ガチ騎士のエレオノーラ

ハンバーグ公デミグラスⅢ世

第1話 エレオノーラ!

ーー


俺はどこにでもいる大学生。

特に何のとりえもない私立文系文学部の大学生。平々凡々、唯唯諾諾 。

流れ、流されたどり着いた先は、中途半端な学歴と

途中で止めた部活動。


そんなどうしようもない俺に千載一遇のチャンスがあるとすれば、この世界がひっくり返って振出しに戻ることぐらいだろう。


今更後悔しても遅い。平凡な俺はこのまま大学を出て、安スーツにそでを通すうだつの上がらない人生を送るのだろう。


でもやっぱり俺は心の奥では

”こんなところで終わるものか”という反骨心が滾るのを感じていた。



そうなったらどうしたかって?俺はどうしようもなく走ったさ。

家から出て、とにかく叫びたくなったんだ。


俺は、授業もないのに家を出て、晴れた天気の下を

我武者羅に走った。


精々それが、俺にできる精一杯の社会に対する抵抗だった。



数キロも走ると、息が上がって立ち止まった。

高校では、バスケをしていたがいかんせん体力が落ちていた。


1年以上運動から離れていれば当たり前か。

体は思ったように動かない物だ。



俺は少し無謀だったと後悔しつつ、どこか休憩するところがないかとあたりを見回した。そしてその視界に公園のベンチを捉えた。


公園は俺が今いる地点から道路を挟んだ向こう側だった。

道路は少し幅広で丁度信号が点滅しているところだ。


俺はそれを横切ろうと息を切らしながら走った。

がしかし、その時俺は足を解れさせて転んでしまった。


点滅している時にわたってはいけない。そういう一つ一つの

教えをなんとなく守って来ていた俺が

どういう訳か、この時ばかりはその信号を抜けて走りたくなった。


そしてその要らぬ反骨心は俺の足を絡まらせ、転ばせた。



瞬間、トラックが角から現れる。その運転手はかなり急いでいるようで車の足元など気にしていないようだ。


俺は急に足に力が入らなくなった。急激な運動の後には

往々にして、体というものは反応が鈍る。


そして、それは人の事情を鑑みない。


俺はどくんどくんと鳴る心臓に、目前の景色が膨らむような気がした。そしてそれは本当に俺の視界を覆って包み込んでしまった。


トラックが俺の体を小突く。ブレーキを踏んでいたにもかかわらずその車体は俺の体を嘘みたいに吹き飛ばした。



息ができない。視界がぐにゃりと歪む。

空がぐるぐると回って俺の脳天に堕ちた。


死。


人生は、たった少しの衝撃で砕けてしまう。

なんと脆いのか。俺の四肢は。


「まだ・・・まだ・・・」


俺は嘯きながら手を伸ばした。しかしそれは誰の耳にも届かない。俺の耳にさえ届かない。喉の奥で、空気がつぶれている。


アスファルトの荒い匂いが、ブレーキによって焦げたゴムと混ざり合って、気持ちの悪い匂いを立てる。

悲鳴のような、歓声のようなブレーキ音だけが俺と周りの頭を何回もぐるぐると回っている。


そしてその不協和音と悪臭が止まぬうちに

俺はゆっくりと目を閉じた。


ーーー  


俺は眩いばかりの光を受けて目を覚ました。


そしてその勢いのまま飛び起きると、自分自身で体のあちこちを触って四肢があることを確かめた。


何故、生きているのだろうか。

俺は、自分自身でもわからずにただ混乱した。


恐怖や安堵すらない。怒涛の展開に頭の理解が追い付かない。だから俺はただ目を何度か瞬きして息を整えることしかできなかった。


やがて張り付く様な喉の苦しみが癒え、段々と呼吸が落ち着く。俺はそのまま額に手を当ててふぅ、と長く息を吐く。

混乱のあまり、過呼吸になっていたのでそれを何とか理性で落ち着かせる。


だんだんと目がまぶしさに慣れて、白一色だった景色が色を帯びて、形を成した。


そこに広がっていたのは、広い平原。少し乾いた空気は

自分の知らない場所を予感させた。


「一体ここはどこだ」


俺はあたりを見回して、その景色に呆気にとられた。

明らかにこの景色は日本の物ではない。遠くに見える森は

針葉樹が高くそびえ、草木は見慣れない物ばかりだ。


俺は立ち上がる。このままここに寝ているのでは、うしようもないし、やはり頭の混乱もまだ収まっていない。


俺はそのままふらふらと草原から、遠くに見える道へと

歩き出した。


ここの土地は長らく何にも使われていなかったのだろうか。

地面は硬く、草も手入れされていないようだ。



俺は混乱のあまり、視線をあちこちへと落ち着きなく変えながら歩いていた。普段なら草や地面の事など気にもしないだろう。それだけ、まだ気が動転していたのだ。


やがて俺は目指していた道へと出た。

此処は、人の往来があるらしく草が剥げて歩きやすくならされていた。しかし、それでも舗装などはされておらず土が押し固められた田舎道という感じだった。


俺は再び遠くに目をやる。この先に、何かかがあるのだろうか。兎にも角にも、まずは人に会わなければ。


その瞬間、俺は突如背後から声を掛けられた。


「おい貴様!何をしている!?」


高圧的な声。俺はそれに不穏な気配を感じ取りながらも勢い良く振り返った。


そこには巨大な生き物が立っていた。そしてそれはなぜか女の声を発し、俺に対して警告の言葉を発していた。


「すみません!!迷い込んだのですが・・!」

俺は喉を震わせてそう言った。


その生物はぶるる、と嘶きを発したかと思うと再び口を開いてやけに甲高い声で再び詰問を投げかける。


「ここは領主の直営地だ!まさか、脱走農民じゃないだろうな?」


今更になって俺はその生物の正体が、馬に跨った女であることに気が付いた。

我ながらなんという錯乱状態だろうか。

恥ずかしい。


しかし、彼女はそんな私の事など気にせず

馬上から警戒の目で見つめた。


彼女は青い瞳に、西洋人を思わせる端整な顔つきを携えた同い年ぐらいの少女だった。そして腰には直剣をぶら下げて、長い髪を一本のおさげに纏めていた。彼女はなにやら古いおとぎ話の様な格好をしていた。


