第29話 追撃の手

ーーーー


「何、伯爵の部隊が消えた?」

ボッツ伯は部下からの報告に眉を潜めた。


だがしかし彼に今すぐそれを排除にまわす兵力はない。

「いかがいたしますか?」

と部下が聞くが彼は飄々とした表情で「ほおって置け。そんな小勢などどうってことはない」

と言い放った。


「・・・その追撃、私に任せていただけませんか」

会議場の端から手が上がった。


「誰だ、貴様は」とボッツ伯。


「失礼。申し遅れました。私教皇様のお抱え騎士をしておりますマザキと申します」

彼は不気味な顔をのぞかせながらあいさつした。

薄汚れた髪に、ボロ布のローブ。そして深い眼の隈は教会の騎士というより死神に思えた。


ボッツ伯は不気味に感じて厄介払いのつもりで彼に「あぁ、そいつらの排除は任せる」と命じた。


ーーー

我々は闇夜の中を必死に歩いた。

深い森を抜けるのは、この時代ではとてつもない危険を伴う。


隊からはぐれれば、まず見つかるのは不可能だ。

既に3人ほどはぐれてしまって見当たらない。


「ここの先に村があるはずよ。戦線の中間点にあるからボッツ伯の部隊はいないはず」

とエレオノーラが告げる。


「では、この先で休息するのはどうでしょう」

と俺は指揮官の騎士に伝える。


彼はおどおどしながらフリッツに「それでどうだろう?」と尋ねた。

そして了承を得て「この先の村で補給をする」と命令した。


この分では、この騎士はいつもフリッツに尋ねていたに違いない。

それでは兵も付いてこないわけだ。つまり、実質的な部隊の指揮はフリッツが取っているという事に相違ないのだ。



村へは俺とエレオノーラの二人が斥候に向かった。

家々は焼き討ちされてなく、家畜も殺されていない。


ここはまだどちらの軍にも略奪されていないようだ。

早速俺は馬を降りて、家の戸を叩いた。


大きな家だ。起こすのは忍びないがこちらも緊急時故仕方がない。

だが何度か戸を叩いても中からは呼応が無い。


それどころかエレオノーラが見て回った他の家にも何もない。

「人っ子一人いないわ。様子が変よ」

と彼女も訝しむ。


俺は妙な気がして背筋に嫌な汗をかいた。

「まさか・・・幽霊村?」


「ちょっとやめてよ!縁起でもない」


「だっておかしいじゃないか。こんだけ家があって・・・」

俺と彼女はそうやって言い合った。

こうでもしないとおかしくなりそうだったから。


思えば連戦に次ぐ連戦。やっとたどり着いた友軍からもすぐに逃げ出さなければならなかった。


「お前がハヤトか」

と冷たい声が響く。


俺とエレオノーラは素早く抜刀しそちらの方を眺める。


「・・・・その反応、やはりか」

とその男は月下にマントを翻しながら俺たちの方へ近づいてきた。


「耳に久しいか、ハヤト」


「誰だお前は?俺はお前なんか知らんぞ」


「そりゃあそうさ。俺もお前に会ったのは初めてだ」

そう言って男は俺たちの前に歩み寄った。


久しい?いったい何が”久しい”んだ。こんな奴の声を聞いた覚えはないぞ。


「ねぇ、さっきからあの男と何をしゃべってるの?」

とエレオノーラが聞く。


「こんな時に何を言ってんだ?冗談はよしてくれ」

そうだ。さっきの会話はしっかり彼女にも聞こえていたはずだ。


しっかりとした日本語で問いかけていた。

・・・・・日本語だと?

