第19話 参上、競技大会
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競技大会とは、いわゆるトーナメントの事で
騎馬スポーツであるジョストの基になった馬上槍試合などが有名である。
しかし中世のトーナメントはそれだけではない。
町主催の市民向けトーナメントや戦争の休養期間に騎士や兵士が参加する地上戦のトーナメントなどだ。
とりわけ、そのような大会は騎士団や王侯貴族によって開かれた。
平時の彼らの収入は自らの荘園などだが
それらを潤すための一種経済効果としてトーナメントを開催することはままあった。
加えて、大規模なスポンサーが付いている大会は上位リーグとして騎士たちが武勇を示すチャンスでもあった。
これらのリーグでは一介の騎士がお目にかかれないような上級貴族が顔をのぞかせることがあったからだ。
エレオノーラと俺はまた二人でその会場へと向かった。
俺は彼女の馬の手綱を引き、さながら従者の様に道を先導させられた。
服も革の胸当てこそついていたが、当てがわれたのは安物のチェニックだった。
「おい、エレオノーラ少しは変わってくれよ」
「いやよ。私は騎士なのよ」
「まだ従騎士じゃねぇか。偉ぶってるんじゃないぞ!」
「黙りなさい、あんたは単なる下郎なのよ。それに、街道には他の貴族の方もいるかもしれないじゃない」
俺はその様子にほとほと呆れた。
彼女は外に向けては真面目でお育ちのよう令嬢のような顔をしているが、その実は勝気で見栄っ張りな少女だ。
俺はそういう体面を取り繕おうとするところが気に入らない。
しかしそんな風に心の中で悪態をついていたことを察されたのだろうか。
「・・・・あんたまたなんか変なこと考えてたでしょ?」
とエレオノーラが訝しむ。
こういう感だけは鋭いのだ。
そんな風にして俺がバツが悪そうな顔をしていると
エレオノーラはこちらを見ながら
「変に勘ぐる癖止めなよ。それめっちゃキモイから」
と凄まじく鋭い言葉で俺を突き刺した。
彼女の言葉遣いはあまりにも無遠慮だ。
俺はその日の夕暮れまで少しげんなりしてしまった。
ーーー
俺とエレオノーラはその後に3日ほどして目的地のローエンツにたどり着いた。此処はローデンハイム選帝侯家のおひざ元で非常ににぎわっていた。
我々は候爵に宿を要求できるほど名前も通っていなかったし、ましてや帝国等族(帝国議会に議席を持つ貴族)でもなかったので、都市郊外の宿にすることにした。
「旅費は山ほどあるわ。せっかくだから上等なところに泊まりましょう」
とエレオノーラ。
しかし、トーナメントが近いのもあって町は見物客やエントリーしようとする剣客が押し寄せどこの宿も満室だった。
上等な宿どころか、今日泊まる部屋すらない。
このままでは野宿になってしまうし、大会にエントリーするのに拠点が無いのはまずい。
「おい、どうすんだよ。もう日が暮れちまうぞ」
「うるさいわね!そんな風に言うならあんたも少しは案出しなさいよ」
「・・・・もう下宿にしたらいいじゃねぇか。こだわってないで」
俺がそう言うと、エレオノーラは案外素直に
「仕方がないわね」
と納得した。
そもそも上等な宿とはなんだ。現代から来た俺からしてみれば、ルームサービスもなければジャグジーもない宿などどこも同じだ。
我々はエレオノーラの愛馬ペトを連れて、裏路地の宿の前に立った。
そこは一階が酒場の様で、二階が宿になっていた。
「二部屋と、馬を留めておく小屋を借りたいわ」
とエレオノーラは宿の主に尋ねるが、彼はぶっきらぼうに
「今夜は混んでいるから一部屋しかない」
と突っぱねた。
エレオノーラはそれが癪に障ったようで
「こんなボロ宿・・!」
と言いかけたが俺はその寸でのところで割って入り
「わかりました!一部屋と馬小屋をお借りします!」
と告げる。
これ以上彼女と馬を連れて歩き回るのは勘弁だ。
エレオノーラは少し不機嫌だったが何とか説得して二階へと上がった。
しかしそこはあまりにも狭く、明らかに1人用の客室だった。
「ちょっと!こんなところでどうやって寝泊まりするのよ!」
とエレオノーラはまた怒った。
「しょうがないだろ!ここしかあいてなかったんだから」
俺はそれに反目する。
彼女も流石にそこは理解していたので結局は納得した。
しかし部屋に入る際にこちらを鋭い視線で睨むと
「あんた、覗いたりしたらぶち殺すから」
とまたぞろ厳しい言葉を向けた。
ーーー
その晩、俺はエレオノーラのベットの脇の床で眠った。
流石にそれは可哀そうだと彼女が交換を申し出たが、むしろ女性を床に寝かせる方がまずいので俺は断った。
しばらくして俺たちは眠りについた。二人ともリネンの織物を着て眠った。
床に眠るのではあまりに難なので、エレオノーラが布団を宿屋から借りて来てくれた。
俺は目を閉じて安眠しようとしたが、何やら騒がしくて眠れない。
最初は窓の外か、隣の部屋かと思っていたがそうではないらしい。
