第11話 竜の紋章よ

ーーーー


「突撃!!」


草木が枯れ始めた戦野に、乾いた叫び声が響く。

その声に遅れて、ラッパが吹かれて一気に城塞へ向かって兵士たちが丘から下り、プラディサート市の城壁へ向けて駆けだした。


普通なら、投石機や弓兵の火力支援の下城壁まで接近し

攻城塔などで防衛線を攻略するのだが、この時の攻撃では

あえてそれらを行わず、明け方の暗闇に紛れて梯子のみで防衛線を越えようとした。


攻め手は、伯爵の指揮下に招集されたボッツ伯であった。


「行け!!押せ!ヘルムート(伯爵の名前)にばかりいいとこを取らせるな!」

とボッツ伯は先頭で剣を振るいながら部下たちを鼓舞する。


彼は同じ伯爵ながら、地方伯として皇帝に重んじられているヘルムートが気に入らなかった。

だからこの攻撃もヘルムートに許可を取っていない抜けがけに等しい行いであった。


「行け!!あんな田舎貴族に後れを取るな!!」

とボッツ伯は叫びながら先頭へ躍り出た。


城壁からは矢や石礫が雨のごとく放たれた。

その中を兵士たちは数に頼んで、はしごを抱えながら城壁へ走りこんでゆく。

彼らの多くは身を守る術もなく、喉を矢で貫かれたり、大きな石で頭を砕かれたりした。


何とか城壁までたどり着いても、煮えたぎった油や

熱湯をかけられたり梯子は掛けられない。



城壁の前には血の海が出来ようとしていた。


ーーー 丘上 伯爵軍の陣地



「伯爵。抜け駆けです。右翼軍のボッツ伯が勝手に攻撃を開始しております」

伯爵は天幕の中で安眠していたが、突然に大きな声で呼びかけられた。


彼はその報告に目をこすりながら立ち上がり、鎧の着付けを従士に命じた。


まだ日も登っていない時間だ。


間もなく、額に汗をかきながらエルデリックがやって来た。

「閣下・・!ボッツ伯の抜け駆けです!!停止命令を!!」


彼はぜぇはぁと肩で息をしながら焦った様子で

丘の下を指さしながら告げ口した。


しかし伯爵は「知ってるよ」と軽い感じで

返答すると鎧下だけを着つけて天幕を出た。


そして目を細めて遠くを眺めると、

「ボッツ伯の奴はおもしろいことをしているなぁ」

と興味深そうに言った。


これに対して、エルデリックは

「何を能天気な」と反目したが伯爵は歯牙にもかけず

振り返ると従者に「おい、指揮官たちを集めろ」と命じた。



暫くして、貴族以上の指揮官15名が集められ

司令部である伯爵の陣地に入った。


伯爵は堂々として、絢爛なマントを纏って

「諸君、攻撃の時間だ」

と簡潔に目的を告げた。


貴族たちはどよめいた、というよりあまりの急な命令に少々困惑したようだ。

伯爵はそんな様子をよそに、手に持っていた指揮棒で地図を指し貴族たちに命令を下達し始めた。


「クラウス。重装歩兵と軽歩兵を率いて西の通用門を攻略しろ。フランデーレ伯アルベルトは南東側から工兵を率いて堀を埋め立て、攻城塔を運搬せよ」


「了解です」

「了解」


「アレーナ。トレビシェットを南の大正門へ指向して、

今から1時間全力射撃させろ。補給段列の兵士や従士団を動員して構わない」


「対処します」


伯爵は地図を叩いて楽しそうに命令を下した。

部下たちは彼の様子に疑念を、恐ろしさを抱いたが誰もそんなことを指摘できるものは居ない。


彼らはただ伯爵の指揮を聞くのみだ。


「正門を攻略する部隊は?」

とある貴族が質問する。


最も被害出て、尚克戦果を挙げるであろう正門の部隊は誰が受け持つのか。

望むにしても望まぬにしても、それはどの貴族にしても何よりの関心事項であった。


伯爵はそれを横顔で聞くとにぃ、と笑い地図をナイフで突き刺して宣言した。

「正門は、私の直属の部隊が叩く!」


彼はそれだけ言い置くと、「解散!各自行動開始せよ」と言って天幕を去った。

貴族たちはおぉ!と言う歓声で雄々しく答えると剣と鎧を帯びて各々の陣地へ戻って行った。


ーーーー


俺はしばしの休みの後、招集命令を受けて剣と斧を持って隊列へ戻った。

他の兵士たちもぞろぞろと集まってきている。


遠くでは、すでに前哨戦がはじまっているのだろうか。

炸裂音や喊声が響いていた。


まもなくクリストフとデニス、教官ら3名の指揮官たちが現れて状況について説明し始めた。


「我々はこれより丘下のプラディーサート市へ総攻撃を開始する!」

とクリストフが言う。


我々の間に一気に緊張が走った。


「なお、メンアットアームズは誉れある先陣と、正門への攻撃を命じられた!もっとも最初に城壁を超えた者には

伯爵自ら報奨を下すと約束なされた!総員奮起せよ!」

とクリストフは言う。



つまりは我々はこの軍団の中で最も激しい戦区に投入されるという事だ。

俺は覚悟を決めて城壁へ進んだ。


