第21話 競技大会 準々決勝

ーーー

俺はそのままもう一人の騎士を倒して、準々決勝へ駒を進めた。

ここまで正攻法の相手ばかりだったので少し油断していたが今度の相手は手ごわかった。

彼の得物はフランキスカという投げ斧で、あまり見慣れなかった。

それに相手となる選手は猫背の長身な薄気味悪い男で、何かぶつぶつと呟いていた。

「試合開始!」

と審査官が叫ぶ。


俺はその男と向き合うとすぐに剣を構えて刺突しようとしたが、敵は斧を投げてこちらをかく乱してきた。

見かけによらず膂力がある。


俺は敵の斧を剣で払いながら突進し近接戦を狙った。

しかし懐に飛び込むと敵はそれをまるで狙っていたかのように剣を引き抜いて素早い斬撃を見せた。


刀身が俺の頬を掠り傷をつける。

「抜刀術・・!」


「ご名答だ」

と彼は言うと、剣を持って舌を舐めずりまわした。

彼が持ち替えた武器は曲刀で、西洋剣のいずれにも似ていない。


それはさながらアラビア人が持つ湾刀の様であった。

さらにそれを見慣れない剣術で振り回すのだからやりにくいことこの上ない。


西洋剣術はおおむね、同じような剣技を想定して作られている。

このような異種剣技が相手になると途端にその特徴が欠点になってしまう。

俺は暫く型どおりで立ち会ったが、押され気味だった。

重傷は負っていなかったが、このままで負ける。


俺はそう考えると一瞬の隙を見て、競技場内の端へ向かって走った。


「逃がさん」

敵はその不気味な目で俺を睨むと、一気に踏み込み斬りつけてきた。


俺はその瞬間に足を止め、そのままターンして敵の懐にタックルした。

相手はそれに驚き咄嗟に反応できなかった。そのまま二人はもみくちゃになりながら殴り合いになった。


観客席が沸く。

「やれー!!」

「見えねぇぞ!!もっとこっちでやれ!」


彼らの歓声をよそに二人は鋼鉄の手甲で殴り合う。

俺は最初馬乗りになっていたが、敵が身を翻して起き上がったのでファイティングポーズをとった。


「来い、殴り合いで仕留めてやる」

ここに来ても敵はまだ余裕ぶってこちらを挑発した。


しかしこれは罠だ。奴は筋力では俺より弱い。

恐らくは怒りで前に出たこちらの甘い懐を、一気に刈り取るつもりだろう。


俺は挑発に乗らずゆっくりとじわじわ歩を進める。剣は互いに遠くにあって、それを取るには相手に背を向けなければならない。

そして両者の間合いが1歩半ほどになった瞬間、相手が素早く右ストレートを放った。

俺はそれを身を屈めて避けると一歩踏み出してカウンターで相手の顔面に重い一撃を入れた。


敵はこれによって脳が揺れ、足取りがおぼつかなくなった。

それどころかそのままふらふらとして後ろへ卒倒した。


俺は暫く肩で息をしていたが、観客の大歓声を聞いて初めて自分が勝ったことに気が付いた。

そして彼らへ向けて右手を掲げた。


ーーー

コンラートは控室で静かに座っていた。

彼は試合を見ない。自分の試合以外に興味はないのだ。


部屋にはうっすらと歓声が響いていた。しかしそれすらも彼の耳には届いていないようであった。

コンラートは椅子に腰かけ、静かに本を読みふけっていた。


カツンカツンと地面を跳ねる固い音。

静かだったその控室に長身の女性が入って来た。


「いいんですの?試合を見ておかなくって」

彼女の透き通った声はよく響く。

静けさの中に反響して、紙のめくれる音をかき消した。


「・・・どのみち、勝敗など関係ない。ただ、俺が勝つだけだ」

コンラートはやはり興味がなさそうに言った。


「・・・いつもならそれで構いませんわ。しかし、今回はそういう訳にはいきませんのよ」

とヒルデガルド。

「今回は、決勝戦にあのお方が来られる」


「ほぉう。それはいったい誰だ?」


「皇帝陛下ですわ」

ヒルデガルドは意気揚々と告げた。


その衝撃に流石のコンラートも眉をピクリと動かした。

そして動揺を隠す為か

「じゃあ、八百長はしないのか?」

と柄にもない事を聞いた。


「いいえ、いたしますわ。貴方が決勝に行ってもらわなければ困りますもの」

「だって私の狙いは、あのお方ですもの。貴方と陛下を引き合わせないといけませんわ」

ヒルデガルドはそう言ってドレスの裾をギュッと引き上げた。

そして踵を返すとそのまま入口へ戻って行った。


コンラートはその一部始終を見届けてまた再び視線を正面へ戻す。

しかし、もう本を読む気にはなれなかった。


ーーー

夕暮れ時。

定刻を知らせる教会の鐘が町に響く。


俺とエレオノーラは防具を脱ぎ、まずは市内の風呂屋へ行った。

中世というと不衛生のイメージがあるかもしれないが、実際はそうとも限らなかった。


古代帝国の滅亡後に一度潰れ、中世に至って再び風呂文化は復活。

中世前期には町中に一つは風呂屋があった。


しかし最近はそこでの乱痴気騒ぎがあったり病が蔓延したりしたせいで

教会から指導を受けつつあり、風呂屋は古代帝国崩壊に並ぶようにまたもや憂き目にあっている。


だが管理された風呂場なら金を出せば入ることができる。

幸いこの都市ではやや高めではあるが浴場がまだ運営されていた。

俺と彼女はせっかくなので蒸し風呂や体を拭くだけにせず入浴していこうと立ち寄ったのだ。


浴場は思ったよりも綺麗だった。

湯は隣のパン屋の竈の熱を利用して沸かされていて、しっかりと心地の良い温度であった。


「俺の故国も温泉が盛んな国なんだが、こっちでもしっかりこういう文化があったんだな」

と俺は浴場に隣接しているレストランでエレオノーラと向かい合いながら駄弁った。


「そうね。でも、古代帝国時代の浴場には及ばないわ。これでも、昔より浴場はだいぶ少なくなったのよ。

安い大衆浴場は売春婦が蔓延ってしまって、道徳的にも衛生的にもよくないから忌避されたの」


「それに、灰死病も重なってか」


「まぁ、私は館に蒸し風呂も湯船の方もついているからあまり街の浴場については知らないのだけれど

昔より減ったとは聞くわね」

そう言うと彼女は羊の燻製肉をほおばって、パンと一緒に食べた。


彼女はお淑やかに食事をした。俺もそれを切り取ってパンに乗せて口に運んだ。

「どお?おいしいでしょ?」

とエレオノーラはにんまり笑いながら俺に聞く。


確かにこれは旨い。素朴ながら、しっかりとした味付けで尚克臭みがない。

中世では鮮度というのは今よりよぽっど意識される。

とりわけこのような肉料理は。


俺はそれが気に入ったので、もう一つ注文して宿に持ち帰ることにした。

貴人の食事では残していくのがマナーらしいが俺はそんなこと知らない。

それにエレオノーラも「伯爵に御呼ばれした時ぐらいでいいのよ。そんなの気にするのは」と言ってくれた。


我々は宿へ向かって帰り始める。

明日はいよいよ準決勝だ。


そして、その相手はエレオノーラだ。

「やっとあたしとあんたのどっちが強いか雌雄を決するわけね」


「こっちこそ、待ちわびたぜ。俺の剣技を見せてやる」


俺たちは夜道でそう言いながら互いに闘志を養った。

そして来るべき明日の戦いに向けて期待を大にしながら眠りについた。




ーーー

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