序章 プラディサート市攻防戦
第5話 初陣
ーーー
明朝の、まだ明けやらぬ夜空の下で、俺たち
メンアットアームズは突如招集命令を受けた。
太鼓やラッパの合図で兵舎からたたき出された後、
グラウンドに完全武装で集合させられた。
これはただ事ではない、という雰囲気が皆の間を駆け回った。
「聞け!!出撃だ」
エルデリック卿は息を切らしながら、少し緊張味がかった様子でそう叫んだ。
兵士たちは少し騒めきつつも、彼の声を聞いた。
「諸君!伯爵閣下からのご命令だ!!我々は、これより完全武装で出撃し、戦闘を行う!」
「目的地は、伯爵領より東。ソンネンシュタットだ!ここは、カーンスボルグ司教領の中心地である」
目的地を興奮気味に告げると、卿は後の事を教官に頼み壇上から去った。
教官はいつものローブではなく、サレット兜にサーコートを纏った姿で現れた。そして彼女はキリっとした表情で兵士300名の前に立った。
「聞いたな!諸君!軽騎兵隊50騎はすぐに出立の用意を。重装歩兵と工兵は、近接装備とクロスボウを持ってここに集結!行け」
と彼女が凛々しく命令すると、メンアットアームズ達は一斉に準備し始めた。俺も訓練でやった通りにあれこれと準備をして数十分後にはグラウンドに装備を持ってやって来た。
俺の装備は、教官やエルデリック卿の物と比べると数段格落ちが否めなかったがそれでも剣は上等な代物だった。
下着の上に布製のキルティングを着て、それをチェーンメイルのホーバークで保護し最後にギャンベゾンとマントを羽織って鎧とするのがここのメンアットアームズの一般的な装備だ。
肘や脛、胸と関節部などの狙われやすい急所はピンポイントで板金の防御装甲を上から着て防御力を上げている。
多少かさばるが、生半可な矢や剣では通らない。
我々はその後、軽騎兵50騎と、歩兵180名。それに戦闘工兵70名。さらに歩兵部隊は60名ずつの小隊に分かれていた。俺の所属した隊はクリストフが指揮をしていた。
メンアットアームズの様な職業軍人でなければこのように細分化した指揮は取れない。何故なら、細かい命令をこなせるほど民兵は練度が高くなく、また戦場から勝手に逃げ出してしまうからだ。
そのまま歩兵隊は行軍縦列を成して、伯爵の城館へと向かった。まだ太陽も登りきらぬ薄明りの中。
しかし俺には、急に始まったこの騒ぎが一体何なのかわからず興奮と共に少し不安が心を蟠っていた。
「クリストフさん。何で司教の領土に攻め込むんですか?同じ
皇帝に仕える諸侯じゃないですか」
と疑問を彼に伝えると、クリストフはうーんと少し悩んでから
「俺にも詳しいことは分からないんだが・・・・今回は伯爵と司教が持っている貸付手形が問題なんだ」
「貸付手形は、当然金を借りた証拠なんだが、生憎その貸し手も金に困ったらしくその請求手形を伯爵と司教の二人にに売ったらしい。だが結局そいつは財政破綻して、お家断絶しちまったらしい。で、そこまでだったらよかったんだが、今度はそいつに金を借りてた奴がどこに返せばいいって言いやがった。それで、司教と伯爵のどちらが正当な請求者かで戦争になっちまったんだ」
「そんなことで・・・人の生き死にが・・!」
「・・・・貴族の借金手形に比べりゃ遥かに安い方さ」
とクリストフは諦観の表情で言う。
間もなく、我々は騎士十数騎を従えた伯爵と合流した。
彼は板金鎧に身を包み、剣にはこれでもかと絢爛な飾りがついていて表情は自信に満ち溢れていた。
「これより司教の領土に夜襲を掛けて借用手形を奪い返す!奴らは油断している!明朝の明け方までに、奴のブドウ園を焼け」
俺はその命令を聞いて、さっそく部隊と共に司教の領土へと走った。
どこからどこまでが領土かなんて俺には知らないし、
何故ブドウ園を襲うかもわからなかった。
それでも俺は、自ら決めた道だからと自分自身を納得させてその凶事に加担した。
「略奪だぁ!!みんな逃げろ!!」
教会の神父が高塔に登って鐘を鳴らす。
それより一歩速く、我々兵士たちは畑に火をかけて回った。
俺はその光景に呆然とした。
「いいかぁ!俺たちは山賊じゃない!市民は襲うな!略奪もするな!価値のある者は捕まえろ!そうでなければ殺せ!」
エルデリック卿は手を掲げて叫ぶ。
こういう汚れ仕事に従事するのも常備兵の役割だ。
しかし、それにしたってこれは・・・
「おい、新兵。目を離すなよ。これが現実だ」
俺が立ち尽くしているのを見て、教官が後ろから声を掛けて来た。俺はしどろもどろになって彼女に言い訳をしようとしたが
彼女はそれを制した。
「良い。今は、何もできなくて構わない。今日は戦場の空気に慣れろ」
教官はやはり厳しい口調であったが、俺の心中を慮ったのか松明を取り上げた。
「教官!斥候より報告です!この先3リーク先に敵の軽歩兵集団を確認!おそらく司教の部隊です!」
教官がブドウ園を眺めて居ると、兵士がそうやって報告してきた。
「よし。クリストフ卿に連絡しろ。敵部隊とやりあうぞ」
と教官。
俺は戦列に戻ると、気を取り戻し直ぐに槍を構えた。
ーー
「隊形を疎開!!軽騎兵に道を開けろ!!」
クリストフが命令を出す。