「待て、お前今何をしゃべった・・・!?」


なんだ、日本語?何故だ。ここは転生してきたというのに。


「それは俺の口を割ってみないとな」

と彼は鞘から曲刀を引き抜くと独特の構えを見せた。


その曲刀はさながら日本刀の様に湾を描いていた。

俺とエレオノーラはそれを刀で躱して、サッと後退した。


それを見計らって男は刺突を俺に繰り出してきた。月明りを男が背にしているせいでその攻撃が良く見えなかった。

次の瞬間、剣先が胸に突き刺さる。


だが、マントの下に着込んでいた鎧のおかげで致命傷は避けた。

「いかんな。この刀はまだ慣れない」


男は余裕ありげにそう言って笑った。無精ひげの奥の顔が不敵に歪む。

彼はそのまま大きく踏み込んで、今度はエレオノーラを狙った。


彼女は自ら前に出て攻めに行ったが曲刀相手にそれは分が悪かった。

すれ違いざまに鎧のない腿を引き裂かれ彼女はそのまま転がった。

「あああぁっ!!」


「エレオノーラ!!」

俺は思いっきり刀を振り上げて男に斬りかかった。

しかしそれを見越していたかの様に彼は刀を返して斬撃を合わせて来た。


俺と男は鍔迫り合いになる。

「・・・ククッ若いな。お前ら二人とも」


「何ッ!?」


「躍起になっているところがさ。冷静じゃないな」

そう言うと彼はこちらの刀を受け流し俺の顔を斬りつけた。


俺は体をよじらせ何とか避けたが目の上に切り傷を受けた。

月明りのせいで、見えにくいが男の剣と目はギラギラと輝いていた。


「立ってるのも時間の問題だな」

「・・・勝ち筋はないぞ。大人しく首を差し出せば楽に殺してやる」

男はそう言ってまた笑う。


エレオノーラはその隙を狙って刀を再び握ろうと這ったが、その右手を男は踏みつけた。

「いっ・・・・!!!」


「小娘、無粋な事はするな」


俺はその行動に激しい怒りをあらわにした。

「お前!!」


「安心しろ、小娘はまだ殺さん。お前も同じようにしてから一緒に殺してやる」

「そうだな、手首を切ってから二人で縛ってやろう」

「二人で温めあえば寂しくないだろう」


男は笑いながら、されど悪意のないような様子でそう言った。

こいつは本当に善意でそんな事を言っているのか。


「小娘、こいつは従者か?それとも同輩か?」

と男はとぼけたようでエレオノーラに聞く。


俺は駆け寄ろうとしたが、男はエレオノーラの首筋に剣を突き立て

「おっと、まだ動くなよ今動けば小娘の首が飛ぶぞ」と脅した。


「答えろ。従者なら、一緒に埋葬するのはお前の名誉にも関わるだろう」

と男は聞いた。


エレオノーラは顔を背けた。

男の背中に光る月が影を伸ばして、俺の足元にまで到達した。


エレオノーラは再び顔を上げて、俺の顔を見た。そして少しはにかんだかと思えば

「・・・・彼は・・・」

「彼は、私の大切な人よ・・・!従者なんかじゃない・・!」

とはっきり言い切った。


俺はその言葉にすっかり目を覚まされた。ばっと目の前が開け、力がみなぎる気がした。


「そうか、そうか」

と男は無表情のまま頷いた。

「なら、一緒にぶち殺しても問題ないな」


そうして男はそのまま俺の方へ向かって歩み始めた。

俺は静かに息を吸い、ゆっくりと吐いた。


肩の力を抜いて、感情を排して。

出来るだけクレーバーに。


草木がさざめく。そしてそれが風に吹かれて大きくなった瞬間、見計らったかの様に男が下段から斬りつけて来た。

俺はそれに合わせて、剣を振るい刀を払った。


そして相手の背後に回り込み、身を屈めた。

「うっ!」

男は振り向きざまの月の明るさに一瞬目を奪われた。

その刹那は恐らくほんの一瞬であった。

さらに男の動きが制止したのに限れば、ほんの一瞬でさえなかったように思える。


俺が振りかぶった時には既に中段の斬撃を繰り出していた。

しかしその一瞬の隙が、運悪くも俺の渾身の一振りだった。


剣が男のローブと着物と肉を切り裂く。

肩から腹にかけて袈裟のごとく。


「かっは・・・!!」

男は血を噴き出しながら後ずさりした。

そして何とか踏みとどまって刀を構えようとしたが結局は足から力が抜けて後ろにそのまま倒れ伏してしまった。


「おごり高ぶって隙を許すとは。若いのは、俺の方だったか」

男は小さくそれだけ言い残すと月を仰ぎながら息絶えた。


俺はすぐさまエレオノーラに駆け寄って彼女の容体を見た。

「どこを怪我した!?」


「腿と、右手・・・そこまで傷は深くないけど・・」


「血が出てるな・・・止血する」

「鎧を外すぞ。痛むぞ、我慢しろ!」

俺はそう言って彼女の鎧の股のところの留め具を外し、太ももの鎧を取った。

鎧は打撃によって変形していて、肉に一部食い込んでいた。

「ううっ・・!ああぁっ!」

エレオノーラは鎧を外すときに痛みから呻いた。

俺は金属片を引き抜き、すぐさま止血した。


「・・・・結局、こいつは何だったの・・?」


「わからん。俺の故国の言葉をしゃべっていた・・」

「だが聞き出す前に死んでしまった」


エレオノーラは暫く座って男の死体を眺めていた。

彼は眼の隈と無精な髭が不気味であったが、死に顔だけは憑き物が取れたかのように綺麗だった。


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