俺はその様子に当てられ、とりあえずは諾々と彼女のいう事を聞くことにした。


ーーーー


そのまま俺は手を縄で縛られて、まるで罪人の様に引き回された。


「はぁ?とらっ・・・・く?に轢かれて死んだ?いったい何を言っているの?」


俺は事の顛末を彼女に話したが、全く信じてもらえなかった。

それどころか、この世界には車もなければ電気もないらしい。


この縄だって、だいぶ粗い造りで手作りを感じさせる。

攻城という概念もないのだろうか。


「第一、貴方は農民でないというなら何なのよ?」


「・・・俺は都市民だ」


「じゃあ、職人とか商人とか?」


「いや、普通に大学生」


そう言った瞬間彼女は、「じゃあ、聖職者!?」と驚いた顔をした。


俺はそれを否定し、「普通の大学生です」

と言ったがそれに彼女は口をへの字に曲げてよく理解できていない様子だった。


俺は再びあたりを見回す。

先ほどの草原とは打って変わって、今度は集落へと入った。

さながらそれは中世の村の様で、人々は木をこり、放牧を行い、畑を耕していた。


馬に乗った彼女が通ると彼らは皆お辞儀して、あいさつした。


「彼らはここの領民よ」

と彼女。


さっきから中世っぽい単語ばかりが出てくると思ったら

どうやら本当にここは中世らしい。彼女の言う言葉全てが

おとぎ話じみていた。


俺は少し胸が高鳴った。これはいわゆるファンタジー世界なのではないか。ドラゴンが居て、きっと魔王も居るに違いない。


「あなたは・・・もしかして、騎士ですか?」

俺は打って変わって、跳ねた声で尋ねる。


「なんですか、いきなり。うーん・・・そうだなぁ・・・私はまだ従騎士なんだ」


「じゅ・・じゅうきし?」


「そう。正式な騎士じゃないの。だから、ここの領地も本当は私の物じゃないのよ。継承法でね・・・」

と彼女は少し困った様子で話を始めた。


俺は知らない単語の濁流に疑問符を浮かべたが、

とりあえず「うん、うん」とだけは相槌を打って置いた。


そうしたら彼女は「真面目に聞いてないでしょう?」

と少し苛立った様子で睨んだ。


まもなく、集落を抜けて少し古びた館へと着いた。

そこには、少し上物の布服を着た人々や馬たちが

出たり入ったりしていた。


しかしそこは、貴族の館というには少し古ぼけて見えたし

あちこちコケが生えていた。


俺はそのまま彼女に縄を持たれてそこら辺の

柱に縛り付けられた。


「ここでおとなしくしてなさい。私は、責任者を呼んでくるから・・・と思ったけど、向こうから来たわね」

と彼女は視線を門の方へ向けながら言った。


その責任者も、丁度同じようにこの館にたどり着いて

馬を降りたようだ。

線の細い、彼女にどこか似た中年の男が走り寄って来た。


「エレオノーラ!戻っていたのか。お帰りなさい」


「・・おじさまも、丁度お戻りになられたのですね」

と彼女は少し曇った顔で言う。


彼はどうやら、彼女の叔父らしい。


男は続ける。

「どうしたというのだ、そんな風に騎士の真似なんぞして・・・お前はまた、縁談を断るというのか・・?」


「だから、叔父様!私はあんな奴の妻にはなりたくはありません!あいつは、この男爵家の領地を奪いたいだけですよ!」


「しかし・・・このままでは、本家が断絶してしまう」


「そのために、私が騎士となって伯爵様から再び同じ土地を頂きます!」

と強く彼女は反発する。

そのまま暫く彼女と叔父は言い争った。


話を纏めると、どうやら彼らの所属する家は貴族の家系だったらしいのだが、一人娘であるエレオノーラを残して父母は死去。叔父は伯爵の臣下ではないため、継承権が無くこのままでは領地が取り上げられてしまうらしい。


俺はその一部始終を聞いて、なるほど厄介な問題だと思っていたがどのみち俺には関係ないのでだんまりを決め込んだ。


そのうち、二人の議論は止んで叔父が「彼は大学に行っていたんだな?うーむ、嘘かほんとか分からんが無下にもできまい。取り敢えずは離れの小屋に居てもらおう」と俺に向けて言った。