兵士たちが即座に左右に掃けて、その間を鎧を着た騎士と軽騎兵が颯爽と走り抜けた。
彼らはそのまま加速すると、集結しつつあった司教軍の前衛を投擲物で攻撃した。
これに驚いた敵前衛は、戦わず後退し本隊を待った。
報告を聞いた伯爵は、すぐさまエルデリック卿に命じて歩兵集団を3リーク前進させた。敵が放棄した丘は、格好の観測地点だった。伯爵は工兵に持って来させたクロスボウを兵たちに配り、敵部隊を狙撃させた。
司教軍は一旦ひるみはしたものの、直ぐに立て直すとクロスボウを射かける伯爵軍部隊に対して、突撃を敢行した。
俺はそれら突撃してくる兵士を迎撃するため、先頭の歩兵隊の中に居た。
ーー
俺は緊張していた。
目の前に迫る敵の歩兵が一歩一歩近づいてくるたびに
心音が高鳴るのを感じた。
だがしかし、逃げようとは思わなかった。
隣と後ろを味方に固められているのもあったが、何より
この数か月の訓練で俺は着実に強くなった実感があったからだ。恐怖心は自らの強さと反比例する。
「小隊構え!敵と衝突するぞ!まずは一撃目で、てきの足並みを乱せ!次に近接戦、乱戦だ」
クリストフが俺らに命令する。相手はざっと200ぐらいだろうか。少なくとも、こちらの総数よりは多い。
だがしかし、司教の軍は半数は傭兵のようだ。
元からいる常備軍との連携に解れがある。
俺は叫びながらクリストフが出した前進命令に合わせて槍を振るった。
敵はまばらに突撃してきていたのでまず俺は先頭を走って来た
兵士に突きを放った。
しかし、相手は半身を翻しそれを避けて逆に剣で斬りつけて来た。
俺はそれを胸の装甲板で受け、何とか難を逃れた。
その後すぐさま立ち上がり、剣の柄で相手の頭を叩きつけた。
敵は、それによって脳震盪を起こして倒れた。
俺は初めて誰かを傷つけたが、映画の主人公のようにそれに浸っている余裕などなく、一瞬後にはもう我武者羅に次の相手に向かって剣を振るっていた。
ーー
やがて、数度かの打ち合いの後に司教側は敗走した。
途中までは一進一退の攻防であったが、相手方の指揮官が逃走してからは一気に形勢は逆転した。
戦闘の結果、司教の騎士12名と兵士32名。そしてぶどう酒を大量に鹵獲した。
伯爵はこの勝利に大変ご機嫌であった。
何せ、長年対立していた司教を蹴落とす事が出来たのだから。
伯爵はこれによって手形の請求権を得ただけでなく、
この地方の実力者としての地位を確固たるものにした。
被害も少なく、僅かに13名の兵士を失っただけだった。
俺は緊張状態がほぐれ、初めてケガや恐怖が這い上がって来た。まずは肩に切り傷を負っていたことを初めて気がついた。それに加えて、顔に痣をこさえていたことがわかった。
俺は仲間たちが戦利品の分配に熱を上げる中、
一人丘の上に座り込んだ。
「や、生き残ったんだね。初陣はどうだった?」
と後ろから聞き覚えのある声がした。
少し高く、透き通ったその声はエレオノーラの物だ。
俺は彼女に「まぁまぁかな」とあいまいな答えをした。
「まぁいずれにせよ、生き残れたんだし良かったじゃん。
はっきり言って、死んでしまうかと思ってたけど」
とエレオノーラは言った。
俺は少しその物言いに腹が立った。
それではまるで俺の命に無関心みたいじゃないか。
だが、それを口に出すのもなんだか子供じみていたので取り辞めた。
「・・・・エレオノーラ、お前の方はどうだったんだ?」
「私はね、騎士二人を捕まえたのよ!」
と彼女は言う。その万遍の笑みに俺は少しペースを乱されつつも、
「そりゃあ良かったな。騎士には慣れそうか?」と聞いた。
だが彼女はそう聞かれると困った顔をして、
「・・・どうだろうな~。それはまだ厳しいかな」と答えた。
「そうか、まぁがんばれよ」
と俺は少しぶっきらぼうに言った。
彼女はそれに軽く微笑んだかと思えば、立ち上がって
どこかへ去って行った。
俺は最後の振る舞いが、少し意地悪だったんじゃないかと心の中で後悔しつつも、そういう子供くさい考えを振り払うかのように頭を振った。
ーー
やがて、兵舎に戻り俺は体を休めた。
応急処置とそして悪魔払いの祈祷を受けて、俺は
宿舎の自室に戻った。
そこには、俺含めて6人の兵士が居た。
出る前より3人少ない。
「おい、どうしたんだ?他の奴らは・・・」
俺は部屋にいる連中に聞いた。
そうすると、寝ていた同期のフリッツが立ち上がって
「ああ、あいつ等ならみんな死んだよ」
と軽い調子で言った。
俺はあまりの唐突のなさとあっけなさに思わず「はぁ?」と言ってしまった。
「ネローとイェルクは戦場で。ザッシュは帰る途中で傷が原因で死んだ」
とフリッツは言うとなんでもなさそうにまたベットに寝転んだ。
俺は、その物言いに自分と彼らの命に足する価値観の違いを痛烈に感じて立ち尽くした。
3人が居なくなった部屋が無性に広く感じた。
到底広いなんて感じられるはずなんかないのに。
俺はポカンとして、寂しさすら感じるその部屋の隅で
持ち主の居なくなった道具たちを眺めた。
開け放たれた扉からは、騎士の走らせる馬の蹄の音が響いていた。
ーーー
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