最終章 ガチ騎士のエレオノーラ編

第41話 騎士のエレオノーラ


ーーー

翌々日、我々は装備を整えて山越えを行った。

山道を抜けた先はもう帝国領だ。


我々は軽装故に軽々と山林を抜けると武器を降ろして野営した。

途中に逃亡兵崩れの野党にであったがこれを鎧袖一触にした以外は

特に障害はなかった。


しかしいよいよ帝国領に帰ろうとしたその時にある人物が我々の前に立ちふさがった。




丘の前で休息していた我々に

斥候が申し上げる。


「すぐ先に、数百人規模の敵部隊がおります」


俺は眉を顰めて「伯爵の手の者か?」と聞き返すが、斥候は「それが…」とどもる。


エレオノーラが「どういう事だ?」と詰め寄ると斥候はごくりと唾を呑んで告げた。


「…エレオノーラ様の叔父上の軍勢です」

「陣地構築をして我々を待ち構えているようです」


エレオノーラは目を丸くして驚愕の表情でその報告を聞いた。



我々はとりあえず数十人の軍勢では太刀打ちできないので、様子を伺う為に敵陣地の前まで隠れて進んだ。


しかし叔父さんの軍勢は開けた場所に布陣しており到底迂回すれば目についてしまう。

とはいえ、一度戻って遠くから回り道などしていれば伯爵の手の者が街道を封鎖してしまうだろう。


「…どうするのだ」と近衛騎士長が俺に耳打ちする。

そんなこと俺の方が聞きたい。


そうこうしている間に敵側にも気が付けれてしまった。

叔父さんは叫ぶ。

「エレオノーラ、もはや逃げ場はないぞ」

「逃げ隠れする必要はない」


こうなっては仕方がない。

エレオノーラは敵陣地の前に一人歩み出て啖呵を切った。


「叔父様、何故この様な真似を!」


叔父さんはそれに応じて陣地から歩み出て来た。

供回りが剣を供奉しようと立ち上がるが、手で制した。


そして会話が互いにだけ聞こえる様な距離になってから

叔父さんは声を発した。


「叔父様、なぜこんな真似を…貴方は皇帝の直参でしょう?」


「…エレオノーラ、わかるだろう。妻と子を人質にとられているんだ」


エレオノーラは顔をしかめた。

叔父さんはうだつの上がらない様子で嗚咽した。



それを遠巻きに見る伯爵麾下の軍監、もとい目付け役は二人が何やら話し込んでいるのを見て

「何をしているか!早くその娘を殺せ」と声を荒げた。


叔父さんはちらりとそれを横目で一瞥すると

「エレオノーラ。私は最後まで情けない男だ」と告げた。


そして「一騎打ちを所望する」と大きな声で宣言した。

目付け役はそれに思わず立ち上がり「馬鹿な、この兵力差で踏みつぶせば一瞬だぞ」と非難した。


しかしそれに叔父さんの供回りが

「軍監殿は文官上がりですからご存じないでしょうが、騎士という生き物は名誉を何よりも大切にするものですぞ

と諫めた。


エレオノーラは騎馬用の槍を持っていなかったし、覚悟もできていなかった。

俺は彼女の下へ軍馬ペトの頭を引いて近寄る。


彼女は茫然として、怒りとも哀しみとも取れない様な表情を浮かべていた。


「エレオノーラ…どうにか叔父さんを説得できんのか」

と俺も命の恩人ゆえにどうにか叔父さんとは戦ってほしくはなかった。


しかしエレオノーラはきッと顔つきを変えると

「叔父さんはもう覚悟してるわよ。迷ったら、死ぬのはあたしよ」と俺からペトの手綱を取った。


叔父さんの供回りからエレオノーラにランスが手渡された。


軍監が見届け人になり、決闘の開始が宣言された。

俺はその脇で固唾を飲んで見守っている。


両者が馬の脇を蹴って速歩へ、そしてそこから一気に襲歩まで加速した。


馬上では騎士は大きく槍を振り回さない。