そのため俺はそのまま彼女に縄を引かれてまるで罪人のように小屋へとぶち込まれた。


そこは丁度、館の陰になる場所で馬小屋の隣の物置小屋だった。


「じゃあ、食事の時は外の従者がやってくるからよろしく。

明日また尋問するから、いろいろと思い出しといてね」と彼女は言い残して去ろうとした。


しかし俺は、あまりに多くの出来事に触れたせいで故混乱気味だった。

だから彼女を引き留めた


「なぁ、教えてくれよこの世界の事。俺は異邦人なんだ。

まだわからないことだらけなんだ。もし、いろいろ教えてくれたら俺の世界についても教える。だから、少し話をしないか?」

と俺は言った。


彼女はそれに対して横目で暫く俺の顔を眺めた。そしてため息をつくと、「少しだけよ」と言って俺の反対側の干し草の上に腰かけた。


「あんた、名前は・・・確か・・」


「エレオノーラ。エレオノーラ・フォン・ホーエンライン」


「・・エレオノーラか。良い名前だ。俺の名前はハヤト。大木隼人」

そうやって名乗ると彼女は少し首を傾げた。

曰く、聞きなれない名前らしい。当たり前だ。

こちらは東洋の命名で、向こうは西洋の命名だ。

聞きなれないのも仕方があるまい。おまけに彼女はゲルマン系の様な顔つきをしている。いわゆる白人だ。


それから互いの身の上と、知っていることを簡単に話し合った。

現代知識があれば、中世の世界なぞ簡単に世渡りできるなぞ馬鹿な考えを持っている者も居るが、実際はそんなことない。


そもそも、世界観が違うのだ。彼らの生きている世界と俺の生きている世界では常識も信じる物も違う。


ローマに在ってはローマ人に従え。もとい、郷に入っては郷に従え。

俺はまず、彼らの世界を理解することから始めた。


「この世界は、主がお造りになって・・・皆はその祝福に従って生きているの」


「それは、カソリックか?」


「・・うーん・・・貴方の世界にあったという”キリスト”という教えとかなり似通っているけど細部は違うかも。貴方は信者ではないの?」


「俺は、無宗派だ」


「!!無神論者なの!??」

と彼女はぎょっとした。


俺はそれをすぐに取り消すと共に、あまりに無神経な発言だったと反省した。

思えば、彼女たちの世界は教会の権威とその祝福の中に生きている。


それを否定するような言行は彼女たちの神経を逆なでする可能性がある。

だから「・・教会が、別なんだ」と少しごまかした。


それからは大して身にならないような話をいくつかした。

俺の家の事とか、家族構成だとかそんなことばかり。

だが彼女はまだどこか、心に警戒心と猜疑心を持っているようで

俺の話を聞くだけ聞いて、自分自身については何も話さなかった。

それどころか、なにか偉ぶってみたりして気に入らない。


だから、俺の彼女に対する第一印象は最悪だった。



「じゃあ、また明日来るから。それまでに、よく言い訳を考えておきなさい」と彼女は去り際に吐き捨てていった。


俺は彼女が出て行った後に思いっきり眼と舌を剥いて馬鹿にした。


こっちが下手に出てりゃ、いい気になって高飛車もいいところだ。

