第13話 反撃
ーーーー
秋も枯れ始めて、冬がやってき始めた頃。
伯爵はプラディサート市を陥落させたものの未だ撤兵させることはできなかった。
というのもヴァルティア都市同盟がこの攻城戦を見て、皇帝派の軍事力を恐れたからだった。
皇帝は、教皇派の急先鋒であるプラディサートを落とせば都市同盟は呆気なく瓦解するだろうと踏んでいたし
そのために戦上手の伯爵を送り込んだのであったが、その手際の良さが却って彼らの危機感を煽ったのだ。
一部の中立だった都市は教皇派へと意見を変え、それどころか皇帝派だった一部の都市らは教皇派に鞍替えした。
もっともまずかったのは、プラディサート市と神聖帝国の間を遮断された事だった。
伯爵軍が進軍してきた後方の街道は、いまや寝返った都市同盟の支配地域と化していた。
つまり、伯爵たちはプラディサート市を攻め落とした結果敵地に孤立してしまったのだった。
ーー
11月12日。伯爵たちは主力1万名を率いて、プラディサート市から出陣した。
帝国と遮断され、後方の物資集積地が脅かされている今、この都市に大兵力を居座らせておくのは危ない。
それに、これだけの戦力を養うだけの食料はこの壁の中にはない。
翌12日には別動隊としてボッツ伯率いる2500名の兵が退路を確保するため東方のボスパ水道方面へ出撃。
結局市内には我々メンアットアームズ250名と雑多な傭兵軍1200。そしてほんのばかりの貴族軍を合わせた1500名が残された。
指揮官はエルデリック卿で、彼に与えられた任務は死守であった。
街は数時間前までの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
通りには閑古鳥が鳴き、手つかずのまま残された穀類倉庫の開け放たれた扉が空虚に動いている。
俺はそんな街の様子を横目に教会へと向かっていった。
引き続き司令部として使われているこの街の聖堂は数日前から指揮官らが通い詰めて防御計画の策定に勤しんでいる。
俺はそこの小間使いを命じられたのだ。
「・・・・・この街で籠城戦を行うとすれば食料の備蓄は持って4か月です。
多くは伯爵様が持って行ってしまいましたが、我々守備隊が冬を越すには十分な備蓄があります」
と騎士の一人がエルデリックに言う。
会議は教会の礼拝堂で行われ、騎士3名とエルデリック卿。それに教官の5名によって行われた。
先ほどの情報に対して一つ質問がある、と騎士の1人が手を上げる。
俺はその高慢ちきな顔を見て眉を潜めた。
「まずは1つ。それらの配給は一食どの位の分量で配給した場合を想定しておりますか?
次に2つめ。食糧の保管状態が良くありません。穀類は高床へ移動させ、肉や魚類は燻製や塩漬けにしてしまいましょう」
とエレオノーラは発議した。
周りの指揮官陣は皆貴族や階級が高いものばかりだったので、そう言った知識というのには疎く
特にこんな状況では塩漬けや燻製など思いもしなかった。
特にエルデリックに至っては「・・・・塩漬けより、コンフィの方が良いな」と零すほどである。
男爵領の継承権が危うく、財産も少ないエレオノーラにとってみれば彼らの態度は全く別世界の住人のように思えた。
彼女は続ける。
「ともかく、これらの食品は適切な保存方法が無ければ4か月も持ちません。
すぐさま適切な処置を求めます」
「・・・わかった。民兵らはそう言う事に慣れているだろう。彼らにやらせなさい。
あとそれと、監督役にメンアットアームズから数名派遣しなさい」
よエルデリックは命じた。
エレオノーラは「ありがとうございます」と感謝して再び着座した。
会議は別の議題へ移る。
「防衛計画は、この都市の外壁を修繕して使うので良いかな?」とエルデリックは皆に問う。
そうすると、
「敵の出方によっては、撃って出るべきだ!」
と強気な発言をする者も居た。
これに対して教官は
「外壁を修繕するのがまずは先決だろう。撃って出るにせよ、籠城するにせよ帰る場所を作っておくのが先決だ」
と冷静に意見を述べた。
彼女の言い分に、エルデリック子爵は納得させられて
最終的に壁の修繕を命じた。
会議が終わった後、エレオノーラと俺は向かう先が同じだったので少し歩きながらしゃべった。
「寒いな。そう言えば、もう11月か」
と俺は空を見上げながら白い息をこぼす。
「そうね。この地方は雨が良く降るから猶更ね」
エレオノーラはそう言うとローブの襟を正して首を埋めた。
「薪と油が不足してるのがまずいわね。火をおこしたりするのも無暗に出来ないわ」と心配する彼女の唇は、少しかさついていた。
俺は懐からバターを取り出して、彼女に渡した。
「これ、俺は持ってても料理にも使えないし、肌にも塗らないし」
「バター?貴重じゃない!取っておきなさいよ!こっちの地方じゃまだ全然流通してないんだから!」
「だからだろ。俺が持ってても仕方がない。教官に渡そうとしたら”そんな暇があったら訓練をするわ”って怒られたし」
俺はそう言って少し場の空気を和ませた。
「まぁ、あの人はそう言うでしょうね・・・・なんてことはともかく!
