第38話 笛の音
ーーーー 皇帝派本陣 ーーーー
教皇派軍が教皇庁へ向かって敗走し、皇帝派はそれを追撃した。
だが教皇軍は強固な防衛線でもって遅滞戦闘を行い、皇帝派の息切れを狙った。
そうなった以上、皇帝にできるのはできるだけ多くの兵力を投入して
早急に防御線を突き崩す事だった。
いまや、皇帝の本陣を護衛するのは200人の近衛と近習。
そして彼の外戚である伯爵の軍であった。
「皇帝派は各地で快進撃を続けております。西部のマルツィアではエマヌエーレ王国軍が降伏しました」
と元帥は皇帝に吉報を申し上げた。
しかし皇帝はそんな報告にも大して喜ぶそぶりも見せず
「御託は良い。防御線は突破できんのか」とむしろ不機嫌な様子で尋ねた。
元帥は黙りこくって「もうしばしお待ちいただければ・・・」と言葉を濁すが皇帝は我慢ならない。
「貴様、それでも帝国元帥か?十数万の諸邦軍を動員しながら未だに手をこまねいているとは」
皇帝は元帥と周りの側近たちを叱責する。
彼らは平伏して顔を俯く。
伯爵はそれを見て少し笑った。
皇帝は問いかける。「何が可笑しい」
それに伯爵は立ち上がってさらに笑いながら「何がも何も、呑気なものですなと」
と小ばかにしたような言い方をした。
側近たちは頭に疑問符を浮かべた。
皇帝は睨み、近衛騎士を呼び出した。
「貴様、誰の御前であるか心得ておるのか」
「もちろん。神聖帝国の皇帝陛下の御前でしょう?」
「いやしかし。貴方も迂闊ですな」
「・・・?」
「皇帝派の本陣に駐留しているのは我ら伯爵軍2500と近衛200」
「つまり、あんたを今ぶち殺しても誰も駆けつけられない」
伯爵はしたり顔で言う。
「気でも触れたか、伯爵」
「貴様が私を殺せば、展開してくる数十万の諸侯がお前を殺しに来るぞ」
「お戯れを。貴族どもが本当に貴方の言いなりだとでも?」
「選帝侯や諸外国の王室ならまだしも、貴方はたった一代で皇帝になった成り上がりものだ」
「俺がそうなったってなにも変わりゃあしないでしょう」
「ローレンス!!」
皇帝はボディガードの名前を叫んだ。
それはすなわちこの場で伯爵を打ち首にせよという意思表示であった。
しかし次の瞬間首を撥ねられたのは伯爵ではなかった。
「・・・・!?ローレンス、貴様ッ?」
皇帝は血反吐を吐きながら貫かれた胸を抑えた。
ローレンスは合図とともに皇帝の胸を背後から突き刺した。
「アンタは確かに賢かったさ。だがな、それゆえに急ぎすぎて足元をおろそかにしたな」
伯爵は言う。
皇帝は剣が抜かれるとそのまま地面に倒れ伏した。
側近たちはどよめいた。しかしすぐさま伯爵の部下が本陣を取り囲んだために逃げ出せなかった。
「貴様、一体どういうつもりで」
元帥が食ってかかったがローレンスが彼の口を剣で封じた。
「どういうつもり?」
「簡単な話さ。これはクーデターだよ」
ーーーーー
俺たちは翌朝、全員に糧食を配り突撃の用意をした。
敵の攻勢は一旦収まっていたのでその間隙を縫って一瞬に賭ける。
「諸君。我々に道は前しかないぞ。死中を尽くすしかない」
「私は常に諸君の前衛にあり。絶対に誰も置いていきはしない」
シャルロッテは不安がる兵士たちの前でそう誓った。
指揮官はできぬ約束はしないもの。
しかし彼女はあえて”絶対”という禁句を使った。
すなわち彼女は・・・
「ロッテあんた」
エレオノーラがシャルロッテに心配そうな面持ちで語り掛ける。
しかしロッテは「兵たちの手前、それは心の中にしまっときナ」
と相変わらずの調子で喋った。
俺はその内特別行動の部隊をエレオノーラと共に指揮することとなった。
あぁ、きっと彼女は腹を括ったんだ。
演説から俺はそれを確かに感じ取った。
日が昇るか登らないかのあたりで弓兵の一斉射が開始された。
我々は一気に警戒線を突破して敵の防御陣地へ襲い掛かった。
しかし敵の即応警戒に当たっていた軽騎兵250がこちらへ攻撃してきた。
しかし後退することは許されない。我々は身軽にするためほとんどの重装備を捨てて来た。
もはや二度目につがえる矢はない。
俺は部隊の最左翼、村を迂回して平原を駆けあがり敵部隊を脅かす役目を担った。