なぜなら、馬の速度と重量で単に槍先を当てるだけで絶大な威力になるからだ。


その為馬上の騎士は馬を的確に操作し、槍を敵に当てることに集中することとなる。

言えば簡単に思えるが、これは非常に難しい。


叔父さんの槍がエレオノーラの左肩を掠め、彼女の槍は叔父さんを外した。


両者はそのまままっすぐ進むとターンして再び向かい合った。


軍監は「しかし惨い事よの。叔父と姪が殺し合うとは。騎士とは因果な生き物よ」と独り言のように言った。


俺はそれを脇で聞きながら「違うな」と呟いた。


「小僧、なんだと」と軍監は睨み返した。


それに俺は「あれは単に殺し合いじゃない」と言った。

俺は彼女と叔父の様子を見て悟ったのだ。

彼らのその様子を、俺はさながら川辺でキャッチボールする親子と重ねた。


「お前にはあれが愛だと思うのか?」

「叔父は自分の家族を守るために姪を殺そうとし、その彼女は生き残るために肉親を殺そうとしている」

「隣人愛とは程遠い。利己的な殺し合いさ」


「いいや違う。叔父さんは彼女に教えてるんだ。生き抜き方を」

「彼にはできなかった、覚悟と騎士としての生き様を」


軍監はそれを聞いて押し黙った。


やがてエレオノーラの叫び声と共に槍が叔父さんの胸を貫いた。

そしてそのまま彼は落馬し激しく体を地面に打ち付けた。


エレオノーラは減速し、甲冑を降ろして血を拭うと下馬して

彼の元へ寄った。


俺もそれに伴い彼らのところへ行った。


「…エレオノーラ。立派になったなぁ」

「もう、一人前の騎士だ。兄さんもきっと喜んでいるぞ‥」

と彼は絶え絶えな息で笑った。



エレオノーラは静かに頷くと彼の手を握った。

「家族は任せてください。必ずお助けします」


そして彼の息が止まるとそれを胸元に戻してやった。


「おやすみ、おじさん。貴方は私のお父さんでした」

そう告げると彼女はおじさんの顔に布を被せ、膝をついて祈りを捧げた。


俺は目を閉じ静かに黙とうした。


「ふざけるな!こんな茶番、誰が許すものか!」

その沈黙を軍監は大声でかき乱した。


「主君が殺されたのだぞ!奴らを殺せ」と彼らはおじさんの部下たちに命じた。

しかし誰も彼の命令には承服しない。


「貴様ら…所領に残してきた家族を忘れたか」

と彼はおじさんの供回りを脅す。

しかし彼は毅然とした態度で「伯爵様のご命令はエレオノーラ追討でした」

「それを我々の主君は遂行しましたが、その半ばで討ち死になされたのです」


「伯爵様がその事実を知りながら外聞を気にせず我らの妻子を殺すというならなされればよい!」

「どのみち、そのような主君について行くようでは我々も名誉にかかわる」

と啖呵を切って見せた。


「き、貴様ら…!」「名誉だなんだと、ふざけおってそんなもの犬にでも食わせろ」

「伯爵様は今もっともこの帝国で強いのだ。何故貴様らはそれがわからない」

と軍監は狼狽えた。


「強いもの、大きいものに何も考えずに従う貴方には理解できないでしょうね。軍監殿」

「でも名誉と尊厳は人間が人間たらしめる根源なのよ」

「私たちは、誰にも指図されない。自分たち行動は自分たちで切り開くの」


「貴様、無礼な。私は伯爵の名代である軍監であるぞ!」

彼は半狂乱で彼女に叫び散らした。


それに彼女は落ち着いた様子で告げる。

「貴方が誰であろうと指図される言われないわ」

「私は、騎士エレオノーラよ」



ーーー 

先代皇帝は広大な所領を保有していたものの、対外戦争と帝国内の貴族たちに睨みを効かせるために

帝国領内をしばしば歩き回っていた。


それゆえに彼の治世では首都というような政治中枢がなく、さながら前中世の巡幸王権(Reisekönigtum)

