教皇撃破編

第33話 夢

ーーー


斬り伏せた兵士たちの何人かは何時の間にか消えて居た。

おまけに縛り付けておいた騎士も何時の間にか逃亡していた。


俺とエレオノーラはフリッツと彼に従った兵士たちを埋葬した。

墓は、剣を突き立てただけの簡素なもので、銘などなかった。


「・・・・ハヤト、もう行かないと。ここにももうじき追手が来る」

エレオノーラは墓の前で佇む俺に優しく呼びかけた。


俺は茫然と言った感じでその墓を静かに見つめた。


エレオノーラは何も言えずにそれを眺めている。

俺は自分はわからなくなった。


ーーー エレオノーラ ーーー


その後私とハヤトは迷いつつも何とか伯爵軍の居る街へと向かった。

がしかし慣れない道と地域で私たちは結局間違った所へ来てしまった。

幸いにもそこは帝国側貴族の都市で、私たちを出迎えてくれた。


私はペト(自分の軍馬)に跨りながら街の中心へ向かい、伯爵がどこに居るのかとここどこなのかを聞きまわった。


「伯爵?あぁ、皇帝の義弟の地方伯か。彼ならもう兵をまとめて引き上げてるよ」

とある男爵が言う。


私はそれを聞いて驚いた。それどころか肩透かしに思えた。

「えぇ!?まだ戦ってる部隊も多いのに?」


「嬢ちゃん。戦況を知らないのか?」

「帝国側はこの数日で総崩れだよ。皇帝陛下は自ら10万余騎を率いて出陣なさった」

「我々はその先鋒だよ」

と男爵は言った。


私はそれを聞いてさらに驚愕した。

いよいよその段階までこの戦争は進んでいるのかと。


「結局この戦争はなんでこんな事になってんのか知らんがな」

「戦費は増すばかりだ」

と男爵は少し苦しげに言った。


戦争というのは金を喰う。弱小領主の内には商人に借金して兵を出している者もいる有様だった。

ボッツ伯などの裏切りは、まさにそうゆう事情によるものだろう。


私はそのまま貴族にあいさつ回りをして情報収集をした。

夕方までそれをしようと思ったが、流石にここのところの疲れが出て急激に眠くなってきたので宿泊先に向かった。


今回の宿はもはや都市の中ですらなかった。

城壁の郊外の民家を間借りしただけで、サービスも何もなかった。

風呂もなければ、壁の隙間からは風が吹き荒んでいる。


私はなんやかんや言っても温室育ちなのでこの環境では我慢が必要だった。

だがしかし、3日もすれば私もすっかり慣れてぐっすり眠れた。


「騎士様がお泊りになるなんて何年ぶりですかね~」

と農家のおばあさんは嬉しがった。曰く、ちゃんと滞在費を払って横暴でもない騎士は珍しいらしい。

それでも潰れないのはここら辺の農家は比較的金を持っているからだそうな。


「この季節に水浴びでは冷たいでしょう。湯を沸かしましたのでそちらでお体を洗ってくださいな」

とおばあさんは言う。


私はその心遣いに感謝してさっそく裏のサウナ小屋で湯浴びをした。

一方でその湯小屋もともとサウナ小屋だったそこは少し壁がお粗末だった。

それでも水浴びよりはよっぽど良い。


私は衣服を脱いで脱衣所に置いた。

そして髪を解いてから頭から湯を浴びた。


まったく、肌や髪の手入れができないからぐちゃぐちゃだ。

私はそれからサウナの温度を上げて、汗をかいた。


「あ~生き返る」とおっさんみたいな声を思わず零してしまった。

長い戦いの疲れが癒えるようだ。

この様な民家で湯にありつけるたのは思いがけない幸運だ。


しかし、この小屋はボロい。

せっかくのご厚意をあれこれ言うのは良くないが、壁の外から丸見えの部分がある。

たかが小さな穴一つと言われるだろうが

私も女子なので見過ごせない。


私はその穴を凝視していた。

がしかしその心配は全くの杞憂だった。

というのもその穴から覗かれるどころか覗き魔は堂々と入り口から戸を開けて入って来たのだから。


がらがらという音と共にサウナの戸が開けられた。

そこにはハヤトが呑気な顔して立っていた。

私は一瞬フリーズして、それから「きゃーーッ!!」と古典的に叫んだ。


「ヘンタイ!!何考えてるの!?外に服置いてあったでしょう!?なんで入って来たの!!」

「キモッ!!今すぐ出てってよ!!」

と私は怒りのまま彼にあれこれ投げつけながら喚いた。

いくら私が絶世の美女だからと言って、婦女子の入浴を覗くなんて信じられない。

世が世なら犯罪だ。


がしかしハヤトは私の素晴らしい体を前にしてもこれっぽちも反応を示さなかった。

それどころか「あ、入ってたのか。すまん」と焦りもせずに言い放った。


「は、はぁ!?何言ってんのよアンタ!!」

「そんな言い訳通じると思ってんの!?」

と私は詰め寄るが彼は本当に興味なさそうに「悪かったよ」と淡白に謝った。


そして焦るどころか彼はそのまま幽霊のようにゆらりと外へ向かって出て行ってしまった。

私は覗かれた怒りとは別に彼のその様子を不気味に感じた。



それから数時間経って、私とハヤトは夕食を囲んだ。

おばあさんはスープにわざわざ貴重な肉を入れてくれた。

それなのに彼はそれを無味乾燥みたいな顔して食べていた。


「ちょっと、あんたなんか言いなさいよ。わざわざ肉まで調理してくれたのよ?」

と私が彼に小さく言うと「あぁ、そうか」とまた虚ろな返事をするばかりだった。


彼はここのところ少しおかしい。

元気がないというだけではなく、何かにつけても脱力気味で手がつかないのだ。


私も最初はよくある具合の不調や、心身の疲れだろうと思っていた。

しかしそれは3日経とうが、1週間経とうが彼の様子は変わらなかった。


私はそれが心配で仕方なかった。



ある日私は男爵領の管理について書簡を出さなければならなかったので街まで伝馬を依頼しに行った。

その帰り道の途上で私は昔の友人と会った。


「あっれー?エレオノーラじゃーん」

ととぼけた声で私を呼びかけて来たのは同じく女性の騎士のシャルロッテだ。

彼女は私と同い年で準男爵の出身の騎士だった。

私は駆けよると「ロッテ!何でここに居るのよ!」と喜んだ。


彼女と初めて会ったのは7つの時。私は父に連れられて伯爵の館の退屈な食事会に参加させられた。

貴婦人や貴族たちは皆伯爵にごまをすったり下らない武侠を自慢したりしていた。子供ながらにその会は非常に退屈だったのを覚えている。

しかしその中で唯一楽しかったのは音楽家たちの演奏だった。

伯爵に雇われた音楽家たちは美しい音色で楽器を奏で、窮屈な食事会を彩った。


貴族の中には音楽を好む者は多い。事実、その食事会に参加していた一人の騎士が「我が娘の演奏も聞いてください」と推挙した娘が横笛を持って壇上へ上がった。

歳は同じぐらいだった。しかしその指使いの繊細な事この上なく、先に演奏した音楽家たちにも負けず劣らずの音色を奏でた。

私はその演奏に心奪われた。私はすぐさまその子のところへ行って、友達になった。

そう。その演者こそシャルロッテだったのだ。


この戦争が始まってから長い事彼女とは会ってなかったが、思わぬ再開だ。

この広い世界。会おうと思わなければなかなか会えない。


私はその後に予定もなかったのでそのまま彼女と食事をとりながら談笑することにした。


「エレオノーラったら久しぶりじゃーん!元気~?」

彼女は軽い調子でそう言った。

髪は丸いボブカットで、目は少し気だるそうに垂れている。

身長は私よりも少し小さいぐらいで遠目からではこれと言った特徴が無い。


「ロッテも元気そうね」

と私は少し喜んだ。

ここに居るという事は彼女も招集に応じて戦っているのだろう。

この半島では何時命を落としてもおかしくない。


「ちょっと聞いてよエレオノーラ!こないだのヴォルテ川の戦で指揮官のホーエンアルプ子爵が戦死しちゃってさ~」

「それで先任の騎士たちもみーんな死んじゃってたから今あたしが2000人の部隊の指揮執ってんのよ!」

と彼女は笑いながら語る。


ちょっと笑い話では済まない気がするが、ロッテは陽気さゆえにそんな苦労でさえも笑い飛ばしている。


「2000人って、大部隊じゃない!?一つの戦区を任されるくらいよ」


「そーなのよ。んもう武器の備品やら兵士の給与やら徴発やらの手配で毎日大変なノ」

「軍隊ってのは戦争するより維持する方が大変なのね~ほんとに思い知ったわ」


そう言うと彼女はまたケタケタと笑っていた。

しかしよくよく見ればロッテの眼の下には深い隈があったし、ずっと机の下に隠している左手は怪我でもしたのだろうか、包帯に巻かれている。


私はそれらを見てから彼女の笑顔が急に痛々しく思えた。


話はその後も続いたが、彼女は頑なに左手を机の下から出さなかった。

がしかし却ってそのことが傷を目立たせた。


「ロッテ・・・・あんた、その手」


「ん?あぁ、ちょっと戦場でドジっちゃってね。でも、まだ3本あるから剣ぐらい握れるよ」

そう言うと彼女は少しだけ手を見せた。その左手は深い切り傷が刻まれ、薬指と中指が欠損していた。

これでは、笛の演奏はーー


私は言葉を失った。


だが、慰めの言葉はかけなかった。それはもうすでにきっとたくさん掛けられただろうし、

それ自体が彼女の痛みを増すだろうから何か深刻立てて語ることはしない方が良い。


だって彼女が話したいのは”友達”としての私なんだから。きっと今は面白い話をした方が彼女も心が和らぐだろう。


「そういう、エレオノーラもなんか悩みありそうだけど?」

と会話を変えたのは以外にも彼女の方だった。

いつもとぼけたような振る舞いをしているが、ロッテは気のよく効く娘だ。

私も何度助けられたか。


「うーん、そうね」「実はちょっとあるんだけどね・・」


「ははーん、男ね?」


「ち、違うわよ!」


「嘘。顔に書いてあるわよ」

「エレオノーラったら昔から男の見る目無いんだから。初恋の人はたしか・・・」


「あー!!もう!分かったわよ。話すわよ!」

私は赤面しながら彼女の声を遮った。

そしてコホンと小さく咳払いすると「実は・・・・」と切り出してかくかくしかじかと説明した。




「はーん、なるほどね。そのハヤトって奴。その一件以降元気ないのね」


「そうなのよ。別に変な奴なのはいつも通りなんだけど・・・最近はなんか、こう気味悪いというか」


「確かにね。美少女エレオノーラちゃんの裸を見たのにピクリとも表情を動かさないのは失礼だね~」


「怒るわよ、ロッテ」


「ごめんごめん」

ロッテはおどけながら謝った。

「まぁ、冗談はさておき。それはきっとあれだよ」

彼女はそれを”精神的な問題”と言った。


精神的、という言葉自体聞き馴染みが無い。

私がそれについて首をかしげているとロッテは

「ほら、よく言うでしょう?悪魔憑きとか。そういう類ね~」

と説明した。


「あ、悪魔憑き!?」と私が驚くのも無理はない。

それはつまり頭がどうにかなってしまう事を指す。


「そんな大げさなもんじゃなくてさ・・・それこそ、心の元気がないってことだよ」

「据え膳を文字通りも比喩でも食べないんだしさ」

「焦ってエレオノーラがどうこうできる問題じゃないと思うよ~」

そう言ってロッテは首をもたげた。


「そうだよね」

私はそもそもこの相談がもともと無茶だったという事に気が付いた。

彼女は大好きだった笛を失ったばかりで心の整理もできていないだろう。

私は相手の気持ちを慮ってやれなかったなぁ、と少し悔いた。


「でもさ、エレオノーラは優しいからさ」

「まずは、じっくりと話を聞いてみると良いよ」

とロッテは付け加えた。


優しいだなんて、私はそんな自信なんてない。

今日だって無遠慮に彼を怒ってしまったし、ロッテの事も気遣ってやれなかった。


その時不意に商店の扉が開かれた。

来客は焦った様子であたりを見回して、ロッテを見つけるとずかずかとこちらへ向かってきた。

どうやら彼は彼女の部下の下士官のようだ。

「指揮官代行殿。備品の納品について確認をお願いしたいです」


「え~また?こないだ確認してサインしたじゃん」


「それが商人から戦争のせいで納入が間に合わないとの連絡が入りまして」

「急いで2000人分の毛布を手配しなければなりません」


それを聞いてロッテはめんどくさそうに「わかったよ。会計責任者呼び出しといて」と部下に命じると席を立った。

そして去り際に私の方を振り向くと「いい?まずは焦らず彼の話を聞いてあげなよ」「それでもだめだったらまた会いに来な」と言い置いて去って行った。


ほんとに気の利く子だなぁ。彼女は。

と私は少し感慨にふけったが、店主から「じゃあ、全部あんたが払ってくれるんだな?」という呼びかけでその感傷は吹き飛んだ。

机の上を見ると「相談代は今回の食事代で良いよ★」と書置きがあった。


「ロッテ・・・食べ過ぎよ」


私は苦い顔をしながら、なけなしの報奨でその卓の代金をすべて支払った。


ーーー ハヤト ーーー


俺は、どうしても最近ぼんやりしてしまう。

心が重いとか、悲しいとか、苦しいとかそういうんじゃない。


ただ何となく何にも力が入らない。

今日だって農家の庭に座って、空を眺めているだけで一日が終わってしまった。


エレオノーラはあれこれ言って来るがどうしても力が入らない。

最初の内は体が疲れてるのかと思っていたが、何日か休んでもやっぱり心だけが置いてきぼりだった。


挙句、最近は変な夢も見る。


気が付くと俺はいつも真っ暗闇な部屋に居て、そこの誰かと話をする。

その”誰か”はいつも同じように「また来たのか」と言う。


俺は聞く。

「貴方は誰ですか?」


「毎度それを聞くね。君は」

「私は君をこの世界に送り届けた張本人さ」

「○○○・○○○〇」


「はぁ」


「まぁ、そんな事はどうでもいい」

「毎度ここへ来てもらってるのは、いい加減この世界に来た意味を理解してもらう必要があるからだ」


「何故俺だったんですか?」


「それは私にも分からない。兎にも角にもこの世界、このタイミングで何かが必要だったのは事実だ」

「君に与えられた役割を果たすためにね」


「役割?」


「そう。君に与えられた役割は教皇を殺す事」

「まぁ、この戦争について生き残っていれば自然とそうなるだろうさ」


「待ってください」


「あぁ、早くしたまえ。私には時間が無いんだ」


そう告げると俺はいつも目を覚ます。

この不気味な夢を何度も見る。

しかも毎回少しづつ手順を示すようになってきた。


俺はそのことがあってから昼間も気分がぼんやりしてしまった。

そもそもこの世界に来た方法も、理由も分からない。


あの夢を信じるのは馬鹿馬鹿しいが、こんな何度も。

それも連続性のある物を見るのは不気味だ。


もしかすると俺は、本当に誰かの意志でこちらの世界に送られたのだろうか?

そうすると、俺は誰かの手のひらで踊らされているだけなのか?


そう考えると、なんだか俺は今までやって来た事のすべてが色褪せて無意味に思えて来た。


エレオノーラがある時突然話しかけて来た。

曰く、「生活の仕方が汚い」らしい。俺はいつもの小言だ、と思っていたが張り合うのもめんどくさいので「すまない。治すよ」と謝った。

それがどうにも彼女の顔を更にしかめる原因となるのだからわからない。


「ねぇ、ハヤト。あんたどうしたのよ」

「最近おかしいわよ」

と彼女は単刀直入に言う。


「俺もそう思うよ」


「・・・やっぱりフリッツの事が?」


「・・それは確かに悲しいけどさ。そうじゃないんだよ」

「別に殺した敵はあいつだけじゃない。今更あいつ一人殺したからってそれが特別だなんて事はないよ」


「じゃあ・・・」


「でも、あいつを殺したときに思っちまったんだ」

「俺は何のために戦ってるんだって」


「それは」


「そんな事を考えてると、そういう夢ばかり見るようになって・・・」

「なぁ、エレオノーラ。俺は誰なんだろうな」


「ハヤト・・・」


「”世界に立ち向かう”なんて曖昧な理由で戦って、挙句何もなせず、それどころか友達をぶっ殺して」

「しかも夢の中の話だと、それは全部誰かの思惑なんだってよ」

「俺は、ずっと何者でもなかったんだ」


俺はそう言うとまた外をぼんやり眺めた。


空からはチラチラと雪が降り始めた。それはゆっくりと舞い降りて景色を包んだ。

畑に霜が降りて。

冬が来ようとしている。

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ガチ騎士のエレオノーラ ハンバーグ公デミグラスⅢ世 @duke0hamburg

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