそうじゃない。
騎士になんかならなくてもよい。皆を救わなくてもよい。
ただ、隣で一生を過ごしてくれれば場所はどこでもいい。
問題なのは彼にその想いが伝わっていなかった事だった。
ーーーー
「教官、お休みのところ失礼したします」
とデニスが彼女を呼びだす。
教官は閉じていた眼を見開くと、「すまん、頭痛で少し寝ていた」と断ってすぐに調子を取り戻した。
デニスは彼女の様子に「夢を見ていたのですか?」と尋ねたが
教官は「さぁな。そうかもしれん」とあやふやな答えをした。
彼女が居眠りをしていたのは、臨時司令部の教会だ。
外城壁と下層街が陥落して、我々守備隊は後退したのだ。
敵を誘い込み、火を放ったところまでは良かった。
これに乗じて反撃に出た結果、敵にかなりの被害を与えて後退させることに成功した。
しかし、そのせいでこちら側にもかなりの被害が出た。
1500名を数えた守備隊は、すでに800名を切っている。
さらに負傷が無く万全な状態で戦えるのはその内僅か500名に満たなかった。
総指揮官のエルデリックは戦闘が開始してからしばらくは投石を怖がったりして指揮所から出てこなかったが
追い詰められてからは彼も外に出て兵たちを励ましていた。
「子爵様、伯爵閣下からのお手紙です」
野戦病院を見舞う彼の元に封を携えた伝令が現れた。
彼は何とか、敵の包囲を突破してきたようで体中傷だらけだった。
「・・・大儀であった」とエルデリックは彼を軽く労うと早速その書状に目を通した。
頑丈な羊皮紙には、簡単な文章が二、三行書かれていた。
彼はそれを見て暫し固まった。
そして心臓がドクンドクンと鳴って、少し胸の中で何かがわだかまった。
「伯爵様は何と?」
エルデリックの護衛の騎士は彼に尋ねる。
それに対して、子爵は虚ろな瞳で手紙を騎士へ渡す。
「・・・・・増援は間もなく来る。最後の一兵まであきらめることなく戦い抜け!ですってよ!増援が来るんじゃないですか!」
と騎士は喜んだが、エルデリックは全く笑顔ではなかった。
そして彼は騎士の呼びかけにも応じず、危うげな足取りで教会の裏に下がって行ってしまった。
ーーー
エルデリックは司令部となっている教会の裏門を開けて、立ち止まった。
そしてその場でうろうろとして、頭を抱えながら座り込んでしまった。
「・・・・子爵様。ご機嫌いかがでしょう」
突如、彼の事を呼び止める声が響く。
子爵は驚いた様子で振り返るとそこには教官が立っていた。
「・・・・・・教官か。驚かすな」
「子爵様。何故吉報にそのようなご様子なのですか?」
「・・・・・」
「閣下」
「あれは、吉報などではない。増援は来ない」
「・・・・どういう意味でしょうか?」
「・・・・・伯爵閣下は前におっしゃられたのだ。もし、手紙に”最後の一兵まで戦え”の文言があった場合は増援が来ないと、出立前に伯爵はおっしゃったのだ」
子爵は後ろめたそうに教官へ告げる。
彼女は拳を握りしめると、厳しい視線で彼を睨んだ。
「あなたは、兵を置いて逃げようというのか!?兵たちには、味方が来ると嘘を教えて!」
教官は激しい怒りとエルデリックに飛び掛かった。
普段の彼女からは想像できないほどの激烈な感情の爆発と共に。
エルデリックはそれを振り払って、
「俺とて!!これで逃げられたらどれだけ楽だったか!!」
と叫ぶ。
「俺がもう少し人でなしだったら。俺がもう少し頭が回ったら!俺はこんなとこに居ないし、とっくのとうに逃げ出している!」
「俺は思っちまった。置いて行った兵士たちがどうなるのかって・・・・」
「その中途半端さが、俺の愚かしさなんだよ」
「兄貴だったら・・・・死んだ兄貴だったら、そもそもこの街の防衛なんか引き受けねぇよな・・・」