敵の弓兵は戦列を整え始めて、正面に展開する部隊を攻撃している。
「・・・・奴らはこちらに気が付いてない」
「飛び込んで切り結べば奴らの幾つかを倒せるだろう」
俺はエレオノーラに進言し、彼女はそれを承諾した。
突如として現れた斬りこみ部隊に敵の弓兵は戦列を崩して剣を抜いた。
しかしまだ日も上がり切らない闇の中で敵は隊形を変えることができなかった。
「退けー!後退を開始するぞ」
敵の指揮官が号令を出して部隊が弾き始める。
シャルロッテは好機と見て全軍に突破を命じた。
彼女は浮足立つ友軍に「油断するな!」と喝を入れながら冷静に指揮を続けた。
陽が真上に来る頃。俺は一度突破行動について確認するために隣の部隊まで走った。
そしてそれを確認し終えた矢先、俺は帰り道でばったりとシャルロッテと出会った。
正直言って気まずい。まるで昨日酔った勢いであることない事言った女友達がごとく。
俺は少し目を逸らして会釈して去ろうとしたが、彼女は「指揮官の前だよ!無礼じゃないか」と呼び止めた。
俺は恐る恐る顔をあげて彼女の顔を覗き込んだ。
だがシャルロッテの顔は穏やかな、静けさそのもののような顔であった。
「何怖がってんのサ。それとも私が目を合わせるのも恐縮な美人だってことにやっと気が付いた?」
ロッテがふざける。
「いやそんな」
と俺が反目すると彼女はケタケタと笑い
「その反応。ガキっぽいネ」と笑った。
この人は万事に付けて調子がいい。
しかし昨日の事を考えるとそれはむしろ不自然に思えた。
「もう、いいの」
「昨日ぶち明けてスッキリした」
ロッテはそう言って笑った。
この笑顔には見覚えがある。
あぁ、そうだ。教官やデニス、クリストフの今わの際。
その表情に似ているんだ。
「まだ迷っているの?」「この際だからはっきり言うけど」
「アンタ童貞でしょ?」
シャルロッテはそう言って小ばかにするような顔をした。
「ば・・ばか言うもんじゃないっすよ」
「付き合ったことぐらい」
「その反応がうそっぽ~い。かわいい~」
「からかうな」
「はははッ」
「私が言いたいのはね、あんたのその行き場のない怒りや不安」
「そういうモノを受け止められる人は近くに居るって事よ」
「またそういう・・」
「私が言ってるのはそんな卑近な事じゃなくて」
「もっと私たちを自由にする鍵はそこかしこにきっとあるんだって」
「そう思ったの」
「・・・・」「それが一体」
「これは、貴方に言うのは重いかもしれない」
「でも私はあえて言うネ」
「貴方はきっとこの世界を破壊できる」
「・・・?」
俺は意味が解らなかった。
しかし、昔似たようなことを言われた。あれは教官だったか。
ロッテは部下に呼ばれた。
俺はその真意を問いただす前に彼女と会話を終わらせざるを得なかった。
ーーーー
攻撃の最中。シャルロッテとエレオノーラは今一度顔を合わせた。
それはもちろん指揮官としての会議が目的だ。しかしそれ以上に彼女たちのささやかなわがままでもあった。
「ロッテ、あんた死ぬ気でしょ」
エレオノーラは古なじみらしく横目でシャルロッテに単刀直入に言った。
ロッテはそれに言い当てられたか、という感じで照れくさそうに「お見通しですか、エレオノーラさん」とふざけた。
「何年来の付き合いだと思ってるのよ?」
「ふざけてる場合じゃないわよ」
エレオノーラは立ち止まってロッテの前に立つ。
「アンタがその・・・指の事で、ふさぎ込んで自棄になってるのは知ってる」
「でもロッテ。私は貴方に死んでほしくないの」
「エレオノーラ。それは贅沢な願いよ」
ロッテはうつむいたまま厳しい現実を告げる。
「ええ、わがままなのはわかってる。貴方以外の人も死んでいくし、命に優劣なんかないのも知ってる」
「でも・・・それでも、私は一人になるのが怖い」
エレオノーラはロッテに胸の内を打ち明けた。
「・・・・エレオノーラ。あなたは」
「私はね。ロッテ」
「あの日の演奏会が退屈だなんて言ったけど、本当はどうしようもなく幸せだったことに気が付いたの」
「私やロッテのお父様も居て、そして美しい笛の音色があった」
「私はもう一度あなたの演奏が聴きたいのロッテ」