「でもよぉ、此処で一番槍なんか上げりゃそれこそ騎士に成れるんじゃねぇのか?」とフリッツ。


相変わらず呑気だと思いつつも、何にも臆さないその姿勢は見習いたい。

事実、その能天気さでここまでの戦場を生き延びてきているのだから。



そのまま我々は、友軍陣地を出て敵城壁へ向けて隊列を組んで前進し始めた。

先陣は槍を持った教官が率いる。


「総員散開せよ!!」

とデニスの声が響く。


これに合わせてメンアットアームズの隊員は疎開して一気に城壁まで走り出す。

これは、敵の矢や投石の狙いをまばらにするためだ。


我々がパヴィスシールドや障害物と成りうる物を持っていれば

密集隊形を取って敵からの被害を凌ぐのだが、今回はそんなものはないし

既に友軍が攻城塔を運び込んでいる。


それに、戦闘工兵が壕を埋め敵の障害になるような掩体をすでに排除している。

丘から城門までの平原は何も遮るものはない。


後は我々、花形の重装歩兵がこの400mの地獄を走り抜けるのみだ。


俺は雄たけびを上げながら全速力で走った。

敵の要塞に向かって突撃するには、もう祈るしかない。

ただ、当たらないようにと願いながら我々は敵の懐に飛び込んでゆくのだ。


「がっ!」


「ぎゃあ!!」


脇を走っていた兵士が、頭に石を当てられて斃れる。

人間の顔ぐらいある石が当たれば、兜をかぶっていようが即死する。


俺は叫びながらただまっすぐに攻城塔まで走った。


「第一小隊は俺に続け!!このまま上るぞ!!」

と戦闘でクリストフが剣を掲げている。


どうやら俺は、運よく攻城塔までたどり着けたらしい。

「よし!登れ!弓兵の支援射撃がある!誤射にも気をつけろ!」

とクリストフが促すのに従って俺は仲間たちと共に攻城塔を駆けのぼった。


頂上まで行くと扉が開き、上った重装歩兵たちが

一気に敵の城塞へ飛び移った。


敵の城塞はすでに砲撃と弓兵によってズタボロだった。

しかしそれでも譲らまいとして残存部隊は必死の抵抗をした。


「押し崩せ!!敵は疲弊している!!」

とクリストフ。


俺は先頭に立ち、斧を持つとそれを振るって向かってきた

敵の兵士を城門から叩き落とした。


「進め!!開門機能を奪え!!」


俺達はその指示に従い、門の上を走り抜けて開門所を襲う。

しかしそこには門衛部隊の指揮所があって、残存部隊が立てこもっていた。


中に突入しようにも、騎士と重装歩兵が槍衾をつくっていて

入ればたちまち串刺しにされてしまうだろう。


「くそっ!何か策は無いのですか!後続に伝えてください!」

と俺はクリストフへ願うと彼は手を掲げて別の一団を前へ出した。


彼らは軽装の鎧を着て、我々の様に斧や槍を持っていなかった。

その代わりに、樽や松明。煮え湯と油をもっていた。

それらを見ればわかる。彼らは戦闘工兵だ。


「どけどけ!!戦闘工兵を前に出せ!敵の詰所を叩くぞ!!」

と工兵隊長が我々を退かせる。


彼らは詰所の前まで行くと、脇の小窓や天井に穴をあけて

そこから煮えたぎった油や、可燃性の液体を流し込み引火させた。


中は阿鼻叫喚の地獄となり、耐えきれずに飛び出してきた敵兵は待ち構えていたこちらの兵士に串刺しにされた。


俺はその凄惨な光景を前にたじろいだが、

エレオノーラと語った言葉を思い出し、気を取り戻した。


中から炎に捲かれて、もだえ苦しむ兵士が飛び出て来た。

俺は彼に近づいて、その首を一刀両断に切って落とした。


俺は返り血を受けて怯えた。そして

目を暫し閉じて、息を吐くと再び戦場へと戻った。


間もなく、城門の反対側でも伯爵の紋章が翻った。

デニスや教官たちもそれぞれ城壁の要所を制圧したようだ。


「よし!!門を開けろ!味方を引き入れろ!」

とクリストフが詰所の中へ入って来て門を開けさせた。


そうすると、その開いた跳ね橋から味方の歩兵と騎兵が

どんどん入って来た。


一方、街の方からはやっとかき集められた敵の増援がすでに手遅れの正門に向かって突撃してきた。

だがそれは伯爵軍の圧倒的な兵力と殺到した兵器によってすぐに壊滅した。


そのまま我々は街の中心までなだれ込んだ。

敵は内門を閉めて何とか防衛線を引き直そうとしたが、指揮を執るべき市の有力者や貴族たちはすでに逃亡していた。


仕方なく職人たちの中から年長者が選ばれて臨時で指揮を執ったが、勢いづいた伯爵軍を止めるにはもう状況は悪くなりすぎていた。


正門突破後4時間で最後の抵抗拠点であった聖堂を陥落させて、ここにプラディサート市は降伏した。


市街の中心。市民たちのシンボルであった市庁舎からは火の手が上がり、彼らの誇りだった竜の紋章は終に下った。


太陽は、そんな様子から目を背けるかのように傾いていた。

ーーー

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