第20話 競技大会、本戦

ーーー


試合は早速泥沼になった。

予選には騎士のような決まったルールなどない。


強いて言うなら、生き残る事。

ここでは各々が降参したり膝をつくまで殴り合うだけだ。

俺はまず、柵の沿いに走って全体を見回した。


集団戦とはいうなればサバイバルだ。

この狭い柵の中に解き放たれた30人ほどの猛者の中から本選に出場できるのは僅か3名。


俺は暫く戦闘からは離れていた。

潔く戦うのは確かに競技の華だろうが、いくら真面目な俺でもこの乱戦に身を投げ出すのは得策ではないと判断した。


しかし相手はそうとも限らない。

傭兵上がりのような連中は一回り体の小さい俺を見つけると、格好の得物だと言わんばかりに獰猛に襲い掛かって来た。


俺は剣を中段に構えて相手の攻撃に備えた。

敵は斧を振りかぶり、上段から大きく襲い掛かって来た。


俺はまずそれを剣で受け流した。

漫画やアニメの様に剣を十字で受けると、刀身が割れかねない。

そうでなくとも、強い衝撃がかかる。

鍔迫り合いなどというのは滅多に起らない物だ。


俺は相手の斬撃を左へ受け流すと、そのまま剣術の型通りに相手の右頸部を斬りつけた。


競技用のなまくらだが首を叩けばいかに大きな人間とて相当のダメージを受ける。


目の前に立つ男は俺の何倍も大きな奴だったが、その一撃を貰って足から崩れ落ちた。


「いいぞー!!がんばれー!」

外からエレオノーラの声が聞こえる。

彼女は露店で粥と何かの燻製を買って呑気に試合を観戦していた。


俺は彼女の様子に少し腹を立てたが

「ほら!前からくるよ!!」

と言うものだから仕方なく再び競技場内へ向き直った。


俺は剣を振るって再び乱戦の中へ飛び込んでいく。

エレオノーラはそれをまるで野球観戦のごとく楽しんでいる。


ーーー


「いけーー!!ぶん殴れ!!」

エレオノーラは手を挙げて彼らを精一杯応援する。

少ない観客席の一番前に彼女は陣取り、最初こそお淑やかに座っていたがだんだんとふんぞり返る様になって行った。


ハヤトが3名を倒した後には彼女も盛り上がって来てずいぶん楽しくなってしまって立ち上がって応援しだした。

そんなエレオノーラの脇に突然貴婦人とその一行が現れ、最前列の席に腰かけた。


貴婦人は従者に持ち物を持たせて、いかにも金持ちそうな見た目であった。

「あら、観客にしてはずいぶんご立派な身なりをしていらっしゃりますのね」

とその貴婦人はエレオノーラに話しかけてきた。


彼女は突然のことで少し面食らったが

「いえいえ、そちらこそお綺麗なドレスです」

と貴族の娘らしく振舞った。


「お初にお目にかかります。私、この街の管理を任されております、ヒルデガルド・フォン・ホルシュタインでございます」

と貴婦人は言う。


歳は30歳前半ぐらいだろうか。

やや高めの背で、鋭い目と化粧が印象的な彼女は丁寧な言葉遣いと低めの声で名乗った。


エレオノーラは少しその様子を胡散臭く思った。

けばけばしいその顔立ちも、妙に偉ぶったその口調も何から何まで怪しい。


「初めまして。エレオノーラ・ホーエンラインと申します」

と手を差し出す。

ヒルデガルドはそれをにこやかな表情と共に受け入れると

「貴方も確かエントリーなさってましたよね。楽しみにしておりますわ」と上機嫌に言った。


「どこでその情報を?」


「ふふ、この大会の主催者は私ですもの」

ヒルデガルドはそう言って立ち上がると

「ほら、もう片手で数えられるほどしか残っていませんよ」

と会場を指さした。


彼女らが目を放していた数十秒の間に、競技場の中ではもうすでに5人しか残っていなかった。

他は草原にのされたか、柵の外で治療を受けていた。


エレオノーラは再び視線をそちらへ戻す。

ハヤトはその残りの五人の乱戦に入り、剣を振るって戦っていた。

彼は襲い来る二人の剣客相手に大立ち回りしその内一人をダウンさせて見せた。


まさか勝ち抜くとは、とはやし立てたエレオノーラ自身も驚いていた。


「貴方の従士は、だいぶお強いようですね。本戦が楽しみですわ」

ヒルデガルドは競技場に背を向けながら告げる。


エレオノーラはそれを訝し気に見つめた。


ーーー

俺は終にその競技に勝利した。

試合終了の合図で俺は肩の力が抜けて、だらりと剣を下ろした。


そしてそうなって初めて勝利を確信し、腕を掲げて喜んだ。

しかし場外で見ていたエレオノーラはそれにあまり喜ぶ様子はなく何か含みのあるような表情を見せた。


俺は柵を超え、審査官から本戦への出場権を授与された。

彼はその書状を手渡すと再び俺の名前を会場へと告げた。


これは大層気分が良かった。まるでコンクールで優勝したかのような気分で、今までに味わったことが無かった。


俺は振り返り、壇上を降りた。

そして右手の経路へ入った時、なにやら恐ろしい気配を感じた。

よく凝視するとそこには、ひょろっとした体系の剣士が佇んでいた。

彼はこちらを見て何やら興味深そうな様子であった。


俺はそれに少し身構えてしまった。

おかしな話だが、まるで獣に睨まれているかのようだ。

そのまま彼の脇を通ってそそくさと会場を後にする。

だが彼の眼は俺の背をなぞっていた。