エレオノーラはそう言うと彼女の指がつぶれていない方の手を握った。
「この半島の名工には、片腕の為の楽器を作る職人が居るそうよ」
「貴方の笛だって」
「わかった。わかった。エレオノーラ」
「ただ、今は戦いに集中しよう」
「うん・・・」「じゃあロッテ、無茶だけはしないって約束して」
「もちろん。死に急ぐ真似はしないよ」
ロッテは少し涙ぐんでいた。
が、彼女は鎧の裾でそれを拭うといつも通りの明るい笑顔を見せた。
エレオノーラはそれを見て安心した。
あるいは安心したかった。
最後の突撃が始まった。
部隊を5つの戦闘団に分けての突撃は一見攻撃重心がバラバラに見えるが
そこはシャルロッテの中央集権的な指揮システムで補った。
敵はすっかり立て直しつつあったが俺の部隊の斬りこみでその陣形にほころびがあった。
シャルロッテはそこに一か八か総攻撃を仕掛けた。
敵は防御の薄いところを隠していたつもりだったようだが、それはこっちから見てバレバレだった。
俺は先頭に立ち、敵兵の槍衾に突撃した。
敵は正規兵と傭兵ばかり。手ごわい。俺は切り結びながらそう感じた。
乱戦になると指揮官の命令など兵士たちには届かない。
だから、そういう時はビジュアルイメージが大切だ。
この場においては軍旗がそれにあたる。
軍旗は部隊の司令官の所在を示し、また部隊の攻撃方向も一目瞭然だ。
これがはためいている限り兵士たちはまだ戦えると考える。
無線もない時代。士気の意味は遥かに思い。
だから俺は混戦の中でしばしば軍旗手の所在を気にかけた。
敵が退いていく。
我々も少なくない損害を出したが、なんとか敵を撃退することができた。
戦争は全滅するまで戦うものではない。それは統率のとれた軍隊であれば猶の事。
シャルロッテは遠望でそれを眺めてどくんどくんと心臓が高鳴るのを感じた。
ひょっとして、これは勝てるのではないのか?
敵集団を突破してそのまま自陣へ、否自分の家へ帰ることが。
そして笛を再び弾くことも。
しかしその淡い希望はすぐに砕かれた。
ロッテの場所にまで響く重低音は遥か前方で聞こえた。
炸裂音。そしてそれに連なる叫び声。
ロッテは何が起こったか理解できなかった。
しかし彼女は否が応でもそれの意味を知ることとなる。
次の瞬間シャルロッテはすさまじい爆音が鳴ったかと思えば背後に吹き飛ばされた。
「・・・・で、・・・す・・・あ」
部下が彼女の肩をゆすって何かを叫ぶ。
ロッテは朦朧とする意識の中で聞き返す。
「臼砲です!敵は後退して、臼砲で攻撃してきています」
幕僚はシャルロッテに焦りながら告げる。
彼女は痛む頭を押さえながら立ち上がるとあたりを見回した。
「なるほどな・・・奴らの狙いはハナからこれだったわけだ」
彼女は自分たちが見晴らしのいい平野に立っているのを見てそれを悟った。
敵の攻撃が散漫だったのも、軽騎兵しか即応してこなかったのも全てはこの砲火力を発揮するための布石だったのだ。
シャルロッテは「畜生」と小声で言うと剣を杖代わりにして「全員突撃!自分の身に付けられ物以外はおいていけ!」と命令した。
もはやこうなっては強行突破しかない。
彼女は再び口を一文字で閉じると指揮所と共に前へ出た。
ーーーー
エレオノーラは慄く兵士たちを叱咤激励し、何とか部隊を繋ぎとめていた。
だがこの砲撃の降り注ぐ中では長く持たない。
実際に何人かの兵士は逃げ出し始めていたし、突撃に異を唱える者も居た。
エレオノーラは自らの威厳のなさをここで今更悔いた。
きっと貫禄のある騎士なら、彼らを安心させてやれるんだろう。
父が生きていれば。エレオノーラはまた過ぎ去った過去を思い起す。
「エレオノーラ、自信を持て」
その時聞こえたのは聞き馴染みのあるあの声。しかし暫し聞いていなかった声色ゆえに
エレオノーラは目を丸くした。
「らしくないぞ、エレオノーラ!しっかりしろ」
ハヤトは彼女の脇で彼女にだけ聞こえる様に言った。
そしてそれを言ったっきり彼はまた黙りこくった。
「アンタ・・・」
とエレオノーラがどもる。
「兵の手前だ。はっきり喋らねぇと」
とハヤト。
エレオノーラはそれもそうだと気を取り戻し今一度大きな声で「正面の敵砲兵に突撃を敢行するぞ!」と宣言した。
