第36話 支え


冬季攻勢は大勝利となった。

長年帝国を苦しめて来たヴァルティア都市同盟は終に後世に耐え切れず、都市群を明け渡し

降伏を受け入れた。


この降伏は大きな前進となり、皇帝軍はそのまま教皇領の目と鼻の先まで進んだ。

しかしこの先は4つの要塞郡に2つの城塞都市が街道の行く手を阻み、教皇派軍も決死の構えで防御線を構築していた。


3月の雪解けを待って皇帝は終に総攻撃の下知を出す。

軍は4方向から別れ、主攻をわからなくさせる狙いであった。


しかし俺はその作戦には参加しなかった。

否、参加させてもらえなかったという方が正しい。


俺は皇帝の本陣へ呼び出されるとその側近からある任務を告げられた。

「少数の精鋭部隊と共に教皇庁へ討ち入り、教皇の身柄を抑えてほしい」

すなわちこれは、特殊作戦の命令であった。


俺はそれを言い渡されてから早速旅装を整えると新式の鎧と共に出撃の用意をした。

個の任務はというもの、どうやら伯爵の発案によるものらしい。


搦め手が好きな彼らしい発案であるが、まさか教皇會れに夜討をかけるとは。

しかしこれも彼なりに皇帝への忠義を示すためのやり方なのだろう。


伯爵は俺を含め、部下の精鋭40名を選出し皇帝陛下の名の下に作戦提出を行った。

もっとも精鋭と言っても、適当に選んだのだろう。

俺やエレオノーラはまだしも、若いだけでこれと言った武勲もないような連中が大半であった。


「またぞろ、無茶な作戦をあいつは押し付けてきて・・・」

エレオノーラは眉を潜めながらため息をついた。


俺は静かにそれを聞いて落ち着いた調子で言った。

「おおむね、伯爵の狙いはそれでごまかして戦力を減らさない口実を立てるつもりだろう」

「事実、伯爵軍は前線に向かわず皇帝陛下の直属軍と共にここに残っている」


「・・・・」

エレオノーラはそれを聞いて押し黙った。

正直に言えば、これは捨て駒だ。第一、教皇を殺害ないし融解した後はどうやって離脱するのだ。

伯爵は初めから教皇の首なんて狙っていない。


エレオノーラはそれをわかっていた。

がしかし、逃げ出そうという気も起きはしない。

「逃げ出して、どこかで静かに」その一言が言えればどれだけ楽だったろう。


しかしエレオノーラも、彼もそれを口にするだけの勇気も、拒まれる恐怖から打ち消されてしまった。

二人の間の溝は深まるばかりだ。


ーーーー

精鋭40名は明後日、武具と食料を補充し出発した。

部隊は5個分隊構成で、各部隊長には古参の下士官あるいは騎士が任命され総指揮官には

伯爵の甥っ子が就いた。


甥子殿は伯爵の弟の子供で、実に線が細い男だった。

荒くれ共の兵士をまとめるにはあまりに若く、まるで学者のようにあまりに威厳が無かった。


その為エレオノーラが実質的な指揮官として置かれた。

いくら実戦経験を積んだ手練れの騎士とて、まだ20の若武者である。

もちろんそれは俺にも言える事だが。


ともかく、この部隊はその日の内に前線へと移動した。

流石に40名では前線を突破することはできないので、近隣の部隊の攻勢に合わせて浸透するとのことであった。


我々は陽が暮れるまでに皇帝の本陣から南東に10リーク進出し、

前日に友軍が陥落させたケルウリ村に到着した。


ここにいる友軍が我々を前線の裏まで護衛してくれるらしい。

なんなら、教皇庁までの路を切り開く、とまで。


「アンタがハヤトって言うの?」「ちょっと馬面ね」

その部隊の代理指揮官が低いハスキーな声で話しかけて来た。

彼女は自らをシャルロッテと名乗った。

なんでもエレオノーラの古なじみらしい。


「指揮官が戦死してその後任も戦死して結局私が指揮とってんのよ!もーウケル!」

と彼女はギャルっぽい口調で語る。

俺はよもや中世にギャルが居るとは思わず少し後ずさりしたが、ともかく人は悪そうでなくて安心した。


「私らは1455人の歩兵部隊よ。このケルウリ村は教皇領の防御線のいわゆる前哨地域で、

ここからさらに15リークほど進んだところに防御陣地が展開してある」

「それを突破するために私たちは支援兵科を要請したのだけれど・・・」

シャルロッテはそう言って髪をかき上げると困り顔で言葉を詰まらせた。


「・・・つまり、支援なしで攻勢を仕掛けるしかないと」


「そうなの。だから、敵戦力を撃破するのは少し厳しいかもしれない」

