競技大会編
第18話 帰還
ーーー
俺はエレオノーラと共に無我夢中で走った。
夜を徹して走り、地下道を抜けた。それから後は洞窟の水道へ繋がり、道ともいえぬ道を通って地上を目指した。
俺らは手紙と武器以外には何も持たなかった。
そのため松明やピックなどに頼ることができず
洞窟の中を手探りで進まなければならなかった。
奥へ進んでいくと段々と空間は狭まって、我々も体を屈めなければ通れないほど小さなものになった。
「痛っ!」
と先頭を進むフリッツが声に出す。
どうやらヘルメットを岩にぶつけたようだ。
それも仕方がない。水道は真っ暗だ。
俺もきっと一人で居ればパニックになっていただろう。
それだけ閉所と暗闇というのは人間を混乱させる。
先頭のフリッツは慎重に進んだ。そしてそのうち彼は足先に何か冷たい感触を得た。
彼は立ち止まり、それを手で確かめる。
微かな手の滴り。これは地下水だ。
彼は周りの壁を触り、他に道が無いか探したがどうやらこの水源に入っていく以外は先に進む手段は無いようだ。
「おい、前に渡せ。この棒で水深を図れ」
列の背後からそう言って棒が回されてきた。
今、列は縦列状態になっている。こうやって物を回して先頭まで持っていくのが最も手っ取り早い。
「ほら、しっかり掴みなさいよ」とエレオノーラの声がした。
俺は暗闇の中で大体のあたりをつけて、しっかりと掴んだ。
しかしそれは棒にしては柔らかかった。脂肪の様な突起物は布に包まれていて、それは明らかに人工物ではなかった。
俺は不思議に思い、両手でそれを鷲掴みにした瞬間に、はっと悟った。
しかしそれに気が付くのは遅すぎた。
「ど、どこ触ってんのよ!!!バカーッ!!!」
エレオノーラの甲高い叫び声が耳をつんざく。
俺はそれと同時に、鉄の防具のついた彼女の手でゲンコツを喰らった。
俺はたんこぶをこさえた。頭が割れて死ぬかと思った。
気を取り戻して、また洞窟の地下水へ話を戻すと
結局我々はその水源へ足を踏み入れることにした。
水は腰ほどまでで、肌をつんざくほど冷たかった。
衣服を濡らしたまま冬の寒空に出るのは自殺行為なので、
我々は衣服を脱いで、頭の上でまとめて持った。
エレオノーラはさっきの事もあって不機嫌で、服を脱いでいくことに抵抗したが暗闇で見えないと説得して結局そうすることにした。
しかし俺も年頃の男だ。恥ずかしながらさっきの”間違い”は少しうれしかったし、この時も必死に暗闇の中で目を細めて前を進むエレオノーラの影を追ってしまった。
しかし、そうしていると激しい殺気をどこかから向けられたので取り辞めた。
少し進んだところで、空洞は広くなった。
我々はすっかり冷えた足腰を入念に拭い、先ほど脱いだ衣服に再び身を包むと再び壁伝いに奥へ進んだ。
やがて俺は目の奥にうっすらと光を感じ取った。
洞窟の中を反射したせいだろうか。しかしおぼろげに俺は周りの風景の輪郭を捉えることができた。
「出口だ」
と誰かが言う。それを聞くか早いか、我々はその光へ向けて走った。
そして俺は、まる半日ぶりの地上へ出ることに成功した。
我々はそのまま、敵の警戒網を避けながら神聖帝国の支配地域にまで逃げた。
途中、盗賊に襲われて数名が命を落とした。
そんな困難を払いのけ、やっと我々が伯爵領へ戻ったのは12月の事であった。
ーーー
我々は帰還後すぐに早馬で伯爵の城館へ向かった。
そこには既に帰還していた伯爵とその指揮下の貴族たちが揃っていた。
「そうか。プラディサート市は最後まで抵抗したか。エルデリックは、逃げ出した途中で死んだのか?」
と伯爵は我々を眺めながら訪ねた。
彼はまるで他人事のように無感動だった。
俺は、死んでいった教官やデニスやクリストフの事を思い非常に苛立った。
しかし、エレオノーラが俺の事を目線で制止したので何とか堪えた。
「いいえ、エルデリック卿は最後まで司令部で指揮を執り・・・指揮下の1500名と共に討ち死にいたしました」