兵たちは相変わらずざわついていたが彼女の気勢に少し平静を取り戻した。
「エレオノーラ。指揮を任せるぞ」
ハヤトはその様子を見ると再び先陣へ進んで行ってしまった。
ーーーー
俺はそのまま敵の臼砲陣地へ向かって突撃を率いた。
当然敵の砲兵には直掩が居て、更に丘上に布陣していたので攻めあぐねた。
しかし我々に後退の二文字はすでにない。
我々は重装歩兵を先頭に敵弓兵が待ち構える丘を駆け上がって行くしかなかった。
丘を駆け上がる敵に対して部隊は無防備になる。
砲は当たらずとも、ロングボウや弩弓からすればいい的だ。
それにいくら甲冑を着込んでいても矢は当たり所が悪ければ貫通する。
しかもそれは何千本と空を埋め尽くすほどの一斉射で襲ってくる。
そして斜面の陣地を超えた先では今度は敵の近接兵科が武器を構えて待っていた。
力攻めは得策ではない。
しかし迂回もできない。だがしかし小部隊が抜けられるような隙を作る事には成功した。
俺は肩に矢を受けていたが何とか力を振り絞ってそれを引き抜くとエレオノーラを呼び出し「このまま部隊と共に丘の側面を駆け抜けろ」と言った。
彼女は一瞬躊躇したがその意を汲んですぐに了承した。
それを見届けると俺は40人ほどの小隊と共に本隊の方へ戻った。
乱戦のさ中で本隊は半壊状態だったがその一部は何とか離脱できそうだ。
その時導きがまたきらりと光った。
それはエレオノーラの方へと向いている。
彼女と共に去れと。導きは言っている。
しかし俺は背に控える数百の友軍を見て、考える前に走り出していた。
ーーー
シャルロッテが居た指揮所は瓦礫の山になっていた。
兵士や騎士は臼砲の砲撃でやられてそこら中の瓦礫に混ざってしまっていた。
俺はそこに来て「シャルロッテ!」と叫んだが返事はない。
回りには折り重なった死体ばかりで彼女の姿は見えない。
俺は嫌な未来を想像して不安になった。
しかしその時「大きな声を出すもんじゃないよ」と彼女の声が弱々しく聞こえた。
俺は駆け寄って「指揮官が逃げないと下っ端も逃げらんないぞ」と彼女に脱出を促した。
しかし彼女は安心した表情で「入れ違いだったね」「丁度指揮権を譲渡する伝令を出したところだよ」と説明した。
「撤退の指揮はもう別の騎士がやってる。私はもう指揮できないからねェ」
「さぁ行きな。エレオノーラと一緒に」「アンタの戦いはまだ終わってないんでしょ?」
シャルロッテは壁にもたれたままそう言って乾いた笑いをあげた。
「・・・・あんたはどうする?」「おぶっていくか?」
「馬鹿言わないでよ」」「アタシはここで投降するヨ」
「投降?」
「そう。教皇派にも知り合いはいる」
「身代金を払って捕虜として戻るよ」
「安心しなヨ。私の叔父さんは司教だったんだから・・・」
と彼女はその用意周到な脱出計画を語った。
「・・・・そんな抜け道があったとは」
「皆には内緒にしといてね」
「私だけ安全に逃げるなんて後味悪いから」
「でももうこんな戦争はごめんだヨ」「悪いが、一抜けさせてもらう」
「・・・・」
俺はそれを聞いて安心し、ならばとその場を去ろうとした。
「最後に聞かせてくれよ」
「アンタが言ったあの言葉の意味」
「・・・?なんの話さ」
シャルロッテはとぼける。
「そんな事は良いから、此処ももうじき敵がやってくる」
「早く行きな」
「・・・・わかった」
「エレオノーラによろしくね」
ーーーーー
シャルロッテはハヤトの背中を見送ると静かに手のひらを覗き込んだ。
既に彼女の指は潰れ、残った1、2本もすでに感覚が無い。
「・・・・これじゃあ、笛はもう吹けないね」
とシャルロッテ。
そしてかすれた声で鼻歌を歌った。
目を閉じて、心の内で笛を吹く。
あの日の景色と旋律。それが昨日の様に思い出せる。
本当は脱出の手筈などない。
ハヤトに言った事はすべて出まかせ。
「最後まで、嘘ばっかりだったね」
ロッテはそう言うと静かに息を引き取った。
夢の中で彼女は誰にも邪魔されず笛を吹く。
ずっと、気のすむまで。
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