私ばかり貰ってちゃ悪いでしょ?」
それにエレオノーラが柔和な態度で謙遜する。
だが俺は我慢ならず
「この間に喝を入れてもらったお礼だよ。それに、お前に借りを作りっぱなしってのも気に入らない」
とせっかく温めた場の雰囲気をぶち壊すように本音を言ってしまった。
それに対してエレオノーラは口をへの字に曲げて
「はぁーん、なるほどね。そういう魂胆があってわざわざ・・・
だったら、その親切心は受け取るわ。これで貸し借りは無しよ!」
と勢いよく俺に言い放った。
俺はそれに対して少し口元を緩ませて、承諾した。
それは彼女とは対等でありたいという対抗心もあったが、何より彼女に寄りかかっていた関係から自立できたという確信があったからだ。
もちろん、これでエレオノーラに借りが無いなんて非常識なことは考えない。
しかし少しは彼女に認めてもらえたのかなと思うとやや心は軽くなった。
もっとも彼女の小言や文句は減りやしないのだが。
ーーー
11月20日。空気もすっかり冷えて、街の舗装路が冷たく凍てつく頃になって我々の耳に凶報がもたらされた。
先の攻城戦のさ中、逃亡したプラディサート市の指導部が教皇庁へ逃げ込み、勅令を受け取って再び挙兵したとのことだ。
この報がもたらした意味はつまり、我々には差し迫った危機があるという事だ。
小心者のエルデリック卿はこの報告を聞いて、大変に狼狽えた。
「ここより10リーク先に敵部隊が展開しているだと?目と鼻の先じゃないか!!?」
と彼は司令部で叫ぶ。
幕僚の騎士は辟易しつつも何とかなだめようとする。
「伯爵殿はいまどこにおられる?はっきりと伝えよ」
と聞く子爵に幕僚は
「北へ進んだことは確かですが、連絡線が途絶えており、送り出した伝令もすべて殺されているようです」
とありのまま告げる。
それが却って彼の不安心を煽ってしまったのか子爵は額に手を当てて黙り込んでしまった。
同じく指揮官として会議に列席していたエレオノーラはその様子を横目に見ながら斥候の報告を続ける。
「・・・集結した敵戦力はおよそ1万5千~2万ほどと見積もられており、攻城兵器群なども帯同しております」
「敵の目標は恐らくこの都市だと思われます」
「・・・・そんなことはわかっている!守備隊長!敵の編成をどう見る?」
「報告を信じるに敵の行軍はスムーズで、規律のとれた集団です。恐らくは温存していた正規兵部隊でしょう。練度はおおむね高いと考えられます」
「・・・教官。こちらの兵士たちの状況は?」
「正規兵の士気は高いですが、民兵と傭兵たちはそうではありません。食糧や物品を配給制にした結果、脱走兵や強盗が相次ぎ規律が緩んでおります。ただでさえ少ない兵にもかかわらず軍団の士気は危機的状況にあると言えます」
教官は状況を包み隠さず述べた。
これに司令部の士官たちは息を呑んで暫し黙りこんだ。
貴族たちが連れている兵士たちの多くは民兵や傭兵だ。
教官は暗に彼らの管理不届きを指摘したのだ。
「しかしこの戦いは我々だけで勝たなければならないわけではない。攻城戦で時間を稼げば、伯爵閣下とボッツ伯の部隊が戻って来て挟み撃ちにできる」
「しかし敵が損害度外視で力攻めに出たら?我らは僅か1500の寡勢です。2万以上の敵が殺到すれば、もって2週間でしょう」
教官は真剣な面持ちで冷静に状況を告げる。
貴族たちは眉を潜め、再び会議場に沈黙が流れた。
机上の地図には部隊を表す駒が置かれていたが、
