第16話 救済


クリストフは潰れていない右目をかっぴらき、必死の形相でワゴンの間を縫って走った。

彼はまずは手近なワゴンに入った。中へ入るとそこには軽装にハンドキャノンを携える兵士2人と装填手3人の合計5人が立っていた。


クリストフは即座に駆け寄ると一番手近な相手の腕を斬った。しかし、後ろのもう一人はすでに装填を終えて、銃口をクリストフの方へ向けていた。


彼はそれを祈る様にして回避した。

瞬間、爆音が響く。弾丸はクリストフの肩を撫でて、そのまま後ろへ流れていった。


彼はそれを天祐と思い、一気に距離を詰めると敵兵の腹を剣で突き刺した。

他の3人は短刀で立ち向かったがクリストフに一太刀も浴びせることができなかった。

彼はそのまま敵を倒した余韻に浸る間もなく、ワゴンの中で弾薬を探した。


しかしここにあったのは、少量の火薬と弾がいくつか程度でワゴンを吹き飛ばすほどの物はなかった。

「くそっ!はずれか!」

と彼は剣のポンメルで地面を叩くと、すぐさま次のワゴンに飛び移った。


隣のワゴンには樽や縄で縛られた物資が累積していた。

クリストフはすぐにその封を切り、中を確かめるため手を突っ込んだ。


彼の手に握られたのはざらりとした感触。


コーニングされていない状態の黒色火薬だ。


「よし!当たりを引いたぞ」とクリストフは一人喜んだ。


あとはこれをまき散らして、ハンドキャノンの点火装置で火をつければ

ワゴンを無力化できる。

クリストフは早速樽を引き倒し、外まで導火線を引こうとした。


しかしその瞬間に彼は背後から何者かによって襲われた。

槍がクリストフの腹を貫き、彼は吐血した。


幸いにも、鎧下に着ていたチェーンメイルと骨によって致命傷は避けられた。

彼はすぐさま振り返ると、敵に向かって斬撃を振り下ろした。しかし、敵も譲らず前に出てもう一突きする物だから両者は互いに攻撃を受けてしまった。


クリストフの放った斬撃は相手の首に当たり、絶命させるに至った。

一方、敵が放った攻撃は彼の腹を突き刺し臓器に裂傷を負わせた。


クリストフは血だらけになって地面をのたうち回った。


もはや、命はもたない。

暫くして彼はもう自分が助からない事を直感した。

否定したいが、足の下の感覚が無くなりつつある。


彼はその事実を受け入れられずに喚いたが、外の戦闘とハンドキャノンの発砲音のせいでかき消されてしまった。


クリストフはもうそうなるとどうしようもないので覚悟を据えた。そして手近にあった黒色火薬に担いできていたハンドキャノンを手繰り寄せた。


そしてそのハンドキャノンに括りつけてある火付け石を握ると、金属部に打ち付けて火を起こそうとした。


クリストフは最後の力を振り絞り必死に石を打った。

血が抜けて、視界が暗くなり始めた。

残り時間は少ない。


彼は最後に万感の思いを込めて石を叩いた。その瞬間、一気に火が立ち上り付近の黒色火薬へ引火した。


クリストフは火が付いたことに安心し目を閉じる。

最後の言葉も、看取る者もない。




デニスの様に兵士を救う事はできなかったし、教官の様に軍隊だと割り切ることもできなかった。

「俺はいっつも中途半端で、部下の死を毎度毎度悔やむしかできない凡夫。

そんな人間の最期にしては、できすぎた花道だろう」


クリストフはゆっくりと呼吸を止めると心の中でやっと平静を得て、安らかな面持ちで眠りについた。




あたりが閃光に包まれる。

ワゴンに満載されていた火薬と木材に引火しガンワゴンは後列から爆発した。


護衛の兵士たちは突然のことで訳が分からず解囲して散り散りになった。


牽引していた人馬は吹き飛ばされるか、音に驚いて逃げ出してしまった。いまやガンワゴンは半壊し、その機能の殆どを失ってしまった。


ーーーー

俺は先頭のワゴンに乗り込もうとしたその瞬間に、後方で起こった振動のせいで尻もちをついた。


俺はすぐに立ち戻ると再びあたりを見回した。 

どうやら今の爆発で敵は混乱気味らしい。包囲の輪が緩み、敵は密集隊形を崩している。


俺はひょっとすると生き残れるのではないか?

