第31話 逃走
ーーー
「男爵の娘が一人に・・・懸賞金付きの従騎士か」
「こいつは・・上位リーグのタイトルホルダーじゃないか」
「これは高い金がつくぞ」
と教皇派の騎士は引き渡された捕虜たちを前ににんまり笑った。
フリッツはそれを無言で聞いていた。
それどころか、報奨金の話などそっちのけで俺の事を眺めていた。
俺は彼を睨み返した。
しかしそれに怯えるどころかフリッツは笑いじっと見返すのみだった。
俺は不気味に思った。
間もなく馬車が来て、俺とエレオノーラは手縄で縛られたままその荷台に乗せられた。
剣や鎧ははぎ取られて俺とエレオノーラは鎧下のチェニックだけの丸腰だった。
馬車は騎士を伴って村を離れた。
俺とエレオノーラは今はただ諾々と彼らに従うしかなかった。
「おぉ、綺麗なブロンド娘じゃないすか!おまけに初そうな顔してますぜ」
と御者(馬車を運転する従者)がエレオノーラをいやらしい目つきで眺める。
彼女はそれをとてつもなく嫌そうな顔で拒絶した。
「馬鹿者。そいつは貴族の娘だ。身代金を要求するのだぞ。余計な事をされては困る」
と騎士は彼らを叱りつけた。
御者は「ヘイへい」と言って再び前を向いたが「んな事情、俺達雇われにゃあ関係ねぇだろう」と小声で毒づいた。
エレオノーラはその会話を聞いて恐怖を感じていた。
戦場で女性が捕まれば、その顛末など一つに決まっている。特に階級の低い連中に捕まった時など最悪だ。
従者たちは身代金など要求できる名もないし、第一そんな交渉などしない。
彼らは往々にして鎧と金品をはぎ取り、後に残った本人は返事をしなくなるまで乱暴を繰り返す。
「エレオノーラ」
俺は彼女を落ち着かせるために小声で耳打ちする。
「大丈夫か?」
それに彼女は大きく一度息を吸うとゆっくり吐いて
「・・・えぇ、なんとか大丈夫よ」
と震える手を抑えながら答えた。
俺は何も言わず彼女に寄り添った。
が、しかしそうしていたってこの状況は打開できない。
俺はせっかく落ち着いた彼女には悪いがここから脱出するためのある案を提示した。
彼女は最初それを嫌がったが何とか背に腹は代えられない事を説得した。
ーーー
暫く森を行った先で馬車が止まる。
騎士も少し疲れが見えたようで「お前とお前、見張りに付け。暫くここで休息する」と一隊に命じた。
するとエレオノーラがおもむろに手をあげ御者に「あの、少しお手洗いに行きたいのですが」と告げる。
御者はふんっと鼻で笑うと「それで逃げるつもりだろう?嘘をつくな」と厳しく言い放った。
しかしエレオノーラは退かず「なら、貴方が見張りについてきてくださいよ」
「”二人きり”なら逃がすこともないでしょう?」
と挑発するような様子で告げる。
それに御者はニヤリと笑って「ようしわかった。行ってやろう」
と彼女の手縄を引いて林の方へ向かった。
騎士遠くで眠っているので気が付いていない。
俺はもう一人の御者に「お前も災難だなぁ、連れが何されるか知ったもんじゃないぜ」と笑われた。
俺はそれに涼しい顔をしながら「あいつはそんなヤワなたまじゃない」と一蹴した。
間もなく林の中から人影が戻って来た。
薄鎧を着た御者が一人でだ。
もう一人の御者はそいつに近づいて「おいおい、お前まさか殺しちまったんじゃないだろうな?騎士に怒られるぞ」とからかうように声を掛けた。
それに対して戻って来た御者は何か黒光りする物を取り出してビュンと勢いよく投げつけた。
放たれたナイフは綺麗に御者の頭に刺さり、彼は馬車から転げ落ちた。
回りの兵士たちは何が起こったのか暫く理解できなかった。
その一瞬の隙、俺は馬車から飛び降り気を取られていた見張りを蹴りでノックダウンした。
「捕虜が逃げ出したぞ!!」と敵兵が叫ぶ。
俺は倒した御者の短剣を抜き取り、手縄をほどくと「エレオノーラ!」と叫び彼女に見張りの剣を投げ渡した。
御者のフリをしていたのは当然、装備を盗んだエレオノーラだ。
彼女はフードを取り払うと俺から剣を受け取り、颯爽と敵に向かって走り出した。
「なんだ?何事だ?」
と焚火の隣で横になっていた敵の騎士がやっと飛び起きる。
「ほ、捕虜が暴れています!」
と部下が言う。
騎士は激怒しながら「数の利を生かして囲い殺せ!装備もない騎士2人だぞ!」と命じる。
しかし剣を得た俺とエレオノーラはもう百人力だ。
徴募されて来た下郎など何人来ようが相手にならない。
俺は馬車に積んであった短刀で斬りかかって来た敵兵の剣を受けて、そのままアッパーカットをお見舞いした。
そしてそいつの剣を奪い取ると遅れてかかって来た従者2名をすれ違いざまに斬り倒した。
俺とエレオノーラ10人ほど斬り伏せたあたりで、残りの民兵達は逃げ出し始めた。
まだまだ数では向こうが有利であったが、一人が臆病風に吹かれたのを皮切りに部隊は一気に壊走した。
「こらっ!!逃げるな!!たった2人だぞ!?」
と騎士は叫ぶが逃げる兵士たちは聞く耳を持たない。
一度戦意を喪失した兵士を戦わせることはほとんど不可能だ。
何より、彼らは徴収された民兵で自分の命を捨ててまで戦う理由などどこにもない。
俺とエレオノーラは彼の前ににじり寄って剣を構えた。
「残ったのはあんただけだぜ」
騎士は最初こそフレイル(鉄球とこん棒を結んだ武器)を構えてこちらを威嚇したが、
暫くすれば腰が抜けてしまってその場にへたり込んでしまった。
ーーー
ハヤトとエレオノーラを送った後、メンアットアームズは報奨金を配分し、教皇派への合流の準備を進めていた。
しかし全員がその決定に納得していたわけではなく、伯爵の私兵であるという事を重視する連中はこの集団からの離脱を主張した。
フリッツはそれを引き留めなかった。
「・・・各隊長は意見をまとめろ。俺と一緒に教皇派に着く奴はここに残れ。それ以外は伯爵のところまで行け」
と彼は命じる。
兵士たちは騒めいた。
もちろんフリッツの様に根無し草な奴らも多かったが
一部には郷里に家族を置いてきている人間も多かった。
数時間後には30名の兵士が隊を離脱し、伯爵の下へ向かった。
そしてその後に残りの兵士たちが物資を満載し、教皇派領地へ向かって進んだ。
がしかし、フリッツと10名の傭兵上がりの古兵だけは村で陣を張り残った。
教皇領へ向かう隊の指揮官はフリッツに尋ねる。
「なぜ、この村に陣を構えるのですか?」
「ここは戦場の辺境で、敵などやってきませんよ」
フリッツはそれにニヤリと笑いながら
「奴は来る」とぼつりと言った。
「奴?」
「ハヤトは戻ってくる。手縄と数十人程度で奴は殺せんだろうさ」
フリッツはそう言うとハヤトから奪った直剣を引き抜いて地面に突き付けた。
「奴はくるさ・・・必ずな」
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