第27話 再会
俺とエレオノーラはいよいよ友軍の陣地にたどり着いた。
ペトはもうすっかり疲れてしまって、厩舎に入るとすぐに眠ってしまった。
俺とエレオノーラは友軍の陣地へ行くととりあえずは指揮官に挨拶しに行った。
ここの部隊はいつぞや共に戦ったボッツ伯が司令官で、付近の敗残兵や遊兵を集めて編成した部隊のようだ。
「貴様らは増援の部隊と共に来たのではないのか?」
「それが、奇襲にあって壊滅しました」
「では、後方で調達した武器弾薬は届かんのか」
ボッツ伯は落胆したように言った。
エレオノーラは掛ける言葉が無いので申し訳なさそうに頭を下げた。
ボッツ伯はそれに頷いて下がる様に命じた。
「あ、そう言えば。そこのお前。知り合いが呼んでおったぞ」
とボッツ伯は思い出したかのように俺の方を向いて告げた。
知り合い?この時代に友人など居らぬが。
俺は不思議に思ったがまぁ、会ってみない事には始まらない。
ーーー
「よぉおハヤト!!生きてたか」
そう言って俺を出迎えたのは鎧に身を包んだフリッツだった。
俺は知り合いというので誰かと思っていたが、そうか彼が居たのを忘れていた。
数少ない同年代の友人で、尚克メンアットアームズとして共に戦かった彼は心を許せる数少ない人物だ。
もっとも、この混乱の中で忘れていたのは薄情な事だが。
「フリッツ!お前こそよく無事で」
と俺は駆け寄り彼の肩を叩いた。
「無事。無事ではないかもな」
彼はそう言って少し目を背けた。
「知っての通り、今俺たちは敵地の中に斬りこんでいる状態だ。このボッツ伯の部隊もこの先の友軍と合流しなきゃならないのに敵の妨害で突破できていない」
彼はそう説明した後、少し顔を斜めに傾けてふぅとため息をついた。
俺はその後何か声を掛けようとしたが、それは兵士の胡淵い遮られてしまった。
「副長、お話のところ失礼いたします。作戦について聞きたいことがあります」
と兵士はフリッツに畏まって言う。
彼はそれに
「わかった。下士官達を集めろ。すぐに行く」ときりっとした様子で命じた。
俺はそれに面食らってポカンとしてしてしまった。
「おいフリッツおまえ何時から副長になったんだ?」
「何時ってお前・・・もう部隊が再編成されてから半年近くなるんだぜ?俺だって競技会に出ていない間必死に戦場を走り回ってたのさ」
フリッツはそう言うと兜を持って、部下たちの待つ会議へ向かおうとした。
俺はそれに「待ってくれ」と言って自分もついて行くことを請うた。
フリッツはきょとんとしていたが少し笑うと「あぁ、良いぜ。ついてきな」と手で合図した。
暫く行くと廃墟に屯する屈強な男たちが見え始めた。
彼らはいかにも戦士という見た目をしていて一目でメンアットアームズだと判った。
「副長お待ちしていました。彼は?」
「あぁ、皆はわからんな。同輩のハヤトだ。半年前までこの隊に居た。今は従騎士になったがまぁ手練れの仲間だ。懸賞金が掛けられてるってので知ってるやつもいるかもな」
とフリッツは俺を紹介した。
俺はそれに軽く挨拶を返したが彼らはどうやらそんな様子でも無いようだ。
返事はない。
「これよりそこの先の十字路を解放しに行く。各小隊はブロンソン、クリフハート、フォードの3名が率いろ」
フリッツはものぐさに部下の名前を呼びつける机を小突いた。
そして手の周りにあった物を地形に見立てて説明し始めた。
「この先の交差点は本来であれば、先行した部隊との連絡地点のはずだったが先ほどから定時連絡の伝令が途切れた」
「斥候を2度送り込んだがいずれも帰らない。恐らくは強力な敵部隊が待ち構えていると思われる」
「そこで我々はこの地点を奪取するために増援と共に再び攻勢に出る」
フリッツは少しくたびれた様子で簡単に説明を終えた。
それに部下が手を挙げて質問する。
「予想される敵の戦力と、配置は」
「不明だ」
「では、万が一に攻略が失敗した場合の三段は」
「それもない。我々は今手持ちの兵力300でこの交差点を攻略しなければならない」
フリッツは少し強めにそう言い切った。
小隊長たちはそれに少し不満げだったが、その声を押し殺して「了解です」とだけ答えた。
メンアットアームズはその雇用特性上多少無茶な命令でも飲まなければならない。
「それが辛いところさ。俺もメンアットアームズなんかで出世せずに従騎士になりゃよかったぜ」
とフリッツは昔の様に毒づく。
「やめろよ、兵の手前」
「従騎士になっちまったお前が良く言うぜ」
フリッツは笑いながらそう言った。
その横顔は少し諦めと、羨望がまざったようであった。
俺は、彼が少し大人に見えた。
ーーー
交差点には村があった。
かつては人通りも多かったのであろう。市場のような建物も見られたが今や崩れてしまって見る影もない。
我々が到着するころには既に日は落ちきっていて燃え落ちてくすんだ建物だけが僅かに光っていた。
「ブロンソン、左手に回れ。フォードの隊はここに待機」
フリッツは畑と村を区切る脇道の畦に伏せながら部隊へ命令を飛ばした。
どうやら彼は前線に飛び込んで指揮を飛ばすよりも、この様に全体を俯瞰して指揮をするのが好みのようだ。
さながら近代戦の将校のような振る舞いに俺は彼の才能を見た気がした。
「お前、案外器用なことできるんだな」
「馬鹿いえ、身に着いちまったんだよ。先任は皆死んじまったしな」
俺は頷くと「前に出ていいか?」と彼に聞いた。
そうするとフリッツは「あぁ、行けよ。リーグ優勝の実力を見せてくれ」と面白がった。
俺はそのまま畦に身を伏せながら先頭を進むブロンソン隊に合流した。
「あんたがハヤトか。うわさは聞いているが、とんだ若造じゃないか」
とブロンソンは俺を小ばかにした。
彼はスキンヘッドのいかにも古兵というような見た目で頼もしかった。
どうやら彼は傭兵から引き抜かれて小隊長をしているらしい。
「傭兵の方が稼ぎが良いだろう?なんでわざわざ薄給の伯爵軍なんかに」
「阿呆。生活費を出してもらえるんだぜ?足りねぇ分はこっそり懐に溜めとくんだよ。略奪すればした分だけ溜まるんだ。傭兵稼業なんかよりよっぽど稼げるぜ」
と彼はあくどい顔で言った。
俺はそれに眉を潜めて「待て、貴様まさか略奪行為をしているのか?原則伯爵直属部隊は・・・」と言いかけたその時。
闇夜を切り裂く騒音が響いた。
乾いた音と不気味なまでに高い音。これは弓兵の伏撃だ。
瞬間数十本の弓が部隊を襲った。
ブロンソンは剣を引き抜き「ひるむな!!進め!!」と苛性に命じたが、
運悪く飛んできた弓矢に頭を貫かれて即死した。
「指揮官殿戦死!!指揮系統を確認しろ!!」
「アコットさんがいるだろ!?アコットさん!」
兵士たちは射撃の中で次の指揮官を素早く決め、彼に指示を仰いだ。
アコットというのは俺も知っている。昔からいるメンアットアームズでそこそこの手練れだ。
小競り合いでは暴れる癖に重要な戦いになると病気になるという不思議な人だ。
「ヨォシ!俺に着いて来い!この丘を登るぞ!」
とアコットはこれまた勇敢に剣を抜いて命令した。
兵士たちは奮い立ち、彼の元に集まり始めた。
とにかく今は指揮官の指示の下防御しなければ。
しかしそのアコットさんは張り切りすぎたのか支持を出すや否や剣を抜刀して丘を駆け上がった。あまりにも迂闊すぎる。
そして案の定彼は弓の集中砲火を浴びて死んでしまった。
「アコットさん!!」
「アコットさんが死んだぞ!なんてこった!」
兵士たちは結局また混乱状態に陥った。
俺はこうなってはもうどうしようもないので、付近の兵士に「俺が指揮を執る。周りに伝えろ」といよいよ命じた。
俺はそうするとすぐさま兵士たちに密集隊形を作らせた。
この様な状況では考えている間に人が死ぬ。緊急時に指揮官に求められるのは即断即決とそのプランを補助するだけの機転だ。
俺は自分の五感と教官の後ろ姿を頼りに命令を飛ばした。
「まずは集結し盾の壁を作れ。敵もこの闇の中だ。狙って撃ってるわけじゃない」
「そしてそれが出来次第ゆっくりと前進しろ」
俺は簡素に解りやすく、要点を伝えた。
兵士たちも流石メンアットアームズだ。俺のざっくりした命令をすぐに的確にこなしてくれた。
確か、ブロンソンに与えられた任務は橋頭保の確保だ。
もしここで我々が勝手に退いてしまっては無線機もないこの時代では総崩れの要因になりかねない。
「行け!敵の射撃が弱まったぞ!パヴィスシールドを前にして一気に登れ!」
俺は敵の攻撃の切れ間を見て命令した。
兵士たちはそれを聞いて、すぐさま丘を駆け上がった。
俺はそれまでの指揮官たちと同じように大きな声で兵を励まし、かと言って前には出すぎないように気を払いながら指揮をした。
こういう時は勇猛すぎず、臆病すぎずだ。
指揮官の勇気というのは兵を率いるために必要だがそれで死んでしまっては元も子もない。
間もなく我々は敵の弓兵隊を押し返し丘を奪取した。
俺は兵士から旗を貰うとフリッツに見えるように振りかざした。
どうやら他の地点での攻撃は成功したようだ。
俺の旗を見るや否や敵はすぐさま後退していった。
「ハヤトよく無事だったな」
とフリッツは俺に手を差し伸べて肩を叩いた。
俺はそれに答え「あぁ、また生き延びた」と安堵の声を漏らした。
十字路に待ち構えていた敵はどうやら戦線後方に入り込んだ伏撃部隊だったようだ。
それも有効に地形を活用し、陣地転換は手練れそのものだった。
「あれは、正規兵だな。それもかなりの手馴れだ」
と俺は焼け落ちた柱に腰かけながら呟く。
それにフリッツは軽い調子で「だがお前はそれを簡単に追い返しちまった。敵を褒めるのは嫌味に聞こえるぜ」と返した。
俺はそれを素直に誉め言葉だと思ったのでふんと笑うと
「今度はもっと強いてきかもしれんな」と述べた。
村に立ち上った煙は揺らめいて夜空を覆った。
いまや日は落ちきって我々の足元には暗がりが昇って来ていた。
ーーー
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