第32話 友人

ーーー


俺とエレオノーラはとりあえず倒した敵兵と従者から武器装備を奪って着替えた。

俺は丁度体に馴染んだが、エレオノーラはぶかぶかだった。


加えて先ほど捕まえた騎士を縄で縛りつけて道案内に歩かせた。

2度ほど嘘を突こうとしたのでエレオノーラが怒り

「あんた・・いい加減にしなさいよ・・」

と剣を喉に突き付けると一気に彼は正直になった。


暫く進むと村の前に出た。

村は閑散としていて、遠くにぼんやりと篝火が見えるのみだ。

どうやらもうメンアットアームズは居ないようだ。


俺とエレオノーラは騎士をそこら辺の木に縛って堂々と村の正面から進んだ。

畑のあぜ道を進んで、門をくぐる。

街の真ん中はがらんどうで、篝火の炎が不気味に揺れていた。


しかし、その闇の中から10人ばかりの人影が現れる。

俺とエレオノーラは剣を引き抜いた。


「・・・助けに来た仲間・・・じゃあなさそうだな」

俺は向かい合った相手の剣幕を見て呟いた。


男たちは俺の軽口に白刃を剥いて剣撃で答えた。

俺は下段からの薙ぎ払いでその攻撃を防いだ。


エレオノーラがすかさずその支援に回る。

だが敵もそれをひらりと躱し、再び包囲の形をとった。


俺はエレオノーラと肩を並べて剣を構える。

「おい、エレオノーラ。ビビってんじゃねぇだろうな?」


「当たり前よ!あんたの方こそ怖がってんじゃないの?」


俺はにぃと笑って「馬鹿言え」と一蹴した。


敵のメンアットアームズは恐らく傭兵上がりのベテランばかりだろう。

一筋縄ではいかない連中だろう。


俺とエレオノーラは一斉に敵に斬りかかる・・ふりをしてまずは後ろ回し蹴りで向かってきた相手の顔を蹴り上げた。

そして態勢が崩れたとみるや否や薙ぎ払いを見舞ってそいつを倒した。


一対多の状況では囲まれるとまずい。がしかし、一度崩して乱戦に持ち込んでしまえば倒すのはたやすい。

俺は背後から突いてきた奴を脇で掴み、手首を斬ると奥の敵に牽制で剣を振った。

相手はそれをサッと背後に避け、返す刀で反撃してきた。


しかしそれすらも俺には届かない。

エレオノーラがその攻撃を叩き落とすと俺は逆に相手の首を貫いた。


ーーー

フリッツは遠巻きにその様子を観察していた。

彼は全く無表情であった。


エレオノーラとハヤトがメンアットアームズ達と戦うのを助けるのでもなく、かといって逃げるのではなくぼんやり眺めている。


フリッツは戦いの趨勢が決まったころになってやっと立ち上がった。

そして首と肩を回して自らの剣を抜いた。


俺とエレオノーラは10人のメンアットアームズを打倒すとフリッツの下へ駆け寄った。

「フリッツ!どうしてこんな事をしたんだ!」

と俺は怒りより先に疑問を投げかけた。


フリッツはいつもと変わらぬ様子で

「別に驚くことなんて何もない。これはごく合理的な判断だぜ」と語った。


「合理的だと?お前がそんな難しい言葉を知ってるとはな」


「あぁ、合理的さ」

「伯爵様のところまで行ける保証なんかないのに数百人もつれて半島をウロチョロするよりね」

フリッツは皮肉の様に言い放つ。


俺はその物言いに腹が立って「フリッツ・・お前!」と斬りかかろうとしたがエレオノーラが制止した。


「待ってよハヤト!何か罠かもしれない!!それに彼の狙いも分からないのよ?」


「こいつは・・・指揮官を殺して部隊を乗っ取り、俺らを売り払おうとしてたんだぞ。理由はぶちのめした後に聞く」


俺は激しく彼を糾弾した。

フリッツはそれを否定もしない。

「あぁ、そうさ。俺はどうしようもないクズだ。自分を肯定する気はない。殺したいならかかってこい。ただ、俺も死ぬ気はないぜ」


「フリッツ、貴方は伯爵閣下に救ってもらった一人でしょう?なんでこんな真似を」

エレオノーラが落ち着いた様子で問いかける。


「エレオノーラさんよ、あんたはやっぱり兵士たちの気持ちがみじんも分かってない」

「俺たちにとっちゃ為政者なんか誰だろうとかわりゃしない。皇帝だろうが教皇だろうが奴らは市民から搾り取るだけだ」

「それに、あの伯爵に忠義を尽くすだけの価値があるか?皇帝の義弟であることを鼻にかけ、戦争でも狡賢く立ち回るあの男に」


「・・・・」

フリッツの厳しい物言いにエレオノーラはやり込められた。


今度は俺がフリッツを糾弾する。

「別にそんなこと気にしちゃいねぇよ。だがな、フリッツ。俺が腹を立ててるのはお前がそんな下らねぇ理由で俺達を敵に突き出した事だ」

「少なくとも、俺はこの時代で唯一お前は心根から信頼できる友人だと思ってたよ」

俺はそうフリッツに言った。

本当に怒りが湧いてるのはそのせいだ。

残酷な時代でも信頼を裏切ることはそう易々とできる物でない。


「うじうじ言ってるなよ、らしくもない。お前の剣だ。取れ」

フリッツは冷淡な様子で俺の言い分を聞き流すと広場の真ん中に突き刺さった剣を指さした。


これは盗まれたはずの俺の剣だ。


「騎士様には専用の剣が必要だろう?」

「生憎、俺やメンアットアームズの連中には手に余る代物でね」

と彼は煽った。


俺は剣を引き抜いてフリッツに向ける。


「フリッツ・・・お前は・・誰の差し金だ」


「目を逸らすな。ハヤト。お前と戦うのは他でも無い俺だ」

「それ以外気にする必要もない。いや、気にするな」


フリッツは万感の思いを込めて中段に静かに構えた。


ーーー

俺とフリッツは向かい合って間合いを取りながら互いに機会を伺った。


エレオノーラはそれに剣を抜いて加わろうとしたが「来るなエレオノーラ!!」と叫んで拒絶した。


「・・・?なんでよ!二人で掛かれば」


「馬鹿野郎!一騎打ちに無粋な真似すんじゃねえよ!」


彼女はそれに不満そうだったがこちらの気迫に押されて剣を収めた。

これは俺とフリッツの勝負なんだ。


フリッツが上段に構えなおす。

俺はそれを下手に剣を向けて掬い取る姿勢を取った。


「剣は受けるのではなく、受け流して小手を突く。教官に口すっぱく言われたな」

フリッツはそう言って一瞬笑ったかと思えば大きく踏み込んで大きな斬撃をこちらへ放った。


俺はそれを型どおり受けてそのまま刺突へ繋げた。

しかしそれはフリッツにもお見通しで彼は体を屈めてこちらの攻撃を避けた。


俺はすかさず2連撃を放つ。

しかしそれもフリッツには当たらない。


「はっ、懐かしいな。ペル(剣術訓練用の木の杭)に何度も叩きつけたな。その動き」


「くそッ」


「当たり前だ。俺もお前も、同じ軍隊剣術を教官から習ったんだからな。手札はお見通しだぜ」


彼はそう言って剣をビュンと回した。

決闘というのは大抵実力差があろうがなかろうが数打で終わるものだ。

だがしかしそれは互いの手札を知らぬ故。


同じように道場稽古を繰り返した相手で、しかも使う剣術が同じとなれば話は別だ。

このままではらちが明かない。


フリッツはそれを知って恐らく消耗戦に持ち込んだのだろう。

戦闘を繰り返して、慣れない森を踏破して来た俺と、存分に休息を取って待ち構えていたフリッツ。

どちらの集中力が先に切れるかは火を見るより明らかだ。


ならばどうする?


俺は一か八か剣を左肩に揃えて水平に構えた。


「それは」

エレオノーラが驚く。それもそうだ。これは彼女の剣術の見様見真似だ。

貴族の使う剣技は殴打や投げを含む中心の軍隊剣術とはまるで違う。


軍隊剣術がこの乱世ゆえに体系化されていないのに対して、貴族剣術はある程度型がある。

しかしそれゆえに、滅多にお目にかかることはない。

代理決闘士やそれこそ由緒ある家の出の騎士ぐらいものだろう。


だから俺も、これは本当に賭けだった。


フリッツは眉を潜めた。

「それは・・・」

「その構えは・・・?」

彼は言葉をぽつぽつとこぼしてこちらを睨んだ。


「・・・フリッツ、どうした来いよ」

と俺は煽り立てる。

どのみちこちらから攻められるほどこの剣術を知らない。

だったら向こうから攻めて来た一撃に必殺のカウンターを差し込むしかない。


フリッツは少しいらだった様子で「ふんっ、そんな付け焼刃が通用するとでも思ってんのか?」と笑いながら型を崩した連撃を放った。


俺はそれを何とか受け流したが、それだけで精一杯で反撃などできなかった。

「来いよハヤト!お前はもっと強いはずだろ!?」

「そんなものか!!」


フリッツはこちらが慣れないとみるや否や大振りを再び3連発で放った。

重い一撃だ。思わずその斬撃に顔に傷を負った。


「ハヤト!!」

エレオノーラが剣の柄に手を掛けて飛び込もうとする。


しかし俺はそれを「男同士の間に入ってくんじゃねぇ!!」と乱暴に拒絶した。


俺はもう決闘だとか裏切りだとか、そういう事の以前にフリッツとの勝負に勝ちたかった。

それはもちろん倒すべき敵として。そして何より、戦友として。


「来い」


俺の声を合図に再び両者が距離を詰めて剣が交わる。

フリッツは右斜めからの袈裟切りでこちらの肩に攻撃を命中させた。

がしかし、俺はその合間を縫ってフリッツの右ひじを切り上げた。


俺が鎧で防がれたのとは対照的にフリッツの肘はひじゃげて折れた。

彼は目を丸くして俺を睨むようにした。


「お前はずっと一緒だと思っていたよ。フリッツ」

俺は悲しさを携えて彼に語り掛けた。



ーーー フリッツの願い ーーー


俺とお前は、ずっと一緒だと思ってた。

どうやって来たかもわからないような低層階級で、語るべき氏すら持たない。


在るのは若さ任せの無鉄砲と運だけ。

明日なんか考えられない。今日を、今だけを考えて生きる綱渡りの馬鹿な若人。


俺は嬉しかったんだ。

親が戦争で死んで、恋人も、友人すらも居なかった俺には得難い友人だった。


でもそれはだんだんと変わって行った。

仲間が減って行って、プラディサートの攻防戦で部隊が壊滅して。


挙句お前は美人の騎士と一緒に消えちまって、帰ってきたら騎士になってた。


比べて俺はどうだ?

うだつの上がらない雇われ兵士を続けて、命を張る価値もない戦に心身をすり減らし

得た地位は昨日今日で来た騎士見習い未満のただの副官。


俺はやっと悟った。

俺とお前は違う。


いや、そもそももっと早くに気が付くべきだった。

何時だって物語はお前の周りでばかり起きてた。


俺はまるで幽霊だ。死に場所を失ってぶらぶらとさまよう幽霊だ。


本当は、俺はここに居るべきではないのかもしれない。

本当は、俺はプラディサート市でみんなと一緒に死ぬべきだったのかもしれない。


「お前はずっと一緒だと思ってたよ」

ハヤトの声が寒空の下に響く。


一緒?仲間? 笑わせるぜ。


そう信じてたのは、ずっと俺の方だったんだぜ。


剣と剣が交わった次の瞬間血しぶきが宙を舞う。

奴の剣が俺の右腹部を貫いて、臓器を切り裂いた。

剣はその衝撃で吹き飛び、体から血が溢れた。


俺はその勢いのまま後方へ吹き飛び、仰向けに倒れた。


くそっ、笑わせるぜ。

結局お前は騎士になるだけの器があって、俺にはそれが無かっただけなんて。


こんな残酷なことあってたまるかよ。


ちくしょう・・・


ーーー ハヤト ーーー

俺はフリッツから剣を引き抜くとすぐさま倒れた彼に駆け寄った。


「フリッツ!!」

意図せず声を出していた。

俺は彼の鎧をはがして溢れる彼の血を手で押さえた。


「おい!聞けフリッツ!死ぬな」

「今止血する!安心しろ!」

俺はそう言うと自分の装束を引きちぎって彼の腹部に充てる。

だがしかしそんなものでは収まらない。布はすぐに真っ赤に濡れてべたべたになった。


「ハヤト」


「何とかする。安心しろ。言い訳は後で聞く!」


「ハヤト、やめろ!!」

「頼む・・・!!」

フリッツは血を吐きながら叫んで治療を遮った。

俺は思わず手を止めてしまった。


フリッツは続ける。

「やめてくれ・・・このまま・・死なせてくれ」

「頼むよ・・・」


「何馬鹿な事言ってんだよ・・・生きてりゃいくらでもやり直せんだろ・・」

「それに、今回の件。俺は何にも聞いてねぇぞ」


フリッツはそれに首を振るう。

「もう、いいんだ。俺は、此処でいいんだ」

「ハヤト・・・これ以上俺を惨めにしないでくれよ・・・」

そう告げた時フリッツは涙ぐんでいた。


彼はそのまま右手をゆっくりと掲げた。

「笑わせるぜ・・・・戦場でこんだけ暴れ回った・・・この俺が・・」

「・・・死ぬのが怖いなんて」

「すまんが、手を握ってくれ・・・・」


俺はおそるおそる彼の手を握った。

その手は血のぬくもりで暖かかった。がしかしゆっくりとその体温が抜けていくのがわかった。

「畜生・・・目の前が暗い」

「・・・ハヤト、俺は・・寂しかったんだ」

「お前が遠くへ行っちまって・・・偉くなっちまって」

「でも・・心のどっかでは、俺はお前に負けてねぇと思ってた」

「だが・・・見て見ろよ・・それがこのザマだぜ・・・」


「あぁ・・畜生」


「俺は・・・お前と・・・対等な・・友人に・・」



フリッツはそう言いかけると、そのまま力なく手を放した。


俺は彼の止血を再び始めた。まだ助かる可能性がある。

すぐさまエレオノーラに治療道具を要求した。

「エレオノーラ布をくれ」


「ハヤト・・・」


「早くよこせ、何でもいい」


エレオノーラが俺の手を引いて制止する

「もう・・・彼を休ませてあげて」

「彼は、もう十分なのよ」


「・・・死んだ方が良いなんてこと!!」


「それはハヤトのエゴよ」

「アンタのそのまっすぐさが人を苦しめるときだって」

エレオノーラは厳しい口調で俺に告げた。

彼女はいつになく真剣な顔で俺を見つめる。

それは警告の様にさえ聞こえた。


フリッツは死んだ。

彼の鼓動は止まって、安らかな眠りの中へ彼は沈んだ。



陽の光が昇って、俺達を照らし始めた。

影は消え、ゆっくりと光の中に溶けて行く。


ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る