エルデリックはそう言い捨てて、涙を流した。
教官はその姿を憐憫の眼で見つめた。
そうか、この人も過去にとらわれているのか。
彼女は彼を叱ることも、励ますこともできない。
ただ傍観している。
ーーーー〇 数十年前 スラント地方
戦争が起こった。
隣の領主とのつまらないいさかいが、やがては国境線をも書き換えるほどの大規模な戦闘になってそれは終に動員を行わなければならないほど拡大していた。
領主はメンアットアームズと志願兵を募集し始めた。そして青年はそれに応じて戦場へ行った。
彼は村を出る前に幼馴染の少女へ向かって「いつか、騎士夫人にしてやる」とキザな事を言った。
少女はそれを大層喜び、快諾した。
そして出陣前日に二人はぎこちなく夜を明かした。
彼が騎士になると言って、出て行ってから数か月が経った。
少女は変わりなく、日常を過ごしていたが彼の事が気が気ではなかった。
やがて村に「若い衆が帰って来た」と噂が立ち始めた。
少女はそれを親から聞くと、大急ぎで広場へ向かい彼の事を待った。
しかし、出て行った数より明らかに少ないその集団の中に彼の姿はなかった。
「ねぇ、クラウスの姿が見えないんだけど・・・?」
と少女は聞く。それに友人たちは答えない。
彼女はだんだんと血の気が引いて行った。
そして彼女は「クラウスはどこに居ますか?」と先頭の男に聞くと、彼は目を逸らしながら
ばつが悪そうに荷物の中から一振りの剣をとりだした。
その柄には血で描かれたであろう指紋がしっかりと残っていた。
「ルネ。これはクラウスが最期に持っていた剣だ。あいつはお前に、これを届けてくれと最期に言っていた」
と男は言う。
少女はぐにゃりと視界が歪んだ気がした。
そして、急激に気分が悪くなった。
「ルネ!しっかりしろ・・・おい!」
友人たちは少女を心配するが、その言葉は彼女には届かない。
少女はひたすら自責の念に駆られた。何故あの時手を取って引き留めなかったのか。
或いは何故自分は一緒に行かなかったのか。
そんな思いばかりが頭を巡って、彼女は可笑しくなりそうだった。
やがて、厳しい寒波が来た。戦争のせいもあってこの村は飢饉に襲われた。
結果餓死者が続出し、村の経営が危うくなった。
それは少女の家族も例外ではなかった。
弟は栄養失調で病気がちになり、母も体調を崩した。
家族全員分を養うだけの食料はない。
そう判断された家の子供たちは大抵、都市へ奉公へ出されたりした。
少女もそのはずであった。しかし彼女はそれを拒んだ。
彼女は彼の残した一振りの剣を握るとそれを持って、単身メンアットアームズに乗り込んだ。
彼の残した、夢を背負って。
ーーーー〇
俺はデニスの言う事が理解できなかった。
しかし、彼の気持ちがずっと過去にあって死んでいった人たちをずっと背負っているのは、明らかだ。
・・・クリストフはデニスを、”兵士たちを救う事が出来る人”と羨ましがったが、それは違う。
彼もまた、死者に後ろ髪を引かれている。
だから彼は自らを”無神論者”なんて名乗りながら祈ってしまう。この世界に疑念を抱きながらも、結局は背負いきれない責任に目を背けてしまう。
そんなデニスの様子を俺は静かに哀れんだ。
我々は最後の防戦を行うために、教会の前に集結して指揮官の命令を聞いた。
壇上に、エレオノーラとエルデリック卿が登る。
戦いが始まる前に居た5名の指揮官たちの内、今や残っているのはここの2人しかいない。
他は臨時に昇級した騎士見習いや下士官が指揮を執っている。
「我々は最後の一兵までこの街を死守する。増援は必ずやってくる!それまで耐えるのが我々の役割だ!」
エルデリックは柄にもなくそう言ってカッコつけると、敵からの降伏勧告をびりびりに破いて宙に飛ばした。
