第37話 嫌な手配書

 リジェは、無論不死身ではない。

 ただ、身体能力と回復力が高いスーパーヒーローである。しかし、その知識がない異世界の人間が、傷を受けみるみるうちに回復するリジェの姿を見て「不死身」と形容しても不思議でない。


「リジェ……なのか……?」


 生きていてほしい、という願いと、殺人なんて犯していてほしくない、という恐怖が交錯し、冷静さを欠いているのを感じた。宰吾は、ただ必死に声の方へと走っていた。


「おい! サイゴ! 一体なんだってんだよ!?」


 後ろから付いてくるアイザックの問いに、宰吾は息を切らしながら答える。


「……ッ仲間かもしれない……!」


 それを聞いて、アイザックは納得したように頷いた。


「サイゴ! 群衆の声なんか気にするな、自分の目で確認するんだ。真実を。お前の仲間は、人殺しなんてするやつなのか……?」


「違う! リジェはスーパーヒーロー…………」


 いや……スーパーヒーローだからなんだというのだ。ヒーローだって、人を殺す。

 イケブクロ事件、両親を見捨てた奴のように。

 …………。

 ……何を考えているんだ。

 宰吾は頭をぶんぶんと横に振り、嫌な思考を振り払った。

 短い時間ではあったが、あのリジェが人を殺すだなんて考えられない。ヒーローにして内気で非好戦的な彼が……。きっと何かの間違いに違いない。そうだ、きっと誰かにハメられたとか――。


「不死身の殺人鬼が出たぞ!」


 その声の元は、街中の広場にある掲示板だった。紙の束を持った兵士のような男が、紙切れをばら撒きながら叫んでいる。


「騎士団からの手配書だ! この人相の男を見かけたら、騎士団本部へ報せろ! 捕らえて突き出してくれても構わない! 生死は問わん!」


 『不死身の殺人鬼』と言いながら、『生死は問わん』というのがなんとも違和感のある文章だが、兵士は至って真面目だった。


「男は片腕を負傷したにもかからわず、魔法を使うことなく治癒したとのことだ! そのような特徴の人物に十分注意を払うように!」


 宰吾の全身の毛が逆立つ。急いでばら撒かれた紙を拾い上げ、内容を見た。ルーナの翻訳魔法のお陰か、不思議と見たこともないはずの字がスラスラと読める。


「どれどれ」


 アイザックが宰吾の背後から手配書を覗き込んだ。そのまま口に出して内容を読み上げる。


「指名手配。不死身の殺人鬼。全身に漆黒の薄い鎧を纏っている。二十歳前後で長身。傷を負ってもすぐさま魔法を使わずとも治癒する。言葉が通じない……ほぉ、とんでもねえ輩だな」


 兵士の男が叫んでる内容、ほとんどそのままだ。

 言葉が通じないということを考えると、やはりリジェの可能性は高い。宰吾はルーナの魔法のお陰でこの世界の言葉が理解できるが、リジェはそうはいかないだろう。漆黒の薄い鎧、というのもリジェが着ていた防護服を指していると思われる。


「お、おいサイゴ……やばいぜ」


 考え込む宰吾の肩を叩き、アイザックは口をパクパクさせながら手配書の下の方を指さした。


「どうした? ……えっと、情報提供者には報奨金として銀貨七〇枚、捕らえた者には金貨一〇〇枚を与える……?」


 宰吾はアイザックが指さす文をゆっくりと読み上げた。


「と、ととととんでもねぇ額だ……」


 抑えきれんばかりの興奮をどうにか表現しようと、アイザックの表情は訳の分からないことになっていた。もちろんこの世界の金融事情の知識など一切ない宰吾は、「そんなにすごいのか?」とアイザックに問う。


「すごいどころの金額じゃねぇぜ!? オルトレアドの一等地に豪邸建てられるくらいだ! 夢みてぇな額だよまったく……」


「そ、そんなにか……」


 だとしたら、だいぶまずいのではないか。国中の人々が、リジェのことを狙うことになりかねない。それに、リジェが本当に殺人を犯したかどうかも気がかりだ。

 というか、待て――。

 宰吾は手配書に再び目を落とした。

 この書き方。そして、似顔絵――とは到底言えない絵。リジェは顔を隠す癖があるのだろうか、彼の壊れたマスクを拾ったはずだが、この絵の人物は顔に別のマスクを被っている。道化師のようなマスク。これじゃあ個人など到底、特定できっこない。

 つまり、彼を探す人々にとっての最大の手掛かりは、『不死身』しかない。


「マズいことになったな……」


 宰吾は静かに呟いた。

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