もし、今剣を抜いて斬りかかられたら、と俺は妙な妄想をした。


そんなことあるはずもないのに、ありもしない想像をした。

しかしあの男の威圧感というのは、尋常ではない。

据わった眼といつでも抜けるようにだらりと垂らした右手はずっと俺を狙っていたのではないか。


杞憂で終わればよいのだが。


ーーー

翌々日、丸一日の休養期間を経て本戦がいよいよ開催された。

俺とエレオノーラは腕を振るって大会へ出場した。


本戦の会場は城の広場と特設のコーナーで行われた。

今回開かれるのは地上戦のトーナメントらしく、一対一の戦いがメインだそうな。


純粋な剣技を競うにしても、道場試合とは違う。

相手に殴打を加えたり、体術を使ったりしても問題ない。

そう言う意味でこの大会は非常に実戦的と言えるだろう。


また、会場の外側では見物客が数えきれないほどに詰め掛けていた。

彼らの目的は、試合内容の賭けである。

この大会の主催者が発行した券を買い、その勝者や決め手、果ては勝負時間まで様々な賭けをするのだ。


俺はそれを横目に見ながら、まずは一回戦の様子を伺いにエレオノーラと共に観客席へ登った。


「一回戦は、あのコンラートが出るらしいぜ」


「このリーグでそれじゃあ、賭けになるまいよ」

と俺は周りの観衆の声を聞いた。


コンラート、とはどうやらこの一回戦に出場する選手のようだ。

前評判を聞くに、ずっとこのリーグのチャンピオンを独占しているらしい。

彼の家は代々有名な騎士競技の家系らしく、彼の父親は史上6人目の上位リーグ3冠を果たしたという。


俺はその男がどんな風貌なのか興味が沸いた。


しかし驚くことにその男というのは見た事のある人物であった。

ひょろりとした体躯を持つ剣士。

間違いない。彼は予選リーグの時にすれ違ったあの男だ。


彼は細身の剣を引き抜き、見慣れない中腰で構えると、斬りかかって来た相手を軽くいなして痛烈な一撃を浴びせた。


これに敵の選手はふらつき、後ろへ後ずさりした。

男はその隙を見逃さず、素早い刺突を放つとあっけなく彼を伸してしまった。


「おぉ・・・」

会場には歓声どころか、どよめきが広がる。


俺はあの時感じた妙な気持ちを思い出した。

そして確信した。それが恐怖であったことを。



それから俺とエレオノーラはそれぞれ違うブロックで戦った。

相手は貴族や騎士ばかりだったのでどれも手練れだったが、幾多もの戦場と訓練を生き抜いた俺はすでに彼らに伍すほどの力をすでに持っていた。

それに、このリーグは若手騎士や太った貴族ばかりだった。皇帝から認可されている上位リーグの中でも程度が低いのだろうか。


俺はそんな偶然に助けられたのか2回戦までは難なく勝ち上がれた。

決め手はどちらも返す刀からの袈裟切りだった。


俺はエレオノーラにそのことを自慢しようとわざわざ休憩時間に会いに行ったが、

「そんなの当たり前じゃない。長いこと戦役が無かったからね。フェーデ(私闘)も禁止された今、実戦経験がある騎士の方が少ないわ」

と冷めた物言いをした。


俺はそれに少し調子を折られてしまったが、勝利したことに違いは無いので素直にそれを喜んだ。

一方で観客からは不評であった。大抵、予選から勝ち上がってきた選手というのは型がなっていないので

騎士らに一方的にやられるものだが

俺は一回戦から騎士を打ち破り、オッズを乱してしまったのだ。



会場の賭け小屋ではどよめきが広がっていた。

「くそめちゃくちゃだぞ!」

と客の一人が叫ぶ。


「あぁ、全くだ!八百長じゃねぇのか!

それに同じく負けたもう一人の男が答える。

彼らは勝てる賭けと見込んだもので、大損して不機嫌だった。

また客らはその腹いせか、噂話さえし始めた。

「ここだけの話、主催者のヒルデガルド伯は不正をしてるって噂だぜ」


「だろうよ。コンラートが何度も勝ってるのもおかしな話だぜ。他の上位リーグじゃ勝ってねぇのによ」


「ああそうさ・・・・あの女伯爵はな、とんだ女狐・・・」


「そのお話、詳しくお聞かせ願えますでしょうか?」

客たちの会話に突如、低めの優雅な声が割り込む。


男らは振り返るとそこには鋭い顔つきの貴婦人が立っていた。

「これはとんだご無礼を・・・・」

賭けていた客たちは跪き、赦しを請うた。


彼女は暫く無表情で彼らを見下ろしていたが、

「はは、冗談ですわ。お気になさらず」

と笑いながら去って行った。




「八百長などと、言わせておいて良いのですか」

と護衛の従者がヒルデガルドに問う。


彼女は一切表情を変えずに答える。

「火のないところに噂は立ちませんわ。どのみち、こんなまやかし長続きしませんわ」


「では、猶更!」


「いいえ、今回で終わりですのよ。この大会も、八百長も」

とヒルデガルドは表情を急に変える。


従者たちはそれを心配そうな表情で見つめているが、そんなことつゆほどにも気に掛けず彼女は言い捨てる。

「貴方達は忘れなさいな。このことも全部」


一体、彼女は何を目論んでいるのだろうか。

それを誰かに語ることはもうない。




ーーー

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