それに、こんなほし草小屋に押し込められるなんて、到底信じられない。きっと彼女は俺から知識を絞るだけ絞って後は奴隷にでもするに違いない。


俺はそんな勝手な妄想をしてさらに腹が立った。

だからそのままふて寝の様に干し草に顔を埋めて体を横にした。



この小屋は静かだ。現代に居た頃の夜中の喧騒に比べて

エレオノーラの遠ざかる足音まで聞こえる。


2歩3歩・・・歩き音さえむかつく。

俺はそれに耳を塞いで目をつむった。




しかしその瞬間にその足音は急にやかましくなった。

彼女の足音が小刻みになって、走り出しただけではない。

何者かの足音がそれに混ざって、激しく耳をつんざいた。


「貴方達、何者!?くそ!!誰か!!」

まもなくエレオノーラの声が響く。

俺はその声を聞いて、これは尋常ではないと体を引き起こした。


その後には、何か鉄のぶつかり合う音。それに続いて、男の叫び声が聞こえた。


俺はそのまま、ほし草小屋の扉を蹴破って外に出た。

小屋の外では、監視に当たっていた従者が血を拭いて倒れていて、奥ではエレオノーラが2人の男と斬りあいをしていた。


俺はその光景に、トラックの場面を思い出し恐怖に駆られた。

そして足を館の外へ向けると逃げ出そうとした。


しかし、そこで俺の足は動かなかった。


”あんなにむかつく奴ほおっておけ”そう頭では判断しつつも、

体はエレオノーラを見捨てることができないと叫んでいた。


考えるより早く、俺は走り出した。頭ではわかっている。

こんなところで命を張ってなんの意味がある。



だが、俺はここでまた逃げたら一体どうなるのだろうか。

いつものように、場の雰囲気に流されて。バツが悪くなったら逃げ出して。そうやって行くうちに俺は自分自身の可能性を狭めていたじゃないか。


きっと、ここが最後の分岐点だ。ここで逃げたらもう後戻りはできない。


変わるんだ。



俺は数秒のうちにそう判断すると叫びながら

彼女を襲う刺客の二人のうちこちらに背を向けていた方へタックルした。


「逃げろ!!エレオノーラ!!」

俺は我武者羅にその男に向かって拳を放った。

しかし、思ったより刺客の体格は大きい。


俺は自分が馬乗りになっていたのに逆に押さえつけられてしまった。



死ぬ。死んでしまう。もう二度目はきっとない。


だが、俺は最後の最後に、変われたんだ。


「悔いはない・・・!」

俺は押しつぶされかけている喉を震わせて、目を閉じた。


しかし、その次の瞬間に剣を突き刺されたのは俺ではなかった。

俺に圧し掛かっていた刺客は突如血を噴き出して倒れた。


一瞬の隙を見せた彼らの事をエレオノーラが斬り伏せたのだ。

俺は生きていることに驚きつつも、むかつく彼女の前ゆえ

カッコつけて「・・・計画どおりだったな!!」と出まかせを言った。



それに対して、目を剥いて緊張状態だった彼女も

おかしくなって「どこがよ」と突っ込んだ。



これが、俺と彼女の長い付き合いの始まりとは知らずに。

ーーーー

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