第34話 神のご意志

ーーー


「これより我々は全力を持って半島へ進軍する」

「我が軍団は神聖帝国10万余騎の最先鋒である。心してかかれ」

広場の壇上で帝国元帥(帝国常備軍の最高司令官)であるレーモント伯が白い息をこぼしながら声高に演説した。


神聖帝国の軍は大まかに3つに分かれる。

1つは各地の封建貴族が持つ私兵集団。

彼らは皇帝に(少なくとも名目上は)忠誠を誓っており、その土地の所有権を認めてもらう代わりに戦争への参戦義務があった。

2つ目は皇帝軍。

これは文字通り皇室の領土とその一門が保有する軍隊で、皇帝の一存で動かせた。

そして3つ目が帝国軍。

これは各諸侯から供出金と皇帝からの出金で編成される常備軍で、神聖帝国が外的(おおむねは異民族や異教徒の)脅威に対処するために招集される軍隊だ。

この帝国軍は帝国議会によって承認されて初めて活動できる。


そしてここで演説をうってるのはその帝国軍元帥だ。

つまりは、この戦争は議会によって”帝国の危機”として認知され、その行動が認められたという事だ。


事態はどんどん悪くなっている。

俺は遠巻きにその演説を聞きながらぼんやりとそんな事を考えていた。


「戦争はどんどん大きくなってるのね。一体皇帝様は何考えているのかしらね」

とエレオノーラが言う。


だが俺はそれをよく聞いていなかったので

「あぁ、そうだな」と適当に返事した。


彼女はまた顔をしかめたが、別に怒るような事をしただろうか。


それから数日、軍司令部から書簡が来て「所属がわからない、または本隊からはぐれてしまった兵士は帝国軍の配下に加われ」という事だった。


この半月、何もせずに休んでいたのにあまり心が軽くない。

俺はまたペトの手綱を引いてエレオノーラの従士の様に行軍中列に加わった。


我々帝国軍先鋒1万2000は崩壊しつつあった戦線を支援するため半島北東部、ヴィザンツァ要塞へ向かった。


ここは教皇派であるヴァルティア都市同盟軍の最前線であった。さらにこの奥には教皇派の北東戦区の司令部であるヴェテティアがあり、その存在は帝国軍の兵站線を圧迫していた。


いくら帝国軍が10万余騎居ようと、それを賄い運営するだけの下地が無ければただの遊兵だ。

だから、元帥は戦線で突出部になっているこの要塞に立ち向かわなければならなかった。


ヴィザンツァは教皇お抱えの建築家が設計した城塞都市で、2重の城壁といくつもの側防塔を持つ不落の城塞だ。

こちらがカタパルトや工場塔を持っていたとしても、攻略できるかどうかわからない。


元帥はまず交渉で時間稼ぎを行った。

彼は甥っ子を使者として送り降伏を迫った。

もちろん、狙いはそんな事ではない。

彼の狙いは交渉の間に工兵に壁に穴を空けることだった。


しかしその交渉はすぐに終わってしまった。

城内へ向かった使者は首だけで帰って来て、工兵達は待ち構えていた敵兵に皆殺しにされた。


「こうなったら、損害度外視で攻めるしかない」

元帥は怒りのあまり机を叩き割ってそう命じた。

一体この先何人の兵士が死ぬことになるのか。


ーーー


俺とエレオノーラは突撃の第2波に編入された。

丘から見下ろす敵の城壁はさながらダムの壁の様にそびえ立ち、立ち向かう兵士たちを絶望させた。

カタパルトを使ったところで、壁には大きな損傷もなく跳ね返されてしまった。


これではまるでドン・キホーテだ。

俺たちは一体なんの為にこんな事をしているんだろう。


声を震わせて壁に突撃する兵士も。

クロスボウで四肢を貫かれ芋虫の様に這いまわる騎士も

砲撃でできた穴の中でうずくまる兵士も。


皆なんでこんな事をしている?