それに兵士たちは剣と槍を掲げて狂喜した。
俺はその様子に呑まれつつも、死の覚悟をし始めていた。
この内城壁をすべて守るだけの戦力はもうすでにない。
ここにいる兵士たちも皆傷ついて、戦う気力にも薄い。
俺はふと壇上のエレオノーラを見る。
彼女もきりりとした表情ではいるが、どこか不安そうだ。
幼さを残した彼女の輪郭には煤がかぶっていた。
兵士たちがデニスの号令で死地へ向かって歩み始める。
あぁ、死ぬかもしれないな。あのクリストフですら死んでしまったのだ。俺が生き残れる道理があるものか。
・・・・しかし俺は自分で誓ったじゃないか。
過去の自分とは決別すると。やわな自分を捨て、世界と向き合う。そして俺は生き残って、騎士になるんだ。
「ハヤト、少し来い」
行軍を待っていた時に俺は突然呼び止められた。
俺はそれに振り返り、教官の姿を確かめる。
「ハヤト、お前はそっちに行かなくていい。こっちだ」
と彼女は言う。
俺は不思議に思いつつ、デニスに一瞥すると列を去った。
教官が俺を招いた先には数名の兵士とエレオノーラが居た。
そして、脇にはエルデリックが。
俺は彼らの列に加わると、エレオノーラに
「また新しい任務か?」と尋ねたが彼女も承知していないらしく、「さぁ、わかんない」と返した。
間もなくエルデリックが立ち上がり、我々に声を掛ける。
「諸君。良く集まってくれた。此処に集まったのは、歳が19より小さく、一人っ子の者だ」
「単刀直入に言おう。諸君はこのまま地下道を通ってこの街を出てくれ」
と子爵は言う。
俺とエレオノーラは顔を突き合わせて、目を丸くした。
しかし嬉しさよりも先に、疑問が頭に現れた。
それにすでに覚悟を決めてしまった身だ。
「何故ですか?」
と真っ先に聞いたのは、もっとも生きて帰らなければならないはずのエレオノーラだった。
教官は答える。
「全滅しては、この街が陥落したことが伝わらない。それでは伯爵殿の軍事行動に支障をきたす」
「そして何より、君らの様な若者を一人でも多く逃したい」
教官はそう言って、俺らの肩を叩いた。
エルデリックは懐から手紙を取り出して、俺に手渡す。
「これを伯爵に届けてほしい。俺は、あの人に何故気に入られたのか分からなかったが、最期ぐらいそれにふさわしい態度を取って見せる。だから、最期は華々しかったと言え!!良いな!!」
と最後まで意地っ張りな事を言った。
エルデリックはそれだけ言いつけると、時間が惜しいらしくすぐに前線へ向かって行ってしまった。
教官もそれを見て我々に最後の別れを告げる。
「ハヤト。お前は、結局何になりたい?」
と彼女は俺の顔を見て聞いた。
「俺は・・・騎士になって・・・・真っ向からこの世界に挑みます」
それに対して俺は少し頓珍漢な物言いをした。
意味が通っていないし、その具体的な方法すら定まっていない。”立ち向かう”とは聞こえがいいが、それはあやふやな言葉だ。
だが教官はそれを笑わず、むしろ喜んだ。
「世界に立ち向かうか!それは良い」
「言葉足らずですが・・・それに、どういう意味かも自分ではわからなくて・・・」
「そうか。まぁその定義は人それぞれだろう」
「だが私から助言するとしたらただ一つだ。死ぬな。生き抜け!それだけだ。そうしていれば、いずれ世界が見えてくるだろうさ。何よりも、生き抜かんことには何も始まらない。だから、生きろ」
教官は澄んだ顔で言い切った。
そして彼女はそのまま全員に別れの言葉を告げると手を掲げて「諸君の明日に幸あれ」と今までにないような優しい口調で言った。
俺はその様子に感極まって少し涙ぐんでしまった。
だがそんな俺をエレオノーラは腕を引いて地下道へ連れて行った。この街には時間が無い。