と心のどこかで思い始めた。

それに任務を達成した以上俺は班長として兵士たちを生きて帰らせる義務がある。


「このまま道をまっすぐ走れ!今を逃したらもうチャンスは無いぞ!」

俺は壊れたワゴンをよそに腕を伸ばし逃走を配下の兵へ指示した。


しかし悲しいかな。それを聞いて俺の背中を追う若武者はすでに死に絶えていた。

矢と槍に突き刺された死骸たちはもう俺の命令に反応してはくれない。


俺はじたを踏む暇もなく、踵を返すと混乱状態の乱戦に飛び込んでいった。


後の事はよく覚えていない。

ただ体の傷だけが、その凄惨さを伝えていた。


ーーー


「そうか・・・・よくやった」

と教官はガンワゴン破壊の一部始終を聞き届けて俺に告げた。


彼女は少しため息を吐くと、直ぐに冷静な顔に戻って

「死んだ24名には十分な恩給を用意する。名前を引かえておけ」

と事務的に告げた。


俺は彼女のその態度に驚いたが、同時に尊敬もした。

長い付き合いのクリストフであろうと、戦場では小隊長に過ぎないのだ。

だから、今はそのため息以上の弔いはできない。


彼女は戦場に在っては、命の区別などしないのだ。

それが良い軍人の条件でもあるのだろうが。


「残存兵は広場に集合しろメンアットアームズはもう200名を切ってる。一つの指揮下に纏めた方が良い」

と彼女は下士官たちに命ずる。


俺はその脇で控えていたが、彼女に

「少し休め。此処からは夜通し戦い続けることになるから」

と言われたので後方へ下がって暫しの恩給をいただくこととなった。




後方の市庁舎には負傷した兵士たちが呻いていた。

軍医たちが必死に手当てしているが、救える命は少ない。

トリアージされた者は道路脇へ転がされるか、裏手で行きながらにして”焼却”された。

これは、伝染病を防ぐためらしい。


しかしいくら何でもそれはむごすぎる。


だがだからと言って、彼らを救う手立てはないし優しい言葉ばかりでは人は救えない。

俺がそんな様子を前に立ち尽くしていると、遠くでやや聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「・・・神は貴方をお救いになります。お約束いたします」

そう優しい声で兵士たちに語り掛けていたのは小隊長のデニスだ。


彼は軍医でもありまた神父でもあるのだ。

デニスは一人一人丁寧に祈りを告げると、自らの短刀で彼らの臓を貫き数秒で死に至らしめた。

それは、ある種の救いだろうか。

四肢を欠損し、焼却を待つのみの兵士たちは彼に縋る様に拝んでいた。

そして、殺されることを「慈悲」として欲していた。


俺はそのグロテスクな光景に言葉を失ったが、彼らが縋る様子は宗教画の様な神秘性を持ち合わせていた。

俺はその瞬間理解した。戦場に無神論者は居ないという言葉の意味を。

宗教を信じる人間の心というのを。



死を目の前にした人間が縋るのは、自らを殺しうるその暴力の根源であるのだと。


「・・・・あぁ、ハヤト君か。今、彼らに最後の祈りをしてあげた所だ」

とデニスは手を拭いながら俺に語り掛ける。


「貴方は、本当に慈悲深い人なんですね・・」

と俺は彼に尊敬の意味を込めて言った。しかしそれに彼は首を振った。

「・・・・ハヤト君。私は、本当は神様なんかいないと思ってる」

「だって、教会の導きが正しければこんな戦争は起きてないし彼らだって死ななくて済んだ」

とデニス。


俺はその返答に心底肝を冷やした。

「では、何故貴方は神の愛や祈りを奉じるのですか?」

と俺はたづねる。


「それはもちろん、人間にはそれが必要だからですよ。彼らに宗教が無ければ戦場に立つことができない。

私は、無神論者ですよ。だってそうじゃないですか。アガペーがホントにあるならクリストフも私の妹も死なずに済んだんですから」


とデニスは相変わらず少しの抑揚もない声でそう言った。


「だから、私は神学校へ行きたいのですよ」


彼はそう言って言葉を締めくくった。

その真意は、俺には判らない。

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