「ふむ、そうか。らしくない死にざまよの」
「その分では、教官や他の騎士共も死んだようだな・・・・もったいない損失ではあるが、敵に数倍の被害を与えたのだ。値段ぐらいの働きはしただろう」
伯爵はそう言って、我々の報告を打ち切った。
俺はその伯爵の様子に打ち震えたが、剣を引き抜いてすべてを台無しにする勇気もなかった。
仲間の死を馬鹿にする者を見過ごすとは。
俺は卑怯者だ。
ーーー
そののち、俺は暇を出された。
なんでも、メンアットアームズが壊滅してしまったので
補充員が揃うまで一時解隊するとのことだ。
俺は仕方がないのでエレオノーラの屋敷に厄介になることとなった。
「なんであんたの世話をまたしてやんなきゃならないのよ」
とエレオノーラは俺を煙たがった。
「そうだな。俺だって他に行く当てがあったら他を当たってたさ」
と俺は少し嫌みったらしく言った。
彼女の美貌は確かに傑出しているが、その性格だけはどうにも好きになれない。
いや、それは向こうも同じ事を思ってるだろう。
「あんたみたいな馬面、あたしの好みじゃないから。
真面目さ以外とりえのない馬鹿男がつけ上るんじゃないわよ」
とエレオノーラは俺の事をこき下ろす。
俺達二人はそこからさらに罵り合いをヒートアップさせて
彼女の男爵領に入るまでそれは続いた。
戦場で苦楽を共にしたが、我々の間に特別な感情など芽生えもしそうにない。
吊り橋効果とはいかない物だ。
屋敷に着くと、そこの臨時管理をしている叔父上が出迎えてくれた。
「おぉ!!エレオノーラ!よく無事で帰った!」
と彼は部屋着であることを厭わず、彼女へ抱き着いて帰還を喜んだ。
「おじさま、お久しぶりです」
とエレオノーラもその再開を歓び抱擁を受け入れた。
俺はその様子を半歩後ろで眺めながら、彼にお辞儀した。
「ハヤト君も無事であったか。私は二人の事が気が気じゃなくってねぇ」
と彼はしみじみ言う。
実際叔父殿の顔には疲れが見えた。心労がたたったのだろうか。
少し老けたようにさえ思える。
「エレオノーラ。それで、何時までこんな事を続けるつもりなのか」
と叔父は言う。
それにエレオノーラは「私は武人の家に生まれたんですよ?ホーエンライン家の家名をみすみす潰すわけにはいきません!」
と強く反発する。
「しかし、嫁入りの時期を逃してしまうぞ」
「私が騎士の道を諦めてしまったなら、ホーエンライン家はどうなります?故郷を失ってしまうなら、どんな大貴族であろうと嫁ぎません!」
「うーむ・・・」
叔父殿は彼女のいいようにほとほと困ってしまったようだ。
彼からしてみれば、エレオノーラには不自由なく暮らせる暮らしをしてほしいのであろう。
彼女は馬具の始末を従者へ頼むと髪留めを下ろして中へ入って行ってしまった。
俺は叔父殿に同情した。
「ハヤト君。エレオノーラを守ってくれてありがとう」
と叔父は急に俺の方へやってくると深々と頭を下げた。
俺はそれに慌てふためき、五体投地してしまった。
「お顔をあげてください!!叔父殿!」
と俺は彼に申し上げる。
彼は司教として領土を預かる神聖帝国諸邦だ。
正直言って、俺の様なメンアットアームズ風情に頭を下げて良い人間じゃない。
しかし、叔父殿はそんなことなどおくびにも出さず
純粋な感謝で俺に礼を述べた。
この人は何と腰が低いのだろう。傲慢とは真逆にいるこの人に、俺は大きな好感を抱いた。
ーーー
その後、俺は体を洗ってゆっくりと休んだ。
この城館ではいくら寝ようがクリストフの号令はないし、教官の抜き打ちチェックもない。
デニスが廊下の角の先で本を読んでいる事もなければ、エルデリック卿が兵士たちをいびることももう、ない。
俺は誰も居ない廊下の先から冬ばれの空を覗いて、俺は少し寂しくなった。
開け放たれた窓の外には、弔いの歌が聞こえていた。
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