第4話 訓練

ーー


翌日から訓練が始まった。

俺は、一体中世の兵士たちがどのような訓練をするのか全く知らず、やはり緊張していた。


まず、俺はグランウンドに数人と共に集められた。


俺の他にも、何人か新兵がいるらしい。

彼らは皆自由農民出身の次男三男で、家に居てもやることが無いから来たらしい。


そんな俺たちの教官には、同室の短髪の女兵士が就いた。

彼女は相当なベテランらしく、我々新兵をひどくしごいた。


「まずは、剣の打ち付けだ。そこにあるぺル(剣の練習用に打ち付ける木の杭)を適当に叩きつけて見ろ」

と彼女は言う。


俺は渡された刃がつぶれたなまくらの剣を構えて、適当に斜めに袈裟切りにした。


「違う。それじゃあ敵は殺せない。相手は鎧を着てるんだ。狙うのは、此処だ」

彼女はそう言って気だるそうに脇・首・手首の裏・足首を木の枝で指した。

それを見た新兵のうちの一人が質問する。

「何故、そこなんでしょうか。急所なら装甲で覆われているのではないでしょうか」


「良い質問だ。それは、これらが保護不可能だからだ。首と名前がつくところは可動部だから保護できないんだ」


「しかし、フルプレートアーマーの騎士などでが相手では厳しいのではないでしょうか?」


「その通りだ、新兵。だったらどうすると思う?」

と教官は言って、我々を挑戦的な表情で見た。


そして彼女はペルの前まで進むと剣を逆さにして、ポンメル(剣の柄先についている重り)で思いっきりその頂点を叩いた。


「このように、衝撃で中の人間を傷つける。脳震盪を起こせば、いくら装甲騎士と言えどぶっ倒れる」

教官はリカッソ(剣の刃の付け根の部分で刃がない)を掴みながら言う。


「だから、剣は振り回せばいいってもんでもない。いろんな技法をお前らは学ばなければならん」

とも彼女は言い、新兵たちを眺めた。

そして締めに「精々しごいてやるから、覚悟しろ」と睨みを利かせた。


新兵たちはごくりと唾を呑み、その言葉に怯えた。



その後は、まずひたすら走らされた。

中世の訓練とは言えど、まず基礎となるのが練習というのには変わりがないようだった。


俺は大して整地されていないグラウンドを他の新兵たちと走り回った。

訓練は苦しかった。しかしそれは当然だ。メンアットアームズに必要なのは、忍耐と優れた技能のある者だ。


安くない装備品を渡すには、それに見合うだけの

俺は最初こそ辛かったが、体力が徐々についてきたおかげで何とか乗り越えることができた。

一方で、10人以上いた新兵は2か月するまでに5人にまで減っていた。


教官はそれを見て、「ほぉう。案外に根性があるじゃないか」と感心した様子で俺に言った。


そして、彼女はそれなりに兵士として素質が身に付き始めた我々を

今度は厩舎へ連れて行った。


「次だ。次は馬だ」

彼女は剣を持ったまま、厩舎の戸を叩き言った。

俺はいよいよ馬に乗れるのか・・・!と喜んだが、現実はそんなに甘くない。


「ボンクラども、お前らがまず学ぶのは馬の世話と生態からだ」

と教官は言う。


俺たち5人はそれに少し落胆しつつも、まずは馬の生態を知らなければならないという理論には納得した。

戦場での軍馬の取り扱いぐらいメンアットアームズが知らないでどうする。


それからは基礎的な体力錬成と剣術の訓練に加えて馬についての訓練も追加された。

俺たちは明け方前から、日が暮れるまで雑務を含めて訓練にひたすら励んだ。


教官や、先輩の下士官たちは厳しかったが、同じ宿舎で寝泊まりし生活していくうちにだんだんと

打ち解けて行った。ぶっきらぼうな教官は最後までやはり名前を教えてくれなかったが、他の隊員は教えてくれた。


同室で、本を読んでいた根暗そうな先輩兵士は「・・・デニスと言います」と消えそうな声で自己紹介した。


彼は、聖職者になりたいらしくその勉強をしているらしい。

生まれが悪く、神学校には入れなかったらしいがここで金と学をつけて神父になるのだという。


もう一人の同室である筋骨隆々な若者は自分の名前をクリストフと紹介した。彼はデニスよりもだいぶコミュニケーション能力に秀でていて、いろいろと先輩らしく話してくれた。


「うちの正規兵は、主に重装歩兵・軽騎兵・工兵から成ってる。ほとんどは、重装歩兵として勤務するが優れた兵士は軽騎兵として登用されることもある」


「なるほど」


「さらに戦場で活躍すると、騎士に取り立ててもらえるかもしれない。まぁ、これはホントに建前というか、まだ数人しか騎士に叙勲された奴は居ないけどさ」

とクリストフ。


「でも可能性はゼロじゃないでしょう?」


「そうだな、私も実は騎士を目指してる。でもなぁ、俺はまだ3年しか勤務してないからなぁ・・まだまだ先は長そうだ」


俺はその話を聞いて、少し胸が高鳴った。

身分で区切られた中世世界において、これはほぼ唯一と言って良い貴族になるための手段だ。

神学校へ行って、教会の神父になってというのもあるが

頭が悪い自分はこっちの方が遥かに確率が高い。


それに、俺はそもそも現実世界に戻る手段を見つけるにしてもまずは安定した生活を体に入れなければならなかった。

だから

「俺も騎士になりたいっす!どうやったらなれるんですか?」

と俺は語気強めにクリストフに尋ねた。


彼はその熱意が気に入ったのか、少し笑うと

機嫌よさそうに話してくれた。

「騎士になるには、当然だが伯爵様の叙任が必要だ。だが、それ以前に誰かに推薦してもらわなきゃならん。メンアットアームズの中でも立場が上の人間にな」

「まずは、お前が初日に会った大きな奴。オーラントのエルデリック卿だ。彼は伯爵の側近の一人で、この常備軍の総指揮官だ。だが、彼は我々の様な下層民を心底見下している。今までの一度も推薦などしたことがない。まず推薦南下してくれんだろうな」


「それ以外は?」


「そうさなぁ・・・・あとは、教官かな。彼女はもともと傭兵上がりのベテランで、メンアットアームズの取りまとめ役でもある。彼女にも、推薦の権利があるはずだ。しかし、彼女は身分が低いから精々できて一人だろう。それに、彼女はその枠を使う相手を決めてるだろうな」


「その枠とは誰ですか?」


「決まってらぁ、彼女自身だよ。もう5年もこの部隊に居るんだ。第一、この部隊に彼女以上に活躍している人間は居ないしな」

俺はそれを聞いて少しがっかりした。それでは、彼女が騎士になった後、更にその後任に推薦してもらわなければならないじゃないか。


「まぁ、そんなに焦るな。まずは、戦場で死なないようにすることからだ。騎士になれるかどうかより、疫病や戦傷で死なないように気を付けることの方が重要だ」


クリストフはそう言った後に、デニスに頼まれて席を外した。

俺はいろいろ教えてくれたことに感謝しつつ、自分の前に立ちふさがる様々な障害に辟易した。


それとはまた別に、俺は部屋を移された。

前まで教官やクリストフ、それにデニスと一緒に寝ていた部屋はどうやらベテランの兵士のための部屋の様で、

更に狭く、汚い部屋へと俺は移された。


そこは、同時期に入った新兵5人の他に

ごく最近に来た兵士たち3人が寝泊まっていた。

前まで居た部屋よりさらに狭いのに、人数は増えていて

劣悪さには拍車がかかっていた。


しかしここでは俺は差別的な扱いをされることはなかったし

第一、気を使わなくてよかった。


たいていが低層階級の出だったし、中には解放奴隷も居た。

農奴や奴隷は、金がある程度貯まれば自由民の身分を買ったし、戦争で金がない貴族たちはそれを渋々受け入れたりもした。


様々な人種が居るこの部屋は、唯一西欧系の顔立ちでない俺を薄れされるほど多様さに満ち溢れていたのだ。


ーーー

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