第15話 待ち伏せ
ーー
俺は急いで走る。正門が突破されたことを知り、内城壁まで。
俺はその途上でデニスへ問うた。
「この撤退はどういう事でしょうか?正門は本当に突破されたのでしょうか?」
それに対してデニスは眉間に皺を寄せ
「・・・・すまんが、俺には判らない。今は命令に従ってくれ」
と願うように告げた。
俺は後ろに続く兵士たちを眺める。
新兵たちは皆、この状況を飲み込めていないらしく不安そうな顔をしていた。
やがて我々は内城門まで後退した。
既にほかの部隊はここへ到着しており、我々が最後の部隊だったようだ。
デニスとエレオノーラは兵たちを待機させて、司令部へ足を運んだ。
指揮所たる教会は混乱気味だった。城壁内部と下層街への侵入を許したという情報は指揮官たちを大いに混乱させた。
「マティアスが死んだ!?教官!どういうことだ!」
とエルデリックは狼狽える。
しかし教官はあくまで冷静に彼へ告げる。
「マティアスは投石によって戦死しました。しかし、その際に城門を破壊しましたので、敵が内城門へ到達するまでには時間があります」
「しかし、これでは単に領域を失っただけではないか!どうするのだ!」
「ご安心を。策がございます」
というと教官は地図の下層街を指さした。
エルデリックは疑問符を頭に浮かべる。
「下層街をどうするのだ。すでに敵は殺到しておるぞ?」
「ですからです。敵は外城壁を突破して勢いづいています。功を焦って敵の足並みは乱れつつあります」
「そこで下層街に火をつけるのです」
「何?火をつける?占領した街にか」
「これにより、敵は浮足立ちます。そこに我々は正規兵による遊撃戦を仕掛けるのです」
教官はそう言うとバン!と机を叩いて卿に決断を促した。
「閣下!もはや時間はありません!」
エルデリックはやはり決断を渋ったが、彼女の剣幕に押されて渋々その作戦を了承した。
教官は頷くと、すぐさま作戦の準備に取り掛かった。
ーーー
間もなく、下層街に火が放たれた。
冬の乾燥した空気に誘われて、火事はどんどん延焼し1時間ほどで内城壁からも見えるほどの火の手があちこちから上がった。
「どうやって火をつけたんです?」
とエレオノーラは教官に聞く。
「干し草だ。石造り家ばかりで燃えにくいので、備蓄倉庫などを中心に火をかけて回った。そうすれば、家屋の木造部に延焼する」
「どこでこのような戦法を?」
「・・・・どこか、確か遊牧民系の軍人に聞いたな。まぁほとんど賭けみたいな戦術だが」
と教官。
彼女はそう言ってエレオノーラに少し笑いかけた。
額の傷が痛々しい笑顔だが、前よりも軽くなった気がした。
教官とエレオノーラはそのままメンアットアームズが集結する地点に向かった。
城壁の陰になるところで、兵士たちの顔には影がかかっていた。
教官は彼らの前に立ち訓示を始めた。
「これより下層街へ撃って出て、遊撃戦を仕掛ける。
これは我々正規兵だけで行われる任務だ。すまないが覚悟してくれ」
「クリストフ隊50名は敵のガンワゴンを破壊しろ」
「デニス隊100名はゲリラ的に行動し敵にできるだけ損害を与えろ」
「残りの兵士は私とエレオノーラ殿の指揮下に入り、できるだけ火災を拡大させる」
「以上が作戦だ。各自、用意に掛かれ!」
教官は捲し立てるかのように早口でそう告げた。
兵士たちはその訓示を受けて、全員が奮い立った。
否全員ではないだろうが、そうさせられた。
自分が声を上げたくなくても、仲間が声を上げたなら同じく上げる。
行きたくなくとも、僚友が行くなら行く。
兵士とはそういう生き物なのだ。
黒煙はどんどんと立ち上り、我々の頭上にまで達している。
我々はその煙に紛れてひっそりと、内城門を出た。
ーーーー
俺はクリストフの指揮下に入り、カーワゴン破壊を命じられた。
このカーワゴンというのは、馬車戦車を鎖で繋いだ移動要塞の事で古代帝国から使われる厄介な兵器だ。
当然ながら弓の攻撃は防がれるし歩兵の盾にもなる。おまけに、内部に大量の武器弾薬を運搬できるから部隊の前哨基地にもできる。
しかも今回は中に乗っているのは単なる弓兵ではない。
銃眼から覗いているのは”ハンドキャノン”。言うなれば初期の銃だ。
まだまだ配備数も少なく、野戦では役に立つ場面も限られているが今回の様な攻城戦は正にその”限られた”場面だった。
その貫通力は遥かに矢を凌ぐ。なにせ、初速が違う。ライフリングや銃身の問題から精度こそ悪いが、数十梃が同じ位置を狙えば十分な脅威だ。
実際、正門が押されたのもこのガンワゴンによってだった。
我々特別攻撃隊50名はクリストフ隊長以下、5つの班に分かれた。
それぞれ指揮官はベテランの隊員が。といってもその殆どは上位職の戦死による繰り上がりなのだが。