不吉にもプラディサート守備隊を示す駒がゆっくりと倒れた。
その音ははっきりと貴族たちの耳にも届いていた。
ーー 11月23日
俺は兵舎代わりの工房でぐっすりと眠っていた。
この街に来てからは忙しく、寸暇もなく壁の補修や穀類の運び出しをやらされる有様だった。
そんな日々には珍しく今日は久しぶりにぐっすり眠れる夜だったのだ。
そんな安眠を妨げるように
「おいハヤト。起きろ」
とフリッツの声が聞こえる。
俺は一度目わざと無視した。が、二度目は流石に目を開けて答えた。
「なんだ一体?何時だ今」
と俺は不機嫌に言う。
まだ明け方ともいえないような時間で、外はまだ暗かった。
しかし兵舎の中はどやどやと騒がしくて、何やら一大事の様であった。
「とにかく装備を着て、来い。集合命令だ」
とフリッツはらしくもなく真面目な調子で俺に言った。
仕方がないのでキルティングの上にチェーンメイルの鎧下と直剣をつけてそのまま集合場所である広場へと向かった。
広場に行くと
「みんな、そのまま聞いてくれ」
とデニスが壇上で呼びかけた。
何時もと違い、クリストフと教官は不在で指揮官は彼だけだった。
「つい先ほど近隣住民の通報で敵部隊接近を確認した。すでにこちらのピケットラインを突破し手前の丘付近まで進出してきているとのことである」
デニスは顔を強張らせながら我々に告げた。
彼はそのまま続ける。
「敵の先鋒はこちらの出方を伺う為、すでに攻撃を開始している。我々も即座に準備を行い、反撃に出る。準備せよ」
兵士たちはざわついた。
特に、定数を埋めるために民兵から引き上げられた者達は顕著だった。
彼らは戦闘経験も十分な訓練も施されていない。
しかもここに並ぶ兵士の約3分の1がこの間まで素人同然の民兵だった。
ーーー同時刻 プラディサート市南、正門
教官率いる300名が護る正門には敵先鋒たる500名の軽歩兵が攻撃を仕掛けていた。
彼らは城壁の前にまで来こそすれど嫌がらせ程度の攻撃しかしてこなかった。
教官はその様子を壁上から眺めている。
「・・・・これはこちらの動きを伺っているのか」
と教官は腕を組んで敵の行動を観察した。
敵は矢を射かけたり、獣の死体などを投擲したりしてくるのみで本格的な行動はとらなかった。
これに同じくこの城壁を守る主将であった騎士のマティアスは積極的な反撃を要請した。
「教官、今すぐ全力で反撃すべきだ」
「何故だ?我々は少数だし、弾薬も少ない。無暗に手の内を明かすのは慎重になるべきだ」
「逆だよ。我々は敵に”精強”であると示さなければならない。
こちらの目的は主力到着までの時間稼ぎなのだから、敵が攻撃を躊躇わなければならない」
「なるほど、小手調べで大損害を被るなら敵も退け腰になるという訳か」
「その通り」
マティアスは若い騎士でありながら自信たっぷりに言い切った。
教官も彼の様子に納得し、その意見を支持した。
しかし一抹の不安も彼女は提示した。
「だが、敵が我々の主力不在を知っていて、総攻撃をかけてきた場合は?」
その問いを聞いて、マティアスは
「その時は、ここを死ぬ気で守るしかないでしょう」
と笑った。
教官はそれを馬鹿馬鹿しく思いながらも、彼の青臭い力に身を任せて見たくもなった。
危うさを孕んだそのまっすぐさにどこか懐かしさを感じて。
ーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます