第26話 夜襲
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その後俺とエレオノーラはできるだけ急いで森の中を抜けた。
しかしそれだけ急いても我々は迫る闇を振り払う事が出来なかった。
「くそっ、陣地はどこだ?全く見当たらないぞ」
もうあたりは真っ暗になって俺はエレオノーラの位置さえおぼつかない。
「これだけの暗さだと友軍の一も分からないわね・・」
とエレオノーラが小さく呟いた。
俺は彼女のその声を聞いて、振り返った。
風が戦ぐ。草木が揺れる。
俺と彼女はしばし黙って向かい合った。
ガサガサとなる林がそれを見て急に止んだ。
その瞬間俺とエレオノーラは剣を引き抜いて一つどころへ集まる。
そして「敵襲だ!!」と叫んだ。
森の中から剣を剥いた兵士が現れる。
相手はおおむね4、5人ほど。
しかし音こそすれどその姿を我々は捉えることができない。
「名乗れ!!誰だ」
とエレオノーラが叫ぶ。
しかし刺客はそれに答えることもない。
敵はファルシオンを持って、どうやら連携攻撃をしてくるようだ。その様子はかなり手馴れていて、恐らくはこの街道で伏撃をしているのだろう。
だが、それがどうした。
俺とエレオノーラは目で見えないと判断するや否や、耳でその距離を推し量り、敵の攻撃に合わせて剣を振るった。
それに、迂闊に飛び込んできた敵が切り倒される。
「こいつら・・使うぞ」
と敵の一人が焦ったように声を上げる。
敵は連携を破られて少し及び腰になった。
おまけ、この闇の中だ。敵にとってもその条件は同じだ。
正面だけでなく、背後・側面・頭上。この闇の中で気を散らさぬ方が無理というものだ。
だが俺と彼女は違う。何故なら俺達には互いに背中を預ける事ができる相棒が居る。
そいつは生意気でむかつくが、腕だけは確かだ。
「あんた、ヘマしたら許さないからね」
「よく言うぜ、競技会で負けたくせに」
俺と彼女はそう言っていつもみたいに軽口を言い合って緊張を隠す。
しかしそれが却って我々の剣先を落ち着かせる。
敵も馬鹿ではないので、こちらの様子に対して月光を背にして遠近感を狂わせて攻撃しようとして来た。
だが落ち着き払った我々の連携の前にそんな小細工など付け焼刃に過ぎない。
俺は背中をエレオノーラに預けて、大きく踏み込むと敵のファルシオンを鎧で受けて逆に敵の胸を剣で貫いた。
ーー
「こいつら、敵味方見境なく襲っていたんだ。誰の差し金だ」
「おおむね傭兵でしょう。襲えそうな連中は敵味方構わず襲って、身代金になる奴だけ攫って換金する連中よ」
「しかしその割にはたいして強くなかったな」
「こいつらは三流もいいところでしょうね。おそらく、先導部隊を襲ったのはこいつらじゃない。敵の伏撃部隊か、或いは手練れの傭兵か・・」
と彼女は神妙な面持ちで言う。
俺はそれにごくりと唾を呑んだ。
それから我々は伏撃を警戒しながら街道沿いに夜を徹して歩いた。
森の中を通ればよいのではないか、と思いもしたが現代と違い未踏地が多く、加えて衛生を十分に保つ設備もない。
一度森で迷えば簡単に死んでしまうだろう。
やがて我々は明け方前に村にたどり着いた。
俺はもう喉がからからで、おまけに寒さでへとへとだった。
だから人工物を見た時には言葉で表せないほどの安堵で包まれた。
「なんだろうか、廃村か・・・?」
俺はあたりを見回して少し疑問に思った。
ここは暗すぎる。いくら真夜中と言えど人気もなさすぎる。
だが俺はそんな事を怪しむ余裕はなかった。
今はとにかく水が欲しい。目を細めると奥には井戸があった。
「助かった」と俺は望外の喜びでそこへ駆け寄った。
一方でエレオノーラは
「様子が妙ね・・・」
と落ち着かないようであった。
枯れた村。戦争を避けて疎開した・・・割には家々の食卓には空の皿が出されたままだし、倉庫の扉も開け放たれたままだ。
エレオノーラはしばし村を歩き回りながらその意味を考えた。
俺は井戸に掛けられた縄を手繰り寄せて、水の入った桶を引き上げる。
匂いを嗅いでも大丈夫だ。どうやら枯れてはいないらしい。
俺はそれを手にすくって口に運ぶ。
やっと水が飲める。中世ではまともに水さえ手に入らない。
否、飲水とは元来貴重品なのだ。
しかしその水は俺の口に触れる前に地面に零れ落ちた。
というのも、俺が手に並々と注いだ水を、どこからともなく表れたエレオノーラがはたき落としたからだ。
「おい!何すんだよ!」
「馬鹿!!毒よ!飲んじゃダメ!」
エレオノーラはこれまでにないほどに焦った顔で叫んだ。
さながらそれはしかりつけるかのようであった。
「どうしてそうわかるんだ?これだけ綺麗な村だ。略奪だってされてない」
「・・・・いいからこっちに来なさい!」
エレオノーラはそう言うと俺の手を引いて井戸から引き離した。
そしてそのまま村はずれの倉庫まで俺を引っ張て行くとその前で彼女は静かに指をさした。
立ち上がって、凝視すると僅かに扉の間から何か毛皮の束のようなものが積み重なっているのがわかった。
俺が暫くそれを不思議そうに眺めていると、エレオノーラは扉の前まで歩み寄ってその扉を蹴り飛ばした。
そこには何か動物のようなものが積み重なっていた。
俺は最初それが何か判らなかった。否、解ることを拒否した。
積み重なった束は織物などではなく、人間の髪の毛だった。
老若男女問わず村の人間であったものが着の身着のままで死んでいる。しかもその方法はわざと喉を潰したり四肢を斬ったりなど残虐なものだ。
俺はそれを見た瞬間嘔吐した。
あまりの情報量に脳が理解を拒んだ。
「これは・・・悪辣な殺し方よ・・・!死体を弄ぶなんて・・」
教会の教義では復活という概念がある。そのため死体を土葬にしたりするのだが、これでは復活ができない。
「わざとやったのよ。教会の教義を知っている誰かが、わざわざ」
死体の中には年端もいかぬ子供も居た。
俺は思わずそれから目を背けてしまった。
「・・・教会に逆らった者はこうなるという意思表示だわ」
とエレオノーラ。
しかしなら何故、火を使わないのだろうか。
「決まってるわ。あわよくば、私たちの様な敗兵が井戸を飲んで死ぬように仕向けたのよ」
エレオノーラは興奮状態の様だった。
俺は気分が悪くなってげんなりしたが、こういう場合彼女は”怒り”に変わるらしい。
しかし彼女もその怒りを誰にぶつけてよいのかわからず持て余し気味であったのは言うまでもない。
ーーー
「伝令!!友軍のファルツ男爵隊壊滅とのこと!」
友軍が壊滅したとの報告を伯爵は指揮所でなく自分の天幕の中で聞いた。
彼は従者に具足を用意させてちょうど今からカッコつけて登場しようという所だったのに、調子を折られてしまった。
しかしそれでも「そうか」と伯爵は簡単に流す。
まるで何事でもないかのように。
その様子に伝令も一瞬面食らってポカンとしてたがすぐに一礼して陣地を去った。
「あのように察しの良い騎士ばかりだったらよかったのだが」
と伯爵。
補佐官がそれに「しかしどのみち、騎士など使い捨てです」と水を差す。
「お前は物をはっきり良すぎる。エルデリックのように少しは愚かであれ。可愛げが無い」
「それは失礼」
と補佐官。
それに伯爵は不機嫌そうに「狐め」と吐き捨てると、歩を指揮所へ向けた。
「状況は?」
と伯爵は陣へ入るとさっそく騎士へ問うた。
「現在、わが軍は広くこのヴァルティア地方に分散しております。皇帝陛下の命令で、数万もの諸侯軍が集結いたしましたが教皇派も同様で・・・戦線は入り乱れて混乱中でございます」
「そんな事はどうでもよい。我々が今遭遇したのはどこの部隊なのか?」
「はっ!おそらくは、教皇の封臣のエミーリオ大司教の軍勢かと思われます。友軍のゲヘナー隊300が交戦しているのを我々が発見いたした次第です」
騎士はそう言うと伯爵の目の前にある地図を指さした。
それに伯爵は怪訝そうな顔をした。
「ゲヘナーなぞ聞いたことないぞ。何処の田舎貴族だ」
「おそらくは、皇帝陛下殿の遠縁の弟系の家です。帝国等族ではありません」
「邪魔よの・・・・おい、アルベルト。お前ならどう見る」
伯爵は報告を聞くと、補佐官に意見を求めた。
アルベルトその細い眼を凝らして地図と戦野を見るとにんまりと笑い、「ここから矢を射かけるのがよろしいでしょう」
と告げる。
伯爵はそれに手を叩いて笑い「それは愉快だ。なるほど知恵が回るな」と誉めた。
しかしそれを聞いていた騎士は顔を真っ青にして抗議する。「お待ちください、此処から斉射してはゲヘナー子爵殿の部隊にも誤射します!」
「そうだとも。邪魔になっているのだから仕方あるまい。むしろ、儂の兵を死なせずに済んで助かる」
伯爵は何ら悪びれもせずそのように命じた。
「いやはや、伯爵殿は流石ですな。合理的」
と補佐官が胡散臭い音頭で持ち上げる。
騎士は唖然として彼らの会話を聞いていた。
味方撃ちなどどこが合理的なんだ。
と彼は今まさに言わんとしたが、その声は出ない。
突如として騎士は背後から胸を貫かれ、吐血した。
「お前、感が悪いな~だから死ぬんだよ」
と補佐官。
「第一、こんな話他人が居る前ですると思うか?聞いちゃまずいと思ったら離れなきゃな」
騎士は鋭い目線で彼を睨んだが、やがてそれも薄まり
ゆっくりと目を閉じた。
「ね?言ったでしょう。騎士は消耗品だって」
「こやつが、皇帝の目付け役か。青臭い小僧だ」
伯爵は死体となった騎士を見下ろしてにべもなく告げる。
陣地の外では兵士たちの叫び声が聞こえる。
それが友軍の物か、敵の物か。
そんなこと彼にとってはどうでもよい。
ーーー
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