俺は急に馬鹿らしくなって戦場のど真ん中で立ち止まった。

案外攻撃は当たらないものだ。

俺の肩を押しのけて走って行った兵士が、目の前で投石によって頭を砕かれた。


「指揮官殿はどこだ!!」


「そこでぺしゃんこになってんのがそうだよ!」


「うわぁぁぁ!!足が!!足がぁ!!」


「退却!退却!」


攻勢は失敗した。兵士たちは司令官を失って浮足立った。

そして軍旗手が逃げ出したのを先頭に将兵は戦意を失って壊走した。


だが俺はそれを何とも思わず、(後になって考えれば異常だが)そのまま壁へ向かって突き進んだ。

数十メートルはあろうかというほどの高壁を見上げながら、俺は妙な高揚感に包まれていた。

それを見た幾つかの兵士たちは逃げる足を止め今一度壁へ向かって走り出した。


これは実に不可思議なものであった。

一度崩壊した軍団が指揮官でもない一人の士官に奮い立たされて再び死地へ向かったのだ。

通常、こんな事はあり得ない。だがしかし信じられぬことが起こるのも戦場だ。


俺はそのまま破城槌を押す部隊を援護しながら見上げるほど大きな正門を前にした。

「行くぞ!!せーの!」

と工兵が叫ぶ。それと共に槌が門を何度も繰り返し叩き、ひびを入れようとしている。

巨大な門はびくともしない。


敵は焦りながら城壁を駆け回りこちらへ向かって煮え湯や油を浴びせようとしてきたが

生憎その高すぎる壁のせいで我々にはかからなかった。


「扉が開くぞ!!工兵隊前へ!!」

何時の間にか現れていた新指揮官は破城槌の前まで行くとそう叫んだ。


壁を破れたところでその奥には敵が槍衾を作って待ち構えている。

恐らく彼の狙いは工兵の持つ爆薬で待ち構える敵の虚を突き、その間隙を縫って兵士を送り込むことであろう。

しかし黒色火薬の爆薬では威力が限られ、子供だましのような爆発しか起こせない。


結局は敵に対して突っ込むしかないのだ。


「工兵!爆薬をありったけ持って来い!何?破壊用には適さない?そんな御託は良い!」

指揮官は腕を振るって激を飛ばした。

工兵が慌てた様子で火薬を持ってくる。


俺は剣を構えて突撃に備えた。

着火から数秒で爆薬筒が投げ込まれる。


次の瞬間、閃光が城門を包み我々は目も見えないまま闇雲に突入した。

敵の槍衾は一瞬瓦解した物の、直ぐに持ち直して突入した我々を串刺しにした。


しかしこちらもそれで退く様な玉ではない。

俺はすっきりしない視界の中で、爆薬の黒い煙の中で、一筋の光を見た。

さながらそれは何かの導きの様だった。


俺はそれに吸われるかのように足を踏み出して、一気に駆け抜けた。

敵が俺に気が付いて槍を放ったが、また光が回避の方向を示してくれて簡単に避けることができた。


気が付けば俺は敵の部隊の裏に躍り出ていた。

敵の指揮官はこれを見て驚いたようで、数人をこちらに仕向けてきたが

俺はそれを斬り伏せて見せた。


「退け!!後退するぞ!」

と敵部隊は後退し始めた。


俺はまた光が目の前に見えた。

それは城壁に向かって真っすぐ伸びていた。


俺はそのまま壁の上に居た弓兵たちを次々に斬り伏せた。


ーーー

俺の活躍によって正門は陥落した。

素早く敵の後ろに回り込んで、城壁を制圧したことが突破の要因になったらしい。


元帥は「面目をよく立ててくれた」と俺の肩を叩いて感謝した。

そして特級の報奨と騎士への昇進の口添えを約束した。


だが俺はそれを聞いても全く嬉しくなかった。

それどころかぼんやりとして未だに白昼夢の中に居るようだ。


その翌日に城塞は降伏した。

指揮官は妻子を手に掛けて自ら喉を突いたらしい。

自害は教会の教義に反すると知りながら。


俺たちは城塞の一室に部屋を当てがわれた。

騎士階級であるので(粗末な部屋ではあったが)二人用のベットと家具は与えられた。


またエレオノーラが「年頃の乙女と男子が同じ部屋で・・・」と怒っていたが、俺は上の空だった。


その後俺たちは再編成するために3日間の休暇を貰った。

俺はずっとベットにくるまっていた。


光が、怖い。瞼の裏から消えない光が怖い。

俺は城門突破の時に不意に現れた光が何なのか解らず唯々怯えた。


しかもそれは、止むことなく未だに俺の前に現れる。

今度、その光は城の南西。丁度教皇庁がある位置を指している。


ーーー


「何をもたもたしているのだね」

「早く役割を果たしたまえ」


「・・・あの光は何なのですか」


「それはお前を導く神の光だ」

「有無を言わず、それに従え」


「やめてください」「あの光は、私に考える力を奪わせる」


「君は今更何を言ってるんだ」

「もうすでにそんなもの無いというのに」


ーーーー


俺は叫び声をあげて飛び起きた。

またあの夢だ。真っ白な場所で、あの幽霊のような物体が語り掛けてくる。


俺はシーツを剥いで肩で息をしながら頭を抱えた。


「どうしたの?」

とエレオノーラが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「・・・・」

俺は睨むような形相で彼女を見つめる。

だが俺は自分の心の中にとてつもない恐怖がこみ上げてくる気もした。


「なぁエレオノーラ・・俺は何のためにここまで生きて来たんだ」


「ハヤト・・・・」


「なんの為に敵やフリッツを殺したんだ」


「それは・・・相手が向かって来るからよ」

「生き残るために仕方がなかったでしょう」


「だが、俺は本来ならこの時代に生まれた人間じゃない」

「もし俺は何の目的もなく人を殺しているのだとしたら?」


「・・・・」


「神の思し召しで諾々と殺人をしているとしたら?」

俺は震えが止まらなくなった。。これは人間としての恐れか。あるいは、これすらも神によってコントロールされた動きなのか。


俺はベットから立ち上がるとゆっくりとエレオノーラの方へ歩みだした。

「なぁエレオノーラ。教えてくれ、俺は何者なんだ」

「お前に俺は見えてるのか?触れられるか?」


「ハヤト」


「俺は、幽霊なのか?」「それとも、神の思いのまま人を殺す戦闘人形なのか」


俺はそう言うとエレオノーラのベットへ乗って、彼女の肩に手を掛けた 。

「待って、ハヤト・・・!」


「エレオノーラ」「俺は怖い」


そのまま彼女の服の中に手を入れようとする。

だが彼女はそれにバチンと俺の顔を叩いた。


「・・・・馬鹿!!あんた、ふざけんじゃないわよ」

「今更殺してきてごめんなさい?」「アタシだって迷いたいわよ!」


俺は正気に戻った。そしてゆっくりと落涙した。


エレオノーラはそれを複雑な表情で見下ろした。

「俺は・・・もう何のために戦ってるかわからない」


「弱音ばっかり吐いて」

「しっかりしなさいよ」

エレオノーラはそう言うと恐る恐る俺の肩を抱きしめた。


「あんたは真面目過ぎるのよ・・・・」

「でも、その恐怖も貴方のその衝動も」

「何よりあなたが人間らしい答えじゃない」


「エレオノーラ」


「安心しなさい」「あんたがもうどうしようもなくなったら」

「その時は、私が」


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