の様であった。


しかし帝国全体の中で求心力がある大都市がなかったわけではない。

とりわけ宗教的権威たるアーディッツ市は人が集結していた。


伯爵は新皇帝の戴冠を準備するために、もとい”導き”の言う大聖堂での儀式のためにここに来た。


彼は護衛と側近の徴税請負人を下がらせた。

そして彼は膝をついて”導き”と会話を始めた。


「隠れる必要もない。出て来い」

「呼びつけておいて無作法であろう」

伯爵は芝居がかった声で彼に語り掛ける。


「ずいぶんとお早い到着だね」

と”それ”は返事をする。


「さて、君には新時代の王になってもらいたい」

と”それ”は告げる。


伯爵はふふん、と上機嫌な様子で

「はなからそのつもりよ、それでこの場所を選んだだろう?」

「かつて大帝が教皇から帝冠を受け取ったこの聖堂を」

とその魂胆を見透かした。


「…賢いのは良い。だが私の心まで見えていると思うのは傲慢だ」

と”それ”は忠告する。


「お前の正体や魂胆などどうでもいい」

「私はただ、お前の神秘体験を利用してこの帝国の王となる」

「貴様はこの世界に影響力を行使したいから私を利用する」

「それ以上でもそれ以下でもあるまい」

伯爵はまた笑う、


こいつは神をも喰らうつもりか。

と”それ”は薄ら怖くなった。

伯爵は笑っている。

ーーーー 同時刻 帝国中部

俺たち一行はおじさんの手勢と別れて帝国中心部へと進んだ。

彼らはおじさんの所領に向かって人質を解放する、と申し出た。

俺とエレオノーラは戦力が減るのは避けたいが彼らを救うのには確かにこれしかない、と救出は任せることにした。

軍監はその作戦において逆に人質にするため生かしたまま連れて行った。


警護隊長が旅の途中にあれやこれやと煩かったのを除けば、アーディッツまでの道順はこれと言った障害はなかった。


彼は少し真面目過ぎる男だった。

もっとも、教皇庁の首席警護隊長という彼の役職を考えればそれは正しい。

しかして地図の向きやら行軍の縦列やらにもうるさいのには参った。


俺が先を急ぐのだから休憩は取れるときで良いと言うのに対して

彼は「いいや5リーク当たり1休憩を挟むのが最も効率的である」と言い返してきた。


実際問題そのとおりに兵たちを休ませながら進んだならばとても予定通りは

アーディッツ市に到達できない。


「めんどくさい人拾っちゃったわね」とエレオノーラは小さな声で俺に文句を言ったが俺は「彼が一番腕が立つし、教皇の話を理解してるのは彼しかいないんだ」とため息交じりに言った。


もし、皇帝の護衛騎士や伯爵の近習を相手しなければならないなら

彼ほど腕が立つ剣客は喉から手が出るほど欲しい。

だからここは何とか彼の顔を立てることにした。


兎にも角にも我々は行商人や領主軍、はたまた芸人の一団などに扮しながら

帝国を北上していった。


警護隊長の言う通り休息をとりながら進んだが、

結局兵士たちが疲れずに進むので急いだところでそう何日も変わらない、という事がわかった。


しかしそうなるとまた別の問題が出てくる。

疲労困憊なら寝床と食料さえあれば不平も出ないが、

兵士たちも元気になってくるとあれやこれやと不満が噴出する。



特に部隊は男性ばかりだから下の方の要求というのは深刻な問題である。

これだけの集団生活ではそれを一人で発散というのもできない。


かくいう俺も悶々とした気持ちは疲れが取れるのと反比例で大きくなっていった。


エレオノーラに手でしてもらうぐらいは土下座すればしてもらえたかもしれないが、それも兵たちの手前。人目を避ける場所もないからなかなかできまい。


ある晩我々はやっと小さな街で、屋根と湯浴みを得た。

戦争が起きても市民らは食いつなぐための土地を手放せないため余程戦場の近くでもなければ街は平時と変わらない様子であった。


俺はこれを”しめた”と思って兵士たちに兵舎と食事を手配すると後事を下士官に任せてエレオノーラと二人でそそくさと抜け出した。


そして指揮官らの為に借りた少し大きな

民家に入るとさっそく服を脱ぎ捨て接吻した。


エレオノーラは少し顔を赤らめて

「なによ、そんなにがっついて」「はしたないわね」

と少し恥ずかしがったが声色が跳ねていて

乗り気だというのがすぐにわかった。


俺は逸る呼吸で彼女の鼠径部に手を当てると激しく愛撫した。

そして彼女がとろけた顔で足をゆっくり開いたのに応じて俺は彼女に体を埋めた。


中世にも避妊具がないわけではないが、動物の盲腸や臓物を加工して作る物であるから製造が容易ではなく、

更に値段も木っ端騎士などがそう易々と使い捨てできるものではなかった。


俺は狂ったように体を前後させる。

普段であれば、俺もエレオノーラも「子供が出来たらどうしよう」とは考える。

それもそうだ。今がこんな乱世なのだから身重になるのは避けたい。


しかして人間というのはやはり獣から進化したのだ。

興奮は人から理性を簡単に奪い去る。


「あぁ!ハヤト!きてっ…」

とエレオノーラが抱き着くのに合わせて俺は

彼女の腰をぐいと自分の方へ引っ張って

そのまま本能のままに彼女の中で快楽の頂点に達した。


そしてエレオノーラと俺は見合うと目を閉じてまた接吻した


「…お盛んなのは結構ですがね。兵士たちの面倒も見てやらないとなりませんよ」

突然響いた警護隊長の声に俺とエレオノーラはベットから飛び上がって思わず落っこちてしまった。


「…いつから見ていらっしゃったんですか」

とエレオノーラは恥ずかしさ半分怒り半分で彼に聞き返す。


警護隊長ははぁ、とため息をつくと

「貴方の声が大きすぎて隣からも丸聞こえでね」

「鍵もかけずに不用心な事だ」

と薄い壁をトントンと叩いた。


俺たちは急に恥ずかしくなって「お恥ずかしいところを…」と全裸のまま二人で彼に謝った。


聖職者でもある彼は快楽のまま交尾する我々を呆れた表情で見ると共に

「貴方達もいいですが、兵士たちもどうにかしてやらねばなりませんよ」

「彼らとて、悶々としたまま戦場に出すわけにはいきません」

「それにこのままでは士気にも関わる」

と諭すような口調で言った。


それを聞いたエレオノーラは急に青ざめて

「わ、私が全員の相手しろってことですか…?」と聞いた。

それに警護隊長が「そんなわけないでしょう」と半ばキレながら否定した。


「ここは街でしょう?だったら娼館の一つや二つぐらいあるでしょう」

「下女だっていい。兵士らにそう言う所に行ってもいいと許可をしてやりなさい」

「そう言う事を言える指揮官はいざ死地に行くときでも兵士がついてくるものです」

と彼は告げた。


俺は合点するとすぐさま服を纏って兵舎へ向かった。


部屋に残ったエレオノーラは自分が裸なのを思い出して

顔を赤らめると急いで服を着ると去り際の警護隊長を呼び止めた。


「失礼ながら、隊長さんは聖職者でいらっしゃいますよね?」

「たとえ合理的であれど快楽を是とするようなご助言をなさってもよろしかったのですか?」


それに警護隊長は難しい顔になってしばし黙った。

「…私とて、曲りなりも聖職者です」

「ですがそれ以前に私は教皇猊下の警護騎士です。それが、あんな伯爵の様な神の名をあざ笑う下郎に出し抜かれ、あろうことか猊下を殺されてしまった」

「あぁ、貴方達のことは恨んでおりませんよ。教皇様から伯爵の奸計は聞いておりましたから。むしろ、よく教皇庁まで乗り込んできたと感心しました」

「私はもう地獄に落ちるでしょう。しかし、それでいいのです。私はあの男を殺して真に教皇様が目指された世に殉じたい」

「その為だけの命でいい」

彼は去り際にそう言い残した。



ーーー


翌々朝、我々はいよいよアーディッツ市へ向けての最後の行軍を開始した。

街で靴や板金等調整し、もはや持っていくのに不要な物はすべてこの街で売った。


街を出て少し進んだところにある丘に兵士、総勢45名は勢ぞろいした。

皇帝の警護隊から引き抜かれた精鋭と、教皇の護衛隊数名。

恐らく大陸広しと言えどもこれほどの剣客を揃えた部隊はいまい。


俺は鎧とローブを整えて、そしてエレオノーラから貰った直剣を携えて実に騎士らしい出で立ちで出立の準備を終えた。

「かっこいいかな?決まってる?」

と俺がエレオノーラに聞くとふっと彼女は笑って

「かっこいいよ」と言った。


そして彼女にローブの寄れを調整してもらうと丘へ向かった。

俺は丘の上に立つと彼らを前に一度咳ばらいをして演説した。

「諸君、我々はこれよりアーディッツ市に乗り込んで謀反人である伯爵を討つ!」

「奴らの兵力は1800名ほどで、都市は強固に陣地化されている」

「だがしかし、その多くが弱兵であり我ら精鋭に到底及ばない」

「教皇と皇帝。かつては敵対していたが、その争いの源はすべて黒幕らが仕組んだ虚像に過ぎなかったのだ」「その諸悪たる、伯爵を討つ」

「だから、どうか。みんなの力を俺に貸してくれ!」


兵士たちは無言でそれに武器を掲げて賛同した。

皇帝への忠義も、教皇への敬意も俺にはない。

また嘘をついてしまった。


しかし警護隊長はそれを見透かしてか

「なかなか騎士として様になって来たじゃないか」

と笑った。


なんにせよ、これが最後の戦いになるのは誰の眼にも明白であった。

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