我々は暗い地下へと消えて行く。
教官は去っていく我々を見て何を思っただろうか。
それはもうわからない。
ーーー
陽が落ちてから始まった敵の総攻撃は5度にも及んだ。
1度目と2度目の攻撃は下層街の炎が消えきっていなかったので、少ない兵力でも十分に防戦することができた。
しかし、火災も消化されて攻城兵器が補充された第3波以降は有利だった防衛側も次第に押され始めた。
第5波になるとすでに矢筒も切れて、敵の放った矢を回収してかろうじて撃ち返している有様だった。
兵士たちは次々に射貫かれ、あるいは体を砕かれて次々に倒れていった。
正門はデニス率いる300名が守っていたが、第5波の攻撃によってついに突破を許した。
彼は城門脇の櫓で指揮を執っていた。
「退くな!!押し返せ!」
デニスは城壁から退却しようとする兵士たちに必死に叫ぶ。
敵は城門を破城槌で突き破り、我先にと正門に殺到した。
デニスは槍を手に取り、櫓を駆け降りた。
「残余の兵!下がるな!私に続け!!」
そう言って彼は集団を何とか統御しようとする。
それを聞いた兵士たちは、一時的に士気を取り戻して集団隊形を形作った。
そしてそのまま号令に合わせて、正門を抜けて来た敵部隊を攻撃した。
だが悲しいかな、すでに幾度も敵の攻撃にさらされてきた兵士たちに勢いづいた相手を押し返す力はなく、次々と敵兵に殺されていった。
デニスはその様子に為すすべがなかった。
彼は叫びながら敵に向かって槍を振るったが、もはやそれを押し返す力はない。
そのまま彼は4人の敵パイク兵に腹を突き刺されて、それでも絶命しなかったので壁に突き立てられた。
敵兵は言う。
「神を信じぬ者はこうなる・・・!教皇の名の下に報いを受けろ!」
デニスはそれを聞くと笑い、十字架を敵兵に投げつけて言い放った。
「神ですか・・・・・だったら、ここで死んだ1000余名は信仰心が足らなかったのですか・・!?」
「神の名をたやすく語るもんじゃないですよ」
デニスは不敵に笑い、指で十字を切った。
敵兵はそれに怒り狂い、彼を何度も何度も突き刺して惨殺した。
正門は今や完全に落ち、連携が解れた他の場所でも敵が城壁を超え始めた。
ーーーー
「そうか・・・・正門も抜かれたか。」
教官は、別戦区の防衛に当たりながら正門突破の報を聞いた。
彼女の方は何とか第5波を跳ね返したが、それでも被害は大きく兵士たちは傷ついていた。
「もはやこれまでだ!司令部のある教会まで退くぞ!」
と彼女は宣言する。
兵士たちは今や、30名ほどまで減ってしまっているが誰一人だって逃げだす者は居ない。
なんといったって彼らはメンアットアームズ。戦場で猛々しく戦う事を誉れとする職業。
何より、彼女が育て上げた兵士たちなのだから。
「ハヤトたちも災難だな!教官と最後まで戦えないなんて!戦乙女の戦ぶりはすさまじいぞ」
「戦乙女にしては年が行きすぎてないか?」
「おい、貴様ら。口が過ぎるぞ」
と教官は言う。
兵士たちは大いに盛り上がった。
彼らは絶望的な状況でも目の輝きを失っていなかった。
死にざましか誇れないような連中にとって、負け戦は一世一代の大舞台。
もっともそうしてしまったのはこの時代と彼女なのだが。
間もなく敗残兵を伴って教官は司令部まで後退した。
街道にはバリケードを作り、道脇には罠を置いた。
いまや教会は最後の抵抗拠点として完全な要塞と化していた。
教官は下士官たちに街道を守るように命じると
自分は司令部に向かった。
そして、エルデリックに最後の出陣を請うた。
「・・・・私に前に出ろと?」
「兵士と共に最期を迎えるのが、司令官の役割でもあります」
「・・・兄上は見てくれているだろうか」