俺は身を起こして部屋を見渡す。
そうしたら驚いたことにそんな風に音を立てているのは、エレオノーラであった。
彼女は寝相が悪く、寝言を言いながらベットの上であっちへこっちへ転がっていたのだ。
俺は少し困った。
彼女にしては気が利くな、と思った矢先のことである。
俺は原因がわかっても手出しできないので再び床に寝た。
「うーん・・」
とエレオノーラがまた声を上げる。
俺はもう構ってられないし、炎の中に手を突っ込むつもりもなかった。
しかし彼女はうなされているのか、ゴロンとまた体を動かした。
その瞬間、エレオノーラはベットから転がり落ちて俺の上に圧し掛かった。
俺は思わず「うおっ!!」と声に出してしまった。
また問題が転がり込んできた。厄介だ。
今彼女を起こせばきっと殺される。それでころか体をバキバキに折られる。
どうしたものかと思案していたところ、彼女は腕を寄せて俺の体にぎゅっと抱き着いた。
俺はそれに少しやましい思いが昇ってくるのを感じた。
好きな相手でもなくとも、年頃だったらこんな風に密着されれば平常ではいられまい。
俺は何とかその妄想を振り払おうと、必死に昼間に見た彼女の様子を思い出す。
しかしそんな勝気な彼女が、女性らしく髪を下ろして俺に体を密着させているという事実に益々俺は興奮してしまった。
俺はとてつもない幸福感と情けなさでぐちゃぐちゃになった。
だがこのまま寝ているわけにもいくまい。今、目を覚まされれば、俺はミンチにされてしまう。
俺はそーっと彼女の体に手を回してどかそうとする。
後から考えれば、魔が射した。
目の前の同年代の女性に少したりとも欲情しない方が異常であろう。
俺はその手を少し止めて、彼女の胸あたりで押しだした。
「・・・は?」
直後どすの利いた女性の声が響く。
俺は顔をあげると、眼をひん剥いたエレオノーラと目が合った。
たわわな彼女の体に触れた瞬間に俺は凍り付いた。
何故このタイミングで起きるんだ。
「待ってくれ、これは!!」
俺は弁明しようとしたが彼女に素早くマウントポジションを取られ激しい殴打を喰らった。
俺は自らの愚かさと一瞬の魔を恥じる暇さえなく、ぼこぼこに殴られた。
その後は、朝起きるまで記憶が飛んでいた。
ーーー
翌日、我々はエントリーの為に試合が行われる会場へ向かった。
騎士競技は基本的に様々な規則が無ければ参加できない。
例えば、貴族の推薦されているとか。騎士の家系で近親者が参加していたことがあるとか。
そういうような特別な資格が無ければならない。
ではフリーランスや剣客はどうすればよいのか?
そんな者の為にこの大会では特別な方法がある。
それは予選リーグを勝ち上がる事だ。
一対一の本戦とは違い、予選リーグは集団戦だ。
雑多に集められたものの中で、生き残った奴が本選に出場できるという物らしい。
当然俺は気が乗らなかったが、エレオノーラが武具の一部と打ち立ての剣をご機嫌にこさえてくるものだから仕方なしに了承した。
「ほぉ・・・・これは良いものだ。ロングソードを少し小さめにした感じのものか・・!」
「そーよ。良いでしょう。わざわざあんたの為に用意したんだから」
エレオノーラは少し機嫌よくそう言う。
俺は彼女の様子に少し疑問に思った。
エレオノーラのような女性はコロッと態度を変えたりしてしまうので、読めない。
俺はその日のうちに、彼女に急かされるように競技へエントリーさせられた。
周りの参加者は俺よりも何倍も大きくて、顔つきも精悍な者ばかりであった。
しかし俺とて幾度も戦場を潜り抜けて来た。彼らに後れを取る事などない。
俺は並び立つ巨漢たちの波をかき分け堂々と競技場へと抜け出た。
競技場、と言ってもコロシアムのようなものがあるわけではない。
予選が戦われるのは、柵で囲った草原で周りには幾つかの天幕と旗印が翻っていた。
観客もまばらで、市民や騎士が数十人見に来ている程度だった。
しかし出店の方はにぎわっていて、むしろそちらの方に人が集まっているように思えた。
そう言えば、エレオノーラの姿が見えない。
俺は彼女を探すためにあたりを見回す。
「おーい頑張ってね!」
とその時外から女性の声が聞こえる。
観客の中の一人から発せられたそれはエレオノーラのもので間違いない。
俺は彼女の姿を見て思わず「なんでお前がそっちに居るんだ?競技会に参加するんじゃないのかよ!」と聞いた。
それにエレオノーラは「あーごめん、言ってなかったっけ?あたしは男爵家だから本選からなのよ。だから、あんたはこっちから戦って!」
と悪気もなさそうな様子で言った。
なるほどそれでさっきは上機嫌だったのか。
昨晩の復讐をするつもりで。
間もなく競技開始のフラッグが上がる。
ゲートが開き、獰猛な戦士たちが一斉に競技場へ解き放たれた。
まんまと嵌められた俺は悪態をつく余裕もなく、先頭へ走り出すほかになかった。
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