第36話 不死身の殺人鬼

 王都オルトレアドの街は、賑やかで明るく、平和だった。“神”の声を聞いた人々とは思えない、ただの日常と変わらない感じである。いや、もしかしたら全く違う文化圏だからそう見えるってだけかもしれないけれど。


「な、なあアイザック。なんか、平和すぎやしないか? あんなことがあって……」


 宰吾は早足で前を行くアイザックに後ろから聞く。アイザックはこちらを振り向くことなく、答えた。


「市民たちは騎士団を信頼しきってるからな。他の世界に負けるだなんて一ミリも思ってないんだろ。平和ボケの連中だ、くだらねえ」


 そういうものなのか、と宰吾は疑問を腹の底に落とした。


「俺は奴らとは違うがな。何事も疑い、観察し、自ら答えを出す。……異世界の連中の戦力が把握できていない現状、のんびり平和に暮らしていられないと思うがな」


 クール系に見えて意外とお喋りだな、と宰吾は思った。なんだか少し中二病っぽい気もしたが、絶対に言葉には出さない。


「それで、お前は何しにここに来たんだ?」


「え、ああ……話すと長くなるんだけど……」


「そうか、じゃあこっちが先だ。ついてこい」


 こちらの有無も関係なしに、アイザックは先へ進んでしまう。そして、着いた先は……。


「ここって……」


「見りゃわかるだろ。服屋だ。……お前の世界には服屋もねぇのか?」


 一言多いなこの人……と思いながら、宰吾は「服屋くらいあるわ」と淡々たる声色で反論した。


「とりあえず、着替えろ。面倒事が起きる前にな」


 なんと優しいことに、アイザックは硬貨のような物を手の中でじゃりじゃりと鳴らして言った。


「おっさん、こいつに合う服、これで見繕ってくれ」


 店に入るなり、店主らしき髭の男に声をかけたアイザックは、手の中の硬貨を彼に渡した。店主は驚いた顔をして、アイザックを見る。

 アイザック……お前もしかしてめちゃくちゃ金持ちなんじゃないか……? 一人で剣士をやっているということは、仕事か何かの報酬も独り占めだろうし、もしかしたらいい出会いをしたのかもしれない……。


「……あの、アイザックさん? これって……」


 店主に促されるままに全身のサイズを測られ、試着室に放り込まれ、渡された服を着てアイザックに自身の大変身をお披露目した宰吾は、大変不服そうな顔をしていた。


「ぎゃはは!! ホントにあの値段で服って買えるんだな!!」


 開口一番、アイザックは大声で笑って言った。そう、宰吾が渡されたのは、信じられないくらい安っぽく、アイザックや他の市民と比べても相当酷いものだった。


「いただいた銅貨ではこちらのお洋服しかご用意できませんでした……」


 店主の侘しそうな声が店に響く。


「アイザック、俺をからかいたくてここに連れてきたのか……?」


「いや、服を着替えてほしかったのは本当だ。ただ、俺の稼ぎもそう多くねぇもんでな。なまじっか高い服を買って逃げられたりしたもんじゃシャレにならねぇからな。言ったろ? 俺はお前を信用したわけじゃない」


 宰吾は恨めしそうにアイザックを睨んだ。


「大丈夫大丈夫、この国にゃ貧困層も住んでることには住んでるから、さっきまでに妙ちくりんな服よりは目立ったりしねぇよ」


「そういう問題じゃない……」


 言いつつも、アイザックの言うことは筋が通っているので、渋々ながら宰吾はその服を着たまま店を出た。


「それじゃあ、改めて、お前みたいなのがここに来た理由を聞かせてもらおうじゃねぇか。理由によっちゃあ、協力も妨害もなんでもするぜ?」


 賑やかな商店街のような場所を歩きながらアイザックは聞く。

 果物屋、薬屋、アクセサリー屋、武器屋などの露店が石畳の道に所狭しと軒を連ね、まるで縁日のようである。なんだかよく分からない餅のような謎の食べ物の露店もある。


「おい、街に見とれてないで――」


 そのときだった。


「不死身の殺人鬼が出たぞ!」


 その大きな声が街の静寂を切り裂いた。

 不死身――?


「アイザック、今のって――」


「ん、物騒なもんだな。にしても不死身って、おとぎ話じゃあるまいし……」


 そう言うアイザックの腕を掴み、宰吾は詰め寄る。


「不死身の人間って、この世界にはいないのか!? いや、不死身といかずとも傷を受けてもすぐに治る超回復とか……!」


 鬼気迫る宰吾の挙動にアイザックは困惑しながらも答える。


「え、ああ、回復魔法なしで傷が治るってことはあり得ねぇな」


 ということは、リジェのことか……!?

 でも殺人鬼って……!?

 宰吾は混乱する思考を振り払って、とにかく声の方を走り出した。


「お、おい待てって!」


 アイザックも宰吾に続いて走り出す。

 街は騒然としていた。非難する市民もいる。

 一体、何が起きているというのか――。

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