「・・・・・」
エルデリックは椅子から立ち上がり、剣を手に取って軍旗を従者に携えさえさせた。
そして教会の出口にまで行くと振り返り一言問うた。
「なぁ、教官。聞かせてくれ。俺は今、立派か?」
「誰からも褒めてもらえるか?」
その質問に対して教官は「ご家名に恥じない、立派な出で立ちです」と述べた。
それを聞くとエルデリックは憑き物が取れたかのように清らかな表情になった。
そして最後に「そうか」とだけ言い残して陣頭へ向かった。
教官はそれに続いて、教会内の従者たちに書類や用具に火をかけるように命じた。
そしてそれを見届けると、司令部を出て同じく武器を片手にエルデリックの後に続いた。
「教官。最後に言い忘れて居たな」
とエルデリックは戦場へ向かう途中で口を開く。
「なんでしょう」
教官は不思議がって聞く。
それにエルデリックは立ち止まり、
「本当はこの戦いが終った後に命ずるつもりだったんだがな、こんな事になってしまった以上は今伝えるほかない」
と言って彼女の方へ向き直った。
そうして仰々しい口調で
「教官。お前を、正式に騎士に任ずる。今日、今この瞬間からお前は騎士だ」
と彼女を叙爵した。
それに教官はポカンとしていたが気を取り戻すと、
「・・・ありがとうございます」と軽く礼を言う程度だった。
「どうしたんだ?騎士になりたかったんじゃなかったのか?」
「・・・・・そうですね。そのはずなんだが」
「なってしまえば、こんなものかと」
教官は少し寂しさを携えた諦観の表情で感想を述べた。
エルデリックもそれに感化されたのか、無感動にその様子を眺めていた。
「さぁ、諸君!!武人としての誇りを見せようぞ!最後の大舞台だ!」
と誰かが言った。
それを受けて兵らは最後の喊声を上げた。
教官とエルデリックはそれを聞くと、剣を抜き小さく頷いた。
そして両者とも覚悟を決めて最後の戦いへ歩みを向けた。
ーーーー
教官は教会から少し離れた街角で虫の息になって体を横たえている。
腹には矢が刺さり、呼吸は苦しくなってきた。
剣を握ろうとしたが、指の握力がすでにない。
遠くでは勝利の雄たけびが聞こえる。
恐らく、教会が落とされたのか。エルデリックもさぞ立派な最期を遂げた事だろう。
彼女はもう一度立ち上がろうとしたが、足に力が入らずできなかった。
それどころか、目の前が暗くなってだんだんと眠くなり始めた。
思えば、ずいぶん回り道をした。
こうやって騎士になりたがっていたのも、よくよく考えれば彼の夢を受け継いだに過ぎない。
だがきっと彼は私を嫌うだろう。
彼が誰かを救うために騎士になりたかったのに対して、私は騎士になるまでに数多の部下を死なせてしまった。
夢を忘れて安住を部隊の中に見つけてしまえればどれだけ楽だったろう。
そんな器用なことは私にはできなかった。
だが、最後に面白いものを見た。
「世界と立ち向かう」なんて馬鹿げたことを言う少年だ。
正直、数日で死んでしまうだろうと思っていたが彼は運よく。
或いは、実力でずっと生き残っていた。
私はきっと彼に在りし日の幼馴染の影を重ねていたのだろう。
私を抱いて、離れていった手。それを持っている彼が恨めしくて、羨ましくて。
私が彼に望んでいたのは、”生きている事だけ”それがこの時代ではどれだけ難しい事か。
私はそれにもっと早く気付くべきだった。
あぁ、血が抜けて行く。
どくんどくんという鼓動は、段々とゆっくりになってゆく。
次第に瞼が重くなり、目の前が暗くなる。
私の人生は、空虚だ。
私の人生は、死体でできている。
私の人生は・・・・・・
ーーーー
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