第8話 第一波

ーー 



俺とフリッツは大急ぎで陣地へ戻った。

森の草木を払いながら、道なき道を我武者羅に陣地へ走った。


足の速い騎兵より早く着くには、そうするしかない。


間もなく我々はエルデリック卿が休んでいる天幕の前までやって来た。

俺とフリッツはぜえぜえと肩で息をしながら大急ぎで入り口まで行き、番兵緊急事態だから通してくれと言った。


だが番兵は

「一体何事だ?閣下はお休みだから、当直の騎士を通せ」

と呑気なことをいいやがったので、俺は彼の肩をゆすって

「すぐそこまで敵が来ている!!気を使ってる場合じゃない!」

と叫んだ。


すると、隣で仕事をしていた当直の騎士が飛び出してきて

「何事だ!?」と怒鳴るもんだから今度はフリッツが

「すぐそこまで敵の騎兵隊が来ている!」と叫んだ。


それを聞いた彼は本当かどうか半信半疑だったようだが、

鬼気迫る俺とフリッツの様子に押されていよいよエルデリック卿をたたき起こした。


天幕の中でエルデリック卿はぐっすりと眠っていた。

だがその安眠は、突然の叫び声と強襲を知らせる鐘の音で破られた。


彼は急いで小姓らを呼び出し鎧の準備をする。

「閣下!敵の強襲です!奴ら、虎の子の騎兵部隊をわざわざ森の裏から迂回させてきたんです」


「数は!?」


「およそ数百騎。もう数分後にここに到達します」


その報告にエルデリック卿は狼狽えた。

「馬鹿な!?早すぎるぞ・・?」


ここには、伯爵軍主力が持ってきた弾薬、そして徴発した食料が累積されていた。

これらは伯爵軍が継続して戦闘を行うのに必須だ。

もし、敵の襲撃で焼き討ちなどをされたら兵士たちは一気に餓死する。


そんな事を考えているうちに、時間は刻一刻と過ぎて行く。

まもなく、部隊の統括者である教官がやって来て

「敵の襲撃です!閣下。すでに部下を掌握し集結させています!布陣の下知を」と迫った。


エルデリック卿は教官の剣幕と、焦る騎士たちの様子にタジタジで全く平静さを欠いていた。


「鉄鎖や馬塞柵で騎士の突撃を止めろ!」


「すでに敷設しております!隊形と方角の指示を!」


「・・そんなもん、敵が来てる方向に決まってるだろう!!どっちから来てるんだ!?」


「第一波は後背から接近しております!間もなく到達すると思われます・・!」


「あぁ、だから・・・どういう事なんだ・・!?」

エルデリック卿は最後にそう言うと、黙ってしまった。


それを横目に軍監はあたふたとしている。


教官と騎士達はそんな幕僚たちの様子を見て、もはや彼らに頼る事を諦め、各々の部隊に独自に防御命令を出した。


統合指揮を欠いて居た為、それぞれの部隊の布陣は離れていた。

教官の指揮下のメンアットアームズ300名は工兵達が建てた

物見櫓の傍に槍を構えて密集隊形で待機した。


ーーー


俺はすぐさま教官の招集命令に従い、部隊に帰還した。

そして、配られたパイクを持って訓練された通り同僚たちと肩を寄せ合って防御態勢をつくった。


「パイクの槍先は合わせろ!バラバラだと効果は発揮できないぞ!」

クリストフが先頭で腕を振って集団に激を飛ばす。


兵士300名全員にはパイク(槍)が足りず、

工兵などはハルバードやグレイブの刺突が可能な長柄武器で構えた。


「掛け声とともに、1歩ずつ前へ出よ!それ1!2!」

と教官の合図とともに集団は綺麗に前進を始めた。


間もなく、森の切れ端に敵の戦法が見え始める。

彼らは途中までは半速でゆっくりと近づきながら陣形を整えた。


ドドドという馬の肥爪が幾重にも重なって、まるで大地を割る

地響きのごとく我々の心を揺さぶった。


俺はがたがたと歯が鳴るのを感じた。

なんと恐ろしいのか。ここに来て、恐怖に苛まれるとは。


だが、もう逃げられない。

両脇を、背後を、前方を、仲間たちに固められている。

そして俺の足は”責任”という枷で繋がれている。


だが、恐怖に支配されているのは俺だけではないようだ。

隣の同僚は顔面蒼白で、槍を握る手は震えていた。


俺もそれを見てますます気が細くなって、倒れそうなほどだった。

あぁ、どうしよう。逃げ出したい。


当たり前だ。相手は重装備の騎士だ。

いくら我々がまとまっても、その衝撃力の前には無力だ。

唯一対抗できるであろう銃士も、後衛陣地には居ない。


俺は考える事すべてがもう恐怖に染まっていた。


間もなく、敵の騎士団が横隊を形成して加速し始めた。

ランスを横に倒し、掛け声とともに突撃してくる。


これだけ近づけば相手の兜の意匠まではっきりと見える。

敵はもうまじかだ。


その瞬間

「うわぁぁあああ!!!」

と隣の男が突如叫んだ。


俺はパニックになったのかと思ったが、そんな事ではない。

彼は覚悟の座った眼で張り裂けんばかりの大音量をは失している。


俺は最初、不気味に思った。

叫んでどうにかなるものか、と小ばかにさえしていた。


しかし、彼の叫びを先頭に集団の兵士たちは次々に叫びだした。

兵士たちは槍を持つ手を強張らせながら、必死に叫び声を立てた。

これは、いわゆる”ウォークライ”か。

雄たけびは相手を威嚇する以外にも、自分を奮い立たせる意味もあるという。

