第34話 古城の廊下にご用心

 意識が、ぼんやりとしている。

 ここはどこだ? 俺は今まで何をしていた?

 宰吾は辺りを見渡し、状況を確認する。石の壁、階段、仄暗さを演出するロウソク……そして、振り返ると――。


「ああ、そうだった。俺は……ルーナと……」


 巨大なその扉は、じっと入り口を隔てて動かない。本当にここから出てきたのかと疑いたくなるそれは、ほんの向こう側にルーナがいることを忘れさせてしまうくらいに絶対的な存在に思える。


「こうしちゃいられないな」


 宰吾はルーナの「期待しないで待ってる」という言葉を胸に、立ち上がった。階段を一段、また一段と上がる。これを上がり切ったところで、あの井戸穴から地上に出られるかは定かでないが、何もしないよりは進んだ方がずっといい。

 だから、宰吾はひたすらに歩き続けた。喉が渇き、空腹で死にかけた。ゾンビに何度も追われ、体力も奪われ続けた。

 暗闇だからか、時間感覚が全くない。

 ボロボロの宰吾にとって、体に残る再生痕の感覚だけがいやに鋭利で、それが唯一意識を保っていられる刺激であった。

 が、恐らく三日間程度歩き続けたところで、何よりも強い刺激が目の中に飛び込んできた。


「あ、明かり……?」


 数メートル先か、はたまた数十、数百メートル先なのか、距離感が全く掴めないが、間違いなく宰吾の視線の先には、ロウソクの灯ではない自然光が針孔の如く小さく光っていた。

 今の今まで機械のようにただただ足を前へ前へと動かしていただけだったのが、明かりを見つけた途端、力強く人間らしく進んでいくことができる。

 たった、これだけのことで人間は頑張れるんだな、と宰吾はぼんやりとした頭で考えた。

 そして――。


「……外、だ…………」


 籠っていた空気から解放され、詰まった息が緩む。慣れない光に目の奥がグッと痛んだ。

 だが、目が慣れて辺りを見渡すと、そこは思っていた外とは違った。明かりは大きな窓から差し込むもので、実際はこの場所も薄暗い。


「屋敷の、廊下……?」


 宰吾の目前に広がっていたのは、赤いカーペットが印象的な、長い長い廊下だった。壁や天井はシックな黒で統一されており、金色のシャンデリアがギラギラと煌めいている。

 左手に見える大きな窓は奥まで伸びており、外は森のようだった。

 ものすごい権力者が住んでいるような……。


「……でもなんか、古い?」


 宰吾の言うとおり、元はゴージャスだったのだろうと伺えるが、あちこちに埃が溜まり、窓もところどころひび割れている。シャンデリアには蜘蛛の巣まで……。まるで廃墟だ。

 突っ立っていても仕方ないので、宰吾はゆっくりと廊下を歩き始めた。右手には等間隔で扉が設置してあり、その多くは施錠されているようである。

 時々開く扉があるが、どの部屋もベッドと机、クローゼットなど簡単なものが置いてあるだけの普通の部屋だった。使用人室か客室か……。

 こういった物件に疎い宰吾には判別などつかない。

 ただただ、歩く。歩き続ける。休憩はしない。世界の平和、美蕾、リジェ、ルーナのために、今は一秒でも惜しい。不死身、というだけで随分多くを背負ってしまった気がする。


「やっと、曲がり角……」


 長く真っ直ぐな廊下が終わり、やっと突き当たったそこを右に曲がる。こちらはあまり陽が当たらず、薄暗くて湿っぽい。


「もう暗いのは勘弁して……」


 と、呟きながらも、行く場所などないので前へ進んだ。

 その廊下は先程までのものより二倍ほど幅が広い。そして、少し進んで宰吾は「うわぁ!」と声を上げてしまった。


「……な、なんだ、甲冑か……」


 廊下の両脇に、ずらりと同じポーズの甲冑が数十と並んでいるのが、宰吾の目に飛び込んできた。剣を目前に掲げ、ぴっちりと足を揃えている。

 無機質で、冷たい雰囲気が廊下中に漂っており、宰吾は早くこの場を去ってしまおうと足を速めた。

 そのときだった。

 ギシギシギシッ……ッ!

 と、金属の歯車が無理やり回ったような音が宰吾の後ろで響いた。


「そういえば……こういう甲冑って動き出すのが異世界モノの定番――」


 言い終わる前の宰吾の胸から、剣が生えた。否、宰吾の胸は、剣で貫かれた。


「カハッ」


 宰吾は口から血を噴き出し、その場に崩れ落ちる。剣は心臓を一突きで仕留めており、再生は間に合わない。

 ああ、また死ぬのかよ。

 ここ数日の即死ラッシュに心の中で舌打ち、宰吾の意識は遠のいていくのだった。

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