ともかくその4人のうちの1人に俺は任じられた。
俺はその人事に疑問を持ち、クリストフに意見した。
しかし彼は「戦功をあげているし、エレオノーラのお墨付きもある。それに何より、もう任せられる人材が払底しているんだ」
と悔しそうな顔をにじませたので俺は渋々受け入れることにした。
彼の荷物入れはもうすでに古兵達の形見でいっぱいだ。
俺はフリッツを副班長とする第5班を指揮した。
正直、このくらいの部隊の指揮なら座学でもやっている。
メンアットアームズは臨時に民兵などを指揮下に置いたり騎士の補佐を行ったりするので当然と言えば当然だろう。
もっとも、実践を伴わないのその知識がどこまで通用するかは未知数だったが。
班員はほとんどが新兵ばかりだった。民兵上りも居れば、単に志願というだけで雇われたド素人も混じっていた。
そういう人間は往々にして大言壮語。そして覚悟ばかりが足りていない物だが、この時もその例に漏れず彼らは劣勢に及び腰だった。
我々は編成を終えた後に石造りの地区に入った。
そしてその一角の半壊した工房で最後の作戦会議を行った。
「どうしますか?ガンワゴンの周りには護衛の重装歩兵が100名ほど。数でも練度でも負けています」
と古兵の内の一人がクリストフに告げる。
「・・・・敵は手練れだ。教皇の潤沢な資金で雇われた傭兵どもだろう。そんな連中に正面から挑むなんて気は最初からない」
「最初に言っただろう。これは遊撃戦だ」
とクリストフは各班長に再度厳命するかの様に告げた。
「では、具体的な策は?恐らく、兵士たちがこの分では突撃などもできないでしょう」
「・・・・こうなっては一度の奇襲に掛けるしかないだろう。敵をできるだけ狭い路地へ誘い込む。そして弓矢投石を持ってこれを打ち破る」
クリストフは瓦礫に腰かけてゆっくりとそう言った。
「しかし、正門の戦いでわかったようにあのワゴンには生半可な攻撃は効きません。万一、これで撃破できなかった場合は?」
それに対して第3班長のクレーが攻撃の成否を懸念した。
確かに彼の言う通りだ。クロスボウで貫通できなかったガンワゴンを撃破する術はあるのだろうか?
クリストフはしばし考えた後、額を抑えた。
そしてゆっくりとその手を下ろすと、ため息交じりに告げた。
「・・・万一、伏撃で撃破が不可能な場合」
「その場合は・・・・我々古参兵が斬りこみ、相打ち覚悟でガンワゴンを破壊する」
その命令を受けて、班長達は黙って頷いた。
クリストフはそれを見て
「・・・すまんが、現状でとれるのはこの策しかない。納得してくれ」
とはっきりとした声で告げた。
さながらそれは命令の様でもあったし、彼自身に対する暗示の様にも聞こえた。
ーーーー
その数十分後、ガンワゴンとその護衛が地区へ侵入してきた。
他の下層区が木造建築であったのに対して、ここは石造りの建物が多い。
ワゴンの延焼を避けるためにもここ以外に敵が通る道はない。
我々はその情報を受けて早速待ち伏せ地点へ移動した。
「ハヤト、第5班は第一班と共に右手の家に登れ。兵士たちを屋根や上階に伏せさせて射撃や投石の準備をしろ」
とクリストフは右手のやや高い指差ししながら指示を出した。
他の第2、第3班は左手。第4班は後詰としてそれぞれ配置された。
俺はクリストフと共に屋根の上から敵の様子を伺った。
日が暮れ始めていたが、下層街に上がった火の手があたりを照らしていて暗くはなかった。
俺は不謹慎ながら、その風景をかつて見た東京の夜景に重ねてしまった。
そしてまた沈黙が訪れる。ガンワゴンが通りへ入ってくるまでの数分間。
どうしようもない緊張感が我々を包む。
だがクリストフはその暫しの待機時間におもむろに話しだした。
「ハヤト、この作戦は成功すると思うか?」
「・・・・わかりません。しかしやる以外に選択肢は」
「・・・そうだ。やるしかないんだ。たとえ、俺たちが全滅しても。否、全員を死なせてもこれは、任務なんだ」
クリストフはまるで独り言でも呟くかのようにそう言った。
それはあまりにも小さくて、俺は彼の言っていることが良く聞こえなかった。
「だから俺は」
彼がまた何か言おうとした。
しかし、その言葉の続きが発されることはなかった。
街角にガンワゴンの一隊が現れた。
彼らの護衛の内、先鋒部隊が脇道にトラップが無いか調べて回っている。
しかし、すでに我々の潜む上階へ繋がる階段やはしごは破壊してある。
敵の斥候が昇ってくることはない。
間もなく護衛の主力とガンワゴンが進んできた。
ワゴンは馬で牽引されつつ、人からも押されていた。
流石に重たいらしく、そのスピードは人間の歩行速度ほどであった。
クリストフは班長にアイコンタクトで攻撃準備の合図を送る。
俺と第1班長(テルドーレ)は部下に矢をつがえさせた。