ついには、ほとんどの兵士が叫んだ。


いよいよ、敵の穂先が我々へ向かって最高速度で突っ込んでくる。


もはや、逃げ隠れはできない。もはや進退窮まった。


気が付けば、俺も叫んでいた。


ーーー


騎兵の突撃というのは、横隊で数回に分けて行うのが理想的だ。


騎兵の突撃は衝撃力こそ凄まじいが、第一波が詰まって速力を使い切ればアドバンテージを失う事となる。

それを防ぐために、騎兵突撃はおおむね数回にわたって行われる。


第一波はおよそ100騎程度で、皆重装甲の騎士ばかりだった。煌びやかな装備を身にまとい、軍旗には黒い十字が掲げられていた。


「来るぞ!!総員刺突用意!」

教官が叫ぶ。


俺らはその掛け声に合わせて槍を固く握り、前に突き出した。


その次の瞬間、我々をとてつもない衝撃が襲う。

俺は握っていた槍があまりの衝撃に折れ、そのまま後ろに吹き飛ばされた。


少しの間、俺は頭をぼーっとさせて倒れていた。

しかし馬の脚に頭を潰されそうになったのをきっかけに飛び起きて、あたりを見回した。


部隊の統率は完全に乱れ、兵士たちは吹き飛ばされて気絶したり、四肢をバラバラに引き裂かれて内臓をぶちまけたり、はたまた一つどころに集まって騎兵を追撃したりしていた。


俺は幸い、一回目の騎兵突撃では死ななかった。

この通り、四肢もしっかりとくっついている。


だが頭はまだぼんやりする。耳が良く聞こえない。視界ははっきりしていた。


俺は突如背後から首根っこを引っ張られた。

「お・・か!?今す・・・こっちに・・・・・い!!」

教官は俺の袖を乱暴に掴んで耳元で叫んだ。


しかし、俺の耳はまだ良く聞こえず頭もボーとしていた。

それを見かねた教官は鉄のガントレットで思いっきり俺の頬をぶった。


「痛ぇ・・・!」

俺はやっと頬を叩かれて気を取り戻した。


「馬鹿者!!早く動かんか!部隊はすぐにこの先の高所へ移動しろ!」

教官は俺の鎧の錣(首元の装甲)を掴んで怒号の様な調子で命令した。


「高台・・!?どこです?・・他の皆は?」


「・・・・最初の敵の突撃で我々は50名ほどを失った。残存部隊はすべて私の指揮下に集結しろ」

と教官。


彼女はいつもの様な調子を失って、厳格な感じで命令した。

遠くではエルデリック卿の天幕に火の手が上がっている。


俺はその様子に恐怖し、兜もかぶらず大急ぎで味方のところへ向かった。集結地点の高台は、丘とは名ばかりの緩やかな坂でしかなかった。


ここで敵の第二波を迎え撃つというのなら自殺行為だ。

斜面の傾斜は馬の速力を相殺するには少なすぎ、はたまた丘上の兵士を隠すには長さも足りなかった。


無論、それは誰の目にも明らかで、特に兵士たちを先導していたデニスはエルデリック卿に猛烈に抗議した。

「こんなところに布陣しては自殺するも同然です!!私は小隊長として、兵士たちを無駄死にさせるわけにはいきません」


「デニス!口を慎め!今は敵の襲撃を凌いで援軍到着まで待つしかない・・・!」

とエルデリック卿はデニスに言い放った。

彼は口先だけでは平静だったが態度は明らかに動揺していた。

そのセリフでさえもまるで自分自身に言い聞かせるかのような調子で、全く周りを鑑みる余裕などなかった。


指揮官がそれでは困る、とデニスは思いつつも

自分とて恐怖を必死に押さえつけている状態だった。

指揮官として、兵を動揺させないためにも、

そう言うふりをしなければならないのに。


だがこんな時に、焦らず平静で居れる者も居る。

それは例えば、数多の戦場と苦境を経て地獄を見慣れているような人間。


此処にそのような人物が居るとすれば、それは教官だろう。

彼女はすでに5年以上の従軍経験と、数十回の戦役を潜り抜けて来たベテランだ。


散り散りになった部隊に声を掛けて回り

何とかこ集結地点にかき集めた後、デニスと同じくエルデリック卿の下へ行き猛抗議を行った。


「こんな場所に布陣していては、直ぐに第二波の攻撃で蹴散らされます!今すぐ移動してください」


「ならば何処へ行けと言うのか!?どこに行ったって・・・・重騎兵の突撃を止める術なんかあるものか!!」

とエルデリック卿は半狂乱になって叫んだ。


彼はもう今にも泣きだしそうな様子で喚いた。

馬が居れば、もうとっくに逃げ出していただろう。


教官はだが、そんな状況でも一切冷静さを失っていなかった。

彼女はあたりを見回すと、奥の櫓があったあたりを指さして

「あちらへ移動しましょう」とエルデリックに告げた。


「何故だ?あんな平地、騎兵に潰してくださいと言っているようなものじゃないか!!」


「いえ、あそこなら確実に敵の攻撃をとん挫させられます。

ですから閣下。ご命令を」

と教官は冷静に言い放った。


エルデリックはその物言いに感化されて少し落ち着いた。

それでも決断しかねたので

「何故?」と尋ねると

「そんな事を悠長に説明している場合ではない!!早く兵を動かしてください!」

と流石の教官も目をかっぴらき怒号を飛ばした。


これにエルデリックは渋々従い、兵たちを教官の指定するポイントへ移動させた。


ーーー

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