「しかし血路は開いて見せる。あんたとエレオノーラの為にもね」


「俺と、エレオノーラのため・・・?」

「世迷言を」


「・・・・」

シャルロッテは悩むハヤトの顔を眺めながら目を細めた。



早晩。部隊は鬨の声と共に突撃を開始した。

敵は丘一帯に警戒陣地を形成していて、我々が攻撃するとすぐさま後方の本隊まで後退していった。


シャルロッテは陣頭に立ち目を細めて確認すると敵部隊はのろのろ後退しているようであった。

副官は叫ぶ。「代理殿!敵の後退は遅いです!ここで仕留めてしまいましょう」


しかしシャルロッテは悩む。

「陽動の匂いがする・・・しかし」

「火力で劣る我々が勝つには、機先を制すしかあるまい」


1500名の歩兵部隊はそのまま前衛を前へ前へと進ませて、丘上の陣地を攻撃した。

シャルロッテは正面から撃ち下ろされるのを警戒して斜め右に戦力を斜行させて突撃を敢行した。


俺とエレオノーラもその戦いに兵士たちに混ざって参戦した。

敵の主力は情報とは違って僅か200名ほどで、丘の上も大して陣地化されていなかった。

むしろ丘は戦力の展開がしづらく、それどころか高い木のせいで見通しが悪い。


攻撃開始から1時間もしないで、敵は陣地を明け渡した。

我々はなんだか肩透かしで、勝どきをあげる気にもならなかった。


部隊はそこで野営した。

敵はほとんどの荷物や食料を置いて行って、それどころかそれらに毒すら盛って行かなかった。


シャルロッテはそれらを部下に分配し、休養を取らせた。

さらに彼女はそれらを終わらせると俺を指揮官用の天幕に呼びつけた。


俺は皆目なんの用事か解らず、とりあえず着の身着のまま彼女の天幕へと向かった。

中へ入ると彼女はあれこれと事務作業をしていた。


「どうも、こんばんわ」

と俺は控えめな調子で挨拶した。


彼女は机の書状に目を通しながらちらりと俺の顔を見てニヤリと笑うと

「こんばんわ。ちょっと待ってね~今終わるから」とまた筆を手に取った。


1500名もの部隊ともなればその運営は実に大変だろう。

それにこの中世の世の中では、部署ごとを繋ぐ電子メールも電話も存在しない。

その代わりは彼女の机に積まれた書物や羊皮紙なのだろう。


「・・・すみません。間が悪かったですか」と俺は少し居心地が悪くなって申し上げる。

しかしシャルロッテは「あぁ、あぁ、気にしないでいいよ!」「代理を引き受けてからとにかく忙しいのよ」

と言うとサッとサインを済ませて俺の方に顔を向けた。


「さて、ハヤト君。今日私があなたを呼び出したのはここの部隊長としてではない」

「あぁ、だから敬語じゃなくていいよ」


「・・・・ならそうさせてもらおう」

俺は少し緊張しながら彼女の顔を眺める。

ノリが軽い感じはしていたが、まさか俺の事を・・?などという冗談は置いておいて

「・・・エレオノーラの事か?」と俺は薄々気がついていたことを聞いた。


シャルロッテは図星と言った感じで静かに頷いた。

「私もおせっかいだよねぇ。そう思わない?」

「まぁでも、彼女への恩返しもあるからさ」


「・・・彼女の、男爵領の為に協力はもちろんする」

「それ以上、彼女に俺がしてやれることはない」


「本当に?」


「・・・今まで、子供じみてたんだよ。愛とか、意味とか、救いとか」

「俺はもう覚悟したんだ」

「俺は孤独だ。だからなんだ。この孤独も、絶望も、喜びも」

「全部俺のもんだ」


シャルロッテは顔をしかめる。

「今は、大人になったとでも?」


「そうだとも」「俺は自分の力だけで立つ」

「俺にはそれだけの力がある」


「傲慢だね」

「全部一人でできるなんて」「馬鹿げてる」


「そう思ってろよ」


「皆一人が怖いんだ」

「何も支えげない人間なんか生きていけやしない」

「夢であれ、恋人であれ、目標であれ」


俺は彼女の話が馬鹿馬鹿しくなって鼻で笑った。

そして「アンタ、弱っちいんだな」と吐き捨てて席を立った。


シャルロッテはため息をついて「それは否定しないさ」と受け流すと

去り際の俺に一言だけ言い置いた。


「・・・いつかわかるさ。支えが必要だってことが」


「ふん、俺自身にか?」

「俺はそんな弱っちい考えにはならない」


「君じゃない」

「エレオノーラが、だよ」


ーーーー

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