数分後ガンワゴンが我々の待ち伏せ地点に入ってくる。
そして彼らの無防備な横腹が我々の正面に向けられたその瞬間、クリストフが叫んだ。
「撃て!!」
その声に続いて兵士たちは一斉に矢と石を放った。
攻撃は横っ腹を向けていたワゴンと護衛部隊に降りかかった。
「なんだ!?」
「敵襲だ!」
「くそっ!だからこの道はやめろって言ったんだ!!反撃しろ!屋根の上だ」
敵は攻撃に対して散々叫び声を喚きながらすぐさま密集隊形を取った。
それでもこちらは矢と投石によって十数人ほどを倒すことに成功した。
しかし肝心のワゴンはやはり破壊できなかった。石は数発ほど当たったが致命打にならず、矢も跳ね返されてしまった。
幸い敵のハンドキャノンは装填されていなかったらしくすぐには反撃をしてこなかった。
しかしこのまま待っていれば応射を受けて寡勢の我々は壊滅してしまうだろう。
だったらもう手段はない。
クリストフは剣の柄を握りしめると、俺と第1班長へ向かって「・・・・弓兵以外は全員抜刀。そのまま突撃せよ・・」と告げた。
俺はしかたあるまい、と覚悟を決めた。
そして部下たちの内、弓を持つ3名以外には剣と斧を持たせて自分に続くように言った。
彼らはそれに「はい!」と答えた。さながらそれは、自分自身を奮い立たせるかのように。
俺は、彼らの事が急に愛おしくなって、「いいか、俺の近くを離れるな。絶対だぞ」と命じた。
彼らは若い。俺なんかよりもずっと。
やがて、第二射目が放たれる。
こちらの弓兵が矢をつがえてもう一発放ったのだ。
そしてそれによって敵がひるんだのを見ると、クリストフは抜刀し
「続け・・・!!俺が先陣だ!行くぞ!」
と一番最初に敵陣へ向かって斬りこんだ。
それに第5班、第1班が続いて飛び込む。
そして、我々が突撃したのを見た左岸側の第2、第3班も数秒遅れで敵へ向かって斬りかかった。
その後は大混戦となった。敵は密集隊形を解き、少数のグループに分かれた。
これはこちら側の数を把握していないからだろう。
俺はまず出合い頭に剣を振るってきた敵の正規兵を躱して、胴に一撃を入れた。
そしてそのままそいつを打ち捨て、ガンワゴンへ向けて一目散に走る。
「敵はこちらが少数であることを見抜いていない!今が好機だ!行け!」
とクリストフは敵数名を切り倒して、先陣を進んだ。
一方の敵のガンワゴンはやっと状況が読み込めたのか、遅まきながら行動を開始した。
彼らの指揮官がこちらにも聞こえる様な大声で指示を飛ばしている。
「敵の規模は!?」
「不明です!」
「ええい!まずは薙ぎ払え!右翼側の敵にハンドキャノンを集中砲火しろ!」
「しかし、友軍がおります!この混乱では誤射もしかねません!」
「かまうな、どうせ護衛は傭兵だ。我々正規兵の方が立場は上だ。構わず撃て!」
その次の瞬間、装填を終えたハンドキャノンが一斉射された。
これを受けた第2、第3班は交戦していた敵前衛と共に壊滅した。
クリストフはその状況を見て焦る。
「くそ!クレー達がやられたか!被害にかまうな!前へ道を切り開け!」
と彼は部下に強攻を命ずる。
これに呼応した兵士たちが、必死の形相で突撃を行う。
中には、飛び道具で貫かれたり槍で串刺しにされたりする者も居た。
当たり前だ。我々は今、敵の密集地点へ飛び込んでいるのだから。
俺もいくつか浅い切り傷を受けた。しかし致命傷にはならなかった。
大混戦だったので、もう無我夢中に戦った。幸いにも敵がこちらの詳細を把握していなかったので
何とかガンワゴン付近まで進むことができた。
俺は敵の護衛網を抜けて後ろを振り返る。そこには僅か2名しか残っていなかった。
しかし、此処まで来たならもう退けない。
「生きてるか!?ハヤト!テルドーレ!」
とクリストフは我々に声を掛ける。
「ここに!」と俺は彼に向って返事する。
その時振り返ったクリストフの顔には驚いた。
何せ、顔の額から血を流して左目はすでに潰れていたのだから。
しかしクリストフはそんなこと気にも留めていないようで、
「・・・乗り込むぞ!!黒色火薬に引火させろ!それでガンワゴンは粉々になる」
と俺に言った時にはすでにワゴンへ向かって走り出していた。
ガンワゴンは車輪のついた箱型の荷車で、投石対策に上まですっぽりと覆われていた。
そのため、外からではどれが指揮車か。はたまたどれが輸送車なのか。
クリストフは咄嗟に「別れよう。お前らは前列の車両を。俺は後列を仕留める。あたりだったほうが、火薬に引火させろ」と命じた。
俺はもう余裕もないので即座にそれに頷いた。
そして前列側の車両へ向かって走った。
ーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます