第17話 未知の生物

 “そいつ”は、宰吾たちの世界では到底、生き物と呼べる見た目ではなかった。色はエメラルドグリーン、半透明で、ドロドロしている。完全に非生物に見えるが、意思を持って動いている。それはまるで、ファンタジー小説やゲームに登場する――。


「す、スライムってやつかッ!?」


 宰吾は裏返った声で叫んだ。その言葉に、自衛隊員たちは困惑の表情で顔を合わせる。


「……みたいだな。我々はジャスティスを襲ったあの赤いドラゴンが現れた方角に進んでいたが――どうやらこの先は、剣と魔法の世界“王都オルトレアド”で合っているようだ」


 猪巻が流石の冷静さで状況を整理する。各自警戒を緩めず、スライムを観察する。数は五体、どれもバケツ一杯分くらいの質量のようだ。

 よくあるRPGでは雑魚キャラとして位置しているスライムだが、リジェを一撃で吹き飛ばしたのを見ると、自分たちにとってはそうではならしい。宰吾はそう分析しながら、リジェたちの方を振り返る。すると、泣きそうな顔でリジェを抱えるシェパの姿が目に入った。


「不知さん……ど、どうしよう……リジェの傷口に緑のねばねばが付いてて、なかなか回復しないんです……リジェならこれくらいの怪我でもすぐに治るはずなのに……」


 見ると、ぐったりとしたリジェの右肩は大きく抉れており、その傷口には血と混ざってエメラルドグリーンの粘液がべったりと付着していた。それはまさに目の前のスライムと同じ色であることから、奴らは自分の体の一部か何かを射出してリジェの肩を貫いたのだろう。

 これがどのような働きをしているのか。リジェの身体に何をしているのかは分からなかったが、一つだけ、宰吾だから分かることがあった。


「……一応、リジェの体は徐々に修復を始めている。本当にゆっくりで、粘液に阻害されながらだけど、多分あと一時間もすれば完治できそうなペースだ。……この粘液が修復の阻害以外に影響を及ぼさなければ、だけど」


 それを聞いて、ほんの少しだけシェパの表情が落ち着いた。何度か頷き、自分に「大丈夫」と言い聞かせる。


「あと一時間、何としてもリジェを守ります」


 宰吾は強く頷き、再び状況を見る。

 スライムはすでに部隊の五メートル先まで迫ってきており、いつ戦闘が始まってもおかしくない状況だった。先程の弾幕が効かないとなると、こちらに勝てる手立ては、恐らくない。


「……各員、退避! 車に乗って三時の方角へ走れ!」


 猪巻の号令と共に、全員高機動車に乗り込み、エンジンをかけた。それが合図だった。


「うわッ!?」


 スライムは勢いよく高機動車に飛び掛かり、車体の隙間と言う隙間に這入り込んだ。車が大きく揺れ、嫌な音が響く。ボンネットから黒い煙が上がった。


「やば! みんな車から降りて!」


 アリーのよく通る声に皆車から降りるも、即座にスライムたちが車から離れ宰吾たちに狙いを定める。何を考えているか分からないその無機質な塊は、まるで勢いよくこぼしたスープのように地面を進み追ってくる。


「走れ! 森だ! 身を隠すんだ!」


 猪巻の叫びに、宰吾たちは走り出した。

 奴らが次、いつリジェを襲った攻撃を仕掛けてくるか分からない。今のうちに狙いにくい森へ隠れるのが最善手だろう。

 なんとか全員、森の中へ逃れる。


「はぁッ……はぁッ……」


 宰吾は乱れる呼吸を整えながら、周りを見渡す。近くにリジェを背負ったシェパの姿が見えた。が、他は木々に阻まれよく分からない。声と足音で、まだ近くにいることは分かるが――。


「うわぁああ!」


 そのとき、悲鳴と銃声が森に響いた。この声は、退院の佐伯。追手のスライムに襲われたのかもしれない。

 振り返ると、シェパがリジェを背負ったままスライムに応戦していた。リジェの身体に絡みつかれそうになっているのを、必死にナイフで突き刺すが、まるで効いていないようだった。

 心臓が、高鳴る。

 宰吾は感じていた。この状況で、みんなを助けられるのは、自分だけではないか。不死身の自分であれば、みんなの囮になれる。その間に、奴らを倒す術が見つかるかもしれない。


「……そうだ、俺だけが」


 拳を握り、前を向く。耳を澄ませ、誰がどこにいるのかに意識を向ける。大丈夫、きっとまだみんな近い。


「みなさん! 俺が囮になります! その間に身の安全の確保と、何か作戦を考えてくださいッ!!」


「待て、不知くんッ――」


 猪巻の声を無視し、力の限りに叫んだ宰吾は腰元から拳銃を取り出して、上に向かって撃った。

 銃声に、鳥が飛び立ち、刹那、静寂が落ちる。


「こっちだスライムども!!」


 宰吾は叫びながら、できるだけ部隊から距離を取った。後ろから、人間ではないモノの気配が迫ってくる。

 どうか、どうかみんなが生き延びてくれることを祈り、走り続ける。

 これで正解だったのだろうか。分からない。考える暇などない。今はとにかく、走るしかない。

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