第14話 城壁
ーーー
あたたかな陽気に誘われ、少女は家を出た。
季節は丁度春。草木も茂り、風にも生命の匂いが混じるころだ。
少女はそのまま畦道を通り、教会の脇を抜けて村の鍛冶屋の戸を叩いた。
「ごめんください!」
と彼女は入り口の前で柔らかな声をあげる。
そうすると扉が開いて、中から半袖の少し体の大きな少年が出て来た。
「今日は少し早いな」
と少年。
少女は頼まれていた野菜の類を彼に手渡すと
「はい、代わりにうちの鉈の面倒を見てほしいんだけど」
と今度は鉈を取り出した。
「わかった、親父に伝えとくよ」
と少年はそれを受け取り、一度奥に下がった。
そしてしばらくすると、今度は熊手の頭を持って現れた。
「これ、前に頼まれてたやつ。親父が持ってけって」
少年はそう言って重い熊手を差し出す。
彼の手には少し火傷の痕あった。
少女はそれを受取ろうとしたが、少しもたついた。
少年はそんな彼女の様子を見かねて「俺が家まで持ってってやるよ」と言った。
彼女が「ありがとう」と明るく言うと、
少年は少し恥ずかしそうにして「・・・どういたしまして」と言った。
再び、あぜ道を二人で戻った。
春の暖かい風に吹かれ、草木が戦ぐ。
少年はその道程を半分ほど行ったところでおもむろに口を開く。
「なぁ、お前は何かになりたいとかあんのか?」
「あたし?何になるって、そりゃあ家の農家を手伝ったりしてくんじゃない。そっちは?」と少女。
それに対して少年は
「俺はな。騎士になりてぇんだ!」
と目を輝せて言った。
少女はそれを聞いて目を丸くしている。
「俺は17になったらこの村を出ていく。こんな狭いところで一生を終える気はないからな」
「騎士!?鍛冶屋の息子の、あんたが?」
「だからだろ!俺は親父みたいに、一生炉の前で鉄を撃ちながら死んでくのはまっぴらだぜ」
「でも、大人はみんなこの村に残って欲しいでしょう?」
「・・・お前はそれで幸せか!?俺は外を見たい!そして偉くなりたい!ほら」
そう言うと少年は彼女の手を引いて、走り出した。
畦道を逸れて少し近道の森の中を。
しかし少女はその道を知らなかったので少し怖かった。
春先には動物もいるだろう。それに彼を見失うのが嫌だったから。
そして何よりも彼女自身が、その先の路を知りたかったから。
ーーー11月24日 昼頃
霜が降りて、すっかり快晴になったこの日は敵方の喊声と共に始まった。
要衝である丘を占拠した教皇派軍は差し向けた先鋒が撃破されたことに及び腰になるどころか、
復讐に燃え大兵力を一気に投入してきた。
特に、教官とマティアスが受け持つ正門地区は最も攻撃が熾烈だった。
教皇派は4000もの兵力を持ってこの正門を攻撃した。
軍事で最も恐ろしいのは、十分な兵力と十分な装備で、定石どおりに攻撃を行う事である。
この時の教皇派軍はそのすべてを揃えていたし、新兵器である”ハンドキャノン”までも投入していた。
正門を守る兵力は増強されても僅か400。彼我の戦力比は1:10であった。
ーー
「登ってくるぞ!!攻城塔に火矢を撃ち掛けろ!!」
教官は城壁の上を走りながら、クロスボウと長弓を持つ兵士たちに声を掛けまくった。
壁上は敵からの射撃と、喊声でもみくちゃになっていた。
投石などによって欠けた城壁には、兵士の死骸がごろごろ転がり至る所に断末魔が広がった。
攻城塔はやがて段々と近づき、完全に接岸できていなかったが火矢を避けて擱座した。
しかしそれでも、腕っぷしに自慢のある数名の兵士と1人の騎士が飛び移って、一番槍の誉れを掲げた。
「騎士ダリオ・デ・バスティアーニが相手だ!!」
と飛び移って来た騎士はグレイブを振り回しながら叫ぶ。
それに対して教官は自ら剣を手に取り、すぐさまその騎士に斬りかかった。
騎士はそれを穂先で受けて、反撃を行おうとしたが教官は剣を捨て腰のナイフに持ち替え、懐に飛び込みそのまま相手の鎧の首元に刃を突き立てた。
騎士はそのまますぐさま絶命し、他の兵士もたじろいだ。
「ひるむな!!突出した奴から叩け!!なんとしても正門を守り切れ!」
と彼女は討ち取った敵の騎士の兜を掲げて鼓舞する。
それに勢いづいた守備兵たちはまた戦意を取り戻して、飛び移って来た残りの敵兵を壁の外に追い落とした。
「教官!メンアットアームズ30名です!敵の橋頭保確保を防ぎます!」とクリストフが兵を率いて現れた。
「やっと来たか!!攻城塔は擱座させたが、破城槌が城門を破ろうとしている!工兵に大槌と工具の用意をさせろ」
と教官は言った。
「このまま城壁を守らなくてよろしいのですか?」
「今、こちらにハンドキャノンを防ぐ手立てがない!ガンワゴンをどうにかするには、市街地に敵を引き込むしかない!やれ!」
と合図する。
これを聞いた工兵隊は城壁を登ると、正門の上の通路を工具や大槌、黒色火薬などで破壊し始めた。
門の守備隊には投石が降り注いでいる。
正攻法を破るには、もはや奇策しかない。
ーーーー
俺は正門から少し東側に逸れた地点で戦っていた。
ここは防衛用の塔があって、それを中心に我々100名が守備についていた。何故ならここには通用門があったから。
「工兵を呼びつけろ。此処の門はもう破壊してしまえ」
とエレオノーラが言う。
癪だが、ここの指揮官は彼女なのだ。
俺はその司令を渋々受け入れる。
その後に、我々の側にも敵が攻めて来た。
搦め手の為数は少ないがそれでも700ほどは居る。
「あ、あのハヤトさん。敵が来たらどうやって戦えば・・?」
と俺の脇に控えていた兵士がか細い声を上げた。
彼らは臨時で数合わせのために入れられた新兵たちだ。
その殆どが素人かそれから毛が生えたほどの技量しか持っていない連中だ。
俺は今はもうないかつての精強なメンアットアームズを思い出し少し寂しくなった。
「まずは戦場の空気に慣れるだけでいい。俺やデニス小隊長の傍を離れるな」
と新兵に言い聞かせる。
思えば、半年前は俺もまだ剣の握り方すらわからない素人だった。幾つかの戦いを経て少しは成長できただろうか。
「梯子を掛けてくるぞ!!石を持て!」
とデニスが叫ぶ。
俺たちは重い巨石を持ち上げて
壁をよじ登ろうとしてくる相手へ向けて一斉に投げつけた。
それで数十人は仕留めたろう。しかし敵はそれにもひるまず果敢に壁へ向かって攻撃を仕掛けて来た。
特に、敵の手練れなどは熊手のついた縄を回して城壁に引っかけるとそれを頼りに警戒の薄いところから這い上がって来た。
「右手側に登られたぞ!ハヤト!仕留めろ!」
とデニスが言う。
俺は剣を抜いて縄で登って来た傭兵と対峙した。
「どけ!小僧!」
と凄まじい剣幕と共に敵が突っ込んでくる。
彼はこちらの数倍もある巨躯だった。おまけに人の丈くらいある斧を持っていた。
だが俺はそれに退かず、剣を交えて打ち合った。
正面から斬りあったらその体格で圧倒されかねない。
しかしこいつは大振りの隙がデカい。
俺はそれを見抜くと、斧の攻撃を躱して相手の懐へ潜り込んだ。
そしてそのままそいつの脇を刃で切り上げた。
やがてそのような事を数度繰り返し、我々は敵を撃退した。
他の門と比べれば小規模で華にも欠くだろうが、敵の攻撃をとん挫させたという意義は大きい。
エレオノーラも部隊を率いるのは初めてだったようで、
撃退した時は胸をなでおろしていた。
しかし、物事とはそう上手くはゆかない物だ。
俺がデニスと兵の損害について話し合っている時に正門の方から城壁を伝って伝令がやって来た。
「伝令です!!」
彼は膝を突くと、季節外れの汗を拭いながら事の次第を伝え始めた。
「どうしたというのだ?」
とデニスが心配そうな様子で聞く。
俺は嫌な予感がした。
「正門の守備隊が・・・・」
「正門の守備隊が壊滅しました!指揮官のマティアス殿は戦死!城壁は突破されて敵が殺到しています。すぐさま中央街の内城壁まで後退してください・・・!」
伝令は口どもりしながらそう告げた。
結局、我々の奮闘なぞ一局面でしかなかったのだ。
彼の告げた戦況は、まったく我々の関知しないところでほぼ負けかかっていたのだから。
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