第12話 戦闘と戦闘の合間に
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それからは、民兵たちが町へ向かって火を放ち家から女を引きずり出して犯し家財を強奪し始めた。
勝ち戦になれば、毎度のことながらこのような強奪行為が行われる。
大抵は貴族が停止命令を出さない限り、略奪行為は続く。
だが今は違う。一番槍を飾った我々重装歩兵はそれを止めるだけの権威がある。
俺は少女の首を締めながら服を破こうとしていた民兵をどついて「貴様!!伯爵の許可もなく戦利品に手を付けるな!!」と怒鳴りこんだ。
彼らは俺を見てぎょっとして
「わかったよ!あんたが一番で良いから、ほら!」と言って
少女をこちらへ突き飛ばした。
俺はその行為に怒り心頭で、剣を抜いて、
「貧民が!!お前らの行いは盗賊そのものだ!ここで死ね!」
と激しく激怒した。
そしてその怒りのまま、丸腰の彼らを斬り殺そうとした。
「待て!!ハヤト!!」
と背後から引き留められた。
俺はその声に思わず剣を振り下ろすのを止めた。
そしてその声の主は俺が振り返るのより早く剣を引き抜くと、
乱暴狼藉を働いていた民兵3人の喉を素早く斬りつけた。
男たちは地面に転がっていた武器を手にしようとしたが、そんな暇なく彼女の剣は彼らの喉を切り裂いた。
「・・・エレオノーラ・・!どういうつもりだ!」
俺は逸る呼吸を抑えながら彼女を問い詰める。
それに彼女は鋭い目線でこちらを見て、俺の脇に立って言った。
「あんた・・・前にあたしになんていった・・・?」
「・・・この世界に立ち向かう」
「そうよ。だったら、あんた・・・こんなことしてる場合じゃないでしょ!?」
「・・・・だが、こいつらは・・・・!」
それに対してエレオノーラは俺の顔を見ると
「それじゃあ、私たちと変わらないでしょ?彼らは暴虐だから殺す?そんな正当化をするなら!あんたに希望を語る資格はない!」
と激しく罵倒するかの様子で告げた。
「・・・」
「だから、こういう役目は私に任せておけば良いのよ・・・!汚れ役は、全部あたしが引き受ける!
だからあんたは、前だけ向いてなさい」
エレオノーラはそう言うと、剣を再び腰に納めて俺に背中を見せて去って行った。
俺は彼女の言った言葉に頬を叩かれた気分だった。
戦場でだって、今日は火傷を負った相手しか斬れなかった。
それは”楽にしてやれる”という大義名分があったから。
今の民兵たちも、耐えがたい暴虐行為を防ぐという大義名分があったから剣を抜こうとした。
俺は、なんと卑怯で小さな人間なんだろうか。
心のわだかまりは大きくなっている。
ーーーー
その後伯爵はこの日が終るまで民兵たちに下層街を略奪させた。
一方で中心街と教会は襲わせずに、直属の部隊に警護させた。
「この景色に心を痛める兵士も多いだろう。メンアットアームズは都市出身の者も多い。民兵たちの事も良いが、彼らの事も慮ってくれ」
と教官は諸将の前で意見した。
略奪を免れた教会は、臨時の司令部となり占領軍として入城した伯爵軍貴族たちが集っていた。
だがしかし、彼らは教官の声に怪訝な顔を向けた。
「なんだ貴様は?ここは司令官クラスの会議だぞ。下がれ下郎」
と一人の貴族が彼女に向けて嫌みったらしく言う。
それに教官は静かな調子で
「私は負傷したエルデリックの名代として参ったのだ」
と返した。
しかしそれでも臨席する貴族は身分の低い彼女の臨席を嫌がった。
彼は「貴様の様な下郎が来て良い場所ではない!名代として来たなら床にでも座っておけ!騎士でもないくせに!」
と乱暴に暴言を吐き捨てた。
教官はその声に対してこれと言った返答はなさなかった。
しかし、ゆっくりと目を細めると発言した彼の眼をじっと眺めて威圧した。
「な、無礼な!」
と彼は威勢よく言い返してやったが声は震えていた。
これは一重に教官のうちに携える武人としての凄みによるもので、その覇気は鋭い彼女の顔立ちに現れていた。
「よい。彼女は優秀な野戦士官だ。今回の臨席も私が許した」
と伯爵が言う。
彼はそれまでやり取りの一部始終を見ていたが、醜いやり取りに耐えかねて貴族たちに命じた。
「教官。此度も貴様の戦果は素晴らしかったぞ。正門を陥落させた手際。流石の一言に尽きる」
と伯爵が彼女を褒める。
「ありがとうございます。お褒めの言葉、恐悦至極に存じます」
「お前は長く私の軍をよく鍛えてくれた。連日の戦闘でも殊勲者があまただ。
貴様自身もそろそろ・・・・騎士になるか」
伯爵の告げた言葉に教官はゆっくりと目を大きくして、顔を上げた。
「なぁに、今すぐというのではない。しかしいずれはそれに応じてやらんこともない。推薦もお前なら自己で構わん」
と伯爵は最後に言葉を濁した。
そしてそのまま戦利品の分配や身代金の話などを始めた。
だが教官はぼんやりとしてその会議に身が入らないようだった。
「おい、教官はなんか変じゃないか?」
とフリッツは言う。
俺は彼の言う方向へ振り返って、教官を視界に捉えた。
彼女は丁度教会から出てくるところだった。
普段ならきりっとした表情で前を向いて歩く彼女が、この時ばかりはしばらく空をぼんやりと眺めていた。
「教官。お疲れ様です」
と俺は声を掛ける。
「その声はハヤトとフリッツか。警邏ご苦労」
教官はらしくもない笑顔でそう言った。
俺とフリッツは顔を見合わせてその様子に不思議に思った。
教官からすれば失礼この上ないが、似合わない様子だ。
「ハヤト、お前は知り合いの騎士の娘とは上手くいっているのか?」
と教官は歩きながら問いかけた。
「ですから、エレオノーラとはそうゆうんじゃないんですって」
「そうかね」
と教官ははにかみながら言った。
「フリッツはどうだね?良い相手は居そうか」
「俺に見合う女性がなかなか見当たりません」
「言うようになったな」
と教官はフリッツにもやはりにやりと笑いかけた。
彼女はそうやって若い衆をいびるのが、昔よりも好きになっている自分に驚いた。
自分はもっと若いつもりでいた・・・なんてことは決してないが
体の動き意外にも口から出る言葉にも錆が乗って来たのなら認めざるをえまい。
「そろそろ、私も潮時かな」
と教官はぽつりと言った。
フリッツは「え?」と聞き返したが教官は頭を振ってなんでもない、と断った。
ーーーー
その後俺は午後をまるまる休養として過ごして(と言っても途中でエレオノーラに呼び出されて彼女の手伝いをしていたのだが)
日が暮れるあたりまでは仮の兵舎として与えられた工房で寝ころんでいた。
やがて日が暮れて夕食の配給も平らげた後、俺は夜間の警備の任務を命じられた。
エレオノーラにこき使われて、少し疲れていたがかなりの額の駄賃を貰ったので別にそれは良かった。
ただこの夜間の歩哨というのは少し厄介だった。
占領したとはいえ、まだ市内に残っている残党が焼き討ちや辻斬りを狙っているという。
我々に課されたのはそれらの行動を抑止すると共に、敵を捕縛することであった。
俺はあくびを浮かべながら通りを歩く。
日もすっかり落ち、あたりは暗くなっていた。
これだけ建物が密集していれば月の明かりも届かない。
任務としては、このまま町の中心街から教会を回って戻ってくるだけだ。
ほんのそれだけなのだが、この暗さの中では少し怖じてしまいそうだ。
そしてそんな予感は悪い時にばかり的中してしまう。
俺は3つ目の角を曲がった先で、怪しい人影を見た。
それは軽装で、特にこれと言って怪しい素振りは無かったが
ひょいひょいと軽々とした身のこなしは常人のそれではなかった。
俺はその影を不審に思って、その背中を追った。
彼はそのまま教会の方へ進んだ。
そして、裏手の墓地に向かっていった。
ここは連日の戦闘で死んだ兵士たちの、バトルフィールドクロス(戦場に置いて、剣や杭などでつくられる臨時の墓)
が所狭しと並んでいた。
男はそこへたどり着くと、持っていた何かを取り出して墓を掘り始めた。
俺はその様子に、墓荒らしだと判断して
「貴様!墓を暴くとは何事か!!」
と大声で男の背中を呼び止めた。
しかし彼はその声を聞いてもこちらを振り返るのみで逃げようとはしなかった。
それどころかこちらに近づいてきて、手を振った。
俺は夜の深さ故にはっきりと見えなかったので、彼を凝視した。
「おぉい、ハヤト。俺だ。紛らわしくてすまんな」
と男は言う。
聞き覚えのある声だ。
これは、メンアットアームズの小隊長クリストフの声に相違ない。
「クリストフさん!?こんな夜更けに何を?」
と俺は彼に声を掛ける。
それに対して彼はまた服の下から小道具を出して
「・・・実はなこれを埋めに来たんだ」と説明し始めた。
「これは・・?」
「これは、今日死んだ俺の部下達が日ごろから使ってたもんだ。ナイフだとか、髪留めだとかな」
「・・・・弔いですか」
「そうだ。柄にもなくて驚いたか?」
とクリストフは俺に笑いかける。
それに対して俺は首を振って「いえ、そんなことは」と言う。
「はは、らしくもないって事は俺が一番わかってんだ。筋肉馬鹿で一番槍が好きな俺が弔いなんて。そういうのだったらデニスが居るしな」
「俺はあいつみたいに本を読んでいるわけじゃないから、こうやって死者を埋葬するほかはなーんも知らねぇんだけどな」
と何時もの冗談のような語り口で彼は言う。
しかし言葉の途中で「ただ、」と言いかけてから、彼はいつもの様な明るい表情に陰りを見せた。
「戦場で死んでゆく兵士たちを俺は安心させてやることが出来ないからな。デニスのように、死の間際に祈りを捧げたりできればいいんだが、あいにく俺には学が無い」
「だからせめて、墓ぐらいは作ってやらないとと思ってる」
「これが自己満足なのは分かってる。でも俺はこれでもこのやり方以外に、償い方を知らないんだ」
「償い?」
「そうだ。」「29人のだ」
「29」
「29人。俺が小隊長になってからの1年で失った部下の数だ。到底俺なんかには背負いきれない・・・・」
クリストフはそう言ってまた土を掘り始める。
彼は部下の遺品以外には何も持っていない。だから、自分の鎧の欠けた板金で一生懸命に掘っている。
俺は何も言わずに彼の横にしゃがむと、その手伝いを始めた。
墓所は丁度教会の影のせいで、暗がりになっている。
「この、髪留めの持ち主だったローナは貧民の出身だったが武功でメンアットアームズに引き上げられたんだ。
お前らの少し前に入隊してな。みんなの妹分だったが、投石が頭に当たって城壁にたどり着く前に死んじまった」
「この少し大きなナイフの持ち主はボストーだ。お前も知ってるだろう?教官の一人だった。
彼は俺より年上だったがあれこれと俺をサポートしてくれた。副小隊長に推挙しようと思っていた矢先に、
まさか矢が当たっちまうとはな。ボストー自身は弓術がてんでダメだったのに・・・」
彼は穴を掘って、何かを埋めるたびに一人一人持ち主の事を回顧した。
俺はそれを静かに横顔で聞いている。
そして今日戦死した小隊員4名分を埋め終えた後に彼はゆっくりと手を組んで祈った。
「・・・らしくもないな。ほんとは全部教官の真似なのさ」
と彼は墓地からの帰り道に告げる。
「彼女は今まで戦死した部下の事を全部覚えている。名前も、出身も、性格も。
でもな、俺は彼女みたいに背負いきれない」
「だからなハヤト。あの十字は、俺自身の墓標でもあるんだ」
とクリストフは冗談めかして言う。
俺は彼の言葉に一切返答しなかった。できなかった。
彼はその間ずっとうわ言の様に喋っていたから。
それはさながら、誰かに言わされているかのようであった。
月光が雲間から一瞬差す。
彼の頬がその光を僅かに反した気がした。
ほんのわずかだが。
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