第35話 剣士アイザック

「……い……ッ! ……んた……!」


 声が聞こえる。

死ぬときか生き返ったときにでも、耳に大きな負荷が掛ったのだろう。酷い耳鳴りの残響と共に、誰かの大きな声――。


「……い! あんた! 聞こえるか?」


「ん、ああ、聞こえる……から、もう少し声を落としてくれ……」


 額に手を当て、宰吾はゆっくりと上半身だけ起き上がった。目の前に見えるのは……。


「はぁ、くたばってなかったか。ったくなんでこんなところで寝てんだよバカ」


 目覚めて早々に暴言を吐かれた宰吾は、少しムッとして相手を睨む。見たところ、若い男性――装備を見るに、剣士のような? 全身黒ずくめだが。


「……あなたは?」


「お前が先に名乗れ」


 男の人差し指がピッと宰吾の眉間に突き立てられる。反射的に目を閉じるが、特にこれが突き刺さっただけで痛いだけじゃないか、とすぐに目を開いた。


「あ、俺は……不知宰吾。――冒険者? って言えばいいのかな?」


 ルーナのときと同じく、宰吾は言葉を濁して自己紹介をした。異世界人がどんな扱いを受けるのか、全く分からない。

 男は何かを吟味するようにしばし黙り込み、そして開口一番、こう言った。


「変な名前だな」


 失礼なッ! いや確かに変な名前だと自分でも思っていたけど……!

 と言いたいのを宰吾はグッと堪え、そりゃあ異世界じゃ日本の名前なんてどれも変な名前だと思うよな、と自分に言い聞かせる。


「……で、あなたは?」


 改めて、先程と全く同じ質問をした。男はよくぞ聞いてくれたという空気が滲み出る腕の組み方をし、そしてわざとらしいつっけんどんな態度で答えた。


「俺はアイザック。野良で剣士をやってる」


 アイザックは自らの黒い剣を撫ぜ、三白眼の瞳で宰吾を見た。そしてそのまま、宰吾のことを観察するようにじっくりと見る。


「……変わった服装だな。異邦人、ああ、いや……あれか……“神”とかいう奴が言ってた……」


 宰吾は自分が来ているボロボロの装備を見て、たしかにこの世界観には似合わないな、と自嘲した。全身黒ずくめのアンタに言われたくないが、とも思ったけれど。


「待て、アイザックは聞いたのか、“神”の声を……」


 当然のように“神”の話を持ち出すアイザックに、宰吾は思わず声を上げてしまった。ルーナはピンと来ていなかったようなので、この世界の人間には知らされていないのかもしれないとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。


「あんだけの人らが同じ声を聞いたってんだ。そりゃあ聞いてる。……しっかし、あの規模で幻聴魔法を扱える魔法使いもそうそういやしねえし、やっぱりマジなのかあれ……?」


 やはりこっちの世界でも全ての人間に“神”の声は届いていたのか、と宰吾は確信した。


「……まぁ、分かった。お前は異世界人ってことだろ? その名前に服装、それにこんなところにろくな装備なしで入るバカはこの世界にはいねえ」


 アイザックは流暢に自分の考えを語る。うんうん、と頷き何度も持論に確信を持とうとしているようだった。


「…………そうだ。異世界のトーキョーっていうところから来た」


 宰吾の眼差しとアイザックの眼差しが交差する。


「よく言ってくれた。俺のことを信頼してくれたのかねえ。嬉しいもんだぜ。……ただ、勘違いするなよ、俺はお前を信用したわけじゃねえ」


そう言ったアイザックは立ち上がり、宰吾に何かを投げ渡した。


「うわッ」


 急に目の前が暗くなった宰吾は、情けない声を上げる。


「それで少しは浮かなくなるだろ」


 アイザックが渡してくれたのは、大きなマントのような布だった。ところどころ穴が開き、使い古されているようだが、生地はしっかりしている。


「ありがとう…………浮かなくなる?」


「ああ、とりあえず街へ帰るからな」


 服を隠せ、ということか。まぁ好奇の目で見られるのは厄介かもしれないが、隠すほどのことなのだろうか。と宰吾は疑問に思ったが、今は言うことを聞いておくことにした。

 歩き出すアイザックに一歩遅れ、宰吾はついて行く。

 そういえば、と宰吾は後ろを振り返った。自分を襲った甲冑たちはどうなったのだろう。


「ま、マジかよ」


 宰吾の後方の廊下は、バラバラになった甲冑に埋め尽くされて床が見えない状態だった。――アイザック、